1.商法は、設問2小問(1)の本件決議1の取消事由が利益供与であることに気付くかどうかで、大きく差が付いてしまうでしょう。この利益供与の部分は、きちんと検討しようとすると、相当に難解です。そこで、この点を中心に補足説明をしておきたいと思います。
利益供与を受けた議決権行使により可決された場合には、決議方法の法令違反(831条1項1号)があるとされています。これを明示的に判示したのが、モリテックス事件(東京地判平19・12・6)です。
(東京地判平19・12・6より引用。太字強調は筆者。)
本件贈呈は、その額においては、社会通念上相当な範囲に止まり、また、会社の財産的基礎に影響を及ぼすとまではいえないと一応いうことができるものの、本件会社提案に賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであって、株主の権利行使に影響を及ぼすおそれのない正当な目的によるものということはできないから、例外的に違法性を有しないものとして許容される場合に該当するとは解し得ず、結論として、本件贈呈は、会社法120条1項の禁止する利益供与に該当するというべきである。
そうであれば、本件株主総会における本件各決議は、会社法120条1項の禁止する利益供与を受けた議決権行使により可決されたものであって、その方法が法令に違反したものといわざるを得ず、取消しを免れない。また、株主の権利行使に関する利益供与禁止違反の事実は重大であって、本件贈呈が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われることは上記判示のとおりであるから、会社法120条2項により請求を棄却することもできない。
(引用終わり)
これに気が付かないと、苦し紛れにAやDが特別利害関係株主であるとして831条1項3号を検討することになってしまうでしょう。しかし、取締役解任決議において解任対象とされた取締役である株主(本問のC)が特別利害関係株主に当たるかについては、これを明確に否定した最判昭42・3・14を現在でも維持すべきか(この判例は、特別利害関係株主の議決権が一般的に否定されていた昭和56年商法改正前の事案についてのものです。) という問題はあり得るにしても、解任に賛成する株主が特別利害関係株主になるというのは、ちょっと考えられません。仮に、AとCの利害対立をもってAが特別利害関係株主になるのであれば、同じ理由でCも特別利害関係株主となるわけですが、そうなると、賛否の分かれ得る議案についてはすべての株主が特別利害関係株主になってしまいかねないでしょう。そういうわけで、AやDが特別利害関係株主であるとして831条1項3号を検討しても、本来は単なる余事記載と扱われるだろうと思います。ただし、相当数の答案が利益供与を書かずに、特別利害関係株主を論じているような場合には、救済的に配点が発生することがあります。本問の場合は、その可能性は十分ありそうです。
2(1)本問で利益供与の認定をするに当たり、想起されるのは、蛇の目ミシン工業事件判例です。
(蛇の目ミシン工業事件判例より引用。太字強調は筆者。)
株式の譲渡は株主たる地位の移転であり,それ自体は「株主ノ権利ノ行使」とはいえないから,会社が,株式を譲渡することの対価として何人かに利益を供与しても,当然には商法294条ノ2第1項が禁止する利益供与には当たらない。しかしながら,会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で,当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人かに供与する行為は,上記規定にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行為というべきである。
(引用終わり)
本問も、Dが甲社株式を譲渡する事案なので、上記判例に沿って検討すればよさそうにみえます。しかし、上記判例が明示的に判示している内容だけをみる限り、本問の場合には、わざわざ上記判例を参照する必要はないはずです。なぜなら、本問では、株主の権利の行使に関するものであることは、明らかだからです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
D,G及び甲社は,平成27年2月2日,下記契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約
