【答案のコンセプトについて】
1.司法試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、概ね
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。
という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、優秀・良好のレベル(概ね500番より上の順位)に達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。
2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があります。
上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は6頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に7頁、8頁まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、7頁、8頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。
3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。
4.上記の(1)から(3)までの合格要件に、「概ね」という言葉を付けたのは、そうでない場合があるからで、今年の民法は、その場合です。どうしてか。端的にいえば、上記の(1)から(3)までだけを書いたのでは、時間が余るからです。上記2で説明したとおり、(1)から(3)までに絞る理由は、それ以外のことを書いているようでは時間が足りなくなるからでした。そうであるなら、(1)から(3)までを書いて時間が余るようなら、それ以外のことも書いてよいし、書くべきだ、ということになるわけです。
本問の場合、基本論点は、設問1の取得時効の各要件と不動産賃借権の時効取得の要件、設問2の転貸と非背信性の認定くらいしかありません。設問3については、借地借家法10条1項の対抗力の問題だ、ということまでは基本知識でわかるでしょうが、論点の中身は基本とはいえません。これだけだと、文字を書く速さが普通の人であっても、上記の基本論点を拾って規範と事実を書き写して終わりというのでは、時間が余るでしょう。このような場合には、いつもは書きたくても我慢をしている趣旨からの理由付けや、事実の評価を解禁するのです。具体的には、参考答案を参考にしてみて下さい。
設問1のポイントは、時効取得の起算点をどの時点とするかです。問題文を読んで、工事が遅れて云々、という部分は、誰もが気になったはずです。他論点型の忙しい問題なら、このようなところは無視しなければ最後まで書き切れません。しかし、本問のように論点が少ない問題では、十分考えて解答する余裕があるはずです。賃借権の時効取得の理由付けで、「時効中断の機会」というキーワードを覚えているでしょう。これが、「継続的な用益という外形的事実」という要件を要求する根拠でした。外形的に見てわかるような継続的な用益がないと、中断しようと思わないだろ、ということです。そのことからすれば、継続的な用益という外形的事実がなく、時効中断の機会がないにもかかわらず、時効期間が進行を始めるというのはおかしい。こうして、継続的な用益という外形的事実が備わった時点から時効期間を起算すべきだ、ということがわかります。
時効取得の要件のうち、平穏、公然、善意に関しては、186条1項の適用を考えることになりますが、その際に、少しややこしい話があります。本件土地を使用していることは土地の占有といえますが、実は同時に賃借権の準占有でもあるのです。通常、賃借権は土地の占有そのものであって、準占有を観念する必要はない、と説明されるのですが、本問のように実際には賃借権が存在しないという場合には、賃借権の準占有を観念する必要が生じるのです。そして、所有権の時効取得を考える場合には、186条は直接適用でよいわけですが、賃借権の時効取得を考える場合には、準占有している賃借権の行使について186条を適用することになりますから、一応は205条から準用するという形式になる。これは、点数にはほとんど影響しないでしょうから、無視して構わない話ですが、一応、参考答案で205条を摘示している意味は、そういうことだということです。