平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、一般的な合格答案の傾向として、以下の3つの特徴を示しています。

(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。

 もっとも、上記のことが言えるのは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近いという点にあります。そのため、上記(1)から(3)までを守るというような「書き方」によって合否が分かれる、というようなものにはなっていません。端的に、「正解」を書いたかどうか単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。
 以上のようなことから、参考答案は、他の科目のような特徴的なものとはなっていませんほぼ模範解答のイメージに近いものとなっています。

2.今年の民事実務基礎の問題は、上記のような例年の傾向がそのまま当てはまるものとなっています。単純に、知識で差が付く問題であったといえるでしょう。
 設問1小問(1)は、保全の手段を問うものです。執行・保全については、どのような場面でどのような手段があるか、なぜそのような手段が必要か、という程度を、条文を摘示しつつ解答できれば足ります。参考答案では、占有移転禁止の仮処分について民事保全法25条の2第1項括弧書きを摘示していますが、これは同括弧書きに定義規定があるためで、同項が本問の場合に適用されるという趣旨ではありません。仮処分をしない場合に生じる問題について、即時取得されるおそれがある、という解答をする人が意外と多いのですが、適切ではありません。即時取得以前に、単に第三者に譲渡されたというだけで、その第三者に執行力が及ばなくなることが問題なのです。即時取得との関係では、執行官保管によって即時取得が成立することを事実上防ぐ意味はありますが、即時取得の成立を完全に防ぐことはできません。
 小問(2)。従来は請求の趣旨を解答させることが多かったのですが、今回は訴訟物を解答させる問題でした。問題文が「記載」としていることから、端的に結論だけを書くということがポイントです。訴訟物を示す場合には、個数も示すことがある(問題研究要件事実、要件事実論30講等参照)ので、個数も答えておいた方が無難でしょう。訴訟物が2個以上ある場合には、併合形態も解答します。
 小問(3)は、要件事実をそのまま解答させる問題です。知っていれば、何も迷うことはないでしょう。アイウが原告所有を構成し、エが被告占有を構成します。①は、Aもと所有を示します。過去の一定時点におけるものであることを明確にする趣旨で、「当時」を付すのが通例です。②は、BX売買を示します。売買契約の要素である目的物と代金額を摘示するのがポイントですが、問題文のイを見れば、間違いようがないという感じがします。このように、実務基礎では、問題文に答えに近いヒントが書いてあることがあります。なお、「Bは」と、係争物(本問では本件壺)の権利を処分したBを主語にするのが普通です。「原告は~買った。」という表現はあまりしません。③は、被告の現占有を示します。現在とは、訴訟上は事実審の口頭弁論終結時を指すわけですが、現在の法律関係や事実については、いちいち「現在」を付けません。ですから、単に「占有している」とすれば足り、「現在占有している」とは記載しないのが通例です。
 小問(4)は、どの程度書くか、がポイントです。問題文には、「主張の内容(当該主張を構成する具体的事実を記載する必要はない。)」とあります。これは、単に「主張を挙げなさい」という問い方よりも、やや詳しく書いて欲しいという趣旨です。このことは、設問2の小問(2)の問い方と比較すればわかります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

(2) 上記(1)の二つの抗弁のうち弁護士Qが主張しないこととした抗弁を挙げるとともに,その抗弁を主張しないこととした理由を,想定される再抗弁の内容にも言及した上で説明しなさい。

(引用終わり)

 

 単に「主張を挙げなさい」とあれば、端的に「即時取得の主張」とだけ答えれば足ります。しかし、ここでは「主張の内容」とあるので、もう少し詳しく書く。具体的には、下記の参考答案程度でしょう。

 

(参考答案より引用)

 Pは、XがBから本件壺の引渡しを受けたことによる即時取得の主張を検討したと考えられる。

(引用終わり)

 

 それから、主張を断念した理由については、「簡潔に」とあるので、占有改定と即時取得の可否を論証する必要はないでしょう。端的に、本問の引渡しが占有改定によるものであり、判例が占有改定による即時取得を認めていない旨を示せば足りるでしょう。他の科目であれば、問題文の事実を具体的に答案に書き写して、占有改定であることを認定したりする必要があるわけですが、実務基礎ではそのようなことは不要です。この辺りが、実務基礎科目特有な部分です。
 設問2。小問(1)は、前記設問1小問(4)同様、「抗弁の内容(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。)」とされていますので、単に「対抗要件具備による所有権喪失の抗弁」とするのではなく、もう少しだけ詳しく書く。具体的には、以下のような感じです。

 

(参考答案より引用)

