平成29年予備試験論文式商法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.今年の商法は、応用的な要素もないわけではありませんが、答案に書くべき内容としては、基本的なものに限られています。したがって、上記の(1)から(3)までを普通にこなせば、優に合格答案となるでしょう。
 設問1で、上記(1)に当たる基本事項は、金銭債権の現物出資の方法があることと、募集株式の発行と現物出資に関する一般的な手続です。これを解答すれば、最低限の合格答案でしょう。参考答案は、それだけしか書いていません。過去の傾向からすると、この程度ですら、意外と書けない人が多いものです。
 上位を狙うなら、現場で条文検索をし、207条9項5号に気付く必要があります。

 

(207条9項5号)
 現物出資財産が株式会社に対する金銭債権(弁済期が到来しているものに限る。)であって、当該金銭債権について定められた第百九十九条第一項第三号の価額が当該金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合 当該金銭債権についての現物出資財産の価額

 

 同号は、同項4号の隣にある条文です。現物出資一般の手続を説明する際に、4号の証明は、検査役の調査に代わるものとして、覚えて引用する条文です。これを引く際に、5号が目に入ってくれば、気付くチャンスはあったのではないかと思います。同号に気付いたなら、さらに括弧書きの弁済期到来要件を満たしていないことにも気付きたいところです。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 X社は,同社に対して5億円の金銭債権(弁済期平成28年7月1日)を有するA株式会社(以下「A社」という。)に対し,A社のX社に対する同債権を利用して,募集株式1万株を発行することとして(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成28年5月27日),A社にその旨の申入れをしたところ,A社の了解を得ることができた。

(引用終わり)

 

 ここまで気付けば、さらに、X社が期限の利益を放棄すれば、この要件を満たすことになりそうだ、ということにも気付きたい。ここまで書ければ、設問1は上位の合格答案といえるでしょう。ただ、実際には、初日の疲労が残った状態で、しかも、実務基礎を3時間で解いた後にこれを解くわけですから、現場でここまで気付くのは、なかなか難しいことです。現場で条文を引こうとするあまり、それ以前の基本事項を落としてしまった、という人も、かなりいたのではないかと思います。
 さらに、超上位を狙うなら、通常の金銭出資とし、払込義務と金銭債権を相殺するという方法についても、書くことになるでしょう。ここでは、208条3項との関係を検討することになります。

 

(208条3項)
 募集株式の引受人は、第一項の規定による払込み又は前項の規定による給付(以下この款において「出資の履行」という。)をする債務と株式会社に対する債権とを相殺することができない。

 

 同項のポイントは、「募集株式の引受人は…相殺することができない。」とされ、会社側からの相殺は禁じていないということです。

 

会社法制の現代化に関する要綱第2部第4の3(6)a注2より引用。太字強調は筆者。)

(注2 ) 相殺禁止に関する規定は,金銭等で払い込むべきものと定められている場合における引受人からの相殺を禁止する旨の規定に改めるものとする。

(引用終わり)

会社法制の現代化に関する要綱試案第4部第2の6(1)③注1より引用。太字強調は筆者。)

(注1) 相殺禁止に関する規定については,金銭で払い込むべきものと定められている場合における引受人からの相殺を禁止する旨の規定に変更するものとする。

(引用終わり)

会社法制の現代化に関する要綱試案の補足説明より引用。太字強調は筆者。)

 (注1)は,相殺禁止に関する規定(商法200条2項,有限会社法57条)についてその趣旨を明らかにする改正をすることを掲げている。このことと,金銭債権の現物出資との関係について検討すると,会社に対する金銭債権の現物出資を検査役の調査を経ずに認める実質的な趣旨については,次のように整理することができる。
 第一に,一旦金銭で弁済して,再度同額を出資すれば金銭債権の現物出資と同様の効果が認められるが,債権者が出資しないというリスク等を負担しなければならず,また,他の債権者との関係でも望ましくない。
 第二に,現物出資の目的となる金銭債権の債権者は,現物出資により株主というより弁済順位の低い資金提供者へとその地位を後退させるのであるから,他の債権者及び将来の債権者にとっては有利な行為である。
 このように,会社が現物出資に同意している限り,金銭債権の現物出資によって,会社及びその債権者が害されることはない。そうではなく,(注1)に掲げたように,会社が金銭で払い込むべき,すなわち現実の払込みを行うべきものと定めたときに,引受人がその有する会社に対する債権を自働債権として相殺することを禁止するところに相殺禁止の規定の意義があるといえる。

