【答案のコンセプトについて】
1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。
2.行政法は、憲法と比べると、解きやすい問題でした。設問1は出訴期間と36条の原告適格。設問2は無効事由の主張で、その無効事由は、問題文に処分内容の明確性と手続と書いてある。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) Dは、本件処分の内容の明確性や手続等に問題があることから、本件処分それ自体を争うべきであると考えるに至り、行政訴訟を提起することを考えている。 (引用終わり) |
「内容の明確性や手続」とあるので、よくわからなくても、「内容の明確性」は手続じゃなくて、実体違法なんだろうということは読み取れたはずです。「論点がわからなかった。」という人は、ほとんどいなかったでしょう。難しいのは、36条の原告適格のうち、「法律上の利益」についてでしょう。まず問題になるのは、「本件処分の名宛人は誰か。」ということです。
D 「俺に決まってるだろ。」
C古墳 「違うよ!ボクだよ!」
(問題文より引用。太字強調は筆者。) B町教育委員会(以下「教育委員会」という。)は、平成18年4月14日、告示により、B町の区域内にあるC古墳を本件条例第4条第1項に基づきB町指定文化財に指定した(以下、同指定を「本件処分」という。)。 (引用終わり) |
本件処分はC古墳を対象としているので、言っていることはC古墳の方が正しい。ただ、C古墳は人ではなくて物なので、「名宛人」にはなれません。したがって、「本件処分の名宛人などいない。」というのが正解です。このことは、本件処分の効力発生時からも読み取れます。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) ○ B町文化財保護条例(抜粋) 4条 教育委員会は、町の区域内に存する文化財のうち、町にとって重要なものをB町指定文化財(以下「町指定文化財」という。)に指定することができる。 2 教育委員会は第1項の規定による指定をしようとするときは、B町文化財保護委員会(以下「保護委員会」という。)に諮問しなければならない。 3 第1項による指定は、その旨を告示するとともに、当該文化財の所有者及び権原に基づく占有者に通知して行う。 4 第1項による指定は、前項の規定による告示があった日から効力を生ずる。 5、6 (略) (引用終わり) |
仮に、所有者等が名宛人となるのであれば、その通知の到達時が効力発生時となるはずです。
(最判昭29・8・24より引用。太字強調は筆者。) 効果の発生時期について考えてみると……(略)……行政庁の処分については、特別の規定のない限り、意思表示の一般的法理に従い、その意思表示が相手方に到達した時と解するのが相当である。 (引用終わり) |
名宛人がいないので、告示によるわけですね。本問の文化財指定のような行政行為は、分類上は対物処分といわれるもので、一般処分とともに、「特定の名宛人のない行政行為」に分類されます。
さて、本問でDが名宛人ではないということになると、「処分の相手方以外の第三者」として、小田急高架訴訟の規範を用いることになりそうです。それが、実は、そうでもない。「処分の相手方以外の第三者」とされるのは、処分の効力が直接に及ばない者です。本問のDは、本件条例6条1項、13条1項の制限を直接に受ける地位にあります。なので、名宛人に準じて、当然に原告適格が認められる。このような者を、「準名宛人」といいます。準名宛人に関する近時の判例として、最判平25・7・12があります。
(最判平25・7・12より引用。太字強調は筆者。) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第99号同53年3月14日第三小法廷判決・民集32巻2号211頁,最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁等参照)。そして,処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制限を受ける場合には,その者は,処分の名宛人として権利の制限を受ける者と同様に,当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として,当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たり,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。 (引用終わり) |
これは多くの受験生が知らないはずなので、間違えても、それ自体は合否に影響しないでしょう。ただ、「処分の相手方以外の第三者」と同じに考えて、大展開してしまった人は、他の部分を書く時間、紙幅を失うので、総合的に損をしたでしょう。「Dが名宛人に決まってるジャーン」という感じの人の方が、ダメージが少なかったといえます。
