【答案のコンセプトについて】
1.予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。
という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。
2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。
3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。
4.今年の刑訴法は、設問1は平成25年司法試験、設問2は平成25年予備試験とかなりの部分が重なっています。過去問をきちんと検討していた人にとっては、用意していたものを書けばよかったので、楽だったでしょう。事例や論点も複雑ではなかったので、現場では解きやすいと感じた人が多かったのではないかと思います。
設問1は、「①の現行犯逮捕の適法性」が問われています。現場では、準現行犯逮捕と緊急逮捕を書くべきか、悩んだ人もいたでしょう。設問の文理だけからすると、準現行犯逮捕も緊急逮捕も書くべきだ、ということになります。なぜかというと、以下のような場合があり得るからです。
・警察官のした①の現行犯逮捕は、現行犯逮捕としては違法であるが、準現行犯逮捕としては適法である。
・警察官のした①の現行犯逮捕は、現行犯逮捕としては違法であるが、緊急逮捕としては適法である。
現行犯逮捕がされた事案について、直ちに緊急逮捕状を請求していればその現行犯逮捕が緊急逮捕として適法となる余地を示唆する裁判例は、それなりにあります。本問と類似の事案である京都地決昭44・11・5(西宮恐喝未遂事件)も、その1つの例です。ですから、「①の逮捕は現行犯逮捕として適法か」という問い方ではなく、「①の現行犯逮捕の適法性」という問い方である限り、準現行犯逮捕や緊急逮捕として適法であるかどうかも、文理上は問題となり得るのです。
もっとも、ここで、過去問の傾向というものを考える必要があります。
(平成25年司法試験論文式試験刑事系第2問より引用。太字強調は筆者。)
同日午後10時30分,前記路上において,甲は,司法警察員Pにより,刑事訴訟法第212条第2項に基づき,乙と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕①】。また,その頃,同所において,乙は,司法警察員Qにより,同項に基づき,甲と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕②】。
(中略)
〔設問1〕 【逮捕①】及び【逮捕②】並びに【差押え】の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
(引用終わり)
(平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第2問)より引用。太字強調は筆者。)
なお,【逮捕②】を違法とする答案の多くが,緊急逮捕としての適法性を論じていたものの,設問には「刑事訴訟法第212条第2項に基づき」と記載され,準現行犯逮捕としての適法性が問われているのは明白であり,緊急逮捕を論じる必要はない。また,中には,現行犯逮捕としての適法性を論じる答案もあったが,準現行犯逮捕として違法である以上,それよりも要件の厳しい現行犯逮捕として適法になる余地はなく,現行犯逮捕を論じること自体,無令状逮捕が認められる要件や趣旨を理解していないことの表れである。いわゆる論点主義に陥らず,刑事手続全体を俯瞰した学習を求めたい。
(引用終わり)
平成25年の司法試験の問題でも、文理上は、緊急逮捕としての適法性が問題となり得ます。「Pが212条2項に基づいてした逮捕は、同項の要件は満たさないが、緊急逮捕の要件を満たす余地がある。」といい得るからです。ところが、考査委員は、問題文にわざわざ「刑事訴訟法第212条第2項に基づき」と書いてあるんだから、準現行犯逮捕だけ検討しろよ、と言っているわけですね。考査委員は、解答の対象を限定する趣旨で、そのような文言を問題文に入れてくる。このような過去問の傾向からすれば、本問の場合も、解答の対象を限定する趣旨で、わざわざ、「現行犯逮捕した」、「現行犯逮捕の適法性」と書いてあるのだろう、と読むべきです。ですから、解答の対象は現行犯逮捕だけでよい、ということになるわけですね。なお、これが、「現行犯人として逮捕した」、「現行犯人としてされた逮捕の適法性」となっていたのであれば、準現行犯逮捕も検討すべきことになります。
(212条)
現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。
2 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
一 犯人として追呼されているとき。
二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて逃走しようとするとき。
(213条)
現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
現行犯逮捕とは、212条1項の「現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者」を逮捕する場合をいい、準現行犯逮捕とは、同条2項によって現行犯人とみなされる者を逮捕する場合をいうわけですから、「現行犯逮捕」と「準現行犯逮捕」は別の概念であって、「現行犯逮捕」に「準現行犯逮捕」が含まれるということはできませんが、「現行犯人を逮捕する場合」といえば、概念上両方含まれるのです。 このような例としては、平成19年度の旧司法試験があります。
(平成19年度旧司法試験刑事訴訟法第1問試験問題及び出題趣旨。太字強調は筆者。)
警察官Aは,住居侵入被害発生の110番通報を受け,被害者B女方に赴いた。Bの説明は,「私はこの家に一人で住んでいます。先ほど居間で夕食をとっていると見知らぬ男がかぎの掛かっていない玄関から居間に上がり込んできました。悲鳴を上げるとその男は何もせずに逃げて行きましたので,すぐに110番しました。」というものであった。
