令和2年司法試験の結果について(2)

1.今年は、3703人が受験して、1450人合格ですから、受験者合格率は、39.1%ということになります。概ね4割、すなわち、5人受験すればだいたい2人が受かる、という感じですね。以下は、これまでの受験者数、合格者数及び受験者合格率の推移です。なお、元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
18 2091 1009 48.2
19 4607 1851 40.1
20 6261 2065 32.9
21 7392 2043 27.6
22 8163 2074 25.4
23 8765 2063 23.5
24 8387 2102 25.0
25 7653 2049 26.7
26 8015 1810 22.5
27 8016 1850 23.0
28 6899 1583 22.9
29 5967 1543 25.8
30 5238 1525 29.1
令和元 4466 1502 33.6
令和2 3703 1450 39.1

 合格率は、分母の受験者数と、分子の合格者数の相関関係で変動します。平成23年までの合格率の低下傾向は、主として分母の受験者数の増加によるものでした。新しい司法試験の開始当初は受験回数制限による退出者が生じないので、どんどん不合格者が滞留していき、それが合格率を押し下げたのです。
 平成24年及び平成25年に、合格率が上昇に転じたのは、主に受験者数の減少によるものです。受験回数制限が本格的に機能するようになったことに加えて、それ以前から生じていた志願者数の減少が、この頃になって、法科大学院修了生の減少、すなわち受験者数の減少という形で、表れるようになってきたのです。
 平成26年に2つの特殊要因が生じます。1つは、平成27年から受験回数制限が緩和されることが明らかになったことによる受控えの減少です。これは、分母の受験者数を増加させ、合格率の下落要因となりました。もう1つは、分子である合格者数の減少です。平成20年から平成25年まで2000人台であった合格者数が、平成26年になって、1800人台となったのです。こうして、分母が増加する一方で分子が減少した結果、平成26年は、合格率が急激に下落したのでした。今振り返ってみると、この平成26年が、最も合格率の低い年となっています。
 平成27年及び平成28年は、数字の上では合格率はほぼ同じです。ただ、平成27年は、平成26年から受験者数も合格者数もほぼ変化がなかった結果の数字でしたが、平成28年は、分母(受験者数)と分子(合格者数)の減少が同時に生じた結果、昨年と同じ水準に落ち着いた、というものでした。
 平成28年以降からは、新たな段階に入りました。それは、分母(受験者数)の減少は続いているのに、分子(合格者数)については、「1500人の下限」により横ばいが続く、という状況です。この結果、合格率はどんどん上昇していきます。今年は、平成19年とほぼ同じ水準にまで達しました。司法試験は、数字の上ではどんどん受かりやすい試験になっているのです。

2.各年の受験者合格率は、いわゆる「修了生7割」という累積合格率の目標値との関係でも、重要な意味を持ちます。
 「修了生7割」というのは、「法科大学院では修了生の7~8割が合格するような教育をすべきだ。」という理念のことです。これは、司法制度改革審議会の意見書に記載され、閣議決定にも盛り込まれています。その趣旨は、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるようにすることにありました。要するに、合格率が低いようでは、受験勉強に専念してしまうからよくない、ということですね。

 

司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。)

 「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。

(引用終わり)

 

規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定) より引用。太字強調は筆者。)

 法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める

(引用終わり)

 

 ポイントは2つあります。1つは、「司法試験委員会が、修了生の7~8割を受からせる。」のではなく、「法科大学院が、修了生の7~8割が合格するような教育を行うべきだ。」というにとどまるということです。つまり、法科大学院は修了生の7~8割が受かるように教育すべきではあるが、合否を決めるのは司法試験委員会なので、必ず7~8割が受かるとは限らない、ということです。

 

参院法務委員会平成17年03月18日議事録より引用。太字強調は筆者。)

 国務大臣(南野知惠子君) 審議会の意見には、法曹となるべき資質また意欲を持つ人が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることがこれ不可欠の前提といたしていますので、その上で法科大学院では、課程を修了した人のうち相当程度…七割から八割という方たちに相当するわけですが、その方が新司法試験に合格できるように充実した教育を行うべきであるという願望がそこの中にございますので、七、八割の人をオーケーよということとはちょっと違うかなというふうに思います。
 そういうふうに教育を行うべきであるとされておりますが、これは法科大学院におけます教育内容…とか教育方法に関する記述でありまして、新司法試験におきましては法科大学院の修了者の七、八割が合格することを記述したものではないということでございます。
 七、八割は必ず合格しますよということじゃなく、七、八割が合格するようにみんな総力を挙げて教育に当たりましょうというようなところが一つの大きなポイントでありまして、したがって、この点、審議会意見とは矛盾するものではないと思うということが、そのように御答弁申し上げたいところでございます。

