平成29年予備試験論文式民訴法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.今年の民訴法は、現場では易しいと感じた人が多かったのではないでしょうか。それは、ほとんどの人が、応用論点に気が付いていなかったからです。基本論点しか見えないので、基本的な問題であると感じた、ということですね。基本論点しか見えない場合に、「他にも何かあるのではないか。」と、応用論点を探しているようでは、早く受かるようにはなりません。その基本論点に絞って、しっかり書いていけば、それでよいのです。本問のように、上記(1)の基本論点が見えやすい問題の場合には、上記(2)、(3)が合否を分けることになります。
 設問1ではっきり差が付くのは、上記の(2)。すなわち、当てはめに入る前に、大阪国際空港事件判例(最大判昭56・12・16)の規範を明示できるかどうかです。

 

大阪国際空港事件判例より引用。※注及び太字強調は筆者。)

 民訴法二二六条(※注:現行法の135条)はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて前記の要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される。このような規定の趣旨に照らすと、継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を訴求する場合のように、右請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動としては、債務者による占有の廃止、新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測しうる事由に限られ、しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない点において前記の期限付債権等と同視しうるような場合には、これにつき将来の給付の訴えを許しても格別支障があるとはいえない。しかし、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であつても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、前記の不動産の継続的不法占有の場合とはとうてい同一に論ずることはできず、かかる将来の損害賠償請求権については、冒頭に説示したとおり、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である。

(引用終わり)

 

 予備試験の場合は、この時点で多くの人が脱落します。判例の規範を覚えていない人、覚えていても答案に明示しない人。前者は、基本的な知識が足りていない人で、規範を覚える学習を増やす必要があります。後者は、基本的な答案の書き方を習得できていない人で、答案の書き方のクセを直さないと、どんなに知識を増やしても受かりません。当サイトが繰り返し説明している、「何度受けても受からない人」になりやすいタイプです。
 後は、それぞれの要件に当てはまりそうな事実を問題文から書き写して、結論を出せば終わり、というのが、実戦的な考え方です。本問は賃料がらみの事案だったためか、上記判例でも将来給付の訴えが認められる典型例として挙げている、「不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相当額の損害金の支払を訴求する場合」に近いと考えて、適法とした人が多かったようです。参考答案も、適法の結論にしておきました。しかし実際には、類似の事案で、判例は将来給付の訴えを不適法としているのです(※)。
 ※ 大阪国際空港事件判例は継続的不法行為の事案であったのに対し、本問は継続的不当利得の事案なので、同判例の規範がそのまま妥当するのかという点に疑問を持った人は鋭いのですが、下記判例が「将来発生すべき債権」と表記しているとおり、現在では、大阪国際空港事件判例の規範は将来給付の訴え一般に妥当する要件として取り扱われています。

 

最判昭63・3・31より引用。太字強調は筆者。)