そこで,Aは,Bとともに付近を捜したところ,上記通報から約30分後に,B方から約200メートル離れたコンビニエンスストアで雑誌を立ち読みしている男性甲をBが認め,「あの男です。」と指示した。その直後,甲が同店から出てきたので,Aは,同店前路上において,甲に対し職務質問を開始した。甲の外見からは本件住居侵入を犯したことをうかがわせる証跡は認められなかったものの,甲がAの質問には何も答えずに立ち去ろうとしたことから,Aは,同所で,甲を本件住居侵入の現行犯人として逮捕した。さらに,Aは,その場で甲の身体を捜索し,着衣のポケットからカメラ機能付携帯電話,名義の異なる複数のクレジットカード及び注射器を発見したため,これらを差し押さえた。
以上のAの行為は適法か。
具体的な答案の書き方です。まず、いきなり現行犯逮捕の要件を書く。これは、事前に覚えて準備しておく必要があります。
(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用)
現行犯逮捕(212条1項、213条)の要件
重要度:A
現行犯逮捕(212条1項、213条)が認められるためには、犯罪及び犯人の明白性、犯罪の現行性(「現に罪を行い」)又は時間的接着性(「現に罪を行い終つた」)の明白性、逮捕の必要性(199条2項ただし書準用)が必要である。
(引用終わり)
後は、順番に規範を書いて当てはめるだけです。これも覚えていないと書けませんから、事前に覚えておくしかありません(※1)。覚えていれば、後は吐き出すだけです。
※1 「現行犯逮捕着手後の追跡による時間の経過」の論点については、覚えていなくても現場で考えて書けそうです。同論点の重要度がCになっているのは、そのような趣旨によるものです。
(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用)
犯罪及び犯人の明白性の意義
重要度:B
犯罪及び犯人の明白性とは、その犯人が特定の犯罪を行ったことを逮捕者が現認したことをいう。
時間的接着性の明白性の意義
重要度:B
時間的接着性の明白性とは、犯行後時間的に極めて接着した段階にあることが、逮捕者に明らかであることをいう。
現行犯逮捕着手後の追跡による時間の経過
重要度:C
現行犯逮捕の着手時に要件を充足する場合には、追跡が継続している限り、時間の経過があっても、現行性又は時間的接着性の明白性は否定されない。
現行犯人性の判断資料
重要度:B
現行犯人であるか否かは、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身において直接明白に覚知し得る事実に基いて判断すべきである(西宮恐喝未遂事件参照)。
(引用終わり)
大事なことは、肯定・否定両方の事実をきちんと答案に書き写すことです。自分が取る結論を基礎付ける事実しか拾わない人が多いのですが、それは評価を落とします。設問1では、ここで一番差が付くでしょう。
(参考答案より引用)
2.犯罪及び犯人の明白性とは、その犯人が特定の犯罪を行ったことを逮捕者が現認したことをいう。現行犯人であるか否かは、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身において直接明白に覚知し得る事実に基いて判断すべきである(西宮恐喝未遂事件参照)。
確かに、Wは、犯行を目撃した。しかし、逮捕者である警察官は、犯人を見失ったWから犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き、Wから聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し、職務質問を実施したところ、甲が犯行を認めたにすぎない。Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは、Vの胸部に刺さった状態で発見された。したがって、犯人が特定の犯罪を行ったことを逮捕者が現認したとはいえない。以上から、犯罪及び犯人の明白性があるとはいえない。
3.時間的接着性の明白性とは、犯行後時間的に極めて接着した段階にあることが、逮捕者に明らかであることをいう。現行犯逮捕の着手時に要件を充足する場合には、追跡が継続している限り、時間の経過があっても、現行性又は時間的接着性の明白性は否定されない。
確かに、Wは、犯行後、直ちに犯人を追跡した。しかし、Wは、追跡開始から約1分後、犯行現場から約200メートルの地点で犯人を見失ったから、追跡は継続していない。逮捕者である警察官が甲を発見したのは、犯行から約30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた路上であった。したがって、犯行後時間的に極めて接着した段階にあることが、逮捕者に明らかであるとはいえない。以上から、時間的接着性の明白性があるとはいえない。
(引用終わり)
犯罪及び犯人の明白性が否定された時点で、違法の結論が出るのだから、時間的接着性の明白性は論じるまでもないだろう、と思う人は、理論的には正しい。しかし、論文試験で点を取る、という観点からは、誤っています。本問の場合、時間的接着性の明白性についても当てはめる事情があるのだから、そこに配点がある。そうであるなら、書かなければならないのです。真面目な人は、このような場合に、書き方に悩むようです。「実益のないことを書いているようで違和感がある。」などと考えてしまうわけですね。しかし、そんなことは、何も気にする必要はない。参考答案のように、開き直って2つ並べて書けば済むことです。論文試験の答案は、「理論的な正解を書く。」ものではありません。「限られた時間の中で、得点が最大化される文字を記載する。」ものです。仮に理論的におかしくても、それを書いて点が取れるなら、堂々と書かなければいけない。なお、上記参考答案中で、「Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは、Vの胸部に刺さった状態で発見された。」という部分を書き写したのは、甲は凶器を持っていないし、凶器から犯人が甲であると考えることはできないという趣旨です。「なら答案にそう書けよ。」と思う人で、現場で時間内に書ける人は、そう書けばよいでしょう。一方で、参考答案は、逮捕の必要性については何も当てはめをしていません。逮捕の必要性の配点は低いでしょうし、論理的にも、違法の結論とするならば、敢えて検討する必要はないからです。受かりにくい人は、こういったところでも、「犯罪及び犯人の明白性と時間的接着性の明白性まで当てはめたのだから、逮捕の必要性まで当てはめないとダメなのではないか。」と考えて、律儀に書こうとする傾向があります。そうしたことが、途中答案の原因となっていないか、考える必要があるでしょう。