(引用終わり)

 

 このように、208条3項は、引受人からの一方的意思表示による相殺(法定相殺)を禁じているにすぎず、会社側からの相殺や、会社と債権者の合意による相殺を禁じる趣旨の規定でないことは明らかです。したがって、本問において、金銭出資とした上で、X社側から期限の利益を放棄して相殺をしたり、X社とA社の合意により相殺をすることは可能であるということになる。また、このことは、金銭債権の現物出資による方法が、208条3項の潜脱になるなどという余地もないことを示しています。これらの点について、それなりに論述できれば、超上位の合格答案といえるでしょう。
 設問1で問われた手法は、負債(Debt)と資本(Equity)を交換(Swap)するという意味で、デット・エクイティ・スワップ(Debt EquitySwap)と呼ばれます。もっとも、そのような名称を知らなくても、十分に解答できます。なお、デット・エクイティ・スワップに関しては、「現物出資財産の価額」を帳簿価額と考えるべきか、時価(その金銭債権の評価額)と考えるべきか、という厄介な論点があります。しかし、本問では、A社の有する金銭債権の帳簿価額と評価額に乖離がある旨の記載が問題文にありませんし、方法と手続しか問われていません(※1)から、この点は直接には問われていないと考えるべきなのでしょう。問題文を見ても、金銭債権の評価額と帳簿価額の乖離が生じているとは考えにくい事案に、敢えて設定されているようにみえます。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

2.X社は,主たる事業である電子機器の製造・販売業は堅調であったが,業績拡大の目的で多額の投資を行って開始した電力事業の不振により多額の負債を抱え,このままでは債務超過に陥るおそれがあった。そこで,X社は,この状況から脱却するため,電力事業を売却し,同事業から撤退するとともに,募集株式を発行し,債権者に当該募集株式を引き受けてもらうことにより負債を減少させる計画を立てた。

3.X社は,同社に対して5億円の金銭債権(弁済期平成28年7月1日)を有するA株式会社(以下「A社」という。)に対し,A社のX社に対する同債権を利用して,募集株式1万株を発行することとして(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成28年5月27日),A社にその旨の申入れをしたところ,A社の了解を得ることができた。

(引用終わり)

 

 「電力事業の不振により多額の負債を抱え,このままでは債務超過に陥るおそれがあった」というのは、現時点ではまだ債務超過にはなっていないということです。また、「電力事業を売却し,同事業から撤退する」としているので、売却による現金が入ってくるし、多額の負債を生む原因となった電力事業から撤退するわけですから、債務超過のおそれはひとまず解消されるとみることができる。しかも、弁済期は平成28年7月1日であり、遠い将来というわけでもない。さらに、A社に対する5億円の債務も、募集株式の発行が実現すれば、これによって解消される。こうした事情からすれば、A社の金銭債権の評価額が、返済不能のリスクによって帳簿価額より低い価額になるという可能性は、かなり低いといえるでしょう。以上のことから、この点は、仮に知識として知っていたとしても、書くべきではないのだろうと思います。
 ※1 厳密には、現物出資財産の価額を時価(評価額)とみた場合には、給付すべき「募集株式の払込金額の全額に相当する現物出資財産」(208条2項)としてはA社の有する金銭債権では足りないという余地があり、そもそもA社の金銭債権の現物出資という方法では1万株を発行するという目的を達し得ないので、現実的に採り得る方法とはいえないとか、払込金額5万円自体は特に有利な金額ではなくても、実質的には、その払込金額を下回る価額で株式発行を受けられることになるから、実質的な有利発行であるとして、株主総会特別決議を要するとする解釈の余地があり得ます。

