今年の合格者数に関する誤った情報について

1.最近、某巨大掲示板において、「合格者数が200人~300人ほど減少するのは確実だ」とする書込みがなされました。

 

(5ちゃんねる「平成30年司法試験2」より引用。太字強調は筆者。)

400 名前:氏名黙秘[sage] 投稿日:2018/01/20(土) 20:28:56.40 ID:shUFNyao
確実に減るよ

下の資料の司法修習生の費用の項目の「実務修習旅費」の項目は、平成28年度 1年次生、2年次生共に1810人
平成29年度 1年次生、2年次生共に1800人
平成30年度 1年次生1500人、2年次生1600人
と書かれている。歳出概算要求書は、司法修習生の人数をおおよそ決定して予算を要求しているはず。したがって、上の人数は司法修習生の採用予定人数を多めに見積もったものと考えられる。1年次生、2年次生というのは、会計年度が4月スタートなのに対して、修習が12月スタートになるためであろう。すなわち、2年次生が前年度採用の修習生、1年次生が今年度採用予定の修習生を表していると推察される。
ご存知の通り司法試験の合格者数は
平成28年、29年と1500人~1600人の間となっている。そして概算要求書に記載されている数は1800人程度。それが平成30年度は1500人となっている。すなわち、合格者数も200人~300人ほど減少すると考えられる。

裁判所所管
平成30年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H30gaisanyoukyuusyo.pdf

平成29年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H280909isaisyutu.pdf

平成28年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H270911isaisyutu.pdf

(引用終わり)

 

 筆者からすれば、こんなものは「ハハッ、ワロス。」として、本来わざわざ取り上げるまでもないものです。ところが、司法試験や法科大学院に関するブログで有名なSchulzeさんが、これをそのまま紹介してしまいました。

 

(Schulze BLOG「司法試験の受験者が5000人しかいない時代 法科大学院制度では人材を供給できないことが明白に」より引用。太字強調は筆者。)

なお、司法試験合格者数については、旧2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)で盛んに書かれていますが、裁判所予算における「実務修習旅費」の想定人数が減少しているという指摘があり、これは司法試験合格者数の減少を織り込んだものとする旨の推測があります

(引用終わり)

 

 それだけではありません。これを、「要件事実マニュアル」で有名な岡口基一裁判官が、Twitterで紹介してしまったのです。

 

岡口基一さんのTwitter(8:19 - 2018年2月4日)より引用。 太字強調は筆者。)

 今年の司法試験合格者は1200人程度か
 大量合格させると、問題になるのは「合格者の質」

(引用終わり)

 

 Schulzeさんも岡口さんも、悪意があってこれを拡散させようとしているわけではないのでしょう。しかし、これでは、あたかも上記の裁判所の概算要求書が今年の合格者数を事前に把握して作成されたものであり、今年の合格者が1200人程度に減ることが既に決まっているかのような誤った情報が、そのまま拡散してしまいかねないでしょう。そこで、当サイトが火消しをしておこう、というのが、今回の記事の趣旨です。

2.さて、まずは、上記の書込みが言わんとする趣旨を確認しておきましょう。書込みは、裁判所の概算要求書の「実務修習旅費」の項目に、人数の表記があることに着目します。平成28年度歳出概算要求書では48頁の右下のところに「1810人」、平成29年度歳出概算要求書では50頁の右上のところに「1800人」、平成30年度歳出概算要求書では51頁の右中ほどよりやや下のところに「1500人」との表記があることが確認できます。そこで、この数字と実際の合格者数を対応表にすると、以下のようになります。

年度
(平成)
概算要求書
における数字
実際の
合格者数
両者の差
28 1810 1583 227
29 1800 1543 257
30 1500 ??? ???

 さて、この表を見て、「???の部分を埋めなさい。」と言われたら、どう考えるか、普通は、こんな感じになると予想するでしょう。

年度
(平成)
概算要求書
における数字
実際の
合格者数
両者の差
28 1810 1583 227
29 1800 1543 257
30 1500 1200~1300? 200~300?