(1) Dは,平成27年4月1日,Gに対し,売買代金2400万円の支払を受けるのと引換えにD保有株式を譲渡し,その株券を引き渡す。
(2) 甲社は,Gが丙銀行からD保有株式の買取資金として800万円を借り入れることができるように,Gの丙銀行に対する借入金債務を連帯保証する。甲社は,Gに対し,保証料の支払を求めない。
(3) Dは,平成27年3月25日に開催される甲社の定時株主総会においては,自らは出席せず,Aを代理人として議決権の行使に関する一切の事項を委任する。
(引用終わり)
上記判例は、「株式の譲渡に関して利益が供与された」だけであっても、会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的があれば、「株主の権利の行使に関して利益が供与された」と認めることができる、というものでした。これに対し、本問は、「『Dが株主総会でAを代理人として議決権の行使に関する一切の事項を委任する』ことに関して利益が供与された」事案です。「Dが株主総会でAを代理人として議決権の行使に関する一切の事項を委任する」ことは、株主の権利の行使であることが明らかです。したがって、本問の場合には、上記判例の法理によらなくても、「株主の権利の行使に関して利益が供与された」といえてしまうのです。
そうすると、本問において、上記判例を参照することは誤りなのかというと、それはそうではないのだろうと思います。なぜかというと、本問の場合、Dは、「甲社株式を買い取ってくれたらC解任議案に反対しないよ。」という趣旨の取引を、Aに持ち掛けていると理解できるからです。すなわち、対価の支払が、単に株式の移転に対する対価としての意味とは別に、会社の望まない権利行使をしないことに対する対価にもなっている点で、上記判例の趣旨がそのまま当てはまるといえるわけですね。
このことは、「株式の対価として支払ったものであっても、それは純粋な意味での株式の対価ではなく、株主としての権利行使をしないことの対価でもあるのだから、株式の対価として適正な額であっても全額が利益供与になる。」ことを含意しています。上記判例も、明示的には判示していないけれども、対価の支払がそのまま利益供与となる旨を判示していますから、このことを当然に含意しているといえるでしょう(※1)。本問でも、この点に関する示唆があります。
※1 従来から、株式を取得して株主になろうとする者に金品を渡して株式取得を回避する場合について、株主の権利の行使に関するものであることが問題なく認められていましたから、株式を手放すことが株主の権利の行使に関するものであることも、当然といえば当然です。その意味で、上記判例は、株式の譲渡が株主の権利の行使に関するものといえるか、ということよりも、株式の対価の支払が利益の供与といえるか、という点についての判示であるといえます。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
そこで,Aは友人Gに対してD保有株式の買取りを持ち掛けたところ,Gはこれに前向きであった。D保有株式の適正な売買価格は2400万円であったが,Gは,D保有株式の買取資金として1600万円しか用意することができなかったため,丙銀行株式会社(以下「丙銀行」という。)から当該買取資金として800万円を借り入れることとした。
(引用終わり)
適正価格での買取りであった点を重視すると、Dは適正な代金を受け取っただけで何も得をしていないのだから、何ら利益を受けていない、ということになりそうですが、上記判例の法理からは、そうはならないということになる。本問では、この意味においても、上記判例を参照することができるでしょう。参考答案は、何も考えずに上記判例を参照して、関係しそうな事実を書き写して結論を出しています。実戦的にはこれで全く問題はないでしょう。むしろ、本問で、株主の権利の行使に関することは明らかだから、上記判例を引く必要はないと判断して、全く上記判例に触れない、というのは、評価を下げるでしょう。それは、単に判例を知らない、と評価されてしまうからです。仮に、本問で上記判例を引く必要はないというのであれば、そのことを答案に書いて説明しなければなりません。そのような余裕は通常ないわけですから、何も考えずに判例をそのまま引いておけばよいのです。
(2)本問で、利益供与の問題であると気付きにくいのは、甲社が買取資金の一部の借入れについて連帯保証をしただけで、直接に対価を供与したようにはみえないからです。そのために、上記判例を知っていても、利益供与に気付かなかったという人も、それなりにいただろうと思います。しかし、上記判例は、この点についても直接に判示しています。