 設問2です。設問2で、上記(1)に当たる基本事項のうち、最も重要なものは、見せ金該当性です。ここで、当てはめに入る前に一般論として判例(最判昭38・12・6)の規範を明示したか、すなわち、上記(2)をクリアしたかによって、合否が分かれるでしょう。

 

最判昭38・12・6より引用。太字強調は筆者。)

 株式の払込は、株式会社の設立にあたつてその営業活動の基盤たる資本の充実を計ることを目的とするものであるから、これにより現実に営業活動の資金が獲得されなければならないものであつて、このことは、現実の払込確保のため商法が幾多の規定を設けていることに徴しても明らかなところである。従つて、当初から真実の株式の払込として会社資金を確保するの意図なく、一時的の借入金を以て単に払込の外形を整え、株式会社成立の手続後直ちに右払込金を払い戻してこれを借入先に返済する場合の如きは、右会社の営業資金はなんら確保されたことにはならないのであつて、かかる払込は、単に外見上株式払込の形式こそ備えているが、実質的には到底払込があつたものとは解し得ず、払込としての効力を有しないものといわなければならない。しかして本件についてこれを見るに、原判決の確定するところによれば、訴外D株式会社は資本金二〇〇万円全額払込ずみの株式会社として昭和二四年一一月五日その設立登記を経由したものであるが、被上告人Bは、発起人総代として同じく発起人たるその余の被上告人らから、設立事務一切を委任されて担当し、株式払込については、被上告人Bが主債務者としてその余の被上告人らのため一括して訴外E銀行Gから金二〇〇万円を借り受け、その後右金二〇〇万円を払込取扱銀行である右銀行支店に株式払込金として一括払い込み、同支店から払込金保管証明書の発行を得て設立登記手続を進め、右手続を終えて会社成立後、同会社は右銀行支店から株金二〇〇万円の払戻を受けた上、被上告人Bに右金二〇〇万円を貸し付け、同被上告人はこれを同銀行支店に対する前記借入金二〇〇万円の債務の弁済にあてたというのであつて、会社成立後前記借入金を返済するまでの期間の長短、右払戻金が会社資金として運用された事実の有無、或は右借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等、その如何によつては本件株式の払込が実質的には会社の資金とするの意図なく単に払込の外形を装つたに過ぎないものであり、従つて株式の払込としての効力を有しないものではないかとの疑いがあるのみならず、むしろ記録によれば、被上告人Bの前記銀行支店に対する借入金二〇〇万円の弁済は会社成立後間もない時期であつて、右株式払込金が実質的に会社の資金として確保されたものではない事情が窺われないでもない。然るに、原審がかかる事情につきなんら審理を尽さず、従つてなんら特段の事情を判示することなく、本件株式の払込につき単にその外形のみに着目してこれを有効な払込と認めて被上告人らの本件株式払込責任を否定したのは、審理不尽理由不備の違法があるものといわざるを得ず、その結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論点に対する判断を俟つまでもなく、破棄を免れない。

(引用終わり)

 

 これをクリアしたことを前提に、仮装出資に係る新株発行の無効と不存在の区別、仮装出資に関する規律の適用について、それなりに示すことができれば、合格答案といったところだろうと思います。見せ金該当性に関する規範を明示しなかった人のほとんどは、法的三段論法が重要だということは当然知っているし、判例の規範も知っていたでしょう。単に、時間、紙幅等の関係で、省略してしまったにすぎない。中には、上記判例が事例判例であることを意識して、過度に一般化してはいけないと思い、敢えて規範として明示しなかった人もいるでしょう。そのような人は、規範を丸暗記して貼り付けた人よりも、むしろ、理解の深い人といえます。しかしながら、そのような人もすべて、規範を明示していないという理由だけで、「法的三段論法もわかっていないし、判例の規範があることも知らない。法律家として不適格である。」という評価になる。これが、論文試験の恐ろしいところです。そうだからこそ、当サイトは、上記(1)から(3)までを、多くの受験生からすれば極端に感じられるほどに、強調しているのです。 
 仮装出資に係る新株発行の効力については、平成26年会社法改正によって有効になった、という説明が、一部でなされているようです。これは、同改正を契機に論者が自説を改める、というのならわかりますが、同改正が有効説を採用する趣旨でなされたとか、同改正によって論理的に有効説しか取り得なくなった、という趣旨であるなら、それは誤っていると思います。

