債権法改正:填補賠償請求権の消滅時効起算点に注意

1.債権法改正対応を謳う書籍は多数出版されていますが、単純に改正された条文の文言をなぞったり、多少言い換えただけにとどまるものが多いと感じます。そのために、改正法の文言に直接表れていない部分は、重要であってもほとんど説明されていなかったり、解釈論に影響することに無自覚なまま記載されてしまっていたりします。その典型例が、債務転形論が否定されたという点に関する記載です。債務転形論の否定は、填補賠償請求権の消滅時効起算点の解釈に変更を迫るなど、債権法改正の重要なポイントの1つです。 当サイトでも、過去に注意喚起を行っていました。

 

当サイト2020年1月14日のツイートより引用)

 債権法改正による変更の1つに、従来の判例法理である債務転形論、すなわち、履行請求権が転化して填補賠償請求権になるという考え方を採らなくなった、ということがあります。改正後の415条2項の2号及び3号が、明示的に履行請求権と填補賠償請求権の併存を認めたからです。

 ハヤタ隊員が変身してウルトラマンになるなら、ハヤタ隊員とウルトラマンが同時に登場するのはおかしい。同様に、履行請求権が転化して填補賠償請求権になるなら、履行請求権と填補賠償請求権が同時に存在するのはおかしいのです。このように、債務転形論は、両者の併存を認めない点に特徴があります。

 ところが、改正後の415条2項2号は債務者の履行拒絶の意思表示で、3号は解除権の発生で填補賠償を認めます。いずれも、履行請求権が消滅する以前に填補賠償請求権を発生させるため、履行請求権との併存を認める趣旨であることが明らかです。これにより、債務転形論は、否定されたのです。

(引用終わり)

当サイト2020年1月18日のツイートより引用)

 債権法改正で債務転形論が否定されたことは、解釈論に影響します。1つは、填補賠償請求権の消滅時効起算点です。改正前は債務転形論を根拠に履行請求権の行使可能時とされました(最判平10・4・24)。しかし、改正後はこの理屈は採れません。

 填補賠償請求権を履行請求権とは別個の新たに発生する権利だと考えるなら、解除権やその行使による原状回復請求権と同じく、填補賠償請求権発生時とするのが理論的です。166条1項1号の時効期間が5年と短いこともあり、今後は、填補賠償請求権発生時とする考え方が主流となっていきそうです。

 (中略)

 このように、改正後は、債務転形論を前提とした従来の解釈論を維持することはできず、改正の趣旨に沿った解釈論を考える必要があるのです。改正対応を謳う教材の中には、漫然と債務転形論の理由付けを維持するものや、強引に改正前の判例と同じ結論を採ろうとするものがあるので、注意が必要です。

(引用終わり) 

(「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」より引用)

 改正前は、債務不履行による填補賠償請求権は、履行請求権が転化したものであるという理解の下に、消滅時効の起算点としての行使可能時について、履行請求権を基準として考えていました(最判平10・4・24)。しかし、改正後は、債務不履行による填補賠償請求権は履行請求権とは別個に発生し、履行請求権と併存し得る権利であるという理解が前提となります。このことは、415条2項2号及び3号が、解除する前の時点で填補賠償請求権の発生を認めていることにより、明確にされています。

 

(民法(債権関係)部会資料5-2民法(債権関係)の改正に関する検討事項(1) 詳細版より引用。太字強調は筆者。)

 現行法下の判例及び伝統的理論は……(略)……履行請求権と填補賠償請求権との関係について、履行不能により前者が後者に転化するものとすることで、原則として、履行請求権と填補賠償請求権は併存しないものと解釈してきた(債務転形論)
 しかし、このような解釈は論理必然的なものではなく、履行請求権の限界事由と填補賠償請求権の成立要件を異なるものとすることによって、両者を併存させた上で、債権者に行使の選択権を認めることも可能と解されている。すなわち、債権者はどの時点まで履行請求をしなければいけないのか(債権者はいつの時点から填補賠償を請求できるのか)という問題と、債務者はどの時点まで債権者の履行請求に拘束されるのか(債権者が履行請求をした場合に、債務者がその履行を免れるのはいつの時点か)という問題は、異なった価値判断に対応した別個の問題と考えることが可能であるとされている。特に、不履行に遭遇した債権者を保護するという観点からは、あえて債務転形論を採用することによって、債権者が債権を成立させた当時に獲得しようとしていた利益を当初の予定どおりの形で獲得するか、金銭的価値にして獲得するかという点についての債権者の選択権を否定する理由は乏しいとの指摘がされている。このように考えることは、債権債務関係の当事者にとって必ずしも判断が容易でないことのある「不能」という概念によって行使できる権利の性質を画一的に決するよりも、債権者の実質的な被害回復に資する意義があるとも考えられる。

(引用終わり)

(法制審議会民法(債権関係)部会第3回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

大畑関係官「現行法下の判例は、履行遅滞に基づき填補賠償を請求するためには原則として契約の解除を必要としていますが、その一方で、例外的に解除を要することなく填補賠償請求を認める判例もあります。……(略)……。
 また、学説上も、解除をせずに填補賠償を認めることに実益があるとか、解除を不要とすることで履行請求権と填補賠償請求権の併存を認めることに実益があるなどとして、解除を不要とする見解が主張されています。……(略)……。
 このように解除を不要とすることは、現行法下の判例が前提としている債務転形論、すなわち填補賠償請求権は履行請求権が転化したものであって、両者は併存しないという考え方を採用しないということにもなりますが、そのことが実務に与える影響や問題等も含めまして御意見をいただきたいと思います。」

(引用終わり)

 

 このような改正法の立場からは、従来の判例法理を維持することはできず、填補賠償請求権の行使可能時は、填補賠償請求権の発生時と考えることになります。本書では、「債務不履行に基づく填補賠償請求権(415条2項)の行使可能時」の項目で、上記の趣旨が反映されています。改正後の166条1項1号の時効期間は5年と短いため、履行請求権の行使可能時を基準としたのでは填補賠償請求権の行使の機会が制限されすぎるおそれがあることも、上記の考え方を支持する理由となるでしょう。

(引用終わり)

 

2.これまで、改正対応を謳う書籍は、この点を全く無視して従来の判例の結論をそのまま記載するか、債務転形論の否定を指摘しつつも、改正後の時効起算点については曖昧な記載にとどまるものがほとんどでした。最近出版された内田貴教授の「民法III 第4版: 債権総論・担保物権」は、この点を端的かつ明瞭に記載しています(※)。
 ※ 同書には、483条を削除できなかった理由が内閣法制局の審査で認められなかったためであったということ(62頁)など、債権法改正に深く関わった内田教授ならではの記述もみられます。

 

(「民法III 第4版: 債権総論・担保物権」146頁より引用)。

 従来は,本来の債務の履行を請求する債権が,履行不能になって消滅すると同時に,それと同一性のある債権として塡補賠償請求権に姿を変えると考えられてきた(債務転形論などと呼ばれる).このため,塡補賠償請求権の消滅時効の起算点も,本来の債務の履行を請求できる時と解されていた(最判平成10年4月24日判時1661-66,我妻・債権総論101頁).しかし,改正法は債務転形論を否定したので,消滅時効の起算点は,履行に代わる損害賠償の請求ができることを知った時から5年,及び履行に代わる損害賠償の請求ができるようになった時から10年となる(新166条1項).

(引用終わり)

 

3.この点は、真に債権法改正の趣旨を理解して書籍・教材の作成に当たっているかを判断するメルクマールともいえるでしょう。各自が利用しているテキスト等について、チェックしてみるとよいかもしれません。 

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