平成29年予備試験論文式民法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.今年の民法は、基本と応用が混在していて、「正解」を考えようとすると、難しい問題です。しかし、合格答案を書くだけなら、基本部分に絞って書けばよいので、意外と易しい。その意味で、上記の(1)が重要だったといえるでしょう。
 設問1は、まず、Aが本件登記によって、甲建物の所有権を確定的に取得したといえるか。これが、入り口にある応用論点です。登記原因が譲渡担保であることを重視するなら、本件登記は、Aが譲渡担保権を取得したことについて対抗力を生じるにすぎないから、所有権取得について対抗力は生じない、と考える余地がありそうにも思えるからです。このことは、例えば、本件登記が抵当権設定登記であった場合を考えると、理解しやすいでしょう。抵当権設定登記でもって、所有権取得について対抗力が生じることは、あり得ません。同様に、譲渡担保権設定登記としての性質を有する本件登記によって、所有権取得に関する対抗力は生じ得ないのだ、ということになるのか。これについては、登記原因は対抗力の内容を構成しないので、たとえ登記原因が譲渡担保であろうと、それは単純な所有権移転の登記である、とするのが一般です。

 

(東京高決昭55・1・28より引用。太字強調は筆者。)

 譲渡担保を登記原因とすることは、所有権移転の原因を示すにすぎず、登記として完全な所有権移転の登記であつて、抵当権設定登記のような所有権に対する制限としての意味は、全く有しない。のみならず、譲渡担保契約の当事者間の問題として考えてみても、被担保債務の不履行により譲渡担保権者に所有権が終局的に帰属してしまつている場合もあり、この場合と、いまだ譲渡担保が設定されているにとどまつている場合とは、登記自体からは判別することができず、この点において、単なる担保権としての抵当権の設定登記とは事情を著しく異にし、これと同視することはおよそ不可能である。

(引用終わり)

 

 解釈論としては、譲渡担保の法的性質について担保権的構成に立った上で、譲渡担保を登記原因とする場合に限っては、登記原因も対抗力の内容を構成し得る、とする考え方もあり得ないわけではないと思います。しかし、登記原因を売買として登記する譲渡担保も一般に認められているので、そのように理解すると、登記原因を譲渡担保としたか売買としたかによって、対抗力の内容が異なることになってしまいます。ですので、筆者としては、そのような解釈は無理ではないかという感触を持ちます。実戦的には、ここは問題文から多数派の書きそうなことを予測し、決め打ちすることになります。本問では、次に説明する94条2項、110条類推適用は多くの人が気付きます。これを、多数派は書いてくるでしょう。仮に、本件登記によるAの所有権取得の対抗力を否定してしまうと、ACは単純な二重譲渡による対抗関係となってしまいますから、94条2項、110条類推適用が出てこない。こうして、本件登記の対抗力を否定してはいけない、と現場で判断することになるのです。
 本件登記が単純な所有権移転登記であるとすると、本問のAは、本件登記を備えた時に確定的に甲建物所有権を取得し、その後にBから買い受けたCは、無権利者からの譲受人となります。このままではCは勝てませんので、何らかの救済法理を考えることになる。多くの人が、以下の問題文を見て、94条2項類推適用を考えたでしょう。これは、基本論点です。

 

(問題文より引用)

 平成23年12月13日,Bは,不動産業者Cとの間で,甲建物をCに500万円で売却する旨の契約を締結し,同日,Cから代金全額を受領するとともに,甲建物をCに引き渡した。この契約の締結に際して,Bは,【事実】2の譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書をCに提示した上で,甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが,弁済期にCがAに対し【事実】2の貸金債権を弁済することにより,Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨を説明し,このことを考慮して甲建物の代金が低く設定された。Cは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。

(引用終わり)

 

 差が付くのは、問題文の以下の点に着目して、110条も併せて類推適用すべき場合であるかについて、最判平18・2・23を踏まえた規範に沿って検討できたかどうかです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Bは,実際にはAからの借金は一切存在しないにもかかわらず,AのBに対する300万円の架空の貸金債権(貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日)を担保するためにBがAに甲建物を譲渡する旨の譲渡担保設定契約書と,譲渡担保を登記原因とする甲建物についての所有権移転登記の登記申請書を作成した上で,平成23年9月21日,Aを呼び出し,これらの書面を提示した。Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。同日,Bは,これらの書面を用いて,甲建物について譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を行った。