設問2です。小問1は、訴因の特定の規範を書いて、当てはめるだけの問題です。訴因の特定については、判例(最決平26・3・17)の規範を明示できたかどうかがポイントとなります。「判例は識別説だ。」という理解から、後半部分を落とす人が多いので、注意を要します。
(最決平26・3・17より引用。太字強調は筆者。)
いずれの事件も,上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
(引用終わり)
(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用)
訴因特定(256条3項)の程度
重要度:A
訴因が特定(256条3項)されたというためには、他の犯罪事実との区別が可能であり、起訴に係る罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされていることを要する(包括一罪となる傷害罪の訴因に関する判例参照)。
(引用終わり)
当てはめは、上位を狙わないのであれば、問題文を書き写して終わりです。
(参考答案より引用)
訴因が特定(256条3項)されたというためには、他の犯罪事実との区別が可能であり、起訴に係る罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされていることを要する(包括一罪となる傷害罪の訴因に関する判例参照)。
②の公訴事実に記載された訴因は、「被告人は、甲と共謀の上、平成29年5月21日午後10時頃、H県I市J町1丁目2番3号先路上において、Vに対し、殺意をもって、甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害したものである。」というものであり、他の犯罪事実との区別が可能であり、Vに対する殺人の共謀共同正犯の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている。
よって、②の公訴事実は、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
(引用終わり)
これでは足りない、と思う人も多いでしょう。しかし、この部分をきちんと説明できている人は、実際にはかなり少ないはずです。例えば、練馬事件判例(最大判昭33・5・28)を参考にして、似たようなことを書いた人もいたでしょう。
(練馬事件判例より引用。太字強調は筆者。)
共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつで互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。… 「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならないこというまでもない。しかし「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。
(引用終わり)
しかし、上記の判示の趣旨を正しく理解して書ける人は、意外といません。例えば、以下のような誤った記述をする人が多いのです。
「共謀共同正犯における共謀は、「罪となるべき事実」そのものではないから、共謀の日時、場所及び方法の特定は不要である。」
「共謀共同正犯における実行正犯の実行行為の日時、場所及び方法は「罪となるべき事実」そのものであるから特定が必要であるが、共謀の日時、場所及び方法は「罪となるべき事実」そのものではないから、特定を要しない。」
上記はなぜ、誤っているのか。まず、256条3項を確認しておきましょう。
(256条3項)
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
特定の対象は、「罪となるべき事実」であり、それを特定するための手段が、「日時、場所及び方法」である。したがって、日時、場所及び方法は、基本的に罪となるべき事実そのものではない、ということになります。
(最大判昭37・11・28(白山丸事件)より引用。太字強調は筆者。)
刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。
(引用終わり)
このことの具体的な意味は、意外と理解されていないところです。「罪となるべき事実」=「犯罪事実」とは、殺人罪を例にすれば、「人を殺すこと」です。
(刑法199条)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
いつ、どこで、どんな方法であるか、被害者が誰であるかを問わず、人を殺せば、殺人罪が成立する。これは明らかです。したがって、日時、場所及び方法は、通常は犯罪事実を構成しない。ただし、犯罪事実にこれらが含まれる場合もあります。例えば、名誉毀損罪においては、公然と事実を摘示する方法であることが、強盗罪においては、暴行又は脅迫の方法を用いることが犯罪事実を構成します。
(刑法230条1項)
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
(刑法236条)
暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
これが、白山丸事件判例のいう、「犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく」ということの具体的な意味です。
