令和4年司法試験論文式民事系第1問参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年司法試験論文式公法系第1問参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の方向性(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.民法は、全体的に解きやすいと感じさせる問題だったのではないかと思います。ただ、債権法改正が関係する部分は、下記のとおり、実は異常に難易度が高いです。
 設問1(1)は、表見代理と勘違いしてはいけない、というのが合否を分ける最大のポイントでしょうか。うっかりすると、「登記申請行為の代理権が基本権限に当たるかが問われたんだよね。」と思ってしまいがちです。しかし、問題文からは代理の事案でないことは明らかです。

 

問題文より引用。太字強調は筆者。)

3.Bは、自身が負う金銭債務の弁済期が迫っていたため、甲土地を自己の物として売却し、その代金を債務の弁済に充てようと考えた。

4.令和2年4月2日、Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記手続に必要であると偽って所有権移転登記手続に必要な書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じてこれに応じた。Bは、Aが甲土地をBに3500万円で売却する旨の契約(以下「契約①」という。)が成立したことを示す売買契約書を偽造し、同契約書とAから受け取った書類等を用いて、同月5日、甲土地につき、抵当権の抹消登記手続及びAからBへの所有権移転登記手続をした。

5.令和2年4月20日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約②」という。)をCとの間で締結した。Cは、契約②の締結に当たり、甲土地の登記記録を確認し、Bが甲土地を短期間のうちに手放すことになった経緯につきBに尋ねたところ、Bは、「知らない人と契約を交わすのを不安に感じたAの意向で、いったん友人である自分が所有権を取得することになった」旨の説明をした。

(引用終わり)

 

 表見代理なら、売買契約はAC間で成立していなければおかしいわけですから、どうみても表見代理ではありません。これは明らかな誤りですから、やってしまえば、それなりに大きな減点になってしまうでしょう。答練ではあまりやらない人でも、本試験ではうっかりやってしまうことがある。これが、本試験の怖さです。
 もう1つのポイントは、合否を分けないでしょうが、安易に94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めてしまわない、ということでしょう。予備校テキスト等では、「意思外形対応型は94条2項類推、意思外形非対応型は94条2項、110条類推」、「直接関与型は94条2項類推、越権型は94条2項、110条法意参照、重過失型は94条2項、110条類推適用」のような感じで説明しているものが多いでしょう。本人の帰責事由の中身については、具体的に意識されていない。その結果、本問のような場合も、「意思外形非対応型だから94条2項、110条類推だよね。」、「越権型だから94条2項、110条法意参照だよね。」という感じで、後は無過失を検討するということになりやすいのです。しかし、「自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していた」場合に94条2項を類推適用し、そのような場合でなくても、「これと同視し得るほど重い帰責性がある」ときに94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めるというのが、判例の適切な理解でしょう(「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」でその2つの場合が論証化されているのは、そのためです。)。逆にいえば、本人の帰責事由としては、そのようなものでなければならない。本問は、「自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していた」とも、「これと同視し得るほど重い帰責性がある」ともいえない場合だろうと思います。判例の類型としては、最判平15・6・13に相当する事案といえるでしょう。

 

最判平15・6・13から引用。太字強調は筆者。

(1) 上告人は,地目変更などのために利用するにすぎないものと信じ,Eに白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付したものであって,もとより本件第1登記がされることを承諾していなかったところ,上告人がEに印鑑登録証明書を交付した3月9日の27日後の4月5日に本件第1登記がされ,その10日後の同月15日に本件第2登記が,その13日後の同月28日に本件第3登記がされるというように,接着した時期に本件第1ないし第3登記がされている。

(2) また,記録によれば,上告人は,工業高校を卒業し,技術職として会社に勤務しており,これまで不動産取引の経験のない者であり不動産売買等を業とするDの代表者であるEからの言葉巧みな申入れを信じて,同人に上記(1)の趣旨で白紙委任状,本件土地建物の登記済証,印鑑登録証明書等を交付したものであって,上告人には,本件土地建物につき虚偽の権利の帰属を示すような外観を作出する意図は全くなかったこと,上告人が本件第1登記がされている事実を知ったのは5月26日ころであり,被上告人らが本件土地建物の各売買契約を行った時点において,上告人が本件第1登記を承認していたものでないことはもちろん,同登記の存在を知りながらこれを放置していたものでもないこと,Eは,白紙委任状や登記済証等を交付したことなどから不安を抱いた上告人やその妻からの度重なる問い合わせに対し,言葉巧みな説明をして言い逃れをしていたもので,上告人がDに対して本件土地建物の所有権移転登記がされる危険性についてEに対して問いただし,そのような登記がされることを防止するのは困難な状況であったことなどの事情をうかがうことができる。