(引用終わり)

最判平18・2・23より引用。太字強調は筆者。)

 上告人は,甲に対し,本件不動産の賃貸に係る事務及びc番dの土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが,そのために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もないのに甲に預けて数か月間にわたってこれを放置し,甲からc番dの土地の登記手続に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通を甲に交付し,本件不動産を売却する意思がないのに甲の言うままに本件売買契約書に署名押印するなど,甲によって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかかわらず,これを顧みることなく,さらに,本件登記がされた平成12年2月1日には,甲の言うままに実印を渡し,甲が上告人の面前でこれを本件不動産の登記申請書に押捺したのに,その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫然とこれを見ていたというのである。そうすると,甲が本件不動産の登記済証,上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件登記手続をすることができたのは,上記のような上告人の余りにも不注意な行為によるものであり,甲によって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについての上告人の帰責性の程度は,自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして,前記確定事実によれば,被上告人は,甲が所有者であるとの外観を信じ,また,そのように信ずることについて過失がなかったというのであるから,民法94条2項,110条の類推適用により,上告人は,甲が本件不動産の所有権を取得していないことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

 上記判例の規範は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)」に収録し、特に内容紹介において説明をしていたところです。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)」の内容紹介より引用)

 学説よりも判例重視という点は、他の科目と同様です。従来のいわゆる予備校論証では粗くなりがちな判例法理を、より正確な形で論証化しました。
 例えば、多くの人が知っている94条2項類推適用。従来の論証では、外観の存在、外観作出の帰責性、相手方の善意が規範とされ、「意思外形非対応型」なら110条も併せて類推するとされていると思います。しかし、これは粗すぎます。上記のように漠然と「外観作出の帰責性」と覚えていると、意思的関与に乏しい軽過失的場合にまで簡単に帰責性を肯定する当てはめをしてしまいかねません。判例は、94条2項を類推適用するためには、「虚偽の外観作出に積極的に関与した場合」と「虚偽の外観を知りながらあえて放置した場合」という規範を比較的明確に示しています(相手方の善意は94条2項自体の要件ですから、厳密には類推適用するための要件ではありません。)。そして、上記場合でなくても「同視し得るほど重い帰責性」がある場合には、110条も類推して善意無過失を要求しているのです(最判平18・2・23等参照)。単なる帰責性ではなく、「積極的に関与」や「知りながらあえて放置」と同視し得る程度でなければならないのです。上記平成18年最判では「余りにも不注意な行為」という言い回しで上記帰責性を肯定していますが、これは「重過失は悪意と同視できる」という考え方を想起すると理解しやすいでしょう。上記判例は、外観の認識がない場合には重過失レベルの帰責性を要求していると理解することが可能なのです。このように、判例の規範を正確にみると、「帰責性」の範囲はそれなりに限定されていることがわかるのです。規範を明確にした上で当てはめると、当てはめも的確になります。近時の司法試験では規範の正確性に対する比重が高まっています。本書は、この点が、特に従来の論証集と異なるところです。

(引用終わり)

 

 実戦的には、これを問題文の事実を引いて当てはめれば、終わり、というところです。ただ、応用的な論点が、いくつか残されているように思います。
 まず、本問の場合に果たして虚偽の外観があるといえるのか、という問題です。不動産取引において94条2項類推適用が問題となる場合とは、基本的に、虚偽の公示(登記)を信頼して取引をした場合です。すなわち、この場合における虚偽の外観とは、虚偽の公示(登記)のことをいう。例えば、以下の事例では、Aの帰責性やCの善意・過失を考慮する以前に、虚偽の外観がないというべきです。

 

【事例】

1.Aは、Bから甲建物を買い受け、その旨の所有権移転登記をした。
2.Bは、Cに対し、「甲建物にはAへの所有権移転登記があるが、あれは何かの間違いであり、真実の所有者は私である。」などと申し向け、言葉巧みにBが甲建物を所有しているかのようにCに信じさせて、甲建物につきCと売買契約を締結し、代金を受け取った。
3.Aは、上記2のようにBがCを騙そうとしていることを知りながら、放置していた。

 