(蛇の目ミシン工業事件判例より引用。太字強調は筆者。)
本件方策においては形式的にはB社の関連会社が融資の主体として関与するものの,B社自体やその100%子会社であるF社も所有物件に担保を設定するなどしている上,関連会社が支払不能になれば,B社が最終的に関連会社の債務を引き受けざるを得ないという前提があったというのであるから,本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供の実質は,B社が関連会社等を通じてした巨額の利益供与であることを否定することができない。そして,本件方策は,AがB社株をK銀行等に売却するなどと発言している状況の下で,将来Aから株式を取得する者の株主としての権利行使を事前に封じ,併せてAの大株主としての影響力の行使をも封ずるために採用されたものであるから,本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供が商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたものであるというべきである。
(引用終わり)
買取資金の融資について担保を提供しただけでも、実質的にみて利益供与とされる場合がある。本問では、甲社のした連帯保証について、個人であるGには支払不能になるリスクがそれなりにあって、Gが支払不能になった場合には最終的に甲社がリスクを引き受けざるを得ないものであると評価すれば、甲社のした利益供与と評価できるでしょう。参考答案は、荒っぽく問題文を書き写して、これを肯定しています。「きちんと評価しないとダメじゃない。」と思う人もいるかもしれませんが、現場でこのレベルを書ける人すらほとんどいないのだからいいのです。Dに株式の対価を支払うのはGではないか、と思うかもしれませんが、120条1項は第三者を介した場合も含むとされているので、Gを介してDに利益供与した、と考えることができるでしょう。そうすると、Gが最初から準備できた1600万円についても、利益供与に当たるのではないか、と思うかもしれませんが、そうはなりません。この部分は、甲社の計算で供与されたものとはいえないからです。
(120条1項。太字強調は筆者。)
株式会社は、何人に対しても、株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主(第八百四十七条の二第九項に規定する適格旧株主をいう。)の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。)の株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない。
800万円については、最終的なリスクを甲社が負担することになると考えれば、甲社の計算といえますが、Gが最初から準備できた1600万円は、単純にGの計算で支出しているわけですから、甲社の計算と考える余地はないのです。
(3)厄介な問題として残っているのは、いつの時点で利益供与がなされたといえるのか、ということです。本問では、以下の4つの時点が候補として考えられるでしょう。
① 本件契約締結時(平成27年2月2日)
② 融資契約及び連帯保証契約締結時(同年3月10日)
③ 融資実行、代金支払及び株券引渡時(同年4月1日)
④ 甲社による丙銀行への800万円の保証債務弁済及びGに対する求償請求時(同年12月1日)
①又は②と考えた場合には、本件株主総会以前に利益供与があったといえるので、本件決議1におけるD代理人Aの議決権行使は、問題なく利益供与による議決権行使であるといえます。しかし、③又は④と考えた場合には、本件株主総会の時点ではいまだ利益供与はなかったことになるので、D代理人Aの議決権行使は、利益供与による議決権行使であるとはいえないのではないか、という問題が生じます。また、利益供与該当性を判断する際に、どの時点までの事実を考慮できるか、ということにも、関連してくるでしょう。例えば、①の時点で利益供与があったと考えれば、②以降の事実は、当然には考慮要素とすることはできないことになります。せいぜい、①の時点における事実関係を推認する間接事実となるにとどまるということになるでしょう。ここは、後記3で説明する小問(2)と同様、商法特有の論理が問われているといえます。