次に、白山丸事件のいう、「訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されている」ということと、最決平26・3・17が、「他の犯罪事実との区別」と、「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」ことをもって、訴因の特定についての判断基準としていることの意味について、説明しましょう。
犯罪の日時、場所及び方法が犯罪事実を構成しないとしても、訴訟においては、これを特定しないわけにはいきません。なぜか。例えば、甲、乙が別々の機会に殺害され、それぞれ捜査の対象にされているような場合に、「被告人は、いつ、どこで、どんな方法で、誰を殺したかはわからないが、とにかく人を殺した。」として起訴されても、甲が殺害された殺人事件のことなのか、乙が殺害された殺人事件のことなのかわかりません。少なくとも、被害者が誰であるかを確定しておかないと、どの事件が起訴されたのか、審判の対象が確定できないわけです。これが、「他の犯罪事実との区別」という観点です。他方、誰が殺されたのかさえ確定していれば、日時、場所及び方法は、他の犯罪事実との区別という見地からは、必ずしも特定の必要はない。これは殺人罪の特徴で、平成29年9月10日に何者かがVを殺害し、その1か月後の同年10月10日にも何者かがVを殺害した、ということはないわけですから、「Vを殺したって、いつの方だよ?」という話にはならないということですね。例えば、窃盗罪の事例で、平成29年9月10日に何者かがV宅で10万円を盗み、その1か月後の同年10月10日にもまた何者かがV宅で10万円を盗んだ、というような場合には、「V宅で10万円盗んだって、いつの方だよ?」という話になる。そのような場合には、日時を特定しておかないと、他の犯罪事実との区別ができないということになります。なお、日時、場所及び方法とは異なりますが、殺人罪の場合は、客観面だけからは傷害致死との区別ができないので、「殺意をもって」という文言を特に記載します。一般に、故意は客観面から明らかとなるので、犯罪事実として敢えて記載しないのですが、このような場合は記載を要するのです。
「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」という要件との関係を考えます。まず、前提となるのは、公訴事実に記載された事実が認定された場合に、起訴された罪が成立するといえる場合でなければならないということです。
(339条1項)
左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。
一 第二百七十一条第二項の規定により公訴の提起がその効力を失つたとき。
二 起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。
三 公訴が取り消されたとき。
四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。
五 第十条又は第十一条の規定により審判してはならないとき。
「被告人がいつ、どこで、何をしたかは、全くわからない。Vは死亡した。」というような公訴事実の記載では、当然ですが、殺人罪が成立するとすらいえません。ですから、少なくとも、「人を殺した」と評価できるような具体的な事実の記載がなければいけないのです。
そして、ここからが本題ですが、殺人罪で起訴された場合に、「被告人が人を殺した」ことを立証し、裁判所がこれを認定するためには、合理的な疑いを容れない程度の証明が必要です。いくら犯罪の日時、場所及び方法が犯罪事実を構成しないといっても、「いつ、どこで、どんな方法で殺したかはわからないが、とにかく被告人がVを殺したことは間違いない。」といえるような状況は、通常はないわけです。だから、合理的な疑いを容れない程度の証明があったというためには、ある程度は日時、場所及び方法を特定しておかなければならない。逆にいえば、「被告人が人を殺した」ことについて、合理的な疑いを容れない程度の証明があったと認め得るならば、それ以上の特定は必ずしも必要がない。このことを、最決平26・3・17は、「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」と表現するわけです。
さて、このことを、共同正犯における共謀について考えてみましょう。まず、共謀は、共同正犯の成立要件ですから、犯罪事実を構成する要素です。練馬事件判例が、「「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならない」と言っているのは、この趣旨です。同時に、共謀があれば、いつ、どこで、どんな方法でなされたかは問わないわけですから、共謀の日時、場所及び方法は、犯罪事実を構成しない。とはいえ、上記のとおり、「他の犯罪事実との区別」ができ、「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」といえる程度には特定されている必要があるということになります。
まず、「他の犯罪事実との区別」について考えてみましょう。ここでのポイントは、通常は、共謀の対象である犯罪の内容が特定されている限り、共謀の日時、場所及び方法が特定されなくても、他の犯罪事実との区別が可能だということです。例えば、先の窃盗罪の事例で、平成29年9月10日に何者かがV宅で10万円を盗み、その1か月後の同年10月10日にもまた何者かがV宅で10万円を盗んだ、というような場合であっても、共謀の対象が、同年9月10日にV宅に盗みに入る、というものであれば、共謀の日時、場所及び方法がどのようなものであるかによって、別の犯罪事実についての共同正犯が成立することになる、ということはあり得ないのです。つまり、「他の犯罪事実との区別」との観点からは、共謀の対象さえ確定していれば足り、共謀の日時、場所及び方法を特定する必要は必ずしもない、ということになります。
