令和元年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.司法試験の論文式試験において、合格ラインに達するための要件は、概ね

(1)基本論点抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを摘示できている。

という3つです。とりわけ、(2)と(3)に、異常な配点がある。(1)は、これができないと必然的に(2)と(3)を落とすことになるので、必要になってくるという関係にあります。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記の配点をすべて取ったという前提の下で、優秀・良好のレベル(概ね500番より上の順位)に達するために必要となる程度の配点があるに過ぎません。 

2.ところが、法科大学院や予備校では、「応用論点に食らいつくのが大事ですよ。」、「必ず趣旨・本質に遡ってください。」、「事実は単に書き写すだけじゃダメですよ。必ず自分の言葉で評価してください。」などと指導されます。これは、必ずしも間違った指導ではありません。上記の(1)から(3)までを当然にクリアできる人が、さらなる上位の得点を取るためには、必要なことだからです。現に、よく受験生の間に出回る超上位の再現答案には、応用、趣旨・本質、事実の評価まで幅広く書いてあります。しかし、これを真似しようとするとき、自分が書くことのできる文字数というものを考える必要があります。
 上記の(1)から(3)までを書くだけでも、通常は6頁程度の紙幅を要します。ほとんどの人は、これで精一杯です。これ以上は、物理的に書けない。さらに上位の得点を取るために、応用論点に触れ、趣旨・本質に遡って論証し、事実に評価を付そうとすると、必然的に7頁、8頁まで書くことが必要になります。上位の点を取る合格者は、正常な人からみると常軌を逸したような文字の書き方、日本語の崩し方によって、驚異的な速度を実現し、7頁、8頁を書きますが、普通の考え方・発想に立つ限り、なかなか真似はできないことです。
 文字を書く速度が普通の人が、上記の指導や上位答案を参考にして、応用論点を書こうとしたり、趣旨・本質に遡ったり、いちいち事実に評価を付していたりしたら、どうなるか。必然的に、時間不足に陥ってしまいます。とりわけ、上記の指導や上位答案を参考にし過ぎるあまり、これらの点こそが合格に必要であり、その他のことは重要ではない、と誤解してしまうと、上記の(1)から(3)まで、とりわけ(2)と(3)を省略して、応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいってしまう。これは、配点が極端に高いところを書かずに、配点の低いところを書こうとすることを意味しますから、当然極めて受かりにくくなるというわけです。

3.上記のことを理解した上で、上記(1)から(3)までに絞って答案を書こうとする場合、困ることが1つあります。それは、純粋に上記(1)から(3)までに絞って書いた答案というものが、ほとんど公表されていないからです。上位答案はあまりにも全部書けていて参考にならないし、合否ギリギリの答案には上記2で示したとおりの状況に陥ってしまった答案が多く、無理に応用、趣旨・本質、事実の評価を書きにいって得点を落としたとみられる部分を含んでいるので、これも参考になりにくいのです。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作れば、それはとても参考になるのではないか、ということを考えました。下記の参考答案は、このようなコンセプトに基づいています。

4.参考答案の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」、「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.詐欺罪(246条1項)の成否

(1)欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。

ア.甲は、Aに電話で、「あなたの預金口座が不正引出しの被害に遭っています。うちの職員がお宅に行くのでキャッシュカードを確認させてください。」と告げた。これはキャッシュカードを確認させるか否かの判断の基礎となる事項ではあっても、本件キャッシュカード等の交付の判断の基礎となる事項とはいえない。

イ.甲は、玄関先で、Aに対し、「キャッシュカードを証拠品として保管しておいてもらう必要があります。後日、お預かりする可能性があるので、念のため、暗証番号を書いたメモも同封してください。」と言った。これは本件キャッシュカード等を封筒に入れるか否かの判断の基礎となる事項ではあっても、本件キャッシュカード等の交付の判断の基礎となる事項とはいえない。

ウ.甲は、Aに対し、「この封筒に封印をするために印鑑を持ってきてください。」と申し向けた。これは印鑑を持ってくるか否かの判断の基礎となる事項ではあっても、本件キャッシュカード等の交付の判断の基礎となる事項とはいえない。

エ.甲は、ダミー封筒をAに手渡し、「後日、こちらから連絡があるまで絶対に開封せずに保管しておいてください。」と言った。これは封筒を開封せず保管するか否かの判断の基礎となる事項ではあっても、本件キャッシュカード等の交付の判断の基礎となる事項とはいえない。

オ.以上から、甲は財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ったとはいえず、欺く行為がない。

(2)よって、詐欺罪は成立しない。

2.窃盗罪(235条)の成否

(1)財物とは、有体物であって、何らかの財産的価値を有するものをいう。
 本件キャッシュカード等は、B銀行に開設されたA名義の普通預金口座のキャッシュカードと同口座の暗証番号を記載したメモ紙であるから、有体物であって、財産的価値を有する。したがって、財物である。

(2)「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう。

ア.占有とは、財物に対する事実上の支配をいう。占有の移転時期は、財物の大きさ及び数量、搬出の容易性、占有者の管理状況等を総合的に考慮して判断すべきである。
 本件キャッシュカード等は封筒に入るほど小さく、搬出容易である。Aが甲を信用しており、ダミー封筒とすり替えられたことも考慮すれば、ショルダーバッグ内に隠し入れた時に、甲は、本件キャッシュカード等に対する事実上の支配をAから自己に移転させたといえる。

