令和3年司法試験の結果について(2)

1.前回の記事(「令和3年司法試験の結果について(1)」)では、今年の合格者数が、「1400人基準」で説明できる、という話をしました。今回は、このことと、「1500人程度」という数値目標との関係について、順を追って説明したいと思います。

2.まず、今年の合格率を確認しましょう。今年は、3424人が受験して、1421人合格ですから、受験者合格率は、41.5%ということになります。昨年より2ポイントほど上昇しましたが、概ね4割という点では、あまり変わらないともいえます。以下は、これまでの受験者数、合格者数及び受験者合格率の推移です。なお、元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
18 2091 1009 48.2
19 4607 1851 40.1
20 6261 2065 32.9
21 7392 2043 27.6
22 8163 2074 25.4
23 8765 2063 23.5
24 8387 2102 25.0
25 7653 2049 26.7
26 8015 1810 22.5
27 8016 1850 23.0
28 6899 1583 22.9
29 5967 1543 25.8
30 5238 1525 29.1
令和元 4466 1502 33.6
令和2 3703 1450 39.1
令和3 3424 1421 41.5

 直近の数字をみると、平成28年以降、一貫して受験者合格率が上昇を続けていることがわかります。受験者数の減少幅に比して、合格者数の減少幅が小さいために、こうなっているのです。合格者数の減少幅を抑えてきたのが、「1500人程度」という数値目標でした。現在の合格率は、平成19年を少し超えるくらいの水準です。数字の上では、新司法試験開始初期の頃と同じくらい、受かりやすい試験になっているということになります。ただし、当時の法科大学院の標準修業年限修了率は既修9割程度、未修7割程度だったのに対し、現在では、既修でも7割5分程度、未修に至っては4割5分程度まで下がっているという点には、注意を要します(「法科大学院修了認定状況の推移(平成17年度~令和元年度)」)。

3.各年の受験者合格率は、いわゆる「修了生7割」という累積合格率の数値目標との関係で、重要な意味を持ちます。
 「修了生7割」というのは、「法科大学院では修了生の7~8割が合格するような教育をすべきだ。」という理念のことです。これは、司法制度改革審議会の意見書に記載され、閣議決定にも盛り込まれています。その趣旨は、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるようにすることにありました。要するに、合格率が低いようでは、受験勉強に専念してしまうからよくない、ということです。

 

司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。)

 「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。

(引用終わり)

規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定) より引用。太字強調は筆者。)

 法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める

(引用終わり)

 

 ポイントは2つあります。1つは、「司法試験委員会が、修了生の7~8割を受からせる。」のではなく、「法科大学院が、修了生の7~8割が合格するような教育を行うべきだ。」というにとどまるということです。つまり、法科大学院は修了生の7~8割が受かるように教育すべきではあるが、合否を決めるのは司法試験委員会なので、必ず7~8割が受かるとは限らない、ということです。

 

参院法務委員会平成17年03月18日議事録より引用。太字強調は筆者。)

 国務大臣(南野知惠子君) 審議会の意見には、法曹となるべき資質また意欲を持つ人が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることがこれ不可欠の前提といたしていますので、その上で法科大学院では、課程を修了した人のうち相当程度……(略)……七割から八割という方たちに相当するわけですが、その方が新司法試験に合格できるように充実した教育を行うべきであるという願望がそこの中にございますので、七、八割の人をオーケーよということとはちょっと違うかなというふうに思います。
 そういうふうに教育を行うべきであるとされておりますが、これは法科大学院におけます教育内容……(略)……とか教育方法に関する記述でありまして、新司法試験におきましては法科大学院の修了者の七、八割が合格することを記述したものではないということでございます。
 七、八割は必ず合格しますよということじゃなく、七、八割が合格するようにみんな総力を挙げて教育に当たりましょうというようなところが一つの大きなポイントでありまして、したがって、この点、審議会意見とは矛盾するものではないと思うということが、そのように御答弁申し上げたいところでございます。

(引用終わり)

 