(1)Aは、本件壺をB及びYに二重譲渡しているところ、YがAから本件壺の引渡しを受けたことによって、Bが本件壺の所有権を喪失した旨の対抗要件具備による所有権喪失の抗弁
(2)YがAから本件壺の引渡しを受けたことにより、本件壺を即時取得した結果、Xが本件壺の所有権を喪失した旨の即時取得による所有権喪失の抗弁

(引用終わり)

 

 対抗要件具備による所有権喪失の抗弁に代えて、対抗要件の抗弁を考えた人もいるでしょうが、「本件壺の所有者は私ですから」とするYの相談内容からすれば、適切とはいえないでしょう。
 小問(2)は、先立つ対抗要件具備の再抗弁の成立が想定されるので、対抗要件具備による所有権喪失の抗弁を主張しなかった旨を解答すれば足ります。ただ、注意すべき点が2つあります。ここでの先立つ対抗要件具備とは、XがBから引渡しを受けたことではありません。対抗関係にあるのはYとBなのですから、BがAから引渡しを受けたことが、ここでの先立つ対抗要件具備になるのです。それから、単に再抗弁が想定されるから諦めた、というのでは不十分です。抗弁は、請求原因事実が認められることを前提にしてするわけです。本問の場合、再抗弁を構成する事実は、平成27年3月5日のAB売買契約に基づく引渡しです。ところが、請求原因において、その売買契約の存在は既に請求原因で主張されていて、Bが本件壺を現実に保管していたことは、Yも争っていない。そうなると、実際には、再抗弁事実を争う余地はほとんどないということになるでしょう。このことを、断念した理由として解答すべきなのです。逆にいえば、その再抗弁を争うことができる状態ならば、それ以前の請求原因段階でAB間売買を否認して勝っているだろう、ということです。実際、設問3では、それでYが勝訴した設定になっています。
 設問3は、事実認定に関する出題です。小問(1)は、記名が署名に当たらないこと、B名下の印影がBの印章によって顕出されたか否かが明らかでないことから、一段目の推定に必要な要件を満たさないことを端的に解答すれば足ります。注意すべきは、「Bの印章」とはB所有の印章のこと(※1)であって、Bという名称を表す印章というだけでは足りない、ということです。
 ※1 より厳密には、B自身が専ら使用するために管理する印章であることを要します。

 

最判昭50・6・12より引用。太字強調は筆者。)

 私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、右印影は名義人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第七一号同年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五九七頁ほか参照)、右にいう当該名義人の印章とは、印鑑登録をされている実印のみをさすものではないが、当該名義人の印章であることを要し、名義人が他の者と共有、共用している印章はこれに含まれないと解するのを相当とする。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実によれば、「本件各修正申告書の上告人名下の印影を顕出した印章は、上告人ら親子の家庭で用いられている通常のいわゆる三文判であり、上告人のものと限つたものでない」というのであるから、右印章を本件各申告書の名義人である上告人の印章ということはできないのであつて、その印影が上告人の意思に基づいて顕出されたものとたやすく推定することは許されないといわなければならない。

(引用終わり)

 

 ですから、「これは自分の印章を誰かが盗んで勝手に押したに違いない。」という主張であれば、二段の推定が生じるのですが、「これは自分の印章ではなく、他から同姓のものの印章を買ってきて押したに違いない」という主張の場合には、一段目の推定は生じないのです。本問では、Bは、「私の名前の判子は押してありますが、こんな判子はどこでも買えるもので、Xが…私の名前の判子を勝手に買ってきて押印したものに違いありません。」と主張しているので、後者のケースということになります。ここは、安易に二段の推定を認めた人がそれなりにいるでしょうから、差が付きやすいところです。
 小問(2)は、事実認定の方法に沿って検討されているかで、差が付くでしょう。ここは、一般的に流布している解説等をみても、適切な説明がされていないように思います。研修所ではきちんと教えているのに、残念なことです。ですので、少し詳しく説明しておきましょう。
 本問では、まず、解答の対象を確認する必要があります。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

(2) 弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Pは,前記【Xの供述内容】及び【Bの供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述並びに前記の提出された書証に基づいて,Bが否認した事実についての主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて準備書面に記載すべき内容を,提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

(引用終わり)

 

 「Bが否認した事実」とは何か。それは、設問3の第2段落冒頭に明示されています。

 

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 第1回口頭弁論期日で,Bは,Xから本件壺の引渡しを催告され,相当期間が経過した後,Xから解除の意思表示をされたことは認めたが,BがXに対して本件壺を売ったことと,BX間の売買契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたことについては否認した