(3) 仮に上記(2)の事実等が認められる場合には,これと上記(1)の事情とを総合して考察するときは,上告人は,本件土地建物の虚偽の権利の帰属を示す外観の作出につき何ら積極的な関与をしておらず,本件第1登記を放置していたとみることもできないのであって,民法94条2項,110条の法意に照らしても,Dに本件土地建物の所有権が移転していないことを被上告人らに対抗し得ないとする事情はないというべきである。そうすると,上記の点について十分に審理をすることなく,上記各条の類推適用を肯定した原審の判断には,審理不尽の結果法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ず,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

(引用終わり)

 

 もっとも、ほとんどの受験生が簡単に94条2項、110条の法意参照ないし類推適用を認めたでしょうから、この点は合否を分けないでしょう。
 設問1(2)は、請求1は主に背信的悪意者からの転得者の話ですから、多くの人が普通に解答できたでしょう。ただ、慣れていないのに要件事実で書こうとして、時間をロスしてしまった人もいたかもしれません。この論点は、正確に要件事実で整理しようとすると、「Cは対抗要件の抗弁と所有権喪失の抗弁のどちらを主張するのが適切なのか?」などと、余計な迷いが生じます(※)。本問は必ずしも要件事実を問う趣旨ではありませんから、無理せず実体法の観点から論点を並べるように書いておいた方が無難です。参考答案は、そのような書き方を採用しています。
 ※ 契約④及びB登記具備を主張して対抗要件具備による所有権喪失の抗弁とすることも、契約④・⑤及びD登記具備まで所有権者と認めない旨を主張して対抗要件の抗弁とすることもできるでしょう。

 請求2は、典型論点ではありますが、債権法改正によって、「最終的には填補賠償請求権に転化するから」という理由付けで特定物債権を被保全債権とすることはできなくなったという点がポイントです。このことは、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」の「特定物債権は詐害行為取消請求の被保全債権となるか」の項目の※注において、詳細に説明しています。また、当サイトの過去のツイートでも、説明していたところでした。

 

2020年01月18日のtweetより引用)

1月18日
もう1つ、非金銭債権を被保全債権とする詐害行為取消権について、改正前は、債務転形論を前提に、金銭債権である填補賠償請求権に転化し得るとして肯定していました(最大判昭36・7・19)。これも、改正後は維持することが困難です。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52827

1月18日
問題の所在は、土地二重譲渡事例において、第1譲受人の填補賠償請求権が成立するのが第2譲受人の登記具備時となるため、詐害行為である第2譲渡が填補賠償請求権成立の前になってしまう、ということでした。このことを理解すれば、改正後は424条3項の解釈論として解決すべきことがわかります。

1月18日
同項は、詐害行為の「前の原因」に基づいていればよいとします。その趣旨は、詐害行為後の遅延損害金(最判平8・2・8)などを含ませる点にありました。すなわち、損害賠償請求権の発生原因となる法律関係が詐害行為前に成立すれば足りるのです。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=73152

1月18日
すなわち、先の例でいえば、第1譲渡が詐害行為である第2譲渡より前であれば、その後に発生した填補賠償請求権は、「前の原因」に基づいて生じたといえるため、その填補賠償請求権を被保全債権とすることができるのです。同様の解釈は、相殺に関する469条2項各号、511条2項でも妥当します。

1月18日
このように、改正後は、債務転形論を前提とした従来の解釈論を維持することはできず、改正の趣旨に沿った解釈論を考える必要があるのです。改正対応を謳う教材の中には、漫然と債務転形論の理由付けを維持するものや、強引に改正前の判例と同じ結論を採ろうとするものがあるので、注意が必要です。

(引用終わり)

 

