平成30年司法試験の結果について(2)

1 今年は、5238人が受験して、1525人合格ですから、受験者合格率は、29.1%ということになります。概ね3~4人に1人が受かる、という感じですね。以下は、これまでの受験者数、合格者数及び受験者合格率の推移です。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
18 2091 1009 48.2
19 4607 1851 40.1
20 6261 2065 32.9
21 7392 2043 27.6
22 8163 2074 25.4
23 8765 2063 23.5
24 8387 2102 25.0
25 7653 2049 26.7
26 8015 1810 22.5
27 8016 1850 23.0
28 6899 1583 22.9
29 5967 1543 25.8
30 5238 1525 29.1

  合格率は、分母の受験者数と、分子の合格者数の相関関係で変動します。平成23年までの合格率の低下傾向は、主として分母の受験者数の増加によるものでした。新しい司法試験の開始当初は受験回数制限による退出者が生じないので、どんどん不合格者が滞留していき、それが合格率を押し下げたのです。
 平成24年及び平成25年に、合格率が上昇に転じたのは、主に受験者数の減少によるものです。受験回数制限が本格的に機能するようになったことに加えて、それ以前から生じていた志願者数の減少が、この頃になって、法科大学院修了生の減少、すなわち受験者数の減少という形で、表れるようになってきたのです。
 平成26年に2つの特殊要因が生じます。1つは、平成27年から受験回数制限が緩和されることが明らかになったことによる受控えの減少です。これは、分母の受験者数を増加させ、合格率の下落要因となりました。もう1つは、分子である合格者数の減少です。平成20年から平成25年まで2000人台であった合格者数が、平成26年になって、1800人台となったのです。こうして、分母が増加する一方で分子が減少した結果、平成26年は、合格率が急激に下落したのでした。
 平成27年及び平成28年は、数字の上では合格率はほぼ同じです。ただ、平成27年は、平成26年から受験者数も合格者数もほぼ変化がなかった結果の数字でしたが、平成28は、分母(受験者数)と分子(合格者数)の減少が同時に生じた結果、昨年と同じ水準に落ち着いた、というものでした。
 昨年から、新たな段階に入りました。それは、分母(受験者数)の減少は続いているのに、分子(合格者数)については、「1500人の下限」により横ばいが続く、という状況です。この結果、合格率はどんどん上昇していく。今年は、平成20年と平成21年の中間程度の水準にまで達しています。

2 各年の受験者合格率は、いわゆる「修了生7割」という累積合格率の目標値との関係でも、重要な意味を持ちます。
 「修了生7割」というのは、「法科大学院では修了生の7~8割が合格するような教育をすべきだ。」という理念のことです。これは、司法制度改革審議会の意見書に記載され、閣議決定にも盛り込まれています。

 

司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。)

 「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。

(引用終わり)

 

規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定) より引用。太字強調は筆者。)

 法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める

(引用終わり)

 

 ポイントは2つあります。1つは、「司法試験委員会が、修了生の7~8割を受からせる」のではなく、「法科大学院が、修了生の7~8割が合格するような教育を行うべきだ。」というにとどまるということです。つまり、法科大学院は修了生の7~8割が受かるように教育すべきではあるが、合否を決めるのは司法試験委員会なので、必ず7~8割が受かるとは限らない、ということです。

 

参院法務委員会平成17年03月18日議事録より引用。太字強調は筆者。)

 国務大臣(南野知惠子君) 審議会の意見には、法曹となるべき資質また意欲を持つ人が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることがこれ不可欠の前提といたしていますので、その上で法科大学院では、課程を修了した人のうち相当程度…七割から八割という方たちに相当するわけですが、その方が新司法試験に合格できるように充実した教育を行うべきであるという願望がそこの中にございますので、七、八割の人をオーケーよということとはちょっと違うかなというふうに思います。
 そういうふうに教育を行うべきであるとされておりますが、これは法科大学院におけます教育内容とか教育方法に関する記述でありまして、新司法試験におきましては法科大学院の修了者の七、八割が合格することを記述したものではないということでございます。
 七、八割は必ず合格しますよということじゃなく、七、八割が合格するようにみんな総力を挙げて教育に当たりましょうというようなところが一つの大きなポイントでありまして、したがって、この点、審議会意見とは矛盾するものではないと思うということが、そのように御答弁申し上げたいところでございます。

(引用終わり)

 

 もう1つのポイントは、この「7~8割」というのは、各年の受験者合格率ではなく、修了生が受験回数制限を使い切るまでに、最終的に7~8割が合格すればよいという意味だ、ということです。したがって、「修了生7割」が達成されても、各年の受験者合格率は70%より低い数字になる。このことは、制度創設時から、意識されていたことでした。

 

司法制度改革審議会第57回(平成13年4月24日)議事録より引用。太字強調は筆者。)

