1.今年の予備論文民訴法は、かなりの難問でした。特に、設問2は、予備校等で適切な解説がされないだろうと思いますので、特に説明をしておきたいと思います。
2.後遺障害と既判力の関係について、判例は一部請求説だ、といわれています。それはそのとおりなのですが、問題は、どのような理由で一部請求と認定されたのか、ということです。
(最判昭42・7・18より引用。太字強調は筆者。)
一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である(当裁判所昭和三五年(オ)第三五九号、同三七年八月一〇日言渡第二小法廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)。ところで、記録によれば、所論の前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第九五〇四号、東京高等裁判所同三三年(ネ)第二五五九号、第二六二三号)における被上告人の請求は、被上告人主張の本件不法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同三五年五月二五日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであるところ、本件訴訟における被上告人の請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のような経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存しない。所論は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
(引用終わり)
後遺障害が予期できず主張する機会がなかったとか、手続保障がないから既判力を及ぼす正当化事由がないとか、そのようなことは判示されていません。その代わりに判示されているのは、前訴が基準時前までに支出した治療費を請求するものであり、後訴は、基準時後に支出した治療費を請求するものだ、ということです。これは、単に、請求されている対象が違うよね、というだけの話です。なお、一部請求構成の前提には、原因事実及び被侵害利益を共通にする損害の賠償請求権は1個の請求権であるという最判昭48・4・5があります。1個の請求権の一部なので、一部請求になるというわけです。
以下の判例を見れば、上記判示部分の意味が、よりよく理解できます。
(最判平20・7・10より引用。太字強調は筆者。)
上告人らが本件訴訟で行使している本件仮差押執行のために本件買収金の支払が遅れたことによる遅延損害金相当の損害(以下「本件遅延金損害」という。)についての賠償請求権と,上告人らが前事件反訴において行使した本案の起訴命令の申立て及び前事件本訴の応訴に要した弁護士費用相当額の損害(以下「本件弁護士費用損害」という。)についての賠償請求権とは,いずれも本件仮差押命令の申立てが違法であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権という1個の債権の一部を構成するものというべきであることは,原審の判示するとおりである。
しかしながら,上告人らは,前事件反訴において,上記不法行為に基づく損害賠償として本件弁護士費用損害という費目を特定の上請求していたものであるところ,記録(前事件の第1審判決)によれば,上告人らは,このほかに,被上告人が,本件仮差押執行をすれば,上告人らにおいて長期間にわたって本件樹木を処分することができず,その間本件買収金を受け取れなくなるし,場合によっては本件土地が買収予定地から外される可能性もあることを認識しながら,本件仮差押命令の申立てをしたもので,本件仮差押命令の申立ては,上告人らによる本件土地の利用と本件買収金の受領を妨害する不法行為であると主張していたことが明らかである。すなわち,上告人らは,既に前事件反訴において,違法な本件仮差押命令の申立てによって本件弁護士費用損害のほかに本件買収金の受領が妨害されることによる損害が発生していることをも主張していたものということができる。そして,本件弁護士費用損害と本件遅延金損害とは,実質的な発生事由を異にする別種の損害というべきものである上,前記事実関係によれば,前事件の係属中は本件仮差押命令及びこれに基づく本件仮差押執行が維持されていて,本件仮差押命令の申立ての違法性の有無が争われていた前事件それ自体の帰すうのみならず,本件遅延金損害の額もいまだ確定していなかったことが明らかであるから,上告人らが,前事件反訴において,本件遅延金損害の賠償を併せて請求することは期待し難いものであったというべきである。さらに,前事件反訴が提起された時点において,被上告人が,上告人らには本件弁護士費用損害以外に本件遅延金損害が発生していること,その損害は本件仮差押執行が継続することによって拡大する可能性があることを認識していたことも,前記事実関係に照らして明らかである。
以上によれば,前事件反訴においては,本件仮差押命令の申立ての違法を理由とする損害賠償請求権の一部である本件弁護士費用損害についての賠償請求権についてのみ判決を求める旨が明示されていたものと解すべきであり,本件遅延金損害について賠償を請求する本件訴訟には前事件の確定判決の既判力は及ばないものというべきである(最高裁昭和35年(オ)第359号同37年8月10日第二小法廷判決・民集16巻8号1720頁参照)。
(引用終わり)
これは事案がやや複雑なので、慎重な判示の仕方になっていますが、前提とされているポイントは、費目を特定して請求していた場合、一部請求である旨の明示がなくても、その訴訟物には別種の損害は含まれない、ということです(学説上、「費目限定型」とか、「費目特定型」等と呼ばれることがあります。)。例えば、本問のような交通事故の場合に、損傷した自動二輪車の修理代のみについて損害賠償請求訴訟を提起した場合、それが一部請求である旨の明示がなくても、その訴訟物には怪我の治療費や負傷による慰謝料を含まない。これは、言われてみれば当たり前のことです(集民扱いになっているのも、そのためでしょう。)。このことを理解した上で、もう一度、先ほどの判例を見てみましょう。
