平成28年司法試験論文式民事系第2問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、現在の合格ラインである「一応の水準の真ん中」に達するための要件は概ね

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎないのです。
 にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。

2.その原因としては、多くの人が参考にする出題趣旨や採点実感等に関する意見の多くの記述が、実は優秀・良好レベルの話であって、一応の水準のレベルは当たり前過ぎるので省略されてしまっていること、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
 とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。

3.今回、掲載する参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
 それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
 今回の参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
 この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに優秀・良好のレベルが狙えるでしょう。

4.商法は、これまでの傾向どおり、多論点型でした。ただ、従来よりも論点の数が多いという印象です。商法(会社法)の特徴は、多くの論点が既知の論点であり、事前準備が可能だということです。たくさんの論点の規範を知っているだけで、単純に有利になる。当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」において、幅広い論点を収録したのは、そのような趣旨によるものです。今回は、そのことを示すため、上記(1)にかかわらず、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に収録した論点については、幅広く拾うこととしました。参考答案中の太字強調部分が、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1) 招集通知に議題が記載されていなかった点は適法か。
 会社法上、取締役会の招集通知に議題の記載は要求されていない(368条1項、299条4項、298条1項2号対照)。また、取締役会では迅速かつ柔軟な意思決定が必要かつ可能であるから、招集通知記載の議題以外の事項を議決することができる
 従って、招集通知に議題が記載されていなかった点は適法である。

(2)Aに対する招集通知を欠くことにより、決議は無効とならないか。
 一部の取締役に対する招集通知を欠く取締役会決議は、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある場合を除き、無効である(小河内観光開発事件判例参照)
 本件では、賛成3名、反対2名の賛成多数により可決されたが、Aが出席してもなお決議の結果に影響がないといえるか。Aが特別利害関係取締役(369条2項)に当たるかを検討する。

ア.特別利害関係取締役とは、忠実義務違反をもたらすおそれのある会社利益と衝突する個人的利害関係を有する取締役をいう代表取締役解職の議案は、当該代表取締役の職務執行が会社利益を害するとして提出されるのが一般であるから、当該代表取締役は、忠実義務違反をもたらすおそれのある会社利益と衝突する個人的利害関係を有するといえる。従って、当該代表取締役は特別利害関係取締役に当たる(日東澱粉化学事件判例参照)
 本件で、決議はAを代表取締役から解職する旨の議案に係るものであるから、Aは特別利害関係取締役に当たる。

イ.また、369条2項の趣旨は不当な影響力の行使を排除する点にあるから、特別利害関係取締役は、取締役会が特に許した場合を除き、当該議案の審議に参加することは許されない

ウ.そうである以上、Aが出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある。

(3)よって、臨時取締役会決議は、有効である。

2.小問(2)

 Aの報酬の額を減額する旨の定例取締役会決議は有効か。

(1)取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会決議によって報酬額を変更する決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、報酬請求権を失わない。このことは、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に株主総会決議がされた場合であっても異ならない(協立倉庫事件判例参照)。上記判例の趣旨は、株主総会の委任により取締役会が具体的報酬額を決定する場合にも妥当する。
 もっとも、役職が報酬額決定の基準となっており、役職の変更に連動して報酬額が変更される場合には、当該取締役の黙示の同意があったといえるから、報酬額が具体的に定められた後であっても、会社は、役職の変更を理由に当該取締役の報酬を減額することができる(三越事件参照)

(2)本件で、甲社においては、取締役の報酬等の額について、役職ごとに一定額が定められ、これに従った運用がされていたから、役職が報酬額決定の基準となっており、役職の変更に連動して報酬額が変更される場合といえる。そして、上記運用に従えば、Aの報酬の額は月額50万円となるから、甲社は、Aの報酬の額を月額50万円まで減額することができる。
 以上から、Aの報酬の額を月額20万円に減額する旨の定例取締役会決議は、月額50万円に減額する限度で有効である。

(3)よって、Aは、甲社に対し、月額50万円の報酬を請求することができる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる(339条2項)。
 本件で、解任の理由は海外事業の失敗とされている。確かに、Aが事業の拡大のために海外展開を行う旨を主張し、甲社は事業の海外展開をしたが、この海外事業は売上げが伸びずに低迷し、甲社は3年余りでこの海外事業から撤退した。しかし、Aは、事業の海外展開を行うために必要かつ十分な調査を行い、その調査結果に基づき、事業の海外展開を行うリスクも適切に評価して、取締役会において、事業の拡大のために海外展開を行う旨の議案を提出し、賛成多数による可決を得ている。甲社は、この取締役会の決定に基づき事業の海外展開をしたものである。そうである以上、Aの解任について正当な理由があるとはいえない。

(2)正当な理由のない解任による損害賠償請求は、故意・過失を必要としない法定責任であり、賠償の対象となる損害は、解任されなければ任期満了時までに得られたであろう所得の喪失である(裁判例)
 本件で、Aの取締役としての任期は8年残っていたから、賠償の対象となる損害は、任期満了時までの月額50万円の報酬の8年分である4800万円である。

(3)よって、甲社は、Aに対し、4800万円の損害について損害賠償責任を負う。

2.小問(2)