北村敬子委員 75%といって、落ちた人が次の年に受けて、また3回まで受けられるということになると、最後の年は50を切るんですね。今すぐには計算が出てこないんですが、これは非常に厳しい試験だなというふうな感じもするんですね。だから、75というのはごまかしの数字で、これは初年度が非常に有利なのであって、だんだん厳しくなっていくという計算になっているなというふうな感じがするんです。

 (中略)

 だから、75というのが一人歩きして、何か全部、毎年75%の人が合格していくなというような試験ではないんだということを、ちょっと認識しておいていただいた方がいいかなということです。

 (引用終わり)

 

 それにもかかわらず、各年の受験者合格率が70%~80%になるという趣旨の誤った報道がされ続けた時期がありました。新司法試験実施前は、「毎年7割8割が合格できるから、誰にでもチャンスがある。」などと説明し、実施後は、「合格率が70%~80%になるはずなのに、そうならないのはおかしい。」という論調だったのです。当サイトでは、かなり以前から、それが誤りであることを指摘し続けてきました(「法科大学院定員削減の意味(2)」、「平成22年度新司法試験の結果について(2)」) 。政府の公表資料でも、この点についての混乱があった時期もありました。しかし、現在では、修了生が受験回数制限を使い切るまでの最終的な合格率を「累積合格率」という用語で定義し、「7~8割」とは、この累積合格率を指す、という形で、正しく説明されています。

 

(「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」より引用。太字強調は筆者。)

 法科大学院は、司法試験(法科大学院の教育内容を踏まえた新たな司法試験をいう。以下同じ。)、司法修習と連携した基幹的な高度専門教育機関として位置付けられており、多様なバックグラウンドを有する人材を広く受け入れ、密度の高い授業により、将来の法曹として必要な学識、その応用能力等を修得させることが求められている。
 これについては、「司法制度改革審議会意見書-21 世紀の日本を支える司法制度-」(平成 13 年6月。以下「審議会意見」という。)において、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきとされている。また、この内容は、「規制改革推進のための3か年計画」(平成 19 年6月 22 日閣議決定)、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」(平成 20 年3月 25 日閣議決定)及び「規制改革推進のための3か年計画(再改定)」(平成 21 年3月 31 日閣議決定)に重点計画事項として盛り込まれている
 各年度の法科大学院修了者を母数として、法科大学院修了後5年間の受験機会を経た後の合格率(以下「累積合格率」という。)をみると、平成 17 年度修了者は 69.76%と目標の中で例示された合格率の下限にほぼ到達したが、18 年度修了者は 49.52%と目標の中で例示された合格率に達していない。
   これを法科大学院別にみると、平成 17 年度修了者が目標の中で例示された合格率を達成したものは、57 校中 26 校(45.61%)、18 年度修了者では、68 校中7校(10.29%)である。
 平成 17 年度修了者と 18 年度修了者との達成状況に相当な差異があるのは、17 年度修了者が既修者(注) のみであるのに対し、18 年度修了者は未修者と既修者の両方となっていることによる。

(引用終わり)

 

3 この「修了生7割」の目標については、「合格者数3000人の目標が撤回されたのだから、修了生7割の目標も既に撤回されたのではないか。」と思っている人もいるかもしれませんが、「修了生7割の目標」については、現在でも維持されています。

 

(「法曹養成制度改革の更なる推進について」平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定より引用。太字強調は筆者。)

 平成27年度から平成30年度までの期間を法科大学院集中改革期間と位置付け、法科大学院の抜本的な組織見直し及び教育の質の向上を図ることにより、各法科大学院において修了者のうち相当程度(※)が司法試験に合格できるよう充実した教育が行われることを目指す。
 ※ 地域配置や夜間開講による教育実績等に留意しつつ、各年度の修了者に係る司法試験の累積合格率が概ね7割以上

(引用終わり)

 

 そして、例の「合格者数1500人の下限」というのは、この「修了生7割」の目標と、密接な関係にあります。なぜなら、現在の法科大学院の定員規模は、「合格者数1500人の下限」と「修了生7割」から逆算して算出されたものだからです(※1)。
 ※1 このことは、本来、法科大学院で充実した教育が行われる結果として「修了生7割」を達成する、という話だったはずが、それは現実には難しいので、人為的に合格者数と入学定員を固定することによって、機械的に「修了生7割」を実現しようとしていることを意味します。

 

(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」より引用。太字強調は筆者。)

 累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。

○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。  
○ 予備試験合格資格による司法試験合格者は、平成26年は163名であるが、うち103名は法科大学院に在籍したことがあると推測されること。

 上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350

○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。 

 上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493 

(引用終わり)

 

 実は、このことが、「合格者数1500人の下限」が、いつまで守られることになるのか、ということを考えるに当たって、重要なポイントになるのです。

4 「修了生7割」の基準となる累積合格率。この累積合格率と、単年の合格率には、どのような関係があるのか。これは、簡単な試算が可能です。累積合格率とは、失権する前に合格する者の割合ということになりますから、単純化すれば、5年連続で不合格になった者以外の者の割合ということになる。そこで、単年の合格率をPと仮定し、全体から5回連続で不合格になる割合を差し引いた数字を考えると、以下の算式となります。

