【答案のコンセプトについて】
1 予備試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、司法試験と同様、概ね
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。
という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、上位合格者のレベルに達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。
2 ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があるのです。
上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は3頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に4頁後半まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、1行35文字以上のペースで4頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。
3 上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないということです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。
4 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。
【参考答案】
第1 設問1
1 甲社は公開会社かつ監査等委員会設置会社であるから、取締役会設置会社である(2条7号、327条1項1号、3号)。したがって、Dが議題を提案するためには、総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は300個以上の議決権を6か月前から引き続き有すること、株主総会の日の8週間前までに請求することを要する(303条2項)。
(1)Dは、平成24年から継続して甲社の株式1万株を有する株主として株主名簿に記載されている。甲社の平成24年から平成29年5月31日までの間における発行済株式の総数は、100万株であった。したがって、Dは、請求時である同年4月10日において、総株主の議決権の100分の1以上の議決権を6か月前から引き続き有する。
(2)Dは、株主総会の日である平成29年6月29日の8週間前である同年4月10日に請求している。
(3)よって、Dは、議題を提案することができる。
2 株主が議案を提出するためには、その議案が法令に違反しないことが必要である(304条ただし書)。取締役が監査等委員取締役選任議案を提出するためには、監査等委員会の同意を要する(344条の2第1項)。しかし、株主が提出する場合について同様の規定はない。したがって、Dは、Fを監査等委員取締役に選任する旨の議案を提出することができる。
3 Dが議案の要領を株主に通知することを請求するためには、議題提案権及び議案提出権と同様の要件を満たすことを要する(305条1項、4項)が、上記1、2のとおり、これを満たす。
4 以上から、甲社が本件株主総会の招集通知にDの提案する議題及び議案の要領を記載しなかったことは、不当である(299条4項、298条1項2号、305条1項本文第2括弧書き)。
5 なお、平成29年6月1日に丙社に対する20万株の募集株式の発行がされたため、その時点で甲社の発行済株式総数は120万株となった。同月29日開催の定時株主総会における丙社の議決権行使が認められた(124条4項)ため、同総会時におけるDの議決権は総株主の議決権の100分の1未満となる。しかし、このことは、上記1から3までのDの各請求時の要件充足を否定するものではないから、上記4の結論を左右しない。
第2 設問2
1 利益相反取引(356条1項2号、3号)によって株式会社に損害が生じたときは、その取引をした取締役の任務懈怠が推定される(423条3項1号)。なお、Bには423条4項の適用はない(同項括弧書き)。
(1)「自己又は第三者のために」(356条1項2号)とは、自己又は第三者の名義ですることをいう。
Bは、丁社を代表して甲社と本件賃貸借契約を締結したから、「第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。」に当たる。
甲社は、周辺の相場の2倍である1か月300万円の賃料を平成29年7月1日から平成30年6月30日まで丁社に支払ったから、本件賃貸借契約の締結により、甲社に1800万円の損害が発生した。
したがって、Bの任務懈怠が推定される。
(2)確かに、甲社は適当な土地を見付けることができない状況にあり、会社法上必要な手続を経ていた。しかし、Bの意向が尊重されて周辺の相場の2倍というかなり高額な賃料となったことからすれば、上記(1)の推定を覆し、又はBの過失を否定するに足りる事情があるとはいえない。
(3)以上から、Bは、甲社に対し、任務懈怠責任(423条1項)を負う。
2 Bは監査等委員取締役かつ社外取締役であるから、非業務執行取締役等である(2条15号イ、331条3項、427条1項)。Bの報酬等は、1年間当たり金銭報酬として600万円のみである。したがって、Bと甲社の間で締結された責任限定契約の適用がある場合には、Bの負う損害賠償責任の額の上限は1200万円となる(427条1項、425条1項1号ハ)。
しかし、Bの意向が尊重されて周辺の相場の2倍というかなり高額な賃料となった以上、Bが善意無重過失であったとはいえない。
以上から、責任限定契約の適用はない。
3 任務懈怠責任(423条1項)は債務不履行責任の性質を有するから、会社に過失がある場合には、民法418条を類推適用して過失相殺をすべきである。
甲社の代表取締役EはBの意向を尊重する姿勢をとっていたから、この点に過失がある(民法101条1項)。したがって、過失相殺の対象となる。
4 よって、Bは、甲社に対し、任務懈怠に基づく損害賠償責任を負うが、その額は、損害額である1800万円に上記3の過失相殺を経た後の額となる。
以上