これらの点について明示的に矛盾したことを書いてしまうと、減点対象となる可能性はあると思います。逆に、これらの点を意識して整合的な論述をしていれば、加点事由となり得るでしょう。実戦的には、このようなところは曖昧に書いて明示しない方が、危険が少ないと思います。例えば、「甲社が本件契約を締結したことは、利益供与に当たる。」などと書けば、①の立場を採用したことになってしまうので、このような書き方は避ける。参考答案は、この辺りをよくわからないように書いています。当てはめで、問題文後半の事実まで拾っていますが、間接事実として考慮しているのかを明示していないので、明確な論理矛盾とはいえないようになっています。供与された利益の額と受益者については、後記3のとおり、小問(2)で直接問われているのでごまかしが効きませんが、それ以外のところは、うまくごまかして書くべきでしょう。
3.設問2の小問(2)は、小問(1)の認定を前提にした論理を問う問題です。この種の論理は、商法ではよく問われているものです。Aの責任との関係では、小問(1)における認定と、Aが支払うべきものとして認定した利益供与の額(120条4項)とが矛盾していないか。Gとの関係では、小問(1)における認定と、Gが「利益の供与を受けた者」(同条3項)に当たるかという点が矛盾していないか。例えば、小問(1)では、買取資金2400万円のうち800万円についてDに対する利益供与である、と認定しておきながら、Aが支払うべき金額を60万円(Gが少なくとも支払うべき保証料)としてしまったり、Gが「利益の供与を受けた者」に当たるなどとしてしまえば、論理矛盾ということになるわけです。この小問(2)でGの責任が問われていることは、小問(1)の取消事由が利益供与であることを示すヒントになっています。代表訴訟でGの責任を追及するには、利益供与を考える以外にないからです。ここで、ようやく利益供与に気付いた、という人も、多かったのではないかと思います。
利益供与を受けた者が誰か、という点で、120条1項は、「何人に対しても」とあるので、本問の丙銀行(連帯保証で直接担保を取得する利益を得ている。)や、G(保証料を少なくとも60万円免れた。)を受益者とすることができると思った人もいるかもしれません。しかし、同項が、「株主に対して」ではなく、「何人に対しても」とした趣旨は、現時点で株式を保有していないが、金をよこさないと株式を取得して嫌がらせをするぞ、という場合や、直接の株式名義人ではない者が総会屋のボスとして指示を出しているような場合をも規律の対象とする点にあります。ですから、受益者となり得るのは、株主権の行使を左右できる者でなければならない(※2)。株主権の行使を左右できる者以外の者に供与しても、それは、「株主の権利…の行使に関し」(※3)の要件を欠くことになるのです。ですから、本問において、丙銀行やGを受益者とする構成は、難しいと思います(※4)。
それならば、なぜ、考査委員はDではなく、Gに対する請求を問うたのか。現実の事例として考えた場合には、既に甲社が求償請求をしていて、それすら応じないGに対する請求を代表訴訟として考えるのは、おかしな話です(※5)。敢えて非現実的な問い方をしたのは、おそらく、「Dに対する請求を問うと、なんとなく請求を肯定する答案が続出するだろうが、それが正しい理解に基づくものかの判断が難しくなる。Gに対する請求を問うと、同じくなんとなく請求を肯定する答案が続出するだろうが、それは誤った理解に基づくものと判断できる。それならば、Gに対する請求を問おう。」ということではないかと思います(※6)。なお、連帯保証と利益供与に関する判示をした近時の高裁判例として、東京高判平29・1・31があり、平成29年度重要判例解説に掲載されていることから、これをそのまま参照する解説がされるかもしれません。しかし、この裁判例は、本問でいうと、丙銀行に当たる者が甲社に当たる会社の株主であったところ、その保有株式をGに当たる者に売却し、その株式の売買代金債務を甲社に当たる会社が連帯保証した、というような事案で、そもそもDに当たる者が登場しません。仮に本問がそのような事案なら、丙銀行もGも株主又は株主であった者として、受益者に当たり得るわけですが、実際には甲社が連帯保証をする時点で丙銀行もGも甲社の株主となったりしていませんし、最も受益者にふさわしい株主としてDがいるわけですから、ほとんど参照する意味のない裁判例といえるでしょう。「重判読んでおいてよかったですね!出ましたよ!」などとして解説するものについては、注意をした方がよいと思います。