 さて、前に説明したとおり、本件登記は、単純な所有権移転の登記です。登記原因は、公示の内容を構成するとはいえない。そうだとすると、本問の場合、実体と外観は一致しているのではないか。多くの人は、「登記原因が譲渡担保なのだから、本件登記はAに譲渡担保権があることを公示している。これをCが信頼し、Aに譲渡担保権があると誤信したのだから、仮にCが善意無過失であったなら、Aは、自らが譲渡担保権者ではないことを対抗できない。」というように考えたかもしれません。しかし、そのような理解は、「本件登記は譲渡担保権を公示しているのではなく、単純な所有権移転を公示するものであるから、Aは、Bからの所有権移転について本件登記によって対抗力を具備しており、Cは無権利者Bからの譲受人である。」という前提と矛盾します。そうだとすると、本問では、虚偽の外観があるということは難しそうです。仮に、登記原因を考慮して譲渡担保権の公示があり、Cがこれを信頼したと考えるとしても、問題はあります。前記東京高決昭55・1・28も指摘していることですが、譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記がされているというだけでは、債務者が弁済によって目的物を受け戻し得る状態なのか、既に帰属清算がされて受け戻し得ない状態なのか、判別できません。処分清算の場合には、処分先の第三者への移転登記がされますが、帰属清算の場合には、それを登記する手段がないからです。本問で、Cがいまだ受け戻し得る段階であると信頼したのは、登記事項証明書に記載された内容に加えて、Bの説明があったからでしょう。そこで、BのCに対する説明という登記外の事実に関する信頼を加味してよいか、という問題が生じるわけですね。かつての旧司法試験であれば、このようなところに論理矛盾があるというだけで、理不尽なくらい減点されたものですが、現在では、そのような極端な採点はされていません。ですから、実戦的にはあっさり虚偽の外観を認めて問題はないでしょうが、真面目に考えると難しいところです。
 もう1つ、応用的な論点として、本問で94条2項、110条が類推適用された場合に、どのような法律関係になるのか、ということがあります。Cが信頼した内容は、飽くまでAが譲渡担保権者であり、Cが弁済すれば甲建物を受け戻すことができる、というものです。そうすると、仮にCが善意無過失だったなら、AB間に債権債務関係が発生し、同時にAに譲渡担保権が発生するということになるのか。そうだとすると、Cのした弁済供託は有効で、Aは、供託金を受領できることになりそうです。また、仮にCが供託金を取り戻してしまった場合、Aは、Bに対して貸金返還請求をなし得ることになりそうですが、本当にそれでいいのか。そうではなく、端的にCが甲建物の所有権を取得できるという効果だけが生じ、Cのした弁済供託は非債弁済となるのか。これも、実戦的には無視すればよいと思いますが、困難な問題です。
 参考答案は、唯一の基本論点である94条2項、110条類推適用に絞って、規範と事実を書いているだけです。この程度でも、十分でしょう。本問のような問題では、応用的な部分を書きに行って混乱し、おかしなことを書いてしまったり、最も重要な94条2項、110条類推適用を落としてしまうなど、自滅する人の方が多いので、結果的に、この程度の答案が合格答案になってしまうのですね。

 設問2です。設問2の入り口は、合意解除を転借人に対抗できるか、という基本論点でした。これは、対抗できないとするのが判例(最判昭37・2・1。 土地賃貸借解除の地上建物賃借人への対抗につき最判昭38・2・21。)で、これは誰でも書ける。問題は、その後の法律関係です。
 合意解除を転借人に「対抗できない」ということを文字どおりに捉えれば、転借人との関係では、合意解除はなかった、すなわち、転借人との関係では、原賃貸借は存続しているものとして考えることになります。本問の場合、Cは、原賃貸人の地位に基づいてEに賃料を請求でき(613条1項)、修繕費用については、Eとの関係でいまだ転貸人とされるDに対して、Eは償還請求をすべきことになります。なお、613条1項により賃料請求をする場合、原賃貸借の賃料額を上限として、転貸借契約上の賃料を請求することになります。本問では、原賃貸借の賃料より転貸借の賃料の方が低額ですから、CがEに請求し得るのは、月額15万円です。
 上記の考え方は、「対抗できない」の意味としては素直ですが、原賃貸借を存続させ、賃借人(転貸人)を巻き込んだ状態を維持する点で、問題です。一般的な見解は、賃借人(転貸人)は賃貸関係から離脱し、賃貸人・転借人間に従来の転貸借関係が移転する、と考えます。その理屈は、概ね「合意解除を転借人に対抗できないということの意味は、要するに、転借人が、不動産の所有者に対して、占有権原として転借権を対抗できるという意味だろう。だから、目的不動産が譲渡され、新所有者に賃借権を対抗し得る場合に賃貸人の地位の移転が生じるのと同様に、合意解除によって転貸人の地位の移転が生じ、旧転貸人(賃借人)は賃貸関係から離脱すると考えるべきだ。」というものです。上位陣であれば、これは事前に準備して論証化していた人もいたのではないかと思います。これによれば、本問の場合、Cは、移転した転貸人の地位に基づいて、月額15万円の賃料をEに請求でき、Eは、Cに対し、修繕費用を償還請求できることになりそうです。ただ、後者については、必ずしも論理必然ではありません。なぜなら、Eが修繕費用を支出した後に、合意解除がなされているからです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