(最判昭42・7・18より引用。太字強調は筆者。)
一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である(当裁判所昭和三五年(オ)第三五九号、同三七年八月一〇日言渡第二小法廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)。ところで、記録によれば、所論の前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第九五〇四号、東京高等裁判所同三三年(ネ)第二五五九号、第二六二三号)における被上告人の請求は、被上告人主張の本件不法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同三五年五月二五日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであるところ、本件訴訟における被上告人の請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のような経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存しない。所論は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
(引用終わり)
こうしてみると、これも当たり前のことを言っていることに気が付くでしょう。前訴で請求している治療費と、後訴で請求している治療費は別のものなのですから、一部請求である旨の明示がなくても、訴訟物が別であるのは当たり前なのです。当たり前過ぎるので、上記判例の判示事項は、上記判示部分とは別の論点である「 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行しないとされた事例」とされ、上記判示部分は判例集の裁判要旨にも掲げられていません。仮に消滅時効に関する論点が含まれていなければ、集民扱いになっていたでしょう。
(最判昭42・7・18の裁判要旨の項目を引用。)
不法行為によつて受傷した被害者が、その受傷について、相当期間経過後に、受傷当時には医学的に通常予想しえなかつた治療が必要となり、右治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたつた等原審認定の事実関係(原判決理由参照)のもとにおいては、後日その治療を受けるまでは、右治療に要した費用について民法第七二四条の消滅時効は進行しない。
(引用終わり)
ちなみに、上記のような当たり前な場合でない一部請求について判示したものとして、最判昭61・7・17があります。ここでは、主張・立証が不可能であることを指摘しています。
(最判昭61・7・17より引用。太字強調は筆者。)
従前の土地の所有者が仮換地の不法占拠者に対し、将来の給付の訴えにより、仮換地の明渡に至るまでの間、その使用収益を妨げられることによつて生ずべき損害につき毎月一定の割合による損害金の支払を求め、その全部又は一部を認容する判決が確定した場合において、事実審口頭弁論の終結後に公租公課の増大、土地の価格の昂騰により、又は比隣の土地の地代に比較して、右判決の認容額が不相当となつたときは、所有者は不法占拠者に対し、新たに訴えを提起して、前訴認容額と適正賃料額との差額に相当する損害金の支払を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、土地明渡に至るまで継続的に発生すべき一定の割合による将来の賃料相当損害金についての所有者の請求は、当事者間の合理的な意思並びに借地法一二条の趣旨とするところに徴すると、土地明渡が近い将来に履行されるであろうことを予定して、それに至るまでの右の割合による損害金の支払を求めるとともに、将来、不法占拠者の妨害等により明渡が長期にわたつて実現されず、事実審口頭弁論終結後の前記のような諸事情により認容額が適正賃料額に比較して不相当となるに至つた場合に生ずべきその差額に相当する損害金については、主張、立証することが不可能であり、これを請求から除外する趣旨のものであることが明らかであるとみるべきであり、これに対する判決もまたそのような趣旨のもとに右請求について判断をしたものというべきであつて、その後前記のような事情によりその認容額が不相当となるに至つた場合には、その請求は一部請求であつたことに帰し、右判決の既判力は、右の差額に相当する損害金の請求には及ばず、所有者が不法占拠者に対し新たに訴えを提起してその支払を求めることを妨げるものではないと考えられるからである。
(引用終わり)
こちらは、当たり前とはいえない内容なので、民集登載判例とされています。
3.もう1つ、一部請求後の残部請求は、信義則に反し許されないというのが判例だ、といわれます。それもそのとおりですが、それが常に妥当するわけではない点に注意が必要です。
(最判平10・6・12より引用。太字強調は筆者。)
一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
(引用終わり)