 だから、今年の合格者数は、1200人から1300人までの間の数字になるに違いない。これが、上記の書込みの趣旨なのです。

3.しかし、ここで、具体的に考えてみる必要があります。このような形で概算要求書が作成されているということは、事務的には、最高裁の担当者と司法試験委員会の担当者との間で、以下のようなやり取りがされていることを意味します。

最高裁の担当者「もしもしー司法試験委員会さんですか?最高裁ですーすいません、平成30年って何人合格するんですか?」
司法試験委員会の担当者「あっはい、1200人くらいっす。」
最高裁の担当者「まじですかー、じゃあ300人くらい盛っといて1500人で要求しときますーどうもー」

 こんなのがあり得るか。少し冷静に考えれば、すぐわかることです。

4.それでは、概算要求書の人数は、どうしてこうなっているのか。このようなものは、作成時点で確認できる直近の数字を参照するものです。ここで注意したいのは、概算要求書を作成するのはいつの時点までなのか、ということです。これは、前年度の8月31日です。

 

(財政法17条1項)
 衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官及び会計検査院長は、毎会計年度、その所掌に係る歳入、歳出、継続費、繰越明許費及び国庫債務負担行為の見積に関する書類を作製し、これを内閣における予算の統合調整に供するため、内閣に送付しなければならない。

(予算決算及び会計令8条1項)
 財政法第十七条第一項の規定により、内閣に送付すべき書類は、財務大臣の定めるところにより作製し、前年度の八月三十一日までに、これを内閣に送付しなければならない。

 

 ちなみに、国会、裁判所及び会計検査院の予算は、その独立性から少し特殊な扱いとなっています。これは、憲法における短答のマイナー知識ですね。

 

衆院予算委員会第一分科会平成10年03月19日より引用。太字強調は筆者。)

寺澤政府委員 お答えを申し上げます。 先生御指摘のように、国会、裁判所につきましては、憲法上、政府とは独立をした地位を有しているわけでございます。また、憲法上、予算を作成し国会に提出する事務、いわゆる予算編成権と言っておりますが、これは内閣の事務とされているところでございます。このために、これらの国会、裁判所の独立性を財政面から不当に制約することのないよう、財政法第十七条から第十九条の規定におきまして調整の方法が定められているところでございます。
 予算編成の過程で具体的にこの調整がどういうふうに行われているか申し上げますと、予算につきましては、まず概算要求という段階がございます。財政法第十七条第一項によりまして、国会、裁判所は、内閣に対しまして、歳入、歳出、継続費、繰越明許費及び国庫債務負担行為の見積もりに関する書類を送付されるわけでございます。
 概算要求に当たりましては、内閣のもとにございます行政機関は、先生御承知のように、閣議了解ないしは総理の基本方針というものに従いまして概算要求を行わなければならないということになっておりますが、国会や裁判所の独立機関につきましては、内閣から、行政機関はこういった概算要求基準で要求をいたしますよという内容を参考までに送付いたしまして協力を要請しているということにとどまっているわけでございます。
 次に、大蔵大臣のもとに送られてきた概算要求をいろいろ議論する、いわゆる査定の段階があるわけでございますが、この段階におきまして、行政府と国会、裁判所との間でさまざまな形で意見調整を行い、合意を得るという手続があるわけでございます。
 これにつきまして、意見が調わない場合が発生するわけでございますが、国会や裁判所の意に反しまして行政府において歳出の見積もりを減額して予算を国会に提出するというような場合には、財政法第十九条の規定によりまして、これらの機関の歳出見積もりの詳細を付記をいたしまして、国会が独立機関の歳出額を修正する場合における必要な財源を明記するという形、いわゆる二重予算制度になっているわけでございます。
 いずれにいたしましても、現在の予算制度におきましては、国会や裁判所の予算につきまして、その独立性を十分尊重しつつ、合意のもとに予算調整を行うという具体的な編成を行っているところでございます。

(引用終わり)