 将来の給付の訴えは、現在すなわち事実審の口頭弁論終結の時点では即時履行を求めることのできない請求権について予め給付判決を求める訴えであつて、予め請求をする必要があるときに限り提起することが許されるものであり(民訴法二二六条)、既に権利発生の基礎をなす事実関係及び法律関係が存在し、ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の一定の事実の発生にかかつているにすぎない期限付債権や条件付債権のほか、将来発生すべき債権についても、その基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右債権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動が予め明確に予測し得る事由に限られ、しかもこれについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても、当事者間の衡平を害することがなく、格別不当とはいえない場合には、これにつき将来の給付の訴えを提起することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。これを本件についてみるに、被上告人の前記請求は、上告人が被上告人との共有物件である本件土地を訴外会社に専用駐車場として賃貸することによつて得た収益のうち上告人の持分割合をこえる部分について不当利得の返還を求めるものであるから、訴外会社との賃貸借契約の存続及びこれに基づく賃料の現実の収受を当然の前提とするものであり、したがつて、賃料が現実に収受されたか否かを問わずに、将来にわたり賃料収入による収益の分配につき継続的給付を命ずることは、右請求の性質からみて問題があるというべきである。もつとも、上告人と訴外会社との間に現に賃貸借契約が存続していて、上告人に賃料収入による一定の収益がある場合には、継続的法律関係たる賃貸借契約の性質からいつて、将来も継続的に同様の収益が得られるであろうことを一応予測し得るところであるから、右請求については、その基礎となるべき事実上及び法律上の関係が既に存在し、その継続が予測されるものと一応いうことができるしかし、右賃貸借契約が解除等により終了した場合はもちろん、賃貸借契約自体は終了しなくても、賃借人たる訴外会社が賃料の支払を怠つているような場合には、右請求はその基礎を欠くことになるところ、賃貸借契約の解約が、賃貸人たる上告人の意思にかかわりなく、専ら賃借人の意思に基づいてされる場合もあり得るばかりでなく、賃料の支払は賃借人の都合に左右される面が強く、必ずしも約定どおりに支払われるとは限らず、賃貸人はこれを左右し得ないのであるから、右のような事情を考慮すると、右請求権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動が予め明確に予測し得る事由に限られるものということはできず、しかも将来賃料収入が得られなかつた場合にその都度請求異議の訴えによつて強制執行を阻止しなければならないという負担を債務者に課すことは、いささか債務者に酷であり、相当でないというべきである。そうとすれば、被上告人の前記請求のうち、原審口頭弁論終結後の期間にかかる請求部分は、将来の給付の訴えの対象適格を有するものということはできないから、右訴えにかかる請求を認容した原審の判断には、訴訟要件に関する法令の解釈適用を誤つた結果、将来の給付の訴えの対象適格を欠く請求についてその適格を認めた違法があるといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(引用終わり)

 

 さらに、類似の事案において、最判平24・12・21は上記判例を明示的に引用し、より一般的な形で判示しています。

 

最判平24・12・21より引用。太字強調は筆者。)

 共有者の1人が共有物を第三者に賃貸して得る収益につき,その持分割合を超える部分の不当利得返還を求める他の共有者の請求のうち,事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分は,その性質上,将来の給付の訴えを提起することのできる請求としての適格を有しないものである(最高裁昭和59年(オ)第1293号同63年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁参照)。

(引用終わり)

 

 さて、そうなると、本問でも不適法とするのが正解、となるかというと、実はそう簡単ではありません。上記平成24年判例には、引用判例の射程に関する千葉勝美裁判官の補足意見(須藤正彦裁判官同調)が付されています。

 

最判平24・12・21における千葉勝美補足意見より引用。太字強調は筆者。)

 前掲最高裁昭和63年3月31日第一小法廷判決は,共有物件である土地を第三者に専用駐車場として賃貸することによって得た賃料収入に関し,相手方の持分割合を超える部分の不当利得返還を求める請求については,賃貸借契約が解除等で終了したり,賃借人が賃料の支払を怠っているようなときには,将来請求はその基礎を欠くところ,これらは専ら賃借人側の意思等に基づきされることでもあり,必ず約定どおりに支払われるとは限られない等の点から,将来の給付請求を可能とする適格を欠くとしている。
 …この判決の射程距離が問題になるが,この判決の理解としては,①持分割合を超える賃料部分の不当利得返還を求める将来請求の場合を述べたものとする理解(このような捉え方をしていると思われる他の最高裁判例として,最高裁平成7年(オ)第1203号同12年1月27日第一小法廷判決・民集54巻1号1頁がある。)と,②①の場合に加え,当該賃料が駐車場の賃料であるという賃料の内容・性質をも含んだ事例についての判断であるとする理解とがあり得るところである。
 このうち,①の理解によると,この裁判要旨については,将来得るべき賃料はそれが現実に受領されて初めて不当利得返還請求権が発生することから,その発生は第三者の意思等によるところ,そのような構造を有する将来請求全てに射程距離が及ぶ判断であると捉えることにもなろう。しかし,昭和56年大法廷判決の法理によって将来請求の適否を判断するためには,当該不当利得返還請求権の内容・性質,すなわち,その発生の基礎となる事実関係・法律関係が将来も継続するものかどうかといった事情が最重要であり,それを個別に見て判断すべきであるとすれば,昭和63年第一小法廷判決の射程距離については②の理解を採ることになろう
 私としては,上記①の理解はいささか射程が広すぎるように思う。すなわち,居住用家屋の賃料や建物の敷地の地代などで,将来にわたり発生する蓋然性が高いものについては将来の給付請求を認めるべきであるし,他方,本件における駐車場の賃料については,50台程度の駐車スペースがあり,これが常時全部埋まる可能性は一般には高くなく,また,性質上,短期間で更新のないまま期間が終了したり,期間途中でも解約となり,あるいは,より低額の賃料で利用できる駐車場が近隣に現れた場合には賃借人は随時そちらに移る等の事態も当然に予想されるところであって,将来においても駐車場収入が現状のまま継続するという蓋然性は低いと思われ,その点で将来の給付請求を認める適格があるとはいえない。いずれにしろ,将来の給付請求を認める適格の有無は,このようにその基礎となる債権の内容・性質等の具体的事情を踏まえた判断を行うべきであり,その意味でも昭和63年第一小法廷判決の射程距離については,上記②の理解に立つべきである。