(引用終わり)

 

 したがって、「BがXに対して本件壺を売ったこと」と、「BX間の売買契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたこと」が認められることを解答すればよい。では、両者について別個独立に解答すればよいかというと、そうではありません。それは、Bの供述内容をみればわかります。Bは、Xから150万円を受け取っていない、という主張に終始していて、150万円を受け取ったとしても、それは本件壺の代金として受け取ったのではない、という主張はしていません。ですから、150万円の授受があったことが認められてしまえば、自動的にBの主張するストーリーは崩れてしまうのです。そういうわけで、本問で主に解答すべきは、150万円の授受があったかなかったか、その点だということになる。これを理解して解答されているかどうかが、第1のポイントです。
 次に、重要なポイントは、どのような事実を基礎として、主張を展開するのか、ということです。本問のような場合に基礎としてよい事実は、概ね以下の3つです(研修所では「動かし難い事実」と呼んでいます。)。

① 成立の真正が認められる書面信用できる部分に記載された事実
② 両当事者の供述において一致する事実
③ 一方当事者が自認するその当事者にとって不利益な事実

 それ以外の、例えば、各当事者が自分に有利なことを一方的に主張しているだけの事実については、他の証拠等によって認定できない限り、認定の基礎にしてはいけないのです。このことを理解しないままに解答している答案が、非常に多い。この時点で脱落した答案をどう処遇するのか。採点には苦慮しているだろうと想像します。
 上記を踏まえていれば、本問では本件領収書を主張の基礎としてはいけないことがわかります。本問で主な主張の対象となっている150万円の授受との関係で、本件領収書は直接証拠です(※2)。「直接証拠があるのであれば、まずそれから検討する。」という鉄則から、本件領収書を認定の中心に据えるべきだ、と考えた人もいたかもしれません。しかし、それは成立の真正が認められる場合の話です。本問では、本件領収書の成立の真正に争いがあり、しかも、この点に関するX及びBの供述内容は、自分に有利なことの言いっ放しとなっていますから、上記の①から③までのいずれにも当たりません。ですから、本件領収書の成立の真正を基礎付ける事実は、本問では存在しないのです。そうすると、小問(1)で検討したとおり、本件領収書については二段の推定は生じないわけですから、本件領収書が真正に成立したとは、認めることができない。したがって、本件領収書は、主張の基礎としてはならない。つまり、答案に本件領収書に基づく主張が書いてあれば、それは積極ミスとなる。ここで、ある程度差が付くだろうと思います。
 ※2 意思表示は書面によってできますが、金銭の授受は書面によってすることはできない(書面に何かを記載することによって、金銭を物理的に相手方のもとに移動させることなどできない)わけですから、領収書は処分証書ではなく、金銭授受の事実に関する当事者の認識が記載された報告文書です。

 さて、本件領収書が使えないとすれば、どうやって150万円の授受を認定するのでしょうか。まず、上記の①に当たりそうなものとして、X名義の預金通帳があります。これは、Rがその成立の真正を認めていますから、成立には争いがない。では、その記載内容の信用性はどうか。「預金通帳なんだから信用できるに決まってるだろ。」というのでは、解答になっていません。「信用できるに決まってる」のは、そのとおりで、このことを研修所では、「預金通帳は類型的信用文書である。」と表現します。しかし、試験の解答としては、なぜ「信用できるに決まってる」のか、その理由を答える必要があるのです。文章化すると、以下のようになるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 預金通帳は、第三者である銀行が業務として作成するもので、入出金があるごとに機械的に記載されるから、その記載内容は信用できる。

(引用終わり)

 

 これで、預金通帳に記載された事実が、上記①に当たることがわかりました。預金通帳に記載された事実とは、「平成28年5月1日に150万円を引き出したこと」ですから、そのとおりの事実が認められる。このことは、Xの供述内容の以下の部分と整合します。

 

(問題文の【Xの供述内容】より引用)

 私は,平成28年5月1日に,親友の紹介でB宅を訪問し,本件壺を見せてもらいました。Bとは,そのときが初対面でしたが,Bは,現金150万円なら売ってもいいと言ってくれたので,私は,すぐに近くの銀行に行き,150万円を引き出して用意しました。

(引用終わり)

 

 このように、Xの供述内容は、客観証拠であるX名義の預金通帳により認定できる事実と整合的です。
 次に、上記②として、平成28年5月2日にBがAから借りていた200万円を返済した、という事実があります。

 

(問題文の【Xの供述内容】より引用)

 Aは同年5月2日にBから200万円を借金の返済として受け取っているようです

(引用終わり)