 

法制審議会会社法制部会第21回会議議事録より引用(肩書は当時)。※注及び太字強調は筆者。)

内田修平(法務省民事局付)関係官  出資の履行が仮装された場合の募集株式の発行の有効性については,解釈に委ねることが相当と考えられますが,当部会での御議論を踏まえますと,仮にこれが有効で,引受人が株式を取得すると解される場合でも,①又は②の責任(※注 213条の2、213条の3の責任に相当するもの)が履行されるまでの間は,株主権の行使を認めるべきではないと考えられることから,この点について明文の規定(※注 209条2項に相当するもの)を置くものでございます。

(引用終わり)

 

 「仮にこれが有効…でも」と、有効説について言及しているのは、有効説からは無制限に株主権の行使が認められるとも思えるためで、有効説を前提にするという趣旨ではありません。改正によって有効説になった、という誤解が生じるのは、「引受人に払込み・給付に相当する責任を負わせたり、株主権の行使に関する規定があったりするってことは、有効説じゃないと説明できないんじゃないの?」という発想があるからでしょう。そのような疑問を持ってしまう人は、募集株式の発行については、「無効だけど有効と扱われる。」という状況が存在することを、失念しているのです。

 

(828条1項)
 次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる
一 略。
二 株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から六箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の発行の効力が生じた日から一年以内)
3号以下略。

(834条2号)
 株式会社の成立後における株式の発行の無効の訴え(第八百四十条第一項において「新株発行の無効の訴え」という。) 株式の発行をした株式会社

(839条)
 会社の組織に関する訴え第八百三十四条第一号から第十二号まで、第十八号及び第十九号に掲げる訴えに限る。)に係る請求を認容する判決が確定したときは、当該判決において無効とされ、又は取り消された行為(当該行為によって会社が設立された場合にあっては当該設立を含み、当該行為に際して株式又は新株予約権が交付された場合にあっては当該株式又は新株予約権を含む。)は、将来に向かってその効力を失う

 

 募集株式の発行に無効事由があっても、新株発行無効の訴えが提起され、認容判決が確定する時までは、有効と扱われるのです。しかし、839条の文言から明らかなことは、募集株式の発行と、それによって交付された株式が有効と扱われる、というだけで、それ以外の法律関係については、従来はよくわからないままでした。そうすると、発行及び株式は有効だけれど、払込みは無効で、引受人は失権するから、もはや払込義務を負わない、という帰結になりそうだ。それは困る、ということで規定されたのが、平成26年改正によって規定された一連の規律です。

 

法制審議会会社法制部会第10回会議議事録より引用(肩書は当時)。太字強調は筆者。)

内田修平(法務省民事局付)関係官 判例上,仮装払込みは,払込みとしての効力を有しないと解されており,有効な払込みがない以上,現行法の下では,仮装払込みをした引受人は,会社法第208条第5項の「出資の履行をしないとき」に該当するものとして,募集株式の株主となる権利を失うとともに,払込みの責任を免れるようにも思われます。もっとも,仮装払込みをした者は,仮装払込みにより既存株主から価値の移転を受けた場合には,それを返還すべき地位にあるといえます。そこで,仮装払込みをした者は,払込期日・払込期間の経過後も払込みの責任を免れないものとすることについて,検討を要するものと存じます。

(引用終わり)

法制審議会会社法制部会第21回会議議事録より引用(肩書は当時)。太字強調は筆者。)