もう少し細かい話をすると、186条1項が準用される場合、「所有の意思」はその性質上推定の余地がないことは明らかですが、これに代えて、「自己のためにする意思」が推定されるのでしょうか。「自己のためにする意思」は、準用の基礎となる205条の要件とされているから、「自己のためにする意思」がなければ205条の適用の余地がなく、したがって、186条1項の準用によって推定される場面はない、というのが、法形式上は素直な帰結で、参考答案はこれを前提とします。もっとも、準占有の場合における「自己のためにする意思」は、所有権の時効取得における「所有の意思」とパラレルな関係にあることを重視すれば、推定が及ぶと考える余地もあるでしょう。
それから、現場で若干悩むかもしれないのが、不動産賃借権の時効取得の要件を、どの文言に落とし込むか、ということです。継続的な用益という外形的事実を「行使」に、賃借意思の客観的表現を「自己のためにする意思」に、それぞれ対応させることも、一応は考えられます。しかし、「自己のためにする意思」というのは、163条以外にも、占有・準占有の要件として用いられており(180条、205条)、事実上の利益を自分に帰属させる意思、というように比較的きっちりと定義の定まっている用語(受験上は覚えるほどのものではありませんが)ですから、不動産賃借権の時効取得の場面においてだけ違う意味に読み替えるというのは、適切ではないと思います。また、財産権の「行使」についても、これは準占有の要件としての「行使」と同義に考えるのが素直でしょうから、これも不動産賃借権の時効取得の場面においてだけ違う意味に読み替えるというのは、適切ではないでしょう。
(民法163条)
所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。
(民法180条)
占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
(民法205条)
この章の規定は、自己のためにする意思をもって財産権の行使をする場合について準用する。
仮に、継続的な用益という外形的事実がなければ「行使」に当たらず、賃借意思の客観的表現がなければ「自己のためにする意思」がない、ということになれば、賃借権の準占有自体が否定されてしまうということになりかねないでしょう。要するに、163条の「財産権を、自己のためにする意思をもって」、「行使する」の部分は、「財産権を準占有する場合において」という意味を有するにすぎない、ということです。ここで、「自己のためにする意思」と、「所有の意思」を混同しないよう、注意が必要です。間接占有(代理占有)が成立するのは、「自己のためにする意思」には、他人のためにする意思が併存しても構わないとされている(大判昭6・3・31)からですね。そして、この「自己のためにする意思」の有無は占有権原の客観的性質によって定まるので、賃貸借に基づいて引渡しを受ければ、それだけで「自己のためにする意思」があり、占有権が発生する。この場合には、事実上の賃借権行使による利益を自分に帰属させる意思も当然に認められるでしょうから、賃借権の準占有との関係でも、権原の性質上、当然に「自己のためにする意思」が認められることになるのです(205条、185条参照)。
(最判昭44・9・30より引用。太字強調は筆者。)
原審の確定したところによれば、上告人らの先代Eは、前叙のとおり、使用貸借契約に基づいて本件土地の使用収益を許されて来たものであるというのであるから、その占有権原の性質上、自己のために賃借権を行使する意思をもつて占有をしたものということができないことは、民法二〇五条・一八五条の規定に徴し、明らかである。それゆえ、同条の定めるところに従つて賃借権を行使する意思をもつてする占有に変更されたのち取得時効に必要な期間を経過した旨の主張がない本件において、賃借権の時効取得を認めなかつた原審の判断は結局正当であり、右判断の違法をいう論旨は採用することができない。
(引用終わり)
以上のようなことから、不動産賃借権の時効取得の要件を、「行使」や「自己のためにする意思」との関係で考えるのは、おすすめできません。そもそも、不動産賃借権が時効取得の対象となるかが論点となるのは、通常の債権が「所有権以外の財産権」に当たらないとされていることから、同じく債権である不動産賃借権もこれに当たらないのではないか、というのが出発点ですし、不動産賃借権の時効取得の要件は、原権利者に時効中断の利益を与える趣旨のもので、「自己のためにする意思」や「行使」の要件が本来担っている機能とは別のものなのですから、「所有権以外の財産権」の文言との関係で検討する方が収まりがよいだろうと思います。参考答案も、そのような整理で書いています。