(問題文の【Bの供述内容】より引用)

 私は,同月2日に,Aから借りていた200万円を返済したことは間違いありません

(引用終わり)

 

 この事実は、主張の基礎としてよい。この事実を基礎とすると、その返済資金の出所はどこなのだ、ということになる。ここは、XとBとで供述が食い違っています。

 

(問題文の【Xの供述内容】より引用)

 この200万円には私が交付した150万円が含まれていることは間違いないと思います。

(引用終わり)

(問題文の【Bの供述内容】より引用)

 これは,自分の父親からお金を借りて返済したもので,Xからもらったお金で工面したものではありません。父親は,自宅にあった現金を私に貸してくれたようです。また,父親とのやり取りだったので,貸し借りに当たって書面も作りませんでした。

(引用終わり)

 

 このように、両者の供述が食い違っている場合には、直ちにどちらかの供述を真実であると認めることはできません。しかし、一方当事者の供述の信用性が否定される場合は別です。本問では、Bの供述は信用できない。なぜか。単に、「たまたま父親が貸してくれたなんて嘘っぽい。」とか、「書面を作ってないなんて不自然だ。」などということではありません。Bの供述内容の以下の各部分を、よく対照して読んでみると、理由がわかります。

 

(問題文の【Bの供述内容】より引用。太字強調は筆者。)

 Xは,私に150万円を現金で渡したと言っているようですが,そんな大金を現金でもらうはずはありません

 (中略)

 私は,同月2日に,Aから借りていた200万円を返済したことは間違いありませんが,これは,自分の父親からお金を借りて返済したもので,Xからもらったお金で工面したものではありません。父親は,自宅にあった現金を私に貸してくれたようです。また,父親とのやり取りだったので,貸し借りに当たって書面も作りませんでした。

(引用終わり)

 

 「150万円もの大金を現金でポンともらうとかありえねーだろ。」と言っているその本人が、「200万円は父親が現金でポンと貸してくれた。書面も作ってない。」と言っているそれこそありえねーだろ、ということですね。これをきちんとした日本語にすると、こうなります。

 

(参考答案より引用)

 返済資金の出所について、Bは、自分の父親からお金を借りたと供述する。しかし、Bは、150万円のような大金を現金でもらうはずがないという感覚を示す一方で、返済資金の200万円は父親から現金で貸してもらい、書面も作らなかったと供述しており、多額の現金授受に対する感覚において一貫していない。したがって、この点に関するBの供述は信用できない。

(引用終わり)

 

 この点に関するBの供述が信用できず、虚偽であることは、Xの供述内容と整合します。すなわち、Bが嘘をついた動機は、Xから受け取った150万円をAへの借金返済に充てたことを隠そうとする点にあると考えて矛盾がない。このように、Bの供述内容は、その主要な点で信用できないのに対し、Xの供述内容は他の証拠と整合している。以上から、150万円の授受は認められるだろう。こういう流れになるわけです(※3)。
 ※3 当事者の供述については、当事者が主要事実の存在を供述するのは当然であることから、これを直接証拠として供述の信用性を検討するという構造ではなく、他の間接事実から直接主要事実を推認する構造によって判断するべきであるという考え方もあります。この考え方によれば、本問では、Xが150万円を銀行から引き出した事実と、BがAに200万円の借金を返済した事実から直接にXB間の現金授受が推認できるのだから、XB供述の信用性判断を経由する必要はない、ということになります。しかし、それだけで本当に現金授受を推認できるのかというと、疑問です。Xが現金授受があったと供述し、Bは受け取っていないと供述しているところ、Xの供述は概ね信用できるのに対し、Bの供述は主要な点で信用できないという信用性判断を経由して初めて、現金授受の事実を認定できるというべきでしょう。上記の考え方は、「通常はそれで問題ない。」というだけであって、本問のように、当事者の供述の一部に一貫性を欠く部分があり、その信用性が否定されることが重要な意味を持つ事案については、当てはまらないと思います。

 前記のとおり、150万円の授受が認定された以上、Bのストーリーは既に崩れています。ですから、後はざっくりと認定すれば足ります。問題文の事情を使うなら、上記②の両当事者一致の事実として、XBに面識がないということがありますから、これを使えば、以下のように論述できるでしょう。

 

(参考答案より引用)

 XとBに従前の面識がなかったことは、両者が認めている。面識のないXB間で、何の理由もなく150万円の授受がされることは考えられないところ、X及びBの供述からは、本件壺の売買があり、その代金として支払われたとする以外の理由は見当たらない。