7.…Eは甲建物を使用していたが,平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じた。Eは,借主である自分が甲建物の修繕費用を負担する義務はないと考えたが,同月20日,修理業者Fに甲建物の修理を依頼し,その費用30万円を支払った
8.平成27年3月10日,Cは,Dとの間で甲建物の賃貸借契約を同年4月30日限り解除する旨合意した

(引用終わり)

(民法608条1項)

 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。

 

 仮に、転貸人の地位の移転が生じても、その時点で既に発生している債権債務は、当然には承継されない、という考え方を採用すれば、本問では、修繕費用を支出した時点で既にDに対する償還請求権が発生しているので、それはCに承継されない、と考えることになります。もっとも、既発生の債権債務については、既に発生している賃借人の債務(例えば未払い賃料)は当然には承継されないが、必要費償還請求等の賃貸人の債務は当然に承継される、というのが一般的なようです。ただ、このように単純に類型化できるかというと、やや疑問な感じもします。例えば、未払い賃料については、本来旧賃貸人が支払を受けるべきものだったわけだから、新賃貸人に承継しない、というように、個別の理由付けが重要な意味を持つように思われます。必要費償還請求についていえば、単に賃貸人の債務だから承継される、というのではなく、必要費の支出によって生じた不動産の価値の増加・回復は、新賃貸人が享受するといえることから、承継を肯定すべきと考える方が、より説得的です。こうして、本問では、Eは、修繕費用をCに請求できる、という結論になるわけです。なお、有益費については、新賃貸人が償還義務を承継するというのが判例(最判昭46・2・19)です。これは、有益費が発生するのが賃貸借終了時であることから、必要費の場合より容易に理解できるでしょう。
 結局、Cは、Eに対して月額15万円しか請求できず、Eは、Cに30万円を償還請求できる。これが、転貸人の地位の移転が生じると考えた場合の、1つの論理的な帰結です。もっとも、これに対しては、問題文上、触れて欲しそうな事情があります。1つは、DE間で月額賃料が15万円だったのは、従前のDE間の取引関係を考慮したもので、実際の相場賃料は月額25万円だったということ。もう1つは、CD間では、通常の使用により必要となる修繕については、その費用をDが負担することが合意されていたことです。 これは、わざわざ書いてあるわけですから、答案で触れる必要がある。「そうはいっても、転貸人の地位が移転するんだから、仕方ないじゃない。」というのが端的な解答になるわけですが、なぜ、「仕方ない」といい得るのか。そういえる要素を、できる限り列挙して書いておく必要があるでしょう。詳しくは、参考答案を参照してみて下さい。設問2は、書ける人は普通に書けるはずなので、この点のケアまでしておかないと、安全圏とはいえないように思います。それから、一見地味ではありますが、必要費の意義を書いて当てはめるという作業をしているか、していないかによって、予想外に差が付くでしょう。
 参考答案は、相変わらず羅列的で、唐突感のある文章になっています。しかし、配点のある部分は書いているので、これで点が取れてしまう。読みやすい文章にしようとするあまり時間が足りなくなってしまう人は、まずは参考答案のような答案なら最低限書ける、というレベルを目指すべきでしょう。読みやすい文章を書くのは、参考答案程度のものをスラスラと書けるようになって、なお余裕がある場合にすればよいことです。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.Cが、Aに対し、甲建物の所有権に基づき、本件登記の抹消登記手続を請求するためには、Cが甲建物の所有権を取得していることが必要である。
 本件では、Aが先に本件登記を備えた以上、Cは、無権利のBからの譲受人であり、甲建物の所有権を取得できないのが原則である。