なお、設問1では、土地の一部の時効取得という論点が含まれています。本問では論点が少ないので、気付けば書きたいような気もします。ただ、必ずしも基本論点とまではいえないでしょうし、本問では誰もが気付いて書くというわけではないでしょうから、書かないという判断もあり得るでしょう。参考答案では、事実の評価を優先し、この論点は落としています。
設問2で注意したいのは、2の事実の法律構成です。問題文では、「CとDは,専らCの診療所の患者用駐車場として利用されてきた甲2土地について,以後は専らDの診療所の患者用駐車場として利用することを確認した。」とされています。「合意した」ではなく、わざわざ「確認した」という文言を使っているわけですから、この部分だけを書き写して、当然に「甲2土地についても賃貸借契約が締結されたといえ、転貸に当たる。」などとするのはマズいわけです。参考答案のように、丙賃貸借契約に甲2土地の使用が含まれることを基礎付ける事実を書き写す必要があります。
設問2で1と2が対比的に問われていることには、一応ワケがあります。ここでの隠れた問題意識は、一般に転貸に当たらないと理解されている1の事実との均衡です。1の事実については、短答の知識として、誰もが転貸に当たらないと判断したでしょう。しかし、よく考えてみると、不思議な感じもします。土地上の建物を賃貸して使用すれば、必然的に敷地の土地も利用することになるはずだからです。仮に、本件土地が分筆されておらず、1筆の土地だったとしたら。その場合には、敷地の一部を駐車場として使っているからといって、土地の転貸にはならない、という結論になりそうです。このように、「たまたま分筆されていたら転貸になってしまうんですか?」という問いかけが、背後にあるのです。とはいえ、この点については、おそらく誰も触れないでしょうから、正面から書くべきではありません。もっとも、非背信性の当てはめの考慮要素として使う余地はあるでしょう。参考答案では、そのような書き方をしてみました。
非背信性の当てはめは、本問で最も差が付くところでしょう。ここをあっさり書いて時間を余らせた人は、受かる気がない、と言われても仕方がありません。できる限りの事実を書き写し、評価しましょう。本問では、その時間は十分あったはずです。
さて、設問3ですが、現在では、多くの人にとって、これは何がなんだかわからない、という感じだったでしょう。まずは、本問の「正解」を説明します。
Cの賃借権の対抗力(借地借家法10条1項)が問題になることは、明らかです。そして、登記簿上、丙建物の所在する土地の地番が「乙土地の地番及び甲1土地の地番」となっていることから、これが甲2土地にも及ぶのか、が問題になりそうだ、というところまでは、多くの人が気付くでしょう。通常の受験生にとっては、ここから先は未知の領域です。しかし、ここは旧司法試験時代の上位者であれば、択一プロパー知識として覚えていたであろう判例があるところです。
(最判昭44・10・28より引用、太字強調は筆者。)
上告人らは、乙地を賃借し、同地上に登記した建物(家屋)を有し、その庭として使用する目的のため本件土地を賃借し、現に本件土地を右目的に従つて使用し、本件土地は乙地上にある建物の便益に供されているのであるが、「建物保護ニ関スル法律」一条は建物の登記をもつて土地賃借権の登記に代用させようとする趣旨であることに鑑みれば、本件土地が乙地と一体として本件建物所有を目的として賃借されているとみるべきか否かについて判断するまでもなく、右法律による乙地に有する上告人らの賃借権の対抗力は本件土地には及ばないと解するのが相当である。
(引用終わり)
(最判昭44・12・23より引用、太字強調は筆者。)
建物保護に関する法律(明治四二年法律第四〇号)一条は、登記した建物をもつて土地賃借権の登記に代用する趣旨のものであるから、第三者が右建物の登記を見た場合に、その建物の登記によつてどの範囲の土地賃借権につき対抗力が生じているかを知りうるものでなければならず、当該建物の登記に敷地の表示として記載されている土地(更正登記の許される範囲においては敷地の適法な表示がされているものと扱うべきこともちろんである。)についてのみ、同条による賃借権の対抗力は生ずると解するを相当とする。したがつて、甲が、乙からその所有の相隣接するa番、b番の土地を建物所有の目的で貸借し、a番の土地の上にのみ登記ある建物を所有するにすぎないときは、法律上の利害の関係を有する第三者に対し、b番の土地の賃借権をもつて対抗することができないといわなければならない。