 もう1つのポイントは、この「7~8割」というのは、各年の受験者合格率ではなく、修了生が受験回数制限を使い切るまでに、最終的に7~8割が合格すればよいという意味だ、ということです。したがって、「修了生7割」が達成されても、各年の受験者合格率は70%より低い数字になる。このことは、制度創設時から、意識されていたことでした。

 

司法制度改革審議会第57回(平成13年4月24日)議事録より引用。太字強調は筆者。)

北村敬子委員 75%といって、落ちた人が次の年に受けて、また3回まで受けられるということになると、最後の年は50を切るんですね。今すぐには計算が出てこないんですが、これは非常に厳しい試験だなというふうな感じもするんですね。だから、75というのはごまかしの数字で、これは初年度が非常に有利なのであって、だんだん厳しくなっていくという計算になっているなというふうな感じがするんです。

 (中略)

 だから、75というのが一人歩きして、何か全部、毎年75%の人が合格していくなというような試験ではないんだということを、ちょっと認識しておいていただいた方がいいかなということです。

 (引用終わり)

 

 それにもかかわらず、各年の受験者合格率が70%~80%になるという趣旨の誤った報道がされ続けた時期がありました。新司法試験実施前は、「毎年7割8割が合格できるから、誰にでもチャンスがある。」などと説明し、実施後は、「合格率が70%~80%になるはずなのに、そうならないのはおかしい。」という論調だったのです。当サイトでは、かなり以前から、それが誤りであることを指摘し続けてきました(「法科大学院定員削減の意味(2)」、「平成22年度新司法試験の結果について(2)」) 。政府の公表資料でも、この点についての混乱があった時期もありました。しかし、現在では、修了生が受験回数制限を使い切るまでの最終的な合格率を「累積合格率」という用語で定義し、「7~8割」とは、この累積合格率を指す、という形で、正しく説明されています。

 

(「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」より引用。太字強調は筆者。)

 「司法制度改革審議会意見書-21 世紀の日本を支える司法制度-」(平成 13 年6月。以下「審議会意見」という。)において、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきとされている。また、この内容は、「規制改革推進のための3か年計画」(平成 19 年6月 22 日閣議決定)、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」(平成 20 年3月 25 日閣議決定)及び「規制改革推進のための3か年計画(再改定)」(平成 21 年3月 31 日閣議決定)に重点計画事項として盛り込まれている
 各年度の法科大学院修了者を母数として、法科大学院修了後5年間の受験機会を経た後の合格率(以下「累積合格率」という。)をみると、平成 17 年度修了者は 69.76%と目標の中で例示された合格率の下限にほぼ到達したが、18 年度修了者は 49.52%と目標の中で例示された合格率に達していない。

(引用終わり)

 

4.そして、「1500人程度」という合格者数の数値目標は、この「修了生7割」と、密接な関係にあります。なぜなら、現在の法科大学院の定員規模は、「合格者数1500人」と「累積合格率7割」から逆算して算出されたものだからです。

 

(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」より引用。太字強調は筆者。)

 累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。

○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。  
○ 予備試験合格資格による司法試験合格者は、平成26年は163名であるが、うち103名は法科大学院に在籍したことがあると推測されること。

 上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350

○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。 

 上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493 

(引用終わり)

衆院文部科学委員会令和元年5月8日議事録より引用。太字強調は筆者。)

柴山昌彦文部科学大臣 収容定員の上限でありますけれども、現状の定員規模である二千三百人程度を想定しておりますが、この人数は、法曹養成制度改革推進会議の決定において、司法試験合格者数において当面千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めること、また、法科大学院修了のうち、累積合格率でおおむね七割程度が司法試験に合格できるように充実した教育が行われることを目指すこととされていることを踏まえ、これらの目標を達成するために必要な法科大学院の定員規模を逆算というか試算をして設定したものであります。

(引用終わり)

 

 本来は、法科大学院で充実した教育が行われる結果として、「修了生7割」が達成される、という話でした。しかし、それは現実には難しいので、人為的に合格者数と入学定員を固定することによって、機械的に「修了生7割」を実現しようとした。その結果、「1500人程度」という合格者数の数値目標は、2300人程度の入学定員を前提に、「修了生7割」を達成するためのものとして機能するようになったのです。