(引用終わり)

 

 本問は、以上のようなプロセスで解答します。他の法律基本科目の当てはめのように、使えそうなものを全部答案に書き写して、一言コメントのように評価を付せばよい、というものとは違うのです。現状では、この点を正しく解説しているものが少ないので、普通に当てはめのように書いていても合格ラインに達してしまっていますが、将来的には、このことに気付く受験生も増えてくるでしょうから、気を付けたいところです。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 採り得る法的手段は占有移転禁止の仮処分命令(民保23条1項、25条の2第1項括弧書き、62条)の申立て(同法2条1項)であり、これを講じなかった場合には、本件訴訟の基準時(民執35条2項参照)前に本件壺の占有がY以外の者に移転されると、訴訟係属中に訴訟引受け(民訴法50条)の手続を経ない限り、勝訴してもその者に対し強制執行をすることができない(民執23条1項1号、3号)という問題が生じる。

2.小問(2)

 所有権に基づく返還請求権としての動産引渡請求権1個

3.小問(3)

① 平成27年3月5日当時、本件壺を所有していた。
② Bは、平成28年5月1日、原告に対し、本件壺を代金150万円で売った。
③ 被告は、本件壺を占有している。

4.小問(4)

 Pは、XがBから本件壺の引渡しを受けたことによる即時取得の主張を検討したと考えられる。
 XがBから受けた本件壺の引渡しは占有改定によるものであるところ、判例が占有改定による即時取得を否定していることが、これを断念した理由である。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)Aは、本件壺をB及びYに二重譲渡しているところ、YがAから本件壺の引渡しを受けたことによって、Bが本件壺の所有権を喪失した旨の対抗要件具備による所有権喪失の抗弁

(2)YがAから本件壺の引渡しを受けたことにより、本件壺を即時取得した結果、Xが本件壺の所有権を喪失した旨の即時取得による所有権喪失の抗弁

2.小問(2)

 Qが主張しないこととした抗弁は、前記1(1)の対抗要件具備による所有権喪失の抗弁である。
 YがAから本件壺の引渡しを受けた平成28年5月15日に先立つ平成27年3月5日にBがAから引渡しを受けた旨の先立つ対抗要件具備の再抗弁が想定されるところ、同日のAB間売買の存在が既に請求原因事実とされている以上、上記再抗弁事実の存在を争う余地はほとんどないと考えられることが、主張しないこととした理由である。

第3.設問3

1.小問(1)

(1)民訴法228条4項の「署名」とは自署をいい、記名を含まないから、Bの記名があることによって、本件領収書の成立の真正について、同項の推定が生じることはない。

(2)同項の「本人の…押印」とは、本人の意思に基づく押印をいう。文書中の印影が本人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、その印影は本人の意思に基づいて成立したものと推定される(判例)。
 本件では、B名下の印影がBの印章によって顕出された事実について争いがあり、証拠上も確定することができない。したがって、その印影がBの意思に基づいて成立したものと推定することはできない。
 以上から、本件では「本人の…押印」があるとはいえず、同項の推定は生じない。

2.小問(2)

(1)成立に争いのないX名義の預金通帳には、平成28年5月1日に150万円を引き出したことが記載されている。預金通帳は、第三者である銀行が業務として作成するもので、入出金があるごとに機械的に記載されるから、その記載内容は信用できる。したがって、記載どおりの事実が認められる。この事実は、同日に銀行に行き、引き出した現金150万円をBに交付したとするXの供述と整合する。
 同日の翌日である同月2日にBがAから借りていた200万円を返済したことについて、XとBで供述が一致しているから、そのとおりの事実が認められる。返済資金の出所について、Bは、自分の父親からお金を借りたと供述する。しかし、Bは、150万円のような大金を現金でもらうはずがないという感覚を示す一方で、返済資金の200万円は父親から現金で貸してもらい、書面も作らなかったと供述しており、多額の現金授受に対する感覚において一貫していない。したがって、この点に関するBの供述は信用できない。Bが虚偽の供述をするのは、Xから受け取った150万円を返済に充てた事実を隠そうとする動機によるものと考えることができ、この点におけるXの供述と整合する。
 以上から、平成28年5月1日に150万円の授受があった事実が認められる。

(2)XとBに従前の面識がなかったことは、両者が認めている。面識のないXB間で、何の理由もなく150万円の授受がされることは考えられないところ、X及びBの供述からは、本件壺の売買があり、その代金として支払われたとする以外の理由は見当たらない。

(3)よって、BがXに対して本件壺を売ったことと、BX間の売買契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたことが認められる。

以上

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