(引用終わり)
これらの判例知識から、CはEに甲2土地の賃借権を対抗できない、となるかというと、「おっと俺は引っかからないぞ。」というのが、かつての旧試験時代の上位者でしょう。なぜかというと、上記の判例法理は、当初一筆であった土地に賃借権が設定され、その後分筆されるに至った事案には適用がないからです。これは、設問2で説明した、「たまたま分筆されていたら転貸になってしまうんですか?」という問題意識を対抗力の場面で法律論に反映させたものと理解できるでしょう。
(最判昭30・9・23より引用、太字強調は筆者)
分筆前の宅地の全部につき借地権、――しかもその宅地の上に、登記ある建物を所有することによつて第三者に対抗し得べき借地権――をもつていた被上告人は、その後分筆された右宅地の一部――右建物の存在しない部分――の所有権を取得した上告人に対しても、右借地権を対抗し得るものとした原判決の判断は正当であつて論旨は理由がない。
(引用終わり)
これだけでは終わりません。「俺は最後まで詰めを怠りませんよ。」と言いながら、「仮に、賃借権の対抗力が甲2土地に及ばないとしても」と書きます。これは、かつての旧司法試験時代には、網羅的に論点を拾うための確立されたテクニックでした。なぜ、本問でこんなことをするかというと、問題文の「Aは,Eに対し,Cの契約違反を理由に本件土地賃貸借契約は解除されており,Cは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっている旨の虚偽の説明をした。Eがこの説明を信じたため…」の部分を、Eの明渡請求が権利濫用になるかについての考慮要素とすべきことを、知っているからです。
(最判平9・7・1より引用。太字強調は筆者。)
建物の所有を目的として数個の土地につき締結された賃貸借契約の借地権者が、ある土地の上には登記されている建物を所有していなくても、他の土地の上には登記されている建物を所有しており、これらの土地が社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されている場合においては、借地権者名義で登記されている建物の存在しない土地の買主の借地権者に対する明渡請求の可否については、双方における土地の利用の必要性ないし土地を利用することができないことによる損失の程度、土地の利用状況に関する買主の認識の有無や買主が明渡請求をするに至った経緯、借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないというべき事情の有無等を考慮すべきであり、これらの事情いかんによっては、これが権利の濫用に当たるとして許されないことがあるものというべきである。
これを本件について見るに、b番dの土地は、上告会社の経営するガソリンスタンドの給油場所及びその主要な営業用施設の設置場所として、上告会社の本店である本件建物の存在するb番eの土地と共に営業の用に供されていたのであり、これらの土地は社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されていたものということができ、仮に上告会社においてb番dの土地を利用することができないこととなれば、ガソリンスタンドの営業の継続が事実上不可能となることは明らかであり、上告会社には同土地を利用する強い必要性がある。その反面、買主である被上告会社には、これらの土地の将来の利用につき、格別に特定された目的が存在するわけではない。そして、被上告会社は、b番dの土地の右のような利用状況は認識しつつも、補助参加人の説明により、上告会社は右各土地を補助参加人との間の使用貸借契約に基づいて占有しているにすぎないと信じ、本件の明渡請求に及んだものである。なるほど、補助参加人は上告会社の監査役であり、弁護士でもある上、上告会社の代表者等と血縁関係にあったというのであるから、被上告会社において補助参加人の上告会社の経営事情に関する発言の内容を信ずることもあり得ないではなかったといえる。