岩原紳作(東大教授)部会長 払込みが仮装された場合に,引受人が失権して,もう払込義務もなくなってしまうということで,最終的に責任をとる者もいなくなってしまうといった最悪の場合を捕まえて,それについての規定を置こうというのが,部会資料24の案だと思っています。確かに,こういう規定を入れると,逆に,ここから新株発行の有効性を前提にしているのではないかとか,そういう解釈論的な問題が出てくる可能性はあり得るのですけれども,取りあえず,そういう最悪のケースは押さえておきたいということで提案されているのが部会資料24だと思います。

(引用終わり)

 

 このように、「無効だけど有効」という困った事態に対処する趣旨の規定なわけですから、これは不存在の場合には適用がないということになります。

 

法制審議会会社法制部会第21回会議議事録より引用(肩書は当時)。太字強調は筆者。)

藤田友敬(東大教授)幹事 単なる仮装払込みの場合は,この規律でいいと思うのですが,いわゆる新株発行不存在の場合に,しかも,払込みが仮装であるというケースであれば,ここのルールに従って後で払い込みがなされたとしても,有効な新株発行になったりするわけではない,募集株式の不存在の話は全く別で,このルールによって何か新たなものが作り出される話ではないと理解してよろしいですね

坂本三郎(法務省民事局参事官)幹事 正に,藤田幹事の御指摘のとおりでございまして,不存在の場合は,それはまた別ということになるという理解でおります。

(引用終わり)

 

 この延長線上の話として、新株発行無効の訴えの認容判決が確定してしまった場合には、もはや「無効だけど有効」という状態ではないのだから、その後に引受人が213条の2の義務を履行したからといって、株主権を行使できるようになるというわけではない、ということになる。「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」では、このことを明らかにした論証を用意していました。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」より引用)

仮装出資に係る規律(52条の2第、102条3項、4項、102条の2、103条2項、3項、209条2項3項、213条の2、213条の3)の適用範囲
重要度:B

 仮装出資に係る規律の趣旨は、新株発行等に無効事由があっても、無効判決が確定する時までは有効なものと扱われる(828条1項2号、3号、839条)ことから、その間の法律関係を明確にする点にある。従って、新株発行等が不存在となる場合には、上記の規律は適用がない。また、新株発行等の無効判決が確定した場合には、その時から上記の規律は適用されない。

(引用終わり)

 

 本問が、問題文で、「なお,これを論ずるに当たっては,上記5の募集株式の発行の効力についても,言及しなさい。」としているのは、不存在とした場合には改正法の規律が適用されなくなるからです(※2)。 参考答案は、上記の論証を用いていますが、これはせっかく当サイトで作ったものなので使っているという程度の意味です。現段階では知らない人の方が多いでしょうから、書けなくても合格答案でしょう。なお、本問では、議決権のような共益権も、209条2項の株主権に含まれるか(同条2項が経済的価値の移転に着目した規定であるとするなら、配当受領権等の自益権のみが否定され、共益権は否定されないのではないか。)、という応用論点もあり、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」では収録していました。
 ※2 厳密には、小問(1)のY及びZ社に213条の3、213条の2が適用されるかという点にも影響するので、小問(2)にこのなお書きを付したことが適切であったかについては疑問の余地があります。ただし、この点が特に問題となるのは株主権の行使の場面ですので、小問(2)に付したこともわからないではありません。

 

(「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」より引用)

「株主の権利」(52条の2第4項、102条3項、209条2項)には共益権も含むか
重要度:C

 本来拠出すべき支払又は給付がないのに会社の経営に参画することは相当でない以上、「株主の権利」(52条の2第4項、102条3項、209条2項)には共益権も含まれる。

 

 これはCランクの論点でもあり、文言を素直に読めば含まれることは明らかでしょうから、敢えて論証するまでもないでしょう。
 小問(1)でCの採り得る手段について、株主代表訴訟には気付いたと思いますが、847条1項には213条の2の責任は明示的に規定されているものの、213条の3の責任が明示されていないので、迷った人もいたかもしれません。213条の3の責任が個別に規定されていないのは、「役員等…の責任」に含まれると考えれているからです。

