令和2年予備試験論文式刑事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、最近の刑事実務基礎は、民事実務基礎とほぼ同様の傾向となっており、そのような事務処理型の問題ではありません。すなわち、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近い。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。

2.以上のようなことから、参考答案は、他の科目のような特徴的なものとはなっていません。ほぼ模範解答のイメージといってよいでしょう。

3.今年の刑事実務基礎は、近時の傾向どおりの問題だったといえるでしょう。ただ、設問1については、予備校等で適切な解説がされていないようなので、注意を要します。設問1は、小問(1)反対仮説を排斥できないことを示し、小問(2)では凶器の認定をした上で、近接所持類似の法理によって、その反対仮説を排斥できることを示すことが求められています。単に個々の事実をバラバラに取り上げて、当てはめのように評価して結論を出せばよいということではないのです。当サイトの参考答案と予備校等の答案例を比較してみると、その違いがよくわかるでしょう。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1)証拠⑤から、令和2年2月1日午後2時頃から午後9時45分頃までの間に犯人がVを殺害したと認められ、Aの指紋の付着は、同じ時間帯にAがV方を訪れたことを示す意味で、事件とAを結びつける事情である。

(2)もっとも、Aは、同年1月20日頃から毎日のようにV方の東隣店舗でVと面会しており、Aが犯行と無関係にV方を訪れたとしても不自然でなく、前記時間帯には7時間45分程度の幅があるから、AがV方を訪れて退去した後、入れ替わりに別の犯人がV方を訪れてVを殺害した可能性を排斥できない。

(3)よって、その推認力は限定的である。

2.小問(2)

(1)証拠⑩は、証拠⑨のナイフにVのDNA型と一致する人血が付着したことを示し、偶然にVのDNA型と一致する人血が付着する可能性は極めて低いから、証拠⑨のナイフは、V殺害の凶器と強く推認される。証拠⑪もこれを補強する。

(2)証拠⑦・⑧から、犯行当日午後9時にAが人をナイフで刺してそのナイフをM県N市O町の竹やぶに捨てた旨発言したことが認められ、仮に同発言が証拠⑨のナイフと別のナイフを指すとすれば、偶然同じ竹やぶに人を刺したナイフが複数捨てられたという可能性の乏しい推論となるから、これは証拠⑨のナイフの投棄場所を知っていたという意味で、事件とAを結びつける事情である。

(3)仮に、Aとは別の犯人がVを殺害したとすると、その日の午後9時までに犯人が同ナイフをAに交付したか、投棄場所をAに告げたことになり、かつ、AはCにその犯人を秘匿したことになる。しかし、それは抽象的で非現実的な想定にすぎない。以上から、前記1(2)の可能性を排斥できる。

(4)よって、Aの犯人性を十分に推認できる。

第2.設問2

1.小問(1)

(1)手段 類型証拠開示請求(316条の15第1項)

(2)明らかにすべき事項(同条3項1号)

ア.同号イ

(ア)類型 同条1項6号

(イ)識別事項 午後6時頃のV方からの物音に関する供述を内容とする供述録取書

イ.同条3項1号ロ

 証拠⑮は、「殺すぞ」という発言の存在を立証しようとするもので、この事実はAの殺意を推認させる重要な間接事実である。その証明力を判断するには、犯行時刻とされる午後6時頃にV方からの物音に関する他の者の供述と矛盾等がないかを確認することが重要であるから、被告人の防御の準備のため開示が必要である。

2.小問(2)

 証拠⑥は、午後6時頃にV方から聞こえた男性の大きな怒鳴り声に関する供述を内容とする供述録取書であり、前記1(2)イのとおり開示の必要があることに加え、その内容に名誉・プライバシーに係る事実は含まれておらず、開示によって生じるおそれのある弊害は考えにくいことから、開示が相当である。

第3.設問3

1.検察官は、C供述中のAの発言である「人をナイフで刺してやった。」の部分から、Aの刺突行為を立証しようとしており、Cの直接体験しない事実を要証事実とするから、伝聞供述(320条1項)である(規則199条の13第2項4号、白鳥事件判例、生年月日に関する判例参照)

2.上記A発言部分は、Aに不利益な事実の承認(324条1項、322条1項本文)であり、友人に対する通話中の発言であることから任意性(同項ただし書)がある。

3.よって、裁判所は、証拠排除決定をすべきでない。

第4.設問4

1.勾留取消しを請求できる(87条1項)。もっとも、公訴事実が殺人でAは無職のため、逃亡のおそれ(60条1項3号)がなくなったと裁判所に認めさせるのは難しい。却下決定に対し抗告できる(420条2項)。

2.保釈を請求できる(88条1項)。権利保釈は認められない(89条1号)が、裁量保釈(90条)の余地がある。結審後は罪証隠滅のおそれがなく、父の葬儀に出席できないことは同条の社会生活上の不利益として裁量保釈を肯定する事情となると主張し、出席に必要な限度とするための条件(93条3項)を付されてもよい旨を説明すべきである。却下決定に対し抗告できる(420条2項)。

3.勾留の執行停止(95条)については、請求権はないが裁判所の職権発動を促す申立てができる。葬儀出席は「適当と認めるとき」に当たると主張し、出席に必要な限度の停止で足りる旨を説明すべきである。職権発動されないときの不服申立ての手段はない。

以上

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