しかしながら、営利法人である上告会社が、右各土地上に堅固の建物である本件建物を建築し、既に長期にわたりガソリンスタンドの営業を継続してきていたとの事情に照らし、被上告会社において、補助参加人の説明のみから、上告会社の右各土地の占有権原が権利関係の不安定な使用貸借契約によるものにすぎないと信じ、上告会社がその営業の廃止につながる右各土地の明渡しにも直ちに応ずると考えたのであるとすると、そのことについては、なお、落ち度があったというべきである。他方、上告会社は、b番dの土地には、登記手続の対象にはならない地下の石油貯蔵槽や地上の給油施設のほか、ポンプ室を有していたにすぎず、右ポンプ室の規模等に照らし、上告会社が、これを独立の建物としての価値を有するものとは認めず、登記手続を執らなかったことについては、やむを得ないと見るべき事情があったものということができる。そうすると、上告会社においてb番dの土地をb番eの土地と一体として利用する強度の必要性が存在し、右につき事情の変更が生ずべきことも特段認められない本件においては、被上告会社が右各土地を特に低廉な価格で買い受けたのではないことを考慮しても、なおその上告会社に対するb番dの土地についての明渡請求は、権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
(引用終わり)
ここまで書いて、ようやく、「フハハー参ったか!」ということになる。これが、いわゆる「正解」です。
とはいえ、現代において、このような受験生がいたら、多くの人が「気持ち悪い」と感じるでしょう。その感覚は、正しい。このような人しか受からない司法試験ではいけない、というのが、延々と行われている司法試験改革の出発点でした。
ここからは、実戦的なテクニックを説明します。本問における基本知識は、借地借家法10条1項の趣旨です。趣旨は、規範ほどガチガチに覚えておく必要はありません。「登記のある建物の存在」、「借地権の存在を推知」などのキーワードを覚えておき、適当に繋ぎ合わせれば足ります。そして、大事なことは、趣旨から直接結論を出すのではなく、趣旨から規範を導出し、それに当てはめるという形式を踏む、ということです。「規範なんて覚えてないよ。」と思うかもしれませんが、趣旨を繰り返せばいいだけの話です。つまり、「…の趣旨は、○○である。したがって、…に当たるか否かは、○○の観点から判断する。」と書けばよい。「二度同じことを書いても意味ないだろ。」と思うかもしれませんが、こう書くだけで点数が変わるのですから、我慢して書くだけの価値はあるのです。後は、当てはまりそうな事実を書き写す。ここも、「設問2で書いたから、もう書きたくない。」というのではなく、面倒くさがらずに書き写すのがポイントです。それで、時間に余裕がありそうなら、評価も加えておきましょう。なお、ここで背後にある問題意識は、「建物登記をきっかけにしてどの程度の調査をする義務が第三者にあるのか」ということです。前記の判例(最判昭44・10・28、最判昭44・12・23)は、建物登記簿の表示を見れば足りるという立場と親和的です。他方、学説は、「現地調査までするのが普通だろ。」と考える。多くの受験生は、後者の立場で教わっているはずです。参考答案も、後者の立場を前提にして書いています。
このように考える場合、「Aは,Eに対し,Cの契約違反を理由に本件土地賃貸借契約は解除されており,Cは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっている旨の虚偽の説明をした。Eがこの説明を信じたため…」という事情はどう処理すればよいのか。これは、「建物の存在から借地権を推知できるとはいうけれど、本問のEは解除されたと信じているから丙建物があっても借地権があるとは思わないじゃない。」という事情と考えればよい。直前に説明した調査義務との関係では、本問においてCに対する直接の調査義務まであるか、という整理も可能でしょう。本問は論点の数が少ないですし、設問3は最後の設問ですから、時間に余裕があって時間を余らせるくらいならば、現場で考えて、参考答案のように簡単に処理したいところです。