 

(847条1項)
 六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第百八十九条第二項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四百二十三条第一項に規定する役員等をいう。)若しくは清算人(以下この節において「発起人等」という。)の責任を追及する訴え、第百二条の二第一項、第二百十二条第一項若しくは第二百八十五条第一項の規定による支払を求める訴え、第百二十条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二百十三条の二第一項若しくは第二百八十六条の二第一項の規定による支払若しくは給付を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。

(「会社法制の見直しに関する中間試案の補足説明」より引用。太字強調は筆者。)

 仮装払込みをした者に払込みの責任を果たすよう求めることは困難な場合もあるほか,仮装払込みの抑止という観点からも,仮装払込みに関与した取締役等に責任を負わせる必要があるとの指摘もされている。そこで,②では,仮装払込みに直接又は間接に関与した取締役等は,株式会社に対して仮装払込みの金額に相当する額を支払う義務を負うものとしている。上記のとおり,旧商法における取締役の引受担保責任は,取締役が所定の手続を経ることなく株式を引き受けることになるのは適切でないと考えられたこと等から,会社法制定時に廃止されたという経緯があるが,②の義務は,そのような引受担保責任とは異なり,仮装払込みへの関与についての帰責性に基づく特別の法定責任として,仮装払込みの金額に相当する額を支払う義務を課すものである。そして,帰責性に基づく法定責任という責任の性質を踏まえ,取締役等は,その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明すれば,このような義務を免れるものとしている。ただし,払込みの仮装をした取締役等については,その行為態様等に鑑み,無過失責任としている。なお,②の義務は,株式会社の取締役等の責任として,同法第847条第1項の責任追及等の訴えの対象となると考えられる。

(引用終わり)

 

 今回、平成26年改正について全然知らなかった、という人は、さすがに対策不足です。改正事項だからといって、出題されない、ということはありません。もちろん、あらゆる改正について準備しておかなければならないということはありませんが、多くの人が準備するようなものは、事前に知っておく必要があります。出資の仮装に関する規律は、同改正の中でも重要度の高いものであり、「司法試験論文用平成26年会社法改正対応教材」でも取り上げていたものですので、基本事項の1つとして、当然に知っておくべきことでした。これは新判例についてもいえることですが、重要なものは、上記(1)の基本論点に含まれてきますので、きちんと準備をしておく必要があるのです。
 参考答案は、設問1で、207条9項5号に全く触れていません。「デット・エクイティ・スワップの特殊性に全然気付いていないじゃないか。」と思うでしょう。しかし、これで十分合格答案です。なぜなら、そもそも一般的な募集株式発行の手続について、的確に解答できる人が少ないからです。上記(1)の基本論点だけを解答すれば合格レベルになる、というのは、そういうことです。
 なお、参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.A社のX社に対する金銭債権を現物出資するという方法が考えられる。

2.必要な手続

(1)募集事項(199条1項各号)の決定は、非公開会社においては株主総会の特別決議による必要がある(同条2項、309条2項5号)が、公開会社においては、第三者割当てによる有利発行(199条3項)である場合を除き、取締役会決議によれば足りる(201条1項、202条3項3号、5項)。
 本件で、X社は公開会社である。A社は、募集株式の発行を受けるまで、X社の株式を有していなかったから、第三者割当てである。もっとも、募集株式の払込金額5万円は、A社に特に有利な金額ではないから、有利発行には当たらない。
 従って、募集事項の決定は、取締役会決議によれば足りる。

(2)公開会社が取締役会決議によって募集事項を定めた場合には、株主割当てのとき(202条5項)又は金商法4条1項から3項までの届出をしている等のとき(201条5項)を除き、株主に対する通知(126条)又は公告(939条)をすることを要する(201条3項、4項)。
 本件で、X社が金商法4条1項から3項までの届出をしている等の場合でなければ、株主に対する通知又は公告が必要である。