 この点は、学者が執筆した書籍であっても、適切な説明がされていないことが多く、受験生が適切に対応できなくてもやむを得ないでしょう。なので、従来どおり、「填補賠償請求権に転化するから」という理由付けで契約③に基づく甲土地引渡請求権を被保全債権としてしまっても、合否を左右しないだろうと思います。赤信号をみんなで渡って合格する例の1つです。
 設問2は、譲渡担保権の法的性質から論理的に説明しているかがポイントです。譲渡担保権の法的性質について、現在の学説は、判例の結論をすべて整合的に説明しようとするあまり複雑化しています。受験対策としては、素朴な担保権的構成に立って、シンプルな論理を示すことができれば合格レベルです。参考答案は、その方針で解答しています。素朴な担保権的構成からは、まだ実行していないので賃貸人の地位は移転していない、ということになるでしょう。FがHとの関係で使用収益権を失っても、Fの使用利益がHに対する不当利得となるというだけで、賃貸人の地位の移転とは無関係です。他方、所有権的構成を基本としつつ使用収益権が移転していないことを根拠に実行まで賃貸人の地位は移転しないとする立場(東京地判平2・10・3)に立てば、債務αの弁済期経過によって賃貸人の地位が移転するという余地もありそうです。

 

(東京地判平2・10・3より引用。太字強調は筆者。)

 一般に、不動産の賃貸人がその不動産の所有者で、賃借人が当該賃借権を第三者に対抗し得る場合に、賃貸人たる所有者が当該不動産の所有権を譲渡したときは、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転するものと解されるが、これを譲渡担保による所有権移転の場合について考えてみると、譲渡担保の目的で不動産の所有権が移転されても、当然には譲渡人からその使用・収益権まで担保権者に移転するものと解することはできず、したがって賃貸人の地位が担保権者に移転すると解することもできない。……(略)……。
 しかし、譲渡担保の通常の形態と解されるいわゆる帰属清算型の場合、債務者が弁済期において弁済しないため、債権者が担保権を実行し、債務者に対し、被担保債権の弁済に代えて当該不動産の所有権を確定的に帰属させる旨及び清算すべき剰余金がない旨を通知し、実際その時点における当該不動産の適正評価額が債務額(借入金元本のほか、その利息、損害金、評価に要した相当費用等の額を含む。)を上回らない場合には、右通知のときに当該不動産の所有権は譲渡担保権者たる新所有者に確定的に移転し、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転し、賃貸借契約上の保証金返還義務もまた新賃貸人に移転するものと解するのが相当である

(引用終わり)

 

 なお、㋒は債権法改正関係で、605条の2第2項前段の「譲受人が譲渡人に賃貸する」という要素を契約⑦は欠いている(賃料の合意がない。)、ということなのでしょうが、細かすぎます。

 

(参照条文)605条の2第2項
 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

 

 これは、使用借だと、不動産の譲受人(本問のH)がさらに誰かに譲渡したときに、賃貸人(本問のF)が占有権原を対抗できなくなって、賃借人(本問のG)の地位が不安定になるから困るよね、ということ等が理由です(ただし、本問のような場合に常に賃料を払う必要があるというのは合理的かという問題はあるでしょう。)。

 

民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)(民法(債権関係)部会資料69A)より引用。太字強調は筆者。)

 新所有者Bと旧所有者Aとの間で賃貸借契約を締結することを要件としているのは、①賃貸人の地位の留保合意がされる場合には、新所有者Bから旧所有者Aに何らかの利用権限が設定されることになるが、その利用権限の内容を明確にしておくことが望ましいこと、②賃貸人の地位を留保した状態で新所有者Bが賃貸不動産を更に新新所有者Cに譲渡すると、その譲渡によって新所有者Bと旧所有者Aとの間の利用関係及び旧所有者Aと賃借人Xとの間の利用関係が全て消滅し、新所有者Bからの譲受人Cに対して賃借人Xが自己の賃借権を対抗することができなくなるのではないかとの疑義を生じさせないためには、新所有者Bと旧所有者Aとの間の利用関係を賃貸借としておくことが望ましいこと、③賃貸借に限定したとしても、それによって旧所有者Aと新所有者Bとの間の合意のみで賃貸人の地位の留保が認められることになるのであるから、現在の判例法理の下で賃借人の同意を個別に得ることとしている実務の現状に比べると、旧所有者と新所有者にとって不当な不便が課されるものでないからである。

(引用終わり)

 

 ただ、これも普通のテキスト等にはほとんど説明がないと思うので、誰もわからなくても仕方がないと思います。債権法改正については、「普通の改正対応本には書いていないものを狙って出してくる。」というのが、最近の傾向です。「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」では、その点を意識して、普通の本では説明がない部分も含めて※注で解説を付していますので、参考にしてみてください。
 設問3は、最判昭47・5・25を知っていますか、という、その程度の問題です。親族・相続関係は、頻出ではないものの、それなりの頻度で出題され、かつ、あまり難しい問題は出してこないという傾向です。一通り学習すれば対応できるレベルなので、手抜きせずに学習しておきたいところです。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】」、「司法試験定義趣旨論証集(物権)【第2版】」、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1(1)