なお、上記事情から94条2項類推適用を考えた人は、反省すべきでしょう。不動産取引において94条2項類推適用が問題になるのは、虚偽の公示がある場合です。本問では、丙建物の登記に虚偽はないわけですから、Cの帰責性があるかを考える以前に、94条2項類推適用が問題になる場面ではないと判断すべきです。また、Eへの賃貸人の地位の移転が生じ、Eが解除して賃貸借終了に基づく明渡しを求めることができるのではないか、などと考えた人は、「Eは,Cに対し,本件土地の所有権に基づき,丙建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める訴えを提起した。」という問題文の書きぶりから、それはない、と判断すべきです。そのようなことを問うつもりなら、債権的請求もあり得るように、もう少し含みのある表現を選ぶでしょう。
【参考答案】
第1.設問1
1.甲1部分につきAは無権利であるから、考えられるCの反論は、10年の経過による甲1部分についての賃借権の時効取得(163条)である。
上記反論が認められるためには、時効取得の対象となる「所有権以外の財産権」であること、自己のためにする意思、平穏、公然、善意、無過失、10年の経過の要件が必要である(163条)。
2.一般に、債権は1回的給付を前提とすることから、原則として継続的行使を前提とする時効取得になじまない。もっとも、賃貸借は継続的法律関係であり、不動産賃借権の機能は地上権と同様であることから、不動産賃借権は、時効取得の対象となりうると考えられる。もっとも、原権利者に時効中断の機会を与える必要もある。そこで、不動産賃借権が時効取得の対象となる「所有権以外の財産権」となるためには、継続的な用益という外形的事実が存在し、その用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていることを要する(判例)。
確かに、本件土地は、平成17年6月1日まで全く利用されておらず、更地のままであったから、その時までは継続的な用益という外形的事実が存在したとはいえない。しかし、同日以降については、本件工事が始まったことによって、Cの継続的な用益という外形的事実が存在したといえる。
Cは、Aと本件土地賃貸借契約を締結し、Aが指定する銀行口座に賃料を振り込んでいたから、上記用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていたといえる。
したがって、「所有権以外の財産権」に当たる。
3.Cは、本件土地賃貸借契約に基づき、Aから本件土地の引渡しを受けており、自己のためにする意思がある。また、平穏、公然、善意は推定され(205条、186条1項)、これを覆すに足りる事実はうかがわれないから、上記各要件を充足する。
4.無過失というためには、通常必要とされる調査義務を怠らなかったことを要する。
Cは、乙土地の登記簿を閲覧した上で、Aと共に本件土地を実地に調査し、本件土地の東側・北側・西側の外周に柵があることを確認し、本件土地の測量を行い、その面積が乙土地の登記簿に記載されている地積とほぼ合致することを確認したから、通常必要とされる調査義務を怠らなかったといえる。したがって、Cは、Aの無権利につき無過失である。
5.継続的な用益という外形的事実を要求した趣旨は、原権利者に時効中断の機会を与える点にあるから、時効期間は上記外形的事実が備わった時から起算すべきである。
上記2のとおり、上記外形的事実が備わったのは平成17年6月1日であるから、同日から起算すると、Bが提訴した平成27年4月20日現在において、いまだ10年は経過していない。
6.よって、Cの反論は、認められない。
第2.設問2
1.1及び2の事実は、本件土地賃貸借契約の解除原因(612条2項)としての法律上の意義を有するか。
2.1の事実について
土地賃借人が賃借土地上に所有する建物を第三者に賃貸しても、土地賃借人は建物所有のため自ら土地を使用していることに変わりがないから、賃借土地の転貸には当たらない(判例)。
1の事実は、本件土地の賃借人であるCが、同土地上に建築して所有する丙建物をDに賃貸したことを示す事実であるから、本件土地の転貸には当たらない。
したがって、1の事実は、解除原因としての法律上の意義を有しない。
3.2の事実について
(1)Cが平成18年4月1日に診療所を開設した当時から、甲2部分は、患者用駐車場(普通自動車3台分)として利用されていたこと、CとDは、丙賃貸借契約締結の際、専らCの診療所の患者用駐車場として利用されてきた甲2土地について、以後は専らDの診療所の患者用駐車場として利用することを確認したこと、その後、甲2土地は、診療所の患者用駐車場として利用されており、3台の駐車スペースのうち1台は救急患者専用のものとして利用されていることからすれば、丙賃貸借契約の目的物には、付随的に甲2土地も含まれていたと評価できる。したがって、2の事実は、甲2土地の転貸としての法律上の意義を有する。