(1)①について

 Bは、甲社の発行済株式及び総株主の議決権の20%を保有している(854条1項1号、2号、同条2項)から、定時株主総会の日から30日以内(同条1項柱書)に、甲社及びAを被告(855条)として、甲社の本店の所在地を管轄する地方裁判所(856条)に訴え(854条1項柱書)を提起すべきである。

(2)②について

ア.「職務の執行に関し」(854条1項柱書)とは、職務執行及びその遂行に直接・間接に関連するものをいう
 本件で、Aが多額の会社資金を流用していたことは、職務執行の遂行に間接に関連するから、「職務の執行に関し」に当たる。

イ.「不正の行為」(同柱書)とは、役員の義務に違反して会社に損害を生じさせる故意の行為をいう
 本件で、Aが多額の会社資金を流用していたことは、取締役の義務に違反して会社に損害を生じさせる故意の行為であるから、「不正の行為」に当たる。

ウ.「あったにもかかわらず」(同柱書)とされた趣旨は、解任事由の存在を前提に株主総会で解任の是非を審議する機会を与える点にあると考えられるから、解任を否決する株主総会の後に発生又は判明した事由は解任事由には当たらない
 本件で、定時株主総会の招集通知が発せられた後、Aが多額の会社資金を流用していたことが明らかとなったから、解任を否決する株主総会の後に発生又は判明した事由ではない。従って、「あったにもかかわらず」に当たる。

エ.株主総会での審議の機会は一応与えられたといえること、対象役員が自派の株主らを欠席させて流会させる場合があり得ることからすれば、定足数未達流会の場合も「否決されたとき」に当たる
 本件で、定時株主総会が定足数を満たさず、流会となったことは、「否決されたとき」に当たる。

オ.よって、Bの解任請求は、認められる。

第3.設問3

1.①について

 Cは、甲社に対して任務懈怠責任(423条1項)を負うか。

(1)任務懈怠責任が発生するためには、任務懈怠、故意・過失(428条1項反対解釈)、損害の発生、損害との因果関係が必要である

(2)「任務を怠った」(423条1項)とは、法令又は定款に違反したことをいう。本件で、Cは、善管注意義務(330条、民法644条)の内容としてリスク管理体制構築義務を負うところ、Eの不正行為を防止できなかった点にリスク管理体制構築義務違反は認められるか。
 従業員による不正行為がなされた場合において、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられており、当該不正行為が通常容易に想定し難い方法によるものであったときは、代表取締役において当該不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情がない限り、リスク管理体制構築義務違反があるとはいえない(日本システム技術事件判例参照)
 本件で、甲社の取締役会は「内部統制システム構築の基本方針」を決定しており(362条4項6号、同条5項参照)、甲社は、これに従い、法務・コンプライアンス部門を設け、内部通報制度を設けたり、役員及び従業員向けのコンプライアンス研修を定期的に実施するなどして、法令遵守に向けた取組を実施し、下請業者との癒着を防止するため、同規模かつ同業種の上場会社と同等の社内規則を制定しており、これに従った体制を整備し、運用していたから、通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制が整えられていた。また、Eは、形式上、工事を3つに分割して見積書を3通作成し、甲社の関係部署を巧妙に欺き、3通の見積書がそれぞれ別工事に関わるものであると誤信させ、Fに対し、回答書面にEが指定した金額を記載して返送するように指示をするなど、不正が発覚することを防止するための偽装工作も行っていたから、Eの不正行為は、通常容易に想定し難い方法によるものであったといえる。さらに、Dは、本件下請工事や本件通報をCを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったから、CにおいてEの不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情があったとはいえない。
 以上から、Cにはリスク管理体制構築義務違反がなく、任務懈怠は認められない。

(3)よって、Cは、甲社に対して損害賠償責任を負わない。

2.②について

 Dは、甲社に対して任務懈怠責任を負うか。

(1)Dが、本件下請工事や本件通報について、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず、Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったことは、善管注意義務違反といえるか。
 取締役は、特段の不審事由のない限り、下部機関の行った情報収集、分析、検討の内容に依拠して意思決定を行えば足りる(ヤクルト事件参照)
 本件で、確かに、これまで、甲社において、そのような不正行為が生じたことがなかったこと、会計監査人からもそのような不正行為をうかがわせる指摘を受けたことがなかったこと、EがDの後任の営業部長であり、かつて直属の部下であったEに信頼を置いていたことから、Dは、本件通報には信ぴょう性がないと考えたという事情がある。しかし、本件通報は、本件下請工事の代金の一部を着服しようとしているとの甲社の従業員の実名による通報であったから、特段の不審事由があった。
 従って、Dには、善管注意義務違反による任務懈怠がある。

(2)Dは、本件通報を認識しながら、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず、Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったから、上記任務懈怠につき故意がある。

(3)本件下請工事の代金が5000万円水増しされたことによって、甲社に5000万円の損害が発生した。

(4)もっとも、本件通報がされたのは平成27年3月末であり、その後に甲社が乙社に支払ったのは3000万円であったから、上記(3)の損害のうち、Dの善管注意義務違反と因果関係のある損害は、上記3000万円にとどまる。

(5)よって、Dは、甲社に対し、3000万円の損害について損害賠償責任を負う。

以上

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