それでは、「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」というためには、どの程度の特定が必要でしょうか。先ほどの殺人の場合には、「いつ、どこで、どんな方法で殺したかはわからないが、とにかく被告人がVを殺したことは間違いない。」などということはほとんどない、だから、ある程度は殺害した日時、場所及び方法が明らかでないといけないだろう、という話でした。しかし、共謀の場合には、「いつ、どこで、どんな方法で共謀したかはわからないが、とにかく被告人が実行犯と共謀したことは間違いない。」ということは、それなりにあり得るわけです。例えば、被告人が見張りをし、別の実行犯がV宅に侵入して窃盗を行った、というような場合、何の共謀もないのにそのような役割分担をするだろうか、という話になるでしょう。しかし、いつ、どこで、どんな方法で共謀したかはわからない。あるいは、犯行計画を記載したメモが証拠として存在するから、その元になった計画を策定した共謀があったことは間違いない。しかし、その元になった犯行計画がいつ、どこで、どんな方法で策定されたかはわからない。このような事例は、それなりによくあるわけです。ですから、共謀の日時、場所及び方法が特定されていなくても、「構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている」といえる場合は、それなりにある。このことをもって、練馬事件判例は、以下のように判示しているのです。
(練馬事件判例より引用。太字強調は筆者。)
共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつで互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。 …「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。
(引用終わり)
ここまで理解すれば、前に挙げた2つの例は、太字強調部分が誤っていることがわかるでしょう。
「共謀共同正犯における共謀は、「罪となるべき事実」そのものではないから、共謀の日時、場所及び方法の特定は不要である。」
「共謀共同正犯における実行正犯の実行行為の日時、場所及び方法は「罪となるべき事実」そのものであるから特定が必要であるが、共謀の日時、場所及び方法は「罪となるべき事実」そのものではないから、特定を要しない。」
以上を踏まえた上で、本問で適切な理由付けを付すとすれば、以下のような論述になるでしょう。
【論述例】
訴因が特定(256条3項)されたというためには、他の犯罪事実との区別が可能であり、起訴に係る罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされていることを要する(包括一罪となる傷害罪の訴因に関する判例参照)。
②の公訴事実に記載された訴因において、共謀の対象となる殺人の客体はVとされているから、共謀の日時、場所及び方法がどのようなものであれ、被告事件がVに対する殺人の共謀共同正犯以外の犯罪となることはあり得ない。したがって、他の犯罪事実との区別が可能である。また、同訴因において、共謀の対象となる殺人の日時、場所、方法、被害者の死因等につき、平成29年5月21日午後10時頃、H県I市J町1丁目2番3号先路上において、Vに対し、殺意をもって、甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害した旨が記載されているから、殺人罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている。そうである以上、甲との共謀の存在について合理的な疑いを容れない程度の証明がなされる限り、共謀の日時、場所及び方法が特定されなくても、Vに対する殺人の共謀共同正犯の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているといえる。
よって、②の公訴事実は、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
こういったことを、正確に現場で書けるかというと、普通はできないわけです。そういうわけで、合格ラインという意味では、参考答案程度でよいのだろうと考えています。
小問2です。小問2の端的な答えは、「釈明しただけで訴因変更はしてないんだから、訴因の内容になるわけねーだろ。」ということに尽きます。とはいえ、「釈明しただけで当然に訴因の内容になる場合がある。」と説明される場合があります。それは、求釈明時の訴因が不特定であって、釈明事項が訴因の内容になると考えて初めて不特定が治癒されるといえる場合です。仮に、本問で、「乙は、甲との間で、平成29年5月18日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」 という③の釈明事項が訴因に記載されていなければ、訴因は特定されていない、と考えてみましょう。この場合に、上記の「釈明しただけで訴因変更はしてないんだから、訴因の内容になるわけねーだろ。」という原則論を貫くと、こうなります。
裁判所「このままだと訴因不特定なので、共謀の日時、場所について釈明はありませんか?」
検察官「それでは、『乙は、甲との間で、平成29年5月18日、甲方において、Vを殺害する旨の謀議を遂げた。』ということで。」
弁護人「乙は、同日は終日、知人である丙方にいた。したがって、共謀については否認します。」
裁判所「そうですか。まあ、検察官は釈明しただけで訴因変更してないので、訴因は不特定なままですね。なので、338条4号に基づいて公訴棄却判決します。」
検察官「えっ?」
弁護人「えっ?」
もちろん、これでも検察官は釈明事項を訴因に加えて再度起訴できるわけですが、それは時間の無駄、講学上の用語でいえば、訴訟経済を害するでしょう。そこで、このような場合には、当然に釈明事項が訴因の内容となる、と考えられているわけです。もっとも、これはやや便宜的にすぎるという側面もあります。このような場合に検察官の釈明事項が訴因の内容になるのは、その釈明が法的には訴因変更を伴う補正であると理解できるからでしょう。そうだとすれば、被告人が在廷していない場合(規則209条6項参照)には、釈明だけでは足りず、訴因変更の手続(※2)をとることが必要であると考える余地は、十分あるでしょう。仮に、検察官が訴因変更の手続をとろうとしない場合には、裁判所は改めてその旨を求釈明し、それでも検察官が応じないならば、訴因変更を命ずるべきときもあるように思います