(3)総数引受契約がある場合には、株式申込予定者に対する通知(203条1項)及び割当て(204条1項)の手続を要しない(205条1項)。
 本件で、A社は発行される募集株式1万株の総数を引き受けるから、総数引受契約を締結することにより、X社は、A社に対する通知及び割当ての手続をしないことができる。

(4)現物出資(199条1項3号)をするためには、現物出資財産の価額につき、検査役の調査(207条1項)又はこれに代わる証明(同条9項4号)が必要である。
 本件で、X社は、現物出資財産であるA社のX社に対する金銭債権の価額について、検査役の調査又はこれに代わる証明の手続をとることが必要である。

(5)資本金の額(911条3項5号)及び発行済株式総数(同項9号)に変動が生じることから、X社は、変更の登記をする必要がある(915条1項)。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)見せ金とは、払込取扱機関以外の者からの借入金を払込みに充て、払込みの効力が生じた後に引き出して上記借入金を返済することをいう見せ金に当たるというためには、借入金を返済するまでの期間の長短、払戻金が会社資金として運用された事実の有無、借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等を考慮し、実質的に会社の資金とする意図がなく、単に払込みの外形を装ったに過ぎないと認められることを要する(判例)
 本件で、借入れ、払込みは平成29年2月1日にされ、借入金の返済は同月2日にされたから、その間はわずか1日である。払戻金が会社資金として運用された事実はない。Z社の払込みがされずに、募集株式の発行ができないこととなると、X社の財務状態に対する信用が更に悪化するという事情からすれば、借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響は大きいといえる。以上から、実質的に会社の資金とする意図がなく、単に払込みの外形を装ったに過ぎないと認められる。従って、Z社による払込みは、見せ金である。

(2)Z社による払込みは、見せ金であるから、払込みを仮装した場合(213条の2第1項1号)に当たる。

ア.Yは、X社の代表取締役であり、上記見せ金についてZ社と協議したから、出資の履行の仮装に関する職務を行った取締役(施行規則46条の2第1号)として、X社に対し、3億円を支払う義務を負う(213条の3第1項)。Yは、出資の履行を仮装した者といえるから、無過失免責の余地はない(同項ただし書括弧書き)。

イ.Z社は、募集株式の引受人として、X社に対し、3億円を支払う義務を負う(213条の2第1項1号)。この責任は総株主の同意がなければ免除できない(同条2項)から、Cが同意しない場合には、免除の余地はない。

ウ.上記アイの責任は、連帯債務となる(213条の3第2項)。

(3)よって、Cは、株主代表訴訟の手段により、上記Y及びZ社の責任を追及することができる(897条1項、3項)。

2.小問(2)

(1)出資の履行が仮装された場合には、会社の事業資金は何ら確保されたことにはならない以上、出資の履行としての効力は生じない(判例)
 本件で、Z社の払込みは無効であり、既に払込期日である平成29年2月1日を経過しているから、Z社が有効に株式の発行を受けることはできない(208条5項)。

(2)出資の履行を仮装した新株発行等は、その実体がある場合には無効事由となるが、発行等の実体すら認められない場合には不存在である
 本件で、X社は、Z社に対して、募集株式6000株を発行し、Z社は、これをすべてB社に代物弁済し、名義書換がされたから、発行の実体がある。従って、Z社に対する募集株式の発行には、無効事由がある。

(3)仮装出資に係る規律の趣旨は、新株発行等に無効事由があっても、無効判決が確定する時までは有効なものと扱われる(828条1項2号、3号、839条)ことから、その間の法律関係を明確にする点にある。従って、新株発行等が不存在となる場合には、上記の規律は適用がない。また、新株発行等の無効判決が確定した場合には、その時から上記の規律は適用されない
 本件で、Z社に対する募集株式の発行には無効事由がある。従って、209条2項、3項の適用がある。

(4)よって、B社は、出資の仮装につき悪意・重過失でない限り、議決権を行使できる(同条3項)。

以上

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