1.Cの請求は所有権に基づく明渡請求であるから、Cに甲土地所有権があることを要する。

2.契約①はBが契約書を偽造し、真実には存在しないから、契約②当時、Bに甲土地の所有権はない。したがって、Cは、契約②の効果(176条)によってBから承継取得することはできない。

3.Cは、甲土地の登記記録を確認し、契約①及びAからBへの所有権移転登記という虚偽の外観を信頼して契約②を締結したといえる。94条2項によって所有権を取得できるか。

(1)契約①は不存在であり、ABの通謀による意思表示ではないから、94条は直接適用されない。

(2)通謀虚偽表示によらない場合であっても、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与し、又は既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置していたときは、94条2項の類推適用により、善意の第三者に対して外観どおりの権利関係の不存在を対抗できず、上記場合でなくても、これと同視しうるほど重い帰責性があるときは、94条2項、110条の類推適用により、善意無過失の第三者に対して、外観どおりの権利関係の不存在を対抗できない(判例)

ア.契約①の契約書偽造とAからBへの移転登記手続はAに無断でBが勝手に行った。Aは、自ら虚偽の外観作出に積極的に関与していない。
 AからBへの移転登記から契約②までわずか15日間であり、その間にAが知った事実はない。Aは、既に生じた虚偽の外観を知りながら敢えて放置したとはいえない。

イ.Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記に必要と偽って書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じて応じた。Aに不動産取引経験はない。不動産業に携わっていた友人のBを信じるのもやむをえない。Aに、外観作出への積極的関与や虚偽外観の知情放置と同視しうるほどの重い帰責性はない。

ウ.したがって、94条2項の類推適用及び94条2項、110条の類推適用の余地はない。

(3)以上から、Cは、94条2項によっても所有権を取得できない。

4.よって、Aは、Cの請求を拒むことができる。

第2.設問1(2)

1.請求1

(1)真正な登記名義の回復を原因とする物権的登記請求を根拠とすることが考えられる。そのためには、Dが甲土地を所有することを要する。

ア.DはAと契約③を締結した。しかし、Bも契約④を締結し、「第三者」(177条)となるから、Dは所有権取得を対抗できないのではないか。

イ.「第三者」(177条)というには、登記がないことを主張する正当な利益を要し、背信的悪意者は、登記がないことを主張する正当な利益を欠くから、「第三者」に当たらない(判例)
 Bは、契約③を阻止し、Dに損害を与えようと考えて契約④を締結したから、背信的悪意者であり、「第三者」に当たらない。Dは、Bに所有権取得を対抗できる。

ウ.転得者Cとの関係ではどうか。
 背信性は属人的要素であり、相対的に判断すべきであるから、転得者が第1譲受人との関係で背信的悪意者と評価されない限り、転得者は所有権の取得を第1譲受人に対抗できる(判例)
 Cは、BにDを害する意図があったことを知らなかったから、Dとの関係で背信的悪意者とは評価されない。なお、Cは契約③の存在を知っていたが、「第三者」となることを妨げない。177条は自由競争を前提とし、登記を怠る者の要保護性が低いことを考慮すれば、単なる悪意者を排除すべき必要性は乏しいからである。
 したがって、Cは「第三者」に当たり、Dは、登記がないため所有権取得をCに対抗できない。

エ.以上から、上記請求を根拠とすることはできない。

(2)詐害行為取消請求を根拠とすることも考えられるが、詐害行為取消請求を根拠とする取消債権者名義への移転登記請求は、登記については債務者の受領拒絶、費消等のおそれはなく(不登法59条7号参照)、物権変動過程の忠実な反映という不登法の原則にも反するから、認められない(424条の9反対解釈)

(3)後記2の詐害行為取消請求によってAの登記を回復した後に契約③の履行請求権の行使として請求1を根拠づけることも考えられるが、詐害行為取消権が責任財産保全を目的とすることと矛盾するから、特定物債権の履行請求はできない(判例)