例えば、貸金債権が500万円あるが、そのうちの200万円を請求する、という場合なら、その請求が全部棄却された場合には、残部の300万円も存在しないという判断が前提になるでしょう。しかし、先に紹介したような費目が違う一部請求の場合、すなわち、交通事故の事例で、損傷した自動二輪車の修理代のみについて損害賠償請求訴訟を提起した場合、自動二輪車の修理代は既に支払済みだからという理由で全部棄却されたとしましょう。その場合に、怪我の治療費や負傷による慰謝料が存在しないという判断は前提とされるでしょうか。されないでしょう。また、前訴で請求した治療費とは別の手術に関する治療費を後訴で主張するという場合、前訴の治療費が存在しないと判断されたからといって、後訴の治療費も存在しないということにはなりません。このような場合には、上記の信義則違反の問題は生じないのです。先に紹介した最判昭42・7・18や最判平20・7・10が、一部請求の残部請求と構成しながら、信義則違反のことを全く検討しないのは、そのためです。なお、これを特段の事情がある場合と整理する学説もありますが、判例は特段の事情に当たる旨の認定はしていませんから、端的に最判平10・6・12の射程外とみるべきでしょう。
4.以上のことを理解してから、問題文を読むと、見え方が違うはずです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Yは,この本訴請求に対し,本件事故によりYに頭痛の症状が生じ,現在も治療中であると主張して争うとともに,本件事故による治療費用としてYが多額の支出をしているので,その支出と通院に伴う慰謝料の一部のみをまずは請求すると主張し,Xに対し,本件事故による損害賠償請求の一部請求として,500万円及びこれに対する本件事故日以降の遅延損害金の支払を求める反訴を提起した。
(中略)
前訴判決後,Yは,当初訴えていた頭痛だけでなく,手足に強いしびれが生じるようになり,介護が必要な状態となった。
そこで,Yは,前訴判決後に生じた各症状は本件事故に基づくものであり,後遺症も発生したと主張して,前訴判決後に生じた治療費用,後遺症による逸失利益等の財産的損害とともに本件事故の後遺症による精神的損害を理由に,Xに対し,本件事故による損害賠償請求の残部請求として,3000万円及びこれに対する本件事故日以降の遅延損害金の支払を求める新たな訴えを提起した(以下「後訴」という。)。
前訴判決を前提とした上で,後訴においてYの残部請求が認められるためにどのような根拠付けが可能かについて,判例の立場に言及しつつ,前訴におけるX及びYの各請求の内容に留意して,Y側の立場から論じなさい。
(引用終わり)
前訴における反訴は一部請求ですが、この一部請求は、一部の費目についての数量的一部請求という、二重の意味で一部請求になっています。前訴における反訴は棄却されていますから、500万円の限度で債務不存在の判断に既判力が生じます(ここでは、本訴の認容判決の既判力はひとまず考慮しないこととします。)。仮に、後訴が、同一費目の残部請求、すなわち、同じ頭痛の治療費として3000万円を請求するものであったなら、前訴における反訴棄却判決は頭痛の治療費について500万円を超える部分も含めて存在しないという判断を前提とするので、後訴は500万円を超えない範囲について既判力で遮断され、残る2500万円については信義則に反し許されないということになるでしょう。しかし、後訴は費目を異にする手足のしびれに関する治療費、逸失利益及び慰謝料を請求しているわけです。ですから、前訴における反訴とは訴訟物が違うということになり、反訴棄却判決の既判力は及ばないし、信義則違反はそもそも問題にすらならないということになるのです。これが、設問において、「前訴におけるYの請求の内容に留意する」とされていることの意味です。
5.では、前訴における本訴の既判力との関係は、どうか。ここまでのことを理解していれば、「本訴が一部請求になるはずがない。」ことがわかるでしょう。なぜなら、本訴はどうみても一部請求ではないからです(※1)。これが、設問において、「前訴におけるXの請求の内容に留意する」とされていることの意味です。
※1 敢えていえば、人的損害の不存在のみを請求する一部請求と構成する余地はありますが、物損の不存在も審理されているので、適切とはいえないと思います。また、仮に、人的損害の不存在のみを請求する一部請求と構成した場合であっても、後訴では物損は問題とされていませんから、以下の検討に影響はありません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Xは,Yに対し,本件事故に基づくYの人的損害については生じていないとして,XのYに対する本件事故による損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起した(以下「本訴」という。)。
(引用終わり)
そうすると、訴訟物は本件事故による損害賠償債務全体(厳密には反訴で500万円を超えない部分は却下される(最判平16・3・25)ので、500万円を超える部分)だ、と考えざるを得ない。そして、設問1の受訴裁判所の心証によれば、これは全部認容になる。したがって、既判力も、後遺障害に係る部分を含む全部の不存在に及ぶ、というのが、論理的な帰結となります。しかし設問2は、「Y側の立場から論じなさい。」とされているので、何とか例外理論を組み立てる必要がある。ここから先は色々と考えられるところではありますが、飽くまで判例を手がかりにして解答しようとするなら、ヒントとなるのは以下の判例でしょう。
(最判平11・12・20の多数意見より引用。太字強調は筆者。)
交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が別の原因により死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である(最高裁平成五年(オ)第五二七号同八年四月二五日第一小法廷判決・民集五〇巻五号一二二一頁、最高裁平成五年(オ)第一九五八号同八年五月三一日第二小法廷判決・民集五〇巻六号一三二三頁参照)。これを本件について見ると、前記一の事実によれば、亡Dが本件事故に遭ってから胃がんにより死亡するまで約四年一〇箇月が経過しているところ、本件事故前、亡Dは普通に生活をしていて、胃がんの兆候はうかがわれなかったのであるから、本件において、右の特段の事情があるということはできず、亡Dの就労可能期間の認定上、その死亡の事実を考慮すべきではない。