 1-(1-P)

 ここに、今年の合格率である29.1%を代入して計算すると、累積合格率は、約82.0%となります。ただし、これは予備組も含めた数字です。法科大学院修了の資格で受験した者に限れば、4805人が受験して1189人が合格なので、受験者合格率は24.7%になります。これを上記に代入すると、75.7%。これは、今年に限っていえば理想的な累積合格率といえるでしょう。しかし、このまま受験者数が減少していく中で1500人の合格者数を維持していると、いずれ8割を超えてきてしまいそうです。上記の政府の試算では累積合格率が70%になるように計算していたのに、どうしてそうなるのか。上記の試算は、入学定員数と実入学者数が等しい場合を想定しています。しかし、実際には、かなりの定員割れが生じています。以下は、法科大学院の入学定員数と実入学者数の推移です。

年度 入学定員 前年比 実入学者 前年比
20 5795 --- 5397 ---
21 5765 -30 4844 -553
22 4909 -856 4122 -722
23 4571 -338 3620 -502
24 4484 -87 3150 -470
25 4261 -223 2698 -452
26 3809 -452 2272 -426
27 3169 -640 2201 -71
28 2724 -445 1857 -344
29 2566 -158 1704 -153
30 2330 -236 1621 -83

 既に平成26年の時点で、実入学者数は2300人を下回る数字になっています。それ以降も、実入学者数は減少を続けている。ですから、上記の試算どおりに1500人を合格させ続ければ、累積合格率が7割を大きく超えていってしまうことは、当然のことなのです(※2)。累積合格率が低いのは問題ですが、高すぎるのも問題です。今度は、法曹の質の問題が問われることになるからです。そうだとすれば、このまま漫然と1500人の下限を維持するわけにはいかない。せいぜい、来年くらいまでが限界ではないか、と感じさせます。
 ※2 平成30年の実入学者1621人を基準に、今年の予備試験合格者336人、うち法科大学院生が105人という数字を用いて、先の政府の計算式による修了生の累積合格率Pの試算をすると、以下のとおり、累積合格率は96.0%になってしまいます。

 (1500-336)÷P÷0.85÷0.94+105=1621
 1164÷0.85÷0.94=1516×P
 P≒0.960

 

5 このことと、符合する要素があります。「1500人の下限」についての法曹養成制度改革推進会議決定には、これをずっと続けるわけではないですよ、ということを伺わせる文言が含まれていました。

 

(「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)より引用。太字及び『 』による強調は筆者。)

 新たに養成し、輩出される法曹の規模は、司法試験合格者数でいえば、質・量ともに豊かな法曹を養成するために導入された現行の法曹養成制度の下でこれまで直近でも1,800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、『当面』、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである。

 (引用終わり)

 

 「当面」の文言は、ずっと1500人を受からせるわけではないですよ、ということを示しています。では、この「当面」とは、どのくらいの期間を想定しているのか。これは、平成27年7月15日から起算して5年程度である、というのが政府見解です。

 

衆院法務委員会平成27年05月22日より引用。太字強調は筆者。)

階猛(民主)委員 この中で、「当面、」という表現が出てきます。千五百人程度は輩出されるよう必要な取り組みを進めるということで、「当面、」という表現が出てきますけれども、この「当面、」というのは具体的にはいつからいつまでを指すのか、教えてください。

大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長 検討結果の取りまとめ案における「当面、」とは、推進会議において結論が出された後に、例えば、社会的、経済的な諸事情の推移等によりますけれども、差し当たり五年程度の期間を言うのではないかと考えております。

階猛(民主)委員 五年というのは、ことしを含んで五年なのか、来年から五年なのか。ことしの合格者から始まるのかどうか、教えてください。

大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長 今申し上げましたように、ことしの推進会議において結論が出された後と申しましたけれども、これは設置期限が七月十五日ということですので、近々出るわけですけれども、そこから五年という意味であります。

(引用終わり)

 

 平成27年7月15日を起算点として5年程度ということは、平成31年司法試験、すなわち、来年の司法試験までということになります。このことも、「合格者数1500人の下限」は、せいぜい来年くらいまでしか維持されないのではないか、という観測を生じさせるのです。

6 これまでは、「1500人も合格させるわけがない。合格者数は1500人を下回るはずだ。」という悲観的な予想をする人が多かったのですが、3年続けて「1500人の下限」が守られたので、今度は、「今後も少なくとも1500人は合格するはずだ。」という楽観的な予想をする人が増えてくるでしょう。しかし、以上のようなことから、「1500人の下限」が守られるのはせいぜい来年までで、それ以降も「1500人の下限」が継続して守られる可能性はむしろ低いのだろうと思います。合格者数を継続的に1500人以上とするためには、法科大学院の実入学者数が2500人程度に回復することが必要となりますが、なかなかそうなりそうにはありません。

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