※2 立法当時の感覚でいえば、「株式名義人ではないけれども総会屋かそれとグルになってる悪いやつ」という感じです。このことは、情を知る受益者が刑事罰の対象となっている(970条2項)ことにも示されています。安易に広く受益者を認定することは、刑事罰の範囲を拡大することにもなることに注意が必要です。
※3 120条1項を引用する場合に、「株主の権利の行使に関し」と表記すると、同項の文言上、「当該株式会社の最終完全親会社等の株主」についての記述となってしまうので、通常の株主について同項を引用する場合には、
「株主の権利…の行使に関し」と表記するのが正確でしょう。
ただし、試験では1点にもならないところなので、答案を書く際にこのようなことを気にして時間をロスしてはいけません。
※4 Gについては、Gが従来から多額の金銭を受領して株式授受の工作を行う業界のフィクサーであって、Gの暗躍によって初めてDが株式の売却に応じたというような事案であれば、Gは株主権の行使を左右できる者(と同時に、上記※2でいう「悪いやつ」)といえるので、受益者となり得るでしょう。国際航業事件(東京地判平7・12・27)はそのような事案であり、「株式の譲渡等について工作を行う者」を受益者としています。
※5 仮に、Gを受益者とした上で、供与された利益の額を800万円と考えると、求償請求権とどのような関係に立つのか、という問題も生じます。
※6 ただし、平成23年司法試験民事系第2問における欠損填補責任(自己株式取得時に分配可能額の範囲内であった場合に問題となる。)などのように、過去の例では、不適切と思われる構成が出題趣旨に正解として記載されることがあり、本問についても、平然とGを受益者とする構成が出題趣旨に掲載されてしまう可能性もありそうな気はしています。その場合には、単純に考査委員がGを受益者とする構成を想定していたので、Gに対する請求が問われたということになるでしょう。
なお、Aについて、800万円について120条4項の責任を認めた場合には、重ねて423条1項の責任を検討する必要はないでしょう。120条4項は、任務懈怠や損害額等について423条1項の要件を緩和した特則ですから、120条4項の責任が認められる場合には、423条1項の責任を検討する意味がないからです。蛇の目ミシン工業事件判例は、旧商法266条1項2号(120条4項に相当)に重ねて、旧商法266条1項5号(423条1項に相当)も検討していますが、これは、原審が旧商法266条1項2号については「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」に当たらないとし、旧商法266条1項5号については過失がないとしたことから、双方について判示したというだけのことでしょう。同判例の差戻審(東京高判平20・4・23)では、旧商法266条1項2号の供与額と、旧商法266条1項5号の損害額は同額とされています。供与された利益の額には含まれない特別な損害が別途発生したという事実が問題文にあれば別ですが、本問ではそのような事実は見当たりません。
4.設問3については、174条の解釈論という意味では、応用論点です。もっとも、同条を見れば、括弧書きに「譲渡制限株式に限る。」と書いてあります。株式譲渡制限の趣旨は基本事項ですから、同条の趣旨もこれと同じだろう、という感じで解答していけば、それほど難しくはないでしょう。
会社にとって好ましくない者が株主になることを防止するという趣旨からすれば、既に株主になっている者が相続によって取得する場合には、同条の定款の効力は及ばない、とするのが、現場で思い付きそうな1つの筋です。これで、十分合格レベルになるでしょう。ただ、実戦的なテクニックとしても、理論的な正解という意味からも、これは最善とはいえないと思います。
まず、実戦的なテクニックとしての視点から、考えてみましょう。本問は、具体的な事実が多数挙がっています。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
15.Bは,甲社の内紛が継続することにより,取引銀行の信用を失うことを危惧し,親族会議を開催し,AとCとの間を取り持つこととした。A及びCは,Bの提案に従い,下記のとおり合意した。
(1) Bが経営者として十分な経験を積んできたことから,Aが取締役を退任した後は,Cも取締役を退任し,Bが代表取締役社長を務めることとする。ただし,内紛が解決したことをアピールするため,当面の間は,Aが代表取締役会長を,Cが代表取締役社長を,Bが取締役専務を,それぞれ務め,甲社を共同で経営する。