いずれにせよ、本問では訴因は不特定ではないと考えるのが一般でしょうから、釈明事項は訴因の内容とならない、と解答すれば足ります。参考答案は、それだけを簡潔に書いています。
※2 被告人が在廷している場合(規則209条6項)を除き、検察官は被告人の数に応じた謄本を添付した書面を提出し(同条1項、2項)、裁判所は謄本を被告人に送達し(同条3項)、検察官は公判期日において提出した書面を朗読する(同条4項)。そして、裁判所がこれを許可するときは、被告人へ通知する(法312条3項)。
設問3です。当事者間では、平成29年5月18日の共謀の有無、具体的には、同日に甲方にいたのか、丙方にいたのか、ということを争っていたのに、裁判所がいきなり同月11日の共謀を認定してよいか、ということが問われています。設問2の解答を前提にすれば、共謀の日時は訴因の内容となっていませんから、訴因変更の要否は問題となりません。問題となるのは、争点逸脱認定です。争点逸脱認定については、最判昭58・12・13(よど号ハイジャック事件)があります。
(よど号ハイジャック事件判例より引用。太字強調は筆者。)
被告人が所属するA派内部において、昭和四五年一月以降、海外における国際根拠地の設定及びそのための派遣要員の国外脱出計画が存在し、その手段としてのハイジヤツクに向けた種々の準備が行われていたこと、被告人が右国外派遣要員の母体とされる「L軍」の隊長という地位にあり、ハイジヤツクを実行するうえで必要な資金や武器の獲得計画に重要な役割を果たしたことなどの点については、証拠上第一審判決の認定をおおむね是認することができるが、他方、A派内部において、国外脱出の手段としてのハイジヤツク計画が現実のものとして具体化してきたのは、三月上旬以降のことであること、被告人は、三月四日から一二日まで京都市に居て、同日夜帰京してきたものであり、帰京以前に、H、Cらと本件ハイジヤツクに関する具体的な話合いをしたことを窺わせる的確な証拠の見当らないことなども、記録上明らかなところである。そして、前記のような訴訟の経過によると、本件において、当事者双方は、被告人に対し本件ハイジヤツクに関する共同正犯の刑責を負わせることができるかどうかが、一にかかつて、被告人が、京都から帰つた一二日以降逮捕された一五日朝までの間にH、CらA派最高幹部とともに本件ハイジヤツクに関する具体的な謀議を遂げたと認めうるか否かによるとの前提のもとに、右謀議成否の判断にあたつては、証拠上本件ハイジヤツクに関する具体的な話合いが行われたとされている三月一三日の喫茶店「G」における協議(第一次協議)に被告人が加わつていたかどうかの点がとりわけ重要な意味を有するという基本的認識に立つて訴訟を追行したことが明らかであり、一、二審裁判所もまた、これと同一の基本的認識に立つものであると認められる。
ところで、原審は、第一審と異なり、一三日夜喫茶店「G」において第一次協議が行われたとされる時間帯における被告人のアリバイの成立を認めながら、同夜の協議は現実には一二日夜に同喫茶店において行われたもので、被告人もこれに加わつており、さらに、一三日昼、一四日にも被告人を含めた顔ぶれで右協議が続行されているとして、被告人に対し本件ハイジヤツクの共謀共同正犯の成立を肯定したのである。
しかし、三月一二日夜喫茶店「G」及びホテル「f」において被告人がH、Cらと顔を合わせた際に、ごれらの者の間で本件ハイジヤツクに関する謀議が行われたという事実は、第一審の検察官も最終的には主張せず、第一審判決によつても認定されていないのであり、右一二日の謀議が存在したか否かについては、前述のとおり、原審においても検察官が特段の主張・立証を行わず、その結果として被告人・弁護人も何らの防禦活動を行つていないのである。したがつて、前述のような基本的認識に立つ原審が、第一審判決の認めた一三日夜の第一次協議の存在に疑問をもち、右協議が現実には一二日夜に行われたとの事実を認定しようとするのであれば、少なくとも、一二日夜の謀議の存否の点を控訴審における争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要があったと解されるのであつて、このような措置をとることなく、一三日夜の第一次協議に関する被告人のアリバイの成立を認めながら、率然として、右第一次協議の日を一二日夜であると認めてこれに対する被告人の関与を肯定した原審の訴訟手続は、本件事案の性質、審理の経過等にかんがみると、被告人に対し不意打ちを与え、その防禦権を不当に侵害するものであつて違法であるといわなければならない。
(引用終わり)
本問でも、上記判例をそのまま当てはめればいいかというと、必ずしもそうではありません。訴因変更の要否で有名な最決平13・4・11(青森保険金目的放火・殺人事件判例)があるからです。
(青森保険金目的放火・殺人事件判例より引用。太字強調は筆者。)
殺人罪の共同正犯の訴因としては,その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって,それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから,訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても,審判対象の画定という見地からは,訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ,実行行為者がだれであるかは,一般的に,被告人の防御にとって重要な事項であるから,当該訴因の成否について争いがある場合等においては,争点の明確化などのため,検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ,検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上,判決においてそれと実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら,実行行為者の明示は,前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから,少なくとも,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,例外的に,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