(財政法19条)
 内閣は、国会、裁判所及び会計検査院の歳出見積を減額した場合においては、国会、裁判所又は会計検査院の送付に係る歳出見積について、その詳細を歳入歳出予算に附記するとともに、国会が、国会、裁判所又は会計検査院に係る歳出額を修正する場合における必要な財源についても明記しなければならない。

 

 それから、財政法17条1項や予算決算及び会計令8条1項では、「作製」という表記が用いられていますが、現在では、「作製」とは物品の製作を意味する場合にだけ用い、それ以外は「作成」という表記を用いるものとされています。

 

(「法令における漢字使用等について」(平成22年11月30日内閣法制局長官梶田信一郎)より引用)

作製・作成(「作製」は製作(物品を作ること)という意味についてのみ用いる。それ以外の場合は「作成」を用いる。)

(引用終わり)

 

 本題に戻りましょう。概算要求書は、前年度の8月31日までに作成する必要がある。大事なことは、その時点では、いまだその年の司法試験の結果は公表されていない、ということです。これは、具体的にいえば、以下のようなことを意味します。

(1)平成28年度の概算要求書は、平成27年8月31日までに作成しなければならず、その時点ではいまだ平成27年司法試験の結果は公表されていないので、最も直近で確認できる数字として、平成26年司法試験の結果(合格者数1810人)を参照することになる。
(2)平成29年度の概算要求書は、平成28年8月31日までに作成しなければならず、その時点ではいまだ平成28年司法試験の結果は公表されていないので、最も直近で確認できる数字として、平成27年司法試験の結果(合格者数1850人)を参照することになる。
(3)平成30年度の概算要求書は、平成29年8月31日までに作成しなければならず、その時点ではいまだ平成29年司法試験の結果は公表されていないので、最も直近で確認できる数字として、平成28年司法試験の結果(合格者数1583人)を参照することになる。

 これを表にまとめると、以下のようになるわけですね。

年度
(平成)
概算要求書
における数字
参照する
合格者数
28 1810 平成26年司法試験
(1810)
29 1800 平成27年司法試験
(1850)
30 1500 平成28年司法試験
(1583)

 おわかりいただけたでしょうかこれだけのことなのです。「くっだらねぇ。」と思ったなら、筆者もそう思います。ここまで理解した上で、改めて冒頭に示した書込みを見てみましょう。

 

(5ちゃんねる「平成30年司法試験2」より引用。太字強調は筆者。)

400 名前:氏名黙秘[sage] 投稿日:2018/01/20(土) 20:28:56.40 ID:shUFNyao
確実に減るよ

下の資料の司法修習生の費用の項目の「実務修習旅費」の項目は、平成28年度 1年次生、2年次生共に1810人
平成29年度 1年次生、2年次生共に1800人
平成30年度 1年次生1500人、2年次生1600人
と書かれている。歳出概算要求書は、司法修習生の人数をおおよそ決定して予算を要求しているはず。したがって、上の人数は司法修習生の採用予定人数を多めに見積もったものと考えられる。1年次生、2年次生というのは、会計年度が4月スタートなのに対して、修習が12月スタートになるためであろう。すなわち、2年次生が前年度採用の修習生、1年次生が今年度採用予定の修習生を表していると推察される。
ご存知の通り司法試験の合格者数は
平成28年、29年と1500人~1600人の間となっている。そして概算要求書に記載されている数は1800人程度。それが平成30年度は1500人となっている。すなわち、合格者数も200人~300人ほど減少すると考えられる。

裁判所所管
平成30年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H30gaisanyoukyuusyo.pdf

平成29年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H280909isaisyutu.pdf

平成28年度歳出概算要求書
http://www.courts.go.jp/vcms_lf/H270911isaisyutu.pdf

(引用終わり)

 

 ここまで読んでいれば、筆者でなくても、「ハハッ、ワロス。」となるでしょう。このように、情報というものは、鵜呑みにすることなく、その真偽を慎重に確認する必要がある。うそはうそであると見抜ける人でないと、難しいのです。

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