(2)もっとも、612条2項が無承諾転貸を解除原因とした趣旨は、賃貸借が継続的な法律関係であり、両当事者の信頼関係がその存立の基礎となるところ、無承諾転貸は、一般にその信頼関係を破壊する背信行為となるという点にある。したがって、無承諾転貸がある場合であっても、背信行為と認めるに足らない特段の事由があるときは、解除原因とならない(判例)。
確かに、丙賃貸借契約の相手方は、同居の親族などではなく、単なる友人であるDであるから、明確に使用の主体は変更している。Cは、友人Dから、勤務医を辞めて開業したいと考えているが、良い物件を知らないかと相談を受け、Dに対し、丙建物を貸すので、そこで診療所を営むことにしてはどうか、と自分の方から提案したものであって、Cは、健康上の理由で廃業を考えていたというにすぎず、Aに相談することなく転貸をしなければならない緊急の必要性があったとも認められない。
しかし、甲2土地は、従前と同様、診療所の患者用駐車場として利用されており、患者用駐車場(普通自動車3台分)として利用されていたもののうち1台が救急患者専用のものとして利用されるようになったというわずかな変更点を除けば、利用形態に全く変更がなく、患者用駐車場という利用形態は、直接の利用者は来場する患者であって、賃借人が誰であるかによって通常影響を生じない性質のものであること、転貸の対象は、本件土地のうち甲2土地に限られること、甲2土地の使用は、丙賃貸借契約の際にCD間で確認されたにすぎず、両当事者において無承諾転貸に当たる旨の認識が薄かったとも思われること、Aは抗議をしているものの、Dの使用による支障について具体的に述べておらず、客観的にもAに何らかの不利益が生じると認めるに足りる事実はうかがわれないこと、仮に本件土地が一筆の土地であったとすれば、前記2と同様の理由で、敷地について転貸があるとはいえないと考えられることなどからすれば、背信行為と認めるに足らない特段の事由がある。
(3)以上から、2の事実は、解除原因としての法律上の意義を有しない。
4.よって、Aは、本件土地賃貸借契約を解除することはできない。
第3.設問3
1.考えられるCの反論は、本件土地について、Cは賃借権を有し、これをEに対抗することができる、というものである。
2.Eに対する賃借権の対抗力の根拠は、Cが、本件土地上に所有権保存登記のされた丙建物を所有していることにある(借地借家法10条1項)。
3.もっとも、Eの提訴当時、登記簿上の丙建物の所在する土地の地番は、「乙土地の地番及び甲1土地の地番」とされていることから、その対抗力は甲2土地には及ばないのではないか。
借地借家法10条1項の趣旨は、登記された建物の存在によって借地権の存在を推知しうるという点にある。したがって、同項の対抗力が及ぶか否かは、その建物の存在によって借地権の存在を推知しうるかという観点から判断する。
4.Eの提訴当時、Dは、丙建物で診療所を営んでおり、丙建物の出入りは専ら甲1土地上にある出入口で行われていたものの、甲2土地は、診療所の患者用駐車場として利用されており、3台の駐車スペースのうち1台は救急患者専用のものとして利用されていたから、丙建物の存在を知った者は、丙建物の直接の敷地のみならず、それと一体として利用されている甲2土地についても、借地権が設定されているのではないかと考えるのが自然である。
したがって、丙建物の存在から、甲2土地の借地権の存在を推知できるといえる。
確かに、Aは、Eに対し、Cの契約違反を理由に本件土地賃貸借契約は解除されており、Cは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっている旨の虚偽の説明をし、Eがこの説明を信じたという事情がある。この事情は、Eとしては、丙建物が存在しても、借地権は存在しないと考えるであろうという事情と評価できる。しかし、対抗力の有無は建物と土地の外観上の関係から客観的に判断すべきであるから、少なくともEがCに対する確認すらしていない本件においては、この事情は上記の判断を左右しない。
5.以上から、借地借家法10条1項の対抗力は、本件土地全体に及ぶ。
6.よって、Cの反論は、認められる。
以上