(引用終わり)

 

 もう1つのポイントは、この「7~8割」というのは、各年の受験者合格率ではなく、修了生が受験回数制限を使い切るまでに、最終的に7~8割が合格すればよいという意味だ、ということです。したがって、「修了生7割」が達成されても、各年の受験者合格率は70%より低い数字になる。このことは、制度創設時から、意識されていたことでした。

 

司法制度改革審議会第57回(平成13年4月24日)議事録より引用。太字強調は筆者。)

北村敬子委員 75%といって、落ちた人が次の年に受けて、また3回まで受けられるということになると、最後の年は50を切るんですね。今すぐには計算が出てこないんですが、これは非常に厳しい試験だなというふうな感じもするんですね。だから、75というのはごまかしの数字で、これは初年度が非常に有利なのであって、だんだん厳しくなっていくという計算になっているなというふうな感じがするんです。

 (中略)

 だから、75というのが一人歩きして、何か全部、毎年75%の人が合格していくなというような試験ではないんだということを、ちょっと認識しておいていただいた方がいいかなということです。

 (引用終わり)

 

 それにもかかわらず、各年の受験者合格率が70%~80%になるという趣旨の誤った報道がされ続けた時期がありました。新司法試験実施前は、「毎年7割8割が合格できるから、誰にでもチャンスがある。」などと説明し、実施後は、「合格率が70%~80%になるはずなのに、そうならないのはおかしい。」という論調だったのです。当サイトでは、かなり以前から、それが誤りであることを指摘し続けてきました(「法科大学院定員削減の意味(2)」、「平成22年度新司法試験の結果について(2)」) 。政府の公表資料でも、この点についての混乱があった時期もありました。しかし、現在では、修了生が受験回数制限を使い切るまでの最終的な合格率を「累積合格率」という用語で定義し、「7~8割」とは、この累積合格率を指す、という形で、正しく説明されています。

 

(「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」より引用。太字強調は筆者。)

 法科大学院は、司法試験(法科大学院の教育内容を踏まえた新たな司法試験をいう。以下同じ。)、司法修習と連携した基幹的な高度専門教育機関として位置付けられており、多様なバックグラウンドを有する人材を広く受け入れ、密度の高い授業により、将来の法曹として必要な学識、その応用能力等を修得させることが求められている。
 これについては、「司法制度改革審議会意見書-21 世紀の日本を支える司法制度-」(平成 13 年6月。以下「審議会意見」という。)において、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきとされている。また、この内容は、「規制改革推進のための3か年計画」(平成 19 年6月 22 日閣議決定)、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」(平成 20 年3月 25 日閣議決定)及び「規制改革推進のための3か年計画(再改定)」(平成 21 年3月 31 日閣議決定)に重点計画事項として盛り込まれている
 各年度の法科大学院修了者を母数として、法科大学院修了後5年間の受験機会を経た後の合格率(以下「累積合格率」という。)をみると、平成 17 年度修了者は 69.76%と目標の中で例示された合格率の下限にほぼ到達したが、18 年度修了者は 49.52%と目標の中で例示された合格率に達していない。
   これを法科大学院別にみると、平成 17 年度修了者が目標の中で例示された合格率を達成したものは、57 校中 26 校(45.61%)、18 年度修了者では、68 校中7校(10.29%)である。
 平成 17 年度修了者と 18 年度修了者との達成状況に相当な差異があるのは、17 年度修了者が既修者(注) のみであるのに対し、18 年度修了者は未修者と既修者の両方となっていることによる。

(引用終わり)

 

3.この「修了生7割」の目標については、「合格者数3000人の目標が撤回されたのだから、修了生7割の目標も既に撤回されたのではないか。」と思っている人もいるかもしれませんが、「修了生7割の目標」については、現在でも維持されています。

 

(「法曹養成制度改革の更なる推進について」平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定より引用。太字強調は筆者。)