2.もっとも、Cは、契約の締結に際して、Bから譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書を提示され、甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが、弁済期にCがAに対し貸金債権を弁済することにより、Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨の説明を受け、このことを考慮して甲建物の代金が低く設定されたという事情がある。

(1)自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していた場合でなくても、これと同視し得るほど重い帰責性があるときは、94条2項、110条の類推適用により、善意無過失の第三者に対して、外観どおりの権利関係の不存在を対抗できない(判例)。

(2)本件登記は、所有権移転という点では、実体に合致している。しかし、本件登記の登記原因は譲渡担保とされているが、実際にはBにAからの借金は一切存在せず、譲渡担保設定契約書は、Aが書面の意味を理解できないまま署名・押印したものであるから、譲渡担保設定契約は無効である。したがって、虚偽の外観がある。

(3)Aは、Bが作成した譲渡担保設定契約書及び登記申請書について、その書面の意味を理解できなかったから、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していたとはいえないが、これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし、書面を持ち帰って検討したりすることなく、その場でそれらの書面に署名・押印したから、上記と同視し得るほど重い帰責性がある。

(4)Cは、Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが、知らなかったことについて過失があった。したがって、善意無過失の要件を満たさない。

3.以上から、Cは、甲建物の所有権を取得できない。

4.よって、Cは、Aに対し、甲建物の所有権に基づき、本件登記の抹消登記手続を請求することはできない。

第2.設問2

1.CのEに対する請求

(1)甲建物明渡請求

 Cが、Eに対し、甲建物の明渡しを請求するためには、Eの占有権原である転借権が消滅したことを要する。
 賃貸人と賃借人の間でした賃貸借の合意解除は、398条、538条の法意と信義則(1条2項)に照らし、転借人に対抗できない(判例)。
 本件で、Cは、CD間の賃貸借が合意解除されたことをEに対抗できない。その結果、Cとの関係では、Eはいまだ占有権原として転借権を有する。
 よって、Cは、Eに対し、平成27年4月30日までに甲建物を明け渡すことを請求できない。

(2)賃料支払請求

 Cが、Eに対し、賃料(601条)を請求するためには、Eとの関係で賃料請求権を有することを要する。
 賃貸人と賃借人の間でした賃貸借の合意解除を転借人に対抗できない場合には、賃借人は賃貸・転貸関係から離脱し、転貸人の地位が賃貸人に移転する。
 本件では、Dの転貸人の地位がCに移転する、その結果、DE間の契約関係が、そのままCE間に移転する、したがって、Cは、Eに対し、賃料請求権を有するが、その額は、DE間の契約に基づく月額15万円である。
 確かに、平成27年5月以降の相場賃料は月額25万円である。DE間の契約において、賃料は従前のDE間の取引関係を考慮して、月額15万円とすることが合意された。しかし、転貸人の地位の移転は、CD間の合意解除によって生じたもので、Eは関与していない。CE間に移転する契約の期間は2年であり、平成28年8月末日をもって満了するから、正当事由があれば更新拒絶の余地がある(借地借家法28条)。Cは、Dに対し、賃料減額相当部分につき、不当利得返還請求をする余地がある。Cは、借賃増額請求をする余地がある(同法32条)。以上から、上記の結論を左右しない。
 よって、Cは、Eに対し、月額15万円の限度で、平成27年5月以降の賃料の支払を請求することができる。

2.EのCに対する請求

(1)Eが、Cに対し、修繕費用30万円の支払を直ちに請求するためには、同費用が必要費(608条1項)に当たることを要する。
 必要費とは、通常の用法に適する状態において目的物を維持・保存するために支出した費用をいう。
 本件で、修繕費用30万円は、雨漏りの修理のためFに支払ったものであるから、通常の用法に適する状態において目的物を維持・保存するために支出した費用といえ、必要費に当たる。

(2)確かに、CD間の賃貸借契約においては、通常の使用により必要となる修繕については、その費用をDが負担することが合意された。Eの負担する賃料は、CD間の賃貸借契約における月額20万円より低額な月額15万円である。しかし、CE間の契約関係は、DE間の転貸借関係が移転したものである。DE間においては、甲建物の修繕に関して明文の条項は定められなかった。Cは、Eに償還した必要費について、Dに求償する余地がある。以上から、EのCに対する償還請求を否定すべき事情はない。

(3)よって、Eは、Cに対し、修繕費用30万円の支払を請求できる。

以上

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