(引用終わり)

 

 上記を理解してから本問の問題文を見れば、本問は最判昭63・3・31の射程外の事案であると考える余地があることに気付くでしょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者)

 Yは,甲土地の所有者であったが,甲土地については,Aとの間で,賃貸期間を20年とし,その期間中は定額の賃料を支払う旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結しており,Aはその土地をゴルフ場用地として利用していた

 (中略)

 なお,弁護士Lが確認したところによると,Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり,本件賃貸借契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払を続けていて,これまで未払はないとのことであった。

(引用終わり)

 

 上記の事実を捉えて、前記千葉補足意見のいう「将来にわたり発生する蓋然性が高いもの」に当たるとし、昭和63年判例の射程外とする。これが、想定される「正解」です。しかしながら、ほとんどの受験生が、そもそも昭和63年判例自体を知らないか、仮に知っていても、それを答案に明示して射程論を論じるという書き方を知らないので、誰も書けない結果的に、このような応用部分は、無視すべきことになるのです。上位を狙う場合には、とりあえず事実の評価も付しておく。そうしていると、事実の評価に関する配点だけでなく、偶然に上記のような問題意識に合致する事実の評価がされていた場合には、その部分でも配点を取れるというわけです。ただし、それは、そのような事実の評価を答案に書くだけの余裕がある人だけがなし得ることです。

 設問2です。設問2は、300万円までが114条2項で既判力、それ以外は信義則これは、誰もが気付くところだろうと思います。実戦的には、これだけを普通に書いていれば、問題ないでしょう。若干気を付けるとすると、114条2項の既判力の内容の記述の仕方です。これは、「本件貸金債権のうち300万円が不存在であること」と記載するのが正しい「本件貸金債権のうち250万円については弁済により、50万円については相殺により不存在であること」とするのは、通説とは異なる見解ということになるので、何の説明もなく書いてしまえば、評価を落とすでしょう。また、Xの不当利得返還請求権の不存在については、114条2項ではなく、同条1項の既判力によりますから、同条2項の既判力の内容として書いてしまわないようにする必要があります。
 ここからは、ほとんどの人が気付いていないであろう応用論点の話です。本問の問題文には、なぜか敢えてボカしている部分があることに、現場で疑問を持った人もいたでしょう。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されているため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」という。)をし,前訴判決は確定した。

(引用終わり)

 

 「その心証に従った判決」とは、具体的にはどのような判決なのか。「250万円限度の一部認容判決に決まってるじゃん。」と思うかもしれません。実は、必ずしもそうではないのです。どういうことか。ポイントは、第1訴訟が、実は一部請求である、というところにあります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。

(引用終わり)

 

 XのYに対する不当利得返還請求権のうち、「訴え提起の時点までに既に発生した利得分」だけを請求している。継続的不当利得に基づく返還請求権については、日々刻々と別個の権利が発生するのではなく、1個の不当利得返還請求権の内容が変動する、というのが、一般的な理解です。このように、現在給付部分と将来給付部分がそれぞれ1つの請求権の一部を構成することは、将来給付の訴えの請求適格に関する前記各判例の表現の仕方からも明らかです。

 