(2) 甲社が丙銀行に対して弁済した800万円の求償については,A及びCが,資金を用意し,GからGの有する甲社株式200株を買い取り,Gがその売買代金をもって当該求償に係る支払に充てる。
16.Gからの甲社株式の買取りの結果,甲社の発行済株式については,Aが450株を,Bが250株を,Cが300株を,それぞれ有することとなった。また,甲社では,Aが代表取締役会長を,Cが代表取締役社長を,Bが取締役専務を,Eが取締役を,それぞれ務めることとなった。
17.平成29年5月,Aが交通事故により死亡したことから,Bは,他の役員に対し,上記15(1)の合意に従い,代表取締役社長に就任し,甲社を経営していく意思を伝えた上で,Cに対し,取締役を退任して相談役として支援してほしいと依頼した。Aの唯一の相続人であるBは,Aが有していた甲社株式450株について,単独で相続し,株主名簿の名義書換を終えた。
18.甲社の定款には,設立当初から,会社法第174条に基づく下記定めがあった。Cは,上記15 (1)の合意に反し,自らが代表取締役社長の地位にとどまりたいと考えた。そこで,分配可能額との関係では,Bが相続した甲社株式450株全てについて,定款の下記定めに基づき,甲社がBに対して売渡しの請求をすることもできたが,Cが甲社の総株主の議決権の過半数を確保するために最低限必要な401株についてのみ,甲社がBに対して売渡しの請求をすることとした。
甲株式会社定款(抜粋)
(相続人等に対する売渡しの請求)
第9条 当会社は,相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し,当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。
19.Cは,甲社の取締役会を招集し,取締役会において,適法な手続に基づき,上記18の請求に関する議案を決議するための甲社の臨時株主総会の招集が決議された。
20.甲社は,上記19の取締役会の決議に基づき,平成29年7月3日,臨時株主総会を開催した。当該臨時株主総会において,上記18の請求に関する議案は,議長であるCがその決議からBを除いた上で,Cのみが議決権を行使して賛成したことにより,可決された。甲社は,当該臨時株主総会の終結後,直ちにBに対して上記18の請求をした(以下「本件請求」という。)。
(引用終わり)
上記の太字強調部分は、本件請求が不当な意図で行われたことを示唆しています。既に株主になっている者が相続によって取得する場合には174条の定款の効力は及ばない、と考えた場合には、上記の事実を考慮するまでもなく、本件請求は否定されることになる。いかにも使って欲しそうな問題文の事実を使い切れていないよね、という感じです。これが、実戦的なテクニックとして最善とはいえない、ということの意味です。
なお、「上記18の請求に関する議案は,議長であるCがその決議からBを除いた上で,Cのみが議決権を行使して賛成したことにより,可決された。」の部分は、175条2項本文に基づくものですから、特に問題はありません(この時点で株主がBとCしかいないので、Bが排除されればCだけになる。)。
(175条。太字強調は筆者。)
株式会社は、前条の規定による定款の定めがある場合において、次条第一項の規定による請求をしようとするときは、その都度、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。
一 次条第一項の規定による請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
二 前号の株式を有する者の氏名又は名称
2 前項第二号の者は、同項の株主総会において議決権を行使することができない。ただし、同号の者以外の株主の全部が当該株主総会において議決権を行使することができない場合は、この限りでない。
株主総会においては特別利害関係株主も議決権を行使できますから、答案で、「決議からBを除いたのは、Bが特別利害関係株主に該当するからであり、適法である。」と書いてしまえば、積極ミスとなってしまいます。
次に、理論的な観点から考えます。前にも説明したとおり、174条の趣旨は、株式譲渡制限の趣旨と共通します。一般承継の場合には譲渡承認の機会がないので、事後的に売渡請求という手段を会社に与えているわけですね。
(会社法制の現代化に関する要綱より引用。太字強調は筆者。)