(引用終わり)
上記判例のうち、訴因の特定に必要でない事項に関する部分の判示は、「争点の明確化などのため…明示するのが望ましい…明示をした以上…実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要する」としていることから読み取れるように、一種の争点逸脱認定についての判示です。これを争点逸脱認定一般の場合に敷衍すると、以下のようになるでしょう。
(「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」より引用)
争点顕在化措置の要否
重要度:B
訴因に含まれない事実であっても、一般的に被告人の防御にとって重要な事項について、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合には、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が当事者の前提とする事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときを除き、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する(よど号ハイジャック事件判例及び訴因変更に関する青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)。
(引用終わり)
現在では、単に当事者の前提とする事実と異なるから、というだけでなく、青森保険金目的放火・殺人事件判例の例外要件を充足するか、という点も検討する必要があるのです。本問は、上記の規範を挙げて、当てはまる事実を列挙すれば終わりです。
(参考答案より引用)
訴因に含まれない事実であっても、一般的に被告人の防御にとって重要な事項について、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合には、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が当事者の前提とする事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときを除き、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する(よど号ハイジャック事件判例及び訴因変更に関する青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)。
共謀のあった日は、一般的に被告人の防御にとって重要な事項である。検察官は、乙の公判前整理手続において、裁判長からの求釈明に対し、「乙は…平成29年5月18日…謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対し、乙の弁護人は、甲との共謀の事実を否認し、「乙は、同日は終日、知人である丙方にいた。」旨主張したため、本件の争点は、「甲乙間で、平成29年5月18日…謀議があったか否か。」であるとされ、乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。したがって、裁判所が、「乙は…平成29年5月11日…謀議を遂げた。」と認定することは、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合であって、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものといえる。したがって、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する。
よって、裁判所が上記措置をとらないまま、上記の認定をして有罪の判決をすることは許されない。
(引用終わり)
本問のような問題では、「現行犯逮捕や訴因制度の趣旨に遡ったかどうかで合否を分ける。」などといわれがちです。当サイトは、それは誤っていると考えています。旧司法試験では、説の分岐や、制度趣旨に遡ってそこから自説を説明できるか、などが問われていました。配点は、他説の紹介とその批判、趣旨からの自説の説明の部分に集中していた。そのため、自説を事案に当てはめる部分は、「本問では、上記の~に当たるといえる。」などと、2行程度しか書いていなくても、合格できたのです。これに対応して、予備校が、他説の紹介と批判、趣旨からの自説の説明方法を定型化して論証集や論点ブロックカードというものを作った。当時は、それを貼り付ければ、本当に合格できたのです。しかし今は、意図的にそれでは受からないような配点に変えられています。かつての予備校が用意していた論証、すなわち、規範の理由付けに配点をおかないようにすれば、予備校論証を丸暗記する受験生を落とすことができる。そして、当てはめの事実の摘示に大きな配点を置けば、それほど勉強時間をとれない若手も点が取れる。一方で、知識の豊富な年配者は、旧試験時代のクセで規範の理由付けを延々と書いてしまったり、余計な応用論点を拾いに行ってしまったりしやすいだけでなく、体力や反射神経の衰えから、当てはめの事実を摘示する時間的余裕がなくて、事実をほとんど摘示できないので、どんなに勉強してもなかなか受からない。若手を採りたい法務省としては、今の採点方式は非常に都合がよいのです(若手優遇策の歴史的変遷については、「平成28年予備試験口述試験(最終)結果について(2)」を参照。)。参考答案は、訴因制度の趣旨を一切書いていません。これでいい。もちろん、参考答案程度では時間が余ってしまって困る、というのであれば、趣旨に遡ったり、事実の評価を増やせばよいでしょう。しかし、ほとんどの人はその余裕がないはずです。今回、「現行犯逮捕が認められた趣旨は~」、「訴因制度の趣旨は~」と書いていて時間切れになった人は、特にこの点に気を付けないと、毎年、「わかってはいたのに書き切れなかった。」を繰り返すことになってしまうでしょう。