大阪国際空港事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 別紙当事者目録記載の番号1ないし239の被上告人ら(原判決別紙二の第一ないし第四表記載の被上告人らないしその訴訟承継人ら)の損害賠償請求のうち原審口頭弁論終結後に生ずべき損害(この損害の賠償の請求に関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くものというべきであつて、原判決が右口頭弁論終結ののちであることが記録上明らかな昭和五〇年六月一日以降についての上記被上告人らの損害賠償請求を認容したのは、訴訟要件に関する法令の解釈を誤つたものであり、右違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。

(引用終わり)

最判昭63・3・31より引用。太字強調は筆者。)

 被上告人の前記請求のうち、原審口頭弁論終結後の期間にかかる請求部分は、将来の給付の訴えの対象適格を有するものということはできないから、右訴えにかかる請求を認容した原審の判断には、訴訟要件に関する法令の解釈適用を誤つた結果、将来の給付の訴えの対象適格を欠く請求についてその適格を認めた違法があるといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(引用終わり)

最判平24・12・21より引用。太字強調は筆者。)

 共有者の1人が共有物を第三者に賃貸して得る収益につき,その持分割合を超える部分の不当利得返還を求める他の共有者の請求のうち,事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分は,その性質上,将来の給付の訴えを提起することのできる請求としての適格を有しないものである(最高裁昭和59年(オ)第1293号同63年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁参照)。

(引用終わり)

 

 「~のうち…の部分」という表現は、請求の趣旨において一部請求であることを明示する場合に用いる表現でもあるので、覚えておくとよいでしょう。問題文上は「差し当たり…請求することとした。」としか書いてありませんが、当然、弁護士Lは請求の趣旨においてこれを明示した、と考えることになります。
 さて、そうすると、何がどう変わってくるか。学習の進んでいる人ならピンと来るでしょう。そうです。「一部請求と相殺」の論点が出てくるのです。一部請求と相殺については、外側説を採るのが判例(最判平6・11・22)、通説です。

 

最判平6・11・22より引用。太字強調は筆者。)

 特定の金銭債権のうちの一部が訴訟上請求されているいわゆる一部請求の事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれが理由がある場合には、まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。けだし、一部請求は、特定の金銭債権について、その数量的な一部を少なくともその範囲においては請求権が現存するとして請求するものであるので、右債権の総額が何らかの理由で減少している場合に、債権の総額からではなく、一部請求の額から減少額の全額又は債権総額に対する一部請求の額の割合で案分した額を控除して認容額を決することは、一部請求を認める趣旨に反するからである。

(引用終わり)

 

 では、これを本問の場合にもそのまま適用すれば足りるかというと、そうではありません。そのことは、上記判例のいうように、「まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定」しようとしてみるとわかります。「当該債権の総額」とは、本問でいえば、将来発生すべき部分も含んだ全額ということになります。そこから、自働債権の額、本問では弁済で消滅していない50万円を控除する。結論的には、将来発生すべき不当利得返還請求権の額が50万円を超える場合には、Xの請求は300万円全額認容ということになります。明らかにおかしいですね。おかしいということの具体的な意味は2つです。まず1つは、請求適格との関係です。仮に、設問1で将来発生部分の請求適格を否定する場合には、 上記の処理は、これと矛盾する。すなわち、請求適格を否定しているにもかかわらず、実質的には、将来発生部分についても請求を認めているのと同じ結論になってしまうということです。もう1つは、相殺適状との関係です。将来発生すべき不当利得返還請求権は、現在発生していないわけですから、現時点で相殺適状にない。それにもかかわらず、将来発生部分をも含んだ総額から控除したのでは、相殺適状にない受働債権との相殺を認めていることになってしまいます。仮に、控除の趣旨を、将来発生した時点で直ちに相殺する趣旨と考えたとしても、Yの合理的意思として、通常は既に発生した不当利得返還請求権との相殺を望むのが当然ですから、先に将来発生部分との相殺を強制する結果になるような処理は、妥当とはいえません。こうして、本問のように、継続的に発生する債権のうち、既に発生した部分について一部請求がされた場合において、相殺の抗弁が提出されてそれが理由があるときは、外側説ではなく、内側説を採るべきだ、という結論に至るのです。その後の処理は、この論点に気付かなかった場合と同じです。
 「しまった。そんなの気付かなかったよ。」と思ったなら、むしろそれは逆です。「気付かなくてよかったよ。」と思うのが正しい。こんなことに現場で気付いてしまったら、混乱して、誰もが書く当たり前の論述が雑になってしまうでしょう。こんなものは、気付かない方が幸せなのです。上記(1)の基本論点に絞って書くというのは、このような趣旨も含んでいるのです。
 参考答案は、上記(1)から(3)までに絞って書いていますが、本問の場合は、もう少し事実の評価を付す余裕もあったかもしれません。もちろん、余裕があれば、評価を付して構いません。予備試験の場合は、民法、商法、民訴を同時に解くので、民訴で生じた余裕を、民法、商法に回すという選択肢もあったでしょう。いずれにせよ、参考答案程度のレベルなら、安定して常に時間内に書き切れる、という力を身に付けることが大切です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.将来給付の訴えが適法となるためには、事前請求の必要性(135条)及び請求適格が必要である。