 平成27年度から平成30年度までの期間を法科大学院集中改革期間と位置付け、法科大学院の抜本的な組織見直し及び教育の質の向上を図ることにより、各法科大学院において修了者のうち相当程度(※)が司法試験に合格できるよう充実した教育が行われることを目指す。
 ※ 地域配置や夜間開講による教育実績等に留意しつつ、各年度の修了者に係る司法試験の累積合格率が概ね7割以上

(引用終わり)

 

 そして、例の「合格者数1500人の下限」というのは、この「修了生7割」の目標と、密接な関係にあります。なぜなら、現在の法科大学院の定員規模は、「合格者数1500人の下限」と「修了生7割」から逆算して算出されたものだからです。

 

(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」より引用。太字強調は筆者。)

 累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。

○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。  
○ 予備試験合格資格による司法試験合格者は、平成26年は163名であるが、うち103名は法科大学院に在籍したことがあると推測されること。

 上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350

○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。 

 上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493 

(引用終わり)

衆院文部科学委員会令和元年5月8日議事録より引用。太字強調は筆者。)

柴山昌彦文部科学大臣 収容定員の上限でありますけれども、現状の定員規模である二千三百人程度を想定しておりますが、この人数は、法曹養成制度改革推進会議の決定において、司法試験合格者数において当面千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めること、また、法科大学院修了のうち、累積合格率でおおむね七割程度が司法試験に合格できるように充実した教育が行われることを目指すこととされていることを踏まえ、これらの目標を達成するために必要な法科大学院の定員規模を逆算というか試算をして設定したものであります。

(引用終わり)

 

 本来、法科大学院で充実した教育が行われる結果として「修了生7割」を達成する、という話だったはずが、それは現実には難しいので、人為的に合格者数と入学定員を固定することによって、機械的に「修了生7割」を実現しようというわけです。このことを踏まえると、今年のように合格者数が1500人を下回ってしまうと、この計算が狂ってしまうのではないか、という懸念が生じ得ることになります。その観点から、もう少し詳しくみていきましょう。

4.「修了生7割」の基準となる累積合格率。この累積合格率と、単年の合格率には、どのような関係があるのか。これは、簡単な試算が可能です。累積合格率とは、失権する前に合格する者の割合ということになりますから、単純化すれば、5年連続で不合格になった者以外の者の割合ということになる。そこで、単年の合格率をPとし、全体から5回連続で不合格になる割合を差し引いた数字を考えると、以下の算式となります。

 1-(1-P)

 ここに、今年の合格率である39.1%を代入して計算すると、累積合格率は、約91.6%となります。ただし、これは予備組も含めた数字です。法科大学院修了の資格で受験した者に限ると、どうなるか。今年は、3280人の法科大学院修了生が受験して、1072人が合格なので、受験者合格率は32.6%になります。これを上記に代入すると、約86.0%法科大学院修了生に限ってみても、既に8割を超えてしまっているのです。
 上記の政府の試算では累積合格率が70%になるように計算していたのに、どうしてそうなるのか。上記の試算は、入学定員数と実入学者数が等しい場合を想定しています。しかし、実際には、かなりの定員割れが生じています。以下は、法科大学院の入学定員数と実入学者数の推移です。元号を省略した年度の表記は、平成の元号によります。

年度 入学定員 前年比 実入学者 前年比
20 5795 --- 5397 ---
21 5765 -30 4844 -553
22 4909 -856 4122 -722
23 4571 -338 3620 -502
24 4484 -87 3150 -470
25 4261 -223 2698 -452
26 3809 -452 2272 -426
27 3169 -640 2201 -71
28 2724 -445 1857 -344
29 2566 -158 1704 -153
30 2330 -236 1621 -83
令和元 2253 -77 1862 +241
令和2 2233 -20 1711 -151

 既に平成26年の時点で、実入学者数は2300人を下回る数字になっています。令和元年度に一時的に増加しただけで、全体としての減少傾向は、現在も継続しているとみえる。このような状況の下で、上記の試算どおりに1500人を合格させ続ければ、累積合格率が7割を大きく超えていってしまうことは、当然のことといえるでしょう。
 累積合格率が低いのは問題ですが、高すぎるのも問題です。今度は、法曹の質の問題が問われることになるからです。今年、1500人をやや下回る1450人という合格者数になりましたが、現在の実入学者数の状況をみる限り、この程度で「修了生7割」が達成できなくなるということはない。その意味では、実入学者数が増加傾向に転じるまでは、合格者数が1500人を下回る状況が継続することも十分あり得る、ということがいえそうです。

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