5.そこで、気になるのは、合格者数が1500人を割り込むと、「修了生7割」が達成できなくなるのではないか、ということです。これは、簡単な試算が可能です。累積合格率とは、失権する前に合格する者の割合ということになりますから、単純化すれば、5年連続で不合格になった者以外の者の割合ということになる。そこで、単年の合格率をPとし、全体から5回連続で不合格になる割合を差し引いた数字を考えると、以下の算式となります。

 1-(1-P)

 ここに、今年の合格率である41.5%を代入して計算すると、累積合格率は、約93.1%となります。ただし、これは予備組も含めた数字です。法科大学院修了の資格で受験した者に限ると、どうなるか。今年は、3024人の法科大学院修了生が受験して、1047人が合格なので、受験者合格率は34.6%になります。これを上記に代入すると、約88.0%。今年のような合格率が5年続けば、法科大学院修了生に限ってみても、累積合格率は8割を超え、9割に近い水準に達し得る状況になっているのです。上記の試算は途中撤退者を考慮していないので、実際にはこれより低い数字になるでしょうが、それでも、7割を達成できないということはなさそうです。
 合格者数が1500人を下回っているのに、どうしてそんなことになってしまうのか。前記の定員規模の試算は、入学定員数と実入学者数が等しい場合を想定しています。しかし、実際には、かなりの定員割れが生じています。以下は、法科大学院の入学定員数と実入学者数の推移です(「各法科大学院の平成29年度~令和3年度入学者選抜実施状況等」等を参照)。元号を省略した年度の表記は、平成の元号によります。

年度 入学定員 前年比 実入学者 前年比
20 5795 --- 5397 ---
21 5765 -30 4844 -553
22 4909 -856 4122 -722
23 4571 -338 3620 -502
24 4484 -87 3150 -470
25 4261 -223 2698 -452
26 3809 -452 2272 -426
27 3169 -640 2201 -71
28 2724 -445 1857 -344
29 2566 -158 1704 -153
30 2330 -236 1621 -83
令和元 2253 -77 1862 +241
令和2 2233 -20 1711 -151
令和3 2233 1724 +13

 既に平成26年の時点で、実入学者数は2300人を下回る数字になっています。現在のところ、1700人程度で下げ止まっているともみえますが、大きく増加する感じでもありません。このような状況で、「1500人程度」を合格させ続ければ、合格率が高くなり過ぎてしまうことは、当然のことといえるでしょう。

6.前回の記事(「令和3年司法試験の結果について(1)」)で説明したとおり、今年の合格者数は、「1400人基準」で決定されたとみえます。仮に、このことと、「1500人程度」の数値目標との整合性を問われたとしても、担当者は、以下のように答えることができるわけです。

 「確かに、法曹養成制度改革推進会議決定におきまして、司法試験合格者数を「1500人程度」とするよう目指すものとされておりまして、基準人数を1400人として合格者を判定することは、形式的にはこれを満たさない結果となります。しかしながら、同決定における「1500人程度」という数値目標は、法科大学院の収容定員を2300人程度とし、その修了生の7割程度が合格できるようにするという要請との関係で考えられておるわけでありますが、現時点ではその収容定員が充足されていない結果、実入学者は1700人強にとどまっているという状況でございます。このような状況の下では、1500人程度を下回る合格者数であっても修了生の7割程度の合格を実現することは可能でありまして、むしろ、1500人程度の合格者数を維持しますと、いずれ修了生の累積合格率が9割を超え、試験としての選抜の実効性を問われる事態ともなりかねないものと考えております。そうしますと、1400人強の合格者数であっても、修了生の7割程度の合格を実現するという意味では、同決定の趣旨を損なうものではないと考えております。」

 以上の考察によれば、今後の合格者数は、実入学者数の推移に影響されることになります。今のところ、実入学者数は1700人程度で横ばいの傾向です。そうすると、合格者数についても、1400人強で横ばいの傾向となる可能性が高いといえるでしょう。

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