2.事前請求の必要性があるというためには、履行期の任意の履行が期待できないこと、履行期に履行されなければ債権の目的を達することができないこと等の事情があることを要する。
 本件で、Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの、Yは支払に応じなかったから、履行期の任意の履行が期待できない。したがって、事前請求の必要性がある。

3.将来給付の請求適格が認められるためには、その基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、債権の発生・消滅及びその内容につき債務者に有利な将来における事情の変動が予め明確に予測しうる事由に限られ、これについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても、当事者間の公平を害することがなく、格別不当とはいえないことを要する(大阪国際空港事件判例参照)。
 本件で、YとAとの間で本件賃貸借契約が締結され、甲土地がXとYとの共有となった後も、甲土地の管理は引き続きYが行っており、YA間の本件賃貸借契約も従前どおり維持されていた。Aからの賃料については、Yが回収を行い、Xに対してはその持分割合に応じた額が回収した賃料から交付されていたが、ある時点からYはXに対してこれを交付しないようになり、Xから委任を受けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの、Yは支払に応じなかった。したがって、Yに対する不当利得返還請求権発生の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測される。本件賃貸借契約における賃貸期間中の賃料は定額である。Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり、Aは、本件賃貸借契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払を続けていて、これまで未払はない。したがって、債権の発生・消滅及びその内容につきYに有利な将来における事情の変動が予め明確に予測しうる事由に限られ、しかもこれについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ強制執行を阻止しうるという負担をYに課しても、当事者間の公平を害することがなく、格別不当とはいえない。したがって、請求適格が認められる。

4.よって、訴え提起の時点では未発生である利得分も含めた不当利得返還請求訴訟を提起することは適法である。

第2.設問2

1.相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。上記既判力の内容は、基準時における自働債権の不存在である。
 本件で、第1訴訟においてXの不当利得返還請求権に係る債権については300万円全額が認められたから、本件貸金債権のうち相殺をもって対抗した額は、300万円である。したがって、本件貸金債権のうち300万円は、第1訴訟の基準時において存在しないという点について、既判力が生じる。
 よって、第2訴訟において、受訴裁判所は、本件貸金債権のうち300万円については、基準時後の事実を除き、改めて審理・判断をすることはできない。

2.本件貸金債権のうち残部の200万円については、前訴判決の既判力は及ばない。
 既判力によって遮断されない場合であっても、訴訟上の信義則(2条)に反するときは、後訴での主張は許されない。 信義則に反するか否かは、前訴で容易に主張しえたか、相手方に前訴判決によって紛争が解決したとの信頼が生じるか、相手方を長期間不安定な地位に置くものといえるか等の観点から判断すべきである(判例)。
 本件で、確かに、Yが長期間経過後に第2訴訟を提起したという事情はなく、直ちにXを長期間不安定な地位に置くとはいえない。しかし、前訴判決は本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されているとの心証に基づくものであり、Yは、第1訴訟において、本件貸金債権がいまだ弁済されていないとする主張を容易になしえたし、Xに前訴判決によって紛争が解決したとの信頼が生じるといえる。したがって、Yが本件貸金債権のうち残部の200万円の存否について改めて争うことは、訴訟上の信義則(2条)に反し、許されない。
 よって、第2訴訟において、受訴裁判所は、本件貸金債権のうち残部の200万円については、改めて審理・判断をすることはできない。

以上

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