(5) 相続・合併により譲渡制限の定めのある株式を取得した場合
定款で相続及び合併による譲渡制限の定めのある株式の移転についても承認の対象とする旨を定めることができるものとする。
(注) 「承認の対象とする」とは,株式が相続人等に当然に移転することを前提とし,株式会社がその移転を承認しないときは,その株式を買い取ることができるものとすることをいう。
(引用終わり)
そうすると、174条の例外と、譲渡制限株式に承認を要する場合の例外は、同じでなければおかしい。すなわち、仮に、「既に株主になっている者が相続によって譲渡制限株式を取得する場合には、174条の定款の効力は及ばない。」という解釈論が成り立つのであれば、「既に株主になっている者が譲渡によって譲渡制限株式を取得する場合には、譲渡承認を要しない。」という解釈論も成り立たなければならないわけです。しかし、一般に、「既に株主になっている者が譲渡によって譲渡制限株式を取得する場合には、譲渡承認を要しない。」とは、考えられていない。「既に株主になっている者が譲渡によって譲渡制限株式を取得する場合には、譲渡承認を要しない。」という取扱いをしたければ、107条2項1号ロの「一定の場合」として、「譲受人が株主である場合」を定める定款の規定を要するとされているのです(種類株式については108条2項4号)。
(会社法制の現代化に関する要綱より引用。太字強調は筆者。)
(1) 一部の種類の株式についての譲渡制限
株式会社は,定款である種類の株式の譲渡について承認を要することを定めることができるものとする。
(注1) 譲渡制限株式については,株主間の譲渡についても原則として承認を要するものとし,承認機関は株主総会(取締役会を設置する株式会社にあっては,取締役会)とするものとする。
(注2) 定款で次に掲げる事項を定めることも妨げないものとする。
a 株主間の譲渡につき承認を要しないこと。
b 特定の属性を有する者に対する譲渡については,承認権限を代表取締役等に委任し,又は承認を要しないこと。
c 譲渡を承認しない場合において先買権者の指定の請求があったときの先買権者をあらかじめ指定しておくこと。
d 取締役会を設置する株式会社において,承認機関を株主総会とすること。
(引用終わり)
(107条2項。太字強調は筆者。)
株式会社は、全部の株式の内容として次の各号に掲げる事項を定めるときは、当該各号に定める事項を定款で定めなければならない。
一 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 次に掲げる事項
イ 当該株式を譲渡により取得することについて当該株式会社の承認を要する旨
ロ 一定の場合においては株式会社が第百三十六条又は第百三十七条第一項の承認をしたものとみなすときは、その旨及び当該一定の場合
2号以下略。
そうなると、「既に株主になっている者が相続によって譲渡制限株式を取得する場合には、174条の定款の効力は及ばない。」という解釈論も、成り立たないだろう。すなわち、そのような取扱いをしたいのであれば、174条の定款の定めにおいて、その趣旨の規定を置くことを要する、ということになる。これが、理論的な観点からも、最善とはいえないということの意味です。
では、どのような構成が最善か。おそらくは、権利濫用構成、すなわち、本問の具体的事実を考慮すると、本件請求はCの支配権維持という174条の趣旨にそぐわない濫用的な目的でされたから、権利の濫用として許されない、とする構成が、最善なのだと思います(※7)。権利濫用構成であれば、問題文の具体的な事実を答案に書き写すことができ、また、個別具体的な処理なので、理論的にも問題は生じにくいでしょう。参考答案は、この構成で書いています。参考答案は事実を書き写しているだけですが、そもそも、事実の摘示すらしない人が多いでしょうから、これで十分差が付いてしまうのです。参考答案程度では時間が余って仕方がない、というのであれば、評価を付せばよいのです。
※7 他には、本件請求に係る平成29年7月3日の臨時株主総会決議について、特別利害関係株主Cの議決権行使によって著しく不当な決議がされたとして、831条1項3号の取消事由がある、とする構成も考えられます。もっとも、上記決議には「本件臨時株主総会決議」などの略称が付されていないことから、考査委員はあまりこの決議の効力を争うことを想定していないように思いますし、Cは類型的には特別利害関係株主に当たるとされる立場にはありませんから、これも最善とはいえないという感じがします。