参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。
【参考答案】
第1.設問1
1.現行犯逮捕(212条1項、213条)が認められるためには、犯罪及び犯人の明白性、犯罪の現行性(「現に罪を行い」)又は時間的接着性(「現に罪を行い終つた」)の明白性、逮捕の必要性(199条2項ただし書準用)が必要である。
2.犯罪及び犯人の明白性とは、その犯人が特定の犯罪を行ったことを逮捕者が現認したことをいう。現行犯人であるか否かは、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身において直接明白に覚知し得る事実に基いて判断すべきである(西宮恐喝未遂事件参照)。
確かに、Wは、犯行を目撃した。しかし、逮捕者である警察官は、犯人を見失ったWから犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き、Wから聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し、職務質問を実施したところ、甲が犯行を認めたにすぎない。Vの殺害に使用されたサバイバルナイフは、Vの胸部に刺さった状態で発見された。したがって、犯人が特定の犯罪を行ったことを逮捕者が現認したとはいえない。以上から、犯罪及び犯人の明白性があるとはいえない。
3.時間的接着性の明白性とは、犯行後時間的に極めて接着した段階にあることが、逮捕者に明らかであることをいう。現行犯逮捕の着手時に要件を充足する場合には、追跡が継続している限り、時間の経過があっても、現行性又は時間的接着性の明白性は否定されない。
確かに、Wは、犯行後、直ちに犯人を追跡した。しかし、Wは、追跡開始から約1分後、犯行現場から約200メートルの地点で犯人を見失ったから、追跡は継続していない。逮捕者である警察官が甲を発見したのは、犯行から約30分後、犯行現場から約2キロメートル離れた路上であった。したがって、犯行後時間的に極めて接着した段階にあることが、逮捕者に明らかであるとはいえない。以上から、時間的接着性の明白性があるとはいえない。
4.よって、①の現行犯逮捕は、違法である。
第2.設問2
1.小問1
訴因が特定(256条3項)されたというためには、他の犯罪事実との区別が可能であり、起訴に係る罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされていることを要する(包括一罪となる傷害罪の訴因に関する判例参照)。
②の公訴事実に記載された訴因は、「被告人は、甲と共謀の上、平成29年5月21日午後10時頃、H県I市J町1丁目2番3号先路上において、Vに対し、殺意をもって、甲がサバイバルナイフでVの胸部を1回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を左胸部刺創による失血により死亡させて殺害したものである。」というものであり、他の犯罪事実との区別が可能であり、Vに対する殺人の共謀共同正犯の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされている。
よって、②の公訴事実は、訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえる。
2.小問2
②の公訴事実の訴因の記載は適法であるから、③の検察官の釈明をもって訴因変更を伴う補正とみるべき余地はない。
したがって、訴因変更の手続がとられていない本問では、③の検察官の釈明した事項は、訴因の内容とならない。
3.小問3
訴因に含まれない事実であっても、一般的に被告人の防御にとって重要な事項について、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合には、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が当事者の前提とする事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときを除き、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する(よど号ハイジャック事件判例及び訴因変更に関する青森保険金目的放火・殺人事件判例参照)。
共謀のあった日は、一般的に被告人の防御にとって重要な事項である。検察官は、乙の公判前整理手続において、裁判長からの求釈明に対し、「乙は…平成29年5月18日…謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対し、乙の弁護人は、甲との共謀の事実を否認し、「乙は、同日は終日、知人である丙方にいた。」旨主張したため、本件の争点は、「甲乙間で、平成29年5月18日…謀議があったか否か。」であるとされ、乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上記釈明の内容を前提に展開された。したがって、裁判所が、「乙は…平成29年5月11日…謀議を遂げた。」と認定することは、当事者の前提とする事実と異なる事実を認定する場合であって、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものといえる。したがって、裁判所は、求釈明(規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要する。
よって、裁判所が上記措置をとらないまま、上記の認定をして有罪の判決をすることは許されない。
以上