(4)よって、請求1は認められない。

2.請求2

 詐害行為取消請求(424条の6第2項)を根拠とすることが考えられる。

(1)甲土地は、Aが所有する唯一のめぼしい財産であったから、契約④によって無資力となる。契約④は、「債権者を害する」(424条1項)といえる。

(2)Aは、既に事業の不振により債務超過に陥っており、上記(1)を「知って」したといえる。

(3)填補賠償請求権は特定物債権が転化したものではなく、新たに独立して発生する金銭債権である(415条2項3号参照)から、特定物債権そのものは被保全債権とはならない。被保全債権は、Bへの移転登記によって契約③に係るAの債務が履行不能になった時に生じた填補賠償請求権(415条2項1号)である。同請求権は契約④の後に発生しているが、その主たる発生原因である契約③は契約④の前に生じている。
 したがって、上記請求権は、「前の原因に基づいて生じた」(424条3項)といえる。

(4)Bは契約④締結に当たり、Aへの事業支援を提案しており、Aの無資力を知っていた(424条1項ただし書)。Cは、契約③の存在やAが十分な資力を有していないことをBから説明を受けて知っていた(424条の5第1号)。

(5)Cは、Aに対する2000万円の支払請求権(425条の4第1号)との同時履行を主張できるか。
 債務者が反対給付を返還しない場合に責任財産が保全されない結果を避ける必要があり、悪意の転得者がリスクを負うのもやむをえないといえるから、424条の6第2項の請求が先履行であり、同時履行関係ではない。
 したがって、Cは同時履行を主張できない。

(6)よって、請求2は認められる。

第3.設問2

1.賃料請求しうるのは賃貸人である(601条)。㋐の根拠は、Gの賃借権には引渡しによる対抗力(借地借家法31条)があるから、契約⑦により、賃貸人の地位はHに移転する(605条の2第1項)という点にある。
 ㋑の根拠は、譲渡担保は同項の「譲渡」に当たらないという点にある。
 ㋒の根拠は、契約⑦は605条の2第2項前段の合意に当たり、賃貸人の地位はHに移転しないという点にある。

2.譲渡担保の法的性質は、担保権の設定と考える。
 
605条の2第1項の趣旨は、通常、賃貸人の債務を履行できるのは所有権者であり、所有権者であれば誰が履行しても支障がない点にある。したがって、「譲渡」とは所有権の移転をいう。
 そうすると、譲渡担保は、実行により所有権の移転が生じるまでは、「譲渡」に当たらない。
 以上から、㋐に対する㋑の反論は正当である。

3.契約⑦で、Fが乙建物の使用収益をするのは債務αの弁済期経過までとされる。しかし、譲渡担保が実行されるまで所有権移転が生じない以上、Fの使用収益権の有無は賃貸人の地位の移転が生じるか否かを左右しない。したがって、令和5年5月分と6月分とで違いはない。

4.なお、契約⑦は605条の2第2項前段の合意に当たらない。賃貸借の要素である賃料の定めがなく、「譲受人が譲渡人に賃貸する」といえないからである。したがって、㋒は反論として正当でないが、この点は結論を左右しない。

5.よって、令和5年5月分と6月分のいずれについても、請求3は認められる。

第4.設問3

1.㋓の根拠は、契約⑧は贈与者Kの死亡によって効力を生ずる死因贈与(554条)であり、N県に遺贈する遺言はこれと抵触するから、契約⑧は撤回された(1022条、1023条1項準用)という点にある。

2.Mからの反論として、遺贈は単独行為であるが、書面でされた死因贈与には契約の拘束力がある(550条参照)から、1022条、1023条1項はその性質に反し、準用されないというものが考えられる。

3.請求4の肯否

(1)1022条の趣旨は遺言者の最終意思尊重にある。死因贈与も死後に遺言者の真意を確認できず、その最終意思を尊重すべき点で、上記趣旨が妥当するから、方式に関する部分を除き、同条を準用できる(判例)。

(2)1023条1項の趣旨は、複数の遺言を巡る紛争防止と最終意思尊重にある。複数の死因贈与を巡る紛争防止の必要があり、最終意思を尊重すべき点で、死因贈与にも上記趣旨が妥当するから、同項を準用できる。

(3)契約⑧とN県への遺贈は同時に実現できないから、両者はその全部が抵触する。したがって、N県に遺贈する旨の遺言で契約⑧の全部を撤回した(1022条準用)とみなされる(1023条1項準用)。

(4)よって、請求4は認められない。

以上

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