1.「権原」と「権限」は同じものか、と問われると、多くの受験生が、「違う。」と答えるでしょう。例えば、「占有権限の抗弁」などと書いてあれば、「それは違うんじゃね?」と思う。また、「権原」については、区別のため、「けんばら」と読む、ということも、聞いたことがある受験生は多いはずです。もっとも、「じゃあ、どうして『占有権限の抗弁』だったらダメなの?」と聞かれて、的確に答えられる人は、案外少ないものです。
2.まず、「権原」とは、ある法律行為又は事実行為を正当化する法律上の原因をいいます。ざっくりいえば、「権」利の「原」因ということです。
(民法。太字強調は筆者。)
185条 権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
242条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
(民事執行法。太字強調は筆者。)
83条1項 執行裁判所は、代金を納付した買受人の申立てにより、債務者又は不動産の占有者に対し、不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずることができる。ただし、事件の記録上買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者に対しては、この限りでない。
ここでいう原因とは、多くの場合、権利・法律関係の発生を基礎付ける事実を指します。要件事実でいう「請求原因」が、請求の根拠となる権利・法律関係の発生を基礎付ける事実を指すことを想起するとよいでしょう。
(民法。太字強調は筆者。)
124条 取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
2 次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。
一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。
二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。
306条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。
一 共益の費用
二 雇用関係
三 葬式の費用
四 日用品の供給
311条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の動産について先取特権を有する。
一 不動産の賃貸借
二 旅館の宿泊
三 旅客又は荷物の運輸
四 動産の保存
五 動産の売買
六 種苗又は肥料(蚕種又は蚕の飼養に供した桑葉を含む。以下同じ。)の供給
七 農業の労務
八 工業の労務
325条 次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の特定の不動産について先取特権を有する。
一 不動産の保存
二 不動産の工事
三 不動産の売買
422条の2 債務者が、その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは、債権者は、その受けた損害の額の限度において、債務者に対し、その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。
424条2項 債権者は、その債権が第一項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限り、同項の規定による請求(以下「詐害行為取消請求」という。)をすることができる。
459条の2第1項 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、主たる債務の弁済期前に債務の消滅行為をしたときは、その保証人は、主たる債務者に対し、主たる債務者がその当時利益を受けた限度において求償権を有する。この場合において、主たる債務者が債務の消滅行為の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。
462条2項 主たる債務者の意思に反して保証をした者は、主たる債務者が現に利益を受けている限度においてのみ求償権を有する。この場合において、主たる債務者が求償の日以前に相殺の原因を有していたことを主張するときは、保証人は、債権者に対し、その相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。
469条2項 債務者が対抗要件具備時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても、その債権が次に掲げるものであるときは、前項と同様とする。ただし、債務者が対抗要件具備時より後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
一 対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権
二 前号に掲げるもののほか、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権
511条2項 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
703条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
708条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
「債権法改正後の民法では、契約解釈が重要だ。」と言われることがありますが、そこで出てくるのが、「契約その他の債権(債務)の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という文言です(※)。この表現は、債権(債務)の発生原因の典型例が契約であることを含意しています。
※ 厳密には、これは改正前からもそうであったものを明文をもって確認したに過ぎないものですから、改正によって契約解釈が重要になったというわけではないというのが正しい理解でしょう。
(民法。太字強調は筆者。)
400条 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
412条の2第1項 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
415条1項 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
483条 債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。
そういうわけで、「占有権原の抗弁」というのは、占有を正当化する権利の発生原因事実、例えば、賃貸借契約の締結等を主張する抗弁、という意味になるのでした。
3.他方、「権限」というのは、ざっくりいえば、「権」能の「限」界。正確には、ある目的(公務・職務の遂行等)のために他者から付与された権能又はその範囲をいいます。したがって、「権限内」といえば、「付与された権能の範囲内」を意味し、「権限外」といえば、「付与された権能の範囲外」という意味になるわけです。
(民法。太字強調は筆者。)
99条1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
103条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
一 保存行為
二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為
106条 復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する。
2 復代理人は、本人及び第三者に対して、その権限の範囲内において、代理人と同一の権利を有し、義務を負う。
110条 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
478条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
602条 処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には、次の各号に掲げる賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、当該各号に定める期間とする。
一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 十年
二 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 五年
三 建物の賃貸借 三年
四 動産の賃貸借 六箇月
上記は民法の用例ですが、憲法の分野でも、例えば、以下のような用い方をされることがあります。
① 義務教育における教師の教授の自由は、権利ではなく権限である。
② 選挙権は、権利としての側面よりも、権限としての側面を重視すべきである。
「権限」の意味を正しく理解していれば、上記①は、「教授の自由は教師自らの主観的権利ではなく、子どもの学習権充足のために教師に付与された権能であり、その範囲も自ずから限界がある。」という趣旨をいうものであり、上記②は、「選挙権は、個々人の主観的権利としての側面よりも、公務員選定という公務遂行のため付与された権能としての側面を重視すべきであり、自ずから限界がある。」という趣旨をいうものであるということがわかるでしょう。ここでいう「権利」には、個人が自己の利益を追求するために行使できるもの、という含意があります。そのため、行使者個人の利益追求が許されない公務・職務の遂行のための「権限」とは対立する概念になるのです。このことは、代理権を専ら自己の利益のために行使しようとすれば濫用となることを想起すれば、容易に理解できるでしょう。代理権は、「権利」ではなく「権限」なのです。
(民法107条。太字強調は筆者。)
代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
また、行政法の分野において、行政機関は法律によって一定の範囲の権能を付与され、自らの個人的利益を追求することは許されません。ですから、「行政機関の権利」とはいわず、「行政機関の権限」というわけです。会社法の分野において、「株主総会における株主の議決権は権利であるが、取締役会における取締役の議決権は権限である。」などという場合も、同じように理解することができるでしょう。
4.以上のことを理解すると、なぜ、「占有権限の抗弁」といわないかがわかるでしょう。「占有権限」という表現では、自己の利益のために行使するのではなく、一定の任務を遂行するため、他者から付与された権能として行使するという意味、すなわち、賃借権、使用借権、地上権等の占有権原が除外され、専ら受寄者、受任者等の占有権能を指すことになってしまうからです。