イ.Aは本件キャッシュカード等を自ら保管する意思であったから、上記アの占有移転はAの意思に反する。

ウ.以上から、甲は、本件キャッシュカード等を窃取した。

(3)甲は、上記(1)(2)を認識しており、故意がある。

(4)窃盗罪が成立するには、故意のほかに、不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して自己の所有物とする意思(権利者排除意思)及び経済的用法に従い利用・処分する意思(利用処分意思)が必要である(教育勅語事件判例参照)。
 甲は、口座内の預金を無断で引き出して現金を得ようと考えていたから、権利者排除意思と利用処分意思がある。

(5)よって、甲は、窃盗の罪責を負う。

第2.設問2

1.事後強盗(238条)における「窃盗」とは、窃盗犯人を意味し、窃盗の既遂、未遂を問わないが、少なくとも窃盗の実行に着手したことを要する。
 甲が現金を引き出そうとした行為に窃盗未遂罪が成立する以上、甲は「窃盗」である。他方、乙は、窃盗の実行に着手していないから、「窃盗」ではない。

(1)設問①の説明

 「窃盗」を真正身分であるとし、65条1項が適用されるとするものと、事後強盗罪を窃盗と暴行・脅迫の結合犯とし、先行する窃盗との承継的共同正犯を認めるものが考えられる。

(2)設問②の説明

 「窃盗」を不真正身分犯であるとし、65条2項が適用されるとするものと、事後強盗罪を窃盗と暴行・脅迫の結合犯とし、先行する窃盗との承継的共同正犯を認めないものが考えられる。

(3)自らの見解

 窃盗の地位も犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位であるから、65条の「身分」に当たる。そして、事後強盗の財産犯としての性質からすれば、同罪を暴行罪、脅迫罪の加重類型と考えるべきではない。したがって、窃盗の身分は事後強盗を構成する身分(真正身分)であり、65条1項が適用される。

2.事後強盗の暴行・脅迫は、通常の強盗と同様、相手方の反抗を抑圧する程度のものであることを要するが、相手方は窃盗の被害者である必要はない。
 乙は、Cに向かってナイフを示しながら、「離せ。ぶっ殺すぞ。」と言った。ナイフの刃体の長さが約10cmであったことも考慮すれば、Cの反抗を抑圧する程度の脅迫である。

3.事後強盗の暴行・脅迫は、窃盗の機会の継続中に行われることを要する(判例)。窃盗の機会が継続しているか否かは、時間的場所的接着性、被害者等による追跡可能性、犯人の犯意の継続性等を総合的に考慮して判断すべきである。
 甲は、現金の引出しができなかったため、ATMの前で携帯電話を使ってA方に電話をかけてAと会話していた。同店内において、そのやり取りを聞いていたCが、不審に思い、電話を切って立ち去ろうとする甲のショルダーバッグをつかんだまま、甲が店外に出られないように引き止めていた。その頃、乙が来店し、上記2の脅迫をした。以上から、窃盗未遂との時間的場所的接着性、Cによる追跡可能性、甲の犯意の継続がある。
 したがって、上記2の脅迫は、窃盗の機会の継続中にされた。

4.共同正犯は同一の犯罪又は異なる犯罪のうちの重なり合う限度で成立する(部分的犯罪共同説、シャクティ事件判例参照)。
 乙は、甲に対し、「またやったのか。」と尋ねた。甲は、自分が万引きをしたと乙が勘違いしていることに気付きつつ、自分がこの場から逃げるために乙がCの反抗を抑圧してくれることを期待して、乙に対し、うなずき返して、「こいつをなんとかしてくれ。」と言った。甲乙の実現しようとする内容は事後強盗という同一の犯罪を構成するから、同罪の共謀が成立する。上記2の脅迫は、この共謀に基づく。
 したがって、甲乙は共同正犯(60条)となる。

5.行為者の認識した事実と発生した事実とが構成要件の範囲内で一致すれば、故意は認められる(判例)。
 乙は万引きと認識し、事実はATMからの現金引出しの未遂であるが、両者は事後強盗の構成要件の範囲内で一致する。したがって、乙に同罪の故意がある。

6.乙は、商品を取り返されないようにしてやるために上記2の脅迫をしたから、財物取還防止目的がある。
 なお、甲が逮捕免脱目的で、取り返されるべき財物も所持していないことは、上記認定を妨げない。

7.事後強盗罪の既遂、未遂の区別は、財産犯としての性質から、窃盗の既遂・未遂によって判断すべきである(判例)。
 現金引出しに係る窃盗は未遂であるから、事後強盗罪は未遂(243条)にとどまる。

8.よって、乙は、事後強盗未遂の罪責を負う。

第3.設問3

1.丙は、甲を狙っており、Dの身体への危険を認容しないから、Dに対しては暴行の故意もない(具体的符合説)とする説明が考えられる。
 この説明の難点は、Dの傷害結果について過失傷害罪(209条1項)の成立を否定することは困難であるという点にある。

2.甲のした急迫不正の侵害に対する正当防衛(36条1項)とする説明が考えられる。
 この説明の難点は、侵害者以外の第三者との関係では「正対不正」の関係がないという点にある。

3.Dの生命・身体に対する現在の危難を避けるための緊急避難(37条1項本文)とする説明が考えられる。
 この説明の難点は、丙の行為によってDが危難を回避したとはいえないという点にある。

4.丙の主観は正当防衛であったから、誤想防衛であり、故意がないとする説明が考えられる。
 この説明の難点は、Dの傷害結果について過失傷害罪の成立を否定することは困難であるという点にある。

以上

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