しかし、介護費用の賠償については、逸失利益の賠償とはおのずから別個の考慮を必要とする。すなわち、(一) 介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる。(二) 交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には、損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが、右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで、このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。(三) 被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると、被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが、このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。以上によれば、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。
そして、前記一の事実によれば、亡Dは原審口頭弁論終結前である平成八年七月八日に胃がんにより死亡し、死亡後は同人の介護は不要となったものであるから、被上告人らは、死亡後の介護費用を本件事故による損害として請求することはできない。
(引用終わり)
(上記判例における井嶋一友補足意見より引用。太字強調は筆者。)
事実審の口頭弁論終結後に至って被害者が死亡した場合には、確定判決により給付を命じられた将来の介護費用の支払義務は当然に消滅するものではない。この場合には、確定判決に対する請求異議の訴えにより将来の給付義務を免れ、又は不当利得返還の訴えにより既払金の返還を求めることができるか否かが問題となる。私は、少なくとも、長期にわたる生存を前提として相当額の介護費用の支払が命じられたのに、被害者が判決確定後間もなく死亡した場合のように、判決の基礎となった事情に変化があり、確定判決の効力を維持することが著しく衡平の理念に反するような事態が生じた場合には、請求異議の訴えにより確定判決に基づく執行力の排除を求めることができ、さらには、不当利得返還の訴えにより既に支払済みの金員の返還を求めることができるものとするのが妥当ではないかと考えるが、もとより、この点は、本判決の解決するところではなく、別途検討されるべき問題である。
(引用終わり)
上記判例及びそれに付された補足意見を踏まえると、2つの考え方がありそうです。1つは、「損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さない」という法理は一時金賠償方式の損害賠償請求訴訟について成立するにとどまり、債務不存在確認訴訟の場合には、その法理は妥当しない、というものです。上記判例が、「一時金賠償方式を採る場合」の「法的な擬制」と判示していること(擬制とは、本来は違うという含意がある。)に加え、一時金賠償方式の場合は、一時金の額を定めるに当たって一定の擬制が必要になるが、債務不存在確認訴訟の場合にはその必要がない、ということが、その理由となりそうです。定期金賠償方式の場合には、一時金賠償方式と異なり、事後の事情変更による判決の変更が認められていることも、その理由を裏付けます。
(参照条文)民訴法117条1項
口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。
もう1つの考え方は、「損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さない」という法理は、公平の理念に反するときは適用されないから、予期できない重大な後遺障害が生じた場合は、同法理の適用がない、とするものです。
以上のような考え方について、後遺障害を基準時後の事由と構成するか、手続保障、期待可能性等を欠くことに基づく既判力の縮減と構成するか。個人的には前者が自然と感じます(※2)。先に紹介した117条1項も、基準時後の事由と構成しているとみるのが文理に忠実です。
※2 もっとも、平成26年司法試験では、117条1項を和解の既判力の縮減の手がかりにさせようとする出題がされていましたから、後者もあり得るところです。
(参照条文)民訴法117条1項
口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。
すなわち、既に事故時に一定の内容として発生した損害は、事故後の事情によって影響を受けないから、事後の後遺障害の顕在化によって損害の内容は変わらないのが原則である。この原則論によれば、後遺障害の顕在化は基準時後の事由ではあるが、損害の内容を左右しないから主張自体失当である。しかし、債務不存在確認訴訟については上記の法理が妥当しない、あるいは、予期できない重大な後遺障害についてはその顕在化が損害の内容に影響しないと考えたのでは著しく公平の理念に反する等の考え方から、損害の内容を左右する基準時後の事由となる。こんな感じです。「時的限界説なんて少数説だろ。」と思うかもしれませんが、それは、通常は前記の一部請求構成(前記2で説明したとおり、判例の感覚からすれば当然の構成)で処理できてしまうからです。
なお、基準時後の事由か否かについては、損害概念の理解について、損害事実そのものとみる(受傷時に後遺障害の原因は形成されているから基準時前と考えやすい。)か、就労不能による賃金収入等の喪失や治療費等の支出によって不法行為がなかった場合の財産状態よりも減少したこととみるか(逸失利益の変動事由、新たな治療費の支出その他の不法行為と相当因果関係のある財産減少事由が基準時後に生じたとして基準時後の事由と考えやすい。)等によっても影響を受けるわけですが、その話はめんどくさいのでやめておきます。