それから、処分内容の不明確は古典的な無効事由ですが、最近の基本書ではあまり記載がないようで、知らなかったという人もいたかもしれません。民法で、法律行為の内容の確定可能性が有効要件とされていたことを想起すれば、実体的な無効事由っぽいな、という感じにはなったでしょう。もっとも、反論を想定しつつ当てはめるのは結構難しくて、事実関係をうまく使う必要があります。なお、教育委員会の管理状況をもって信義則違反の違法があるとした人もいたかもしれませんが、それは処分当時の違法ではないので、無効事由としては適切でないと思います。
参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(行政法)」に準拠した部分です。
【参考答案】 第1.設問1 1.取消訴訟提起断念の理由 本件処分がされたのは、告示された平成18年4月14日であり(本件条例(以下「条例」)4条4項)、既に本件処分から1年(行訴法14条2項)が経過した。災害等提訴の障害となる客観的事情はないから、「正当な理由」(同項ただし書)はない。 よって、取消訴訟は提起できない。 2.行訴法36条の原告適格 (1)「法律上の利益」(同条)とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。 文化財指定(条例4条1項)は対物処分で、効力発生は所有者等への通知(同4条3項)でなく、告示による(同条4項)から、特定の名宛人のない処分である。もっとも、文化財所有者は、指定により直接に権利の制限を受ける(同6条1項、13条1項)から、自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として法律上の利益を有する。 Dは、指定文化財C古墳の所有者であるから、法律上の利益を有する。 (2)「目的を達することができない」(行訴法36条)には、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟では不利益を排除できない場合はもとより、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截で適切な争訟形態であるとみるべき場合も含む(もんじゅ訴訟判例参照)。 本件処分の無効を前提とする、許可なく本件工事をなしうる地位の確認を求める実質的当事者訴訟でも不利益の排除は可能であるが、本件処分が本件土地のどの範囲に及ぶか不明で、本件土地の整備をしようとするたびに類似の紛争が生じうることからすれば、既判力(行訴法7条、民訴法114条1項)、拘束力(行訴法38条1項、33条1項)をもって本件処分の無効を確定できる無効確認訴訟の方がより直截で適切な争訟形態といえる。 したがって、「目的を達することができない」といえる。 (3)よって、Dに原告適格が認められる。 第2.設問2 1.処分に重大かつ明白な違法がある場合には、取消訴訟によるまでもないから、当然に無効となる。 2.行政行為の内容が、法律上・事実上実現不能又はおよそ不明確な場合は、当該行政行為は不存在というに等しいから、重大明白な瑕疵として当然に無効となる。 (1)資料には、本件処分の指定対象物の範囲が本件石室にとどまるか、それを取り巻く盛土も含むのかについては記載がない。 (2)横穴式石室は、その全体が墳丘を成す盛土の中に埋まっているのが通常で、外観上墳丘を成す盛土全体が古墳と認識できるから、およそ不明確とはいえないという反論が想定される。 しかし、C古墳は全体が盛土の中に埋まっていない。本件石室の入口周辺盛土は崩れ、入口構成巨石が盛土から露出している。露出した入口部分から内部の本件石室のみがC古墳とみえる外観である。教育委員会は、DからC古墳の管理責任者(条例6条3項)として選任されながら、入口構成巨石の周辺のみ定期に草刈りするだけで、それ以外の盛土全体は樹木が生い茂ったまま放置し、C古墳を示す標識を巨石のすぐそばに設置したが、半径約10mの円の内側一帯がC古墳であることを示す標識等を設置したことはなかった。上記管理状況は本件処分後の事情であるが、処分庁である教育委員会自身が盛土全体がC古墳との認識を失ったとみえる管理をするに至ったことは、本件処分がおよそ不明確であったことを裏付ける。 さらに、仮にC古墳を「盛土全体」、「半径約10mの円の内側一帯」と考えたとしても、境界を具体的に判断できない。 (3)以上から、本件処分の内容は、およそ不明確である。 (4)よって、本件処分は無効である。 3.行政庁が処分をするに当たって諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分しなければならない旨の法の規定がある場合には、諮問の経由は極めて重大な意義を有する(群馬バス事件判例参照)から、その諮問を経なかったときは重大な違法がある。 (1)条例4条2項は、保護委員会への諮問を義務としており、これは文化財指定に専門技術判断を要すること(条例20条、21条1項参照)を踏まえたものであるから、答申を尊重して指定すべき趣旨を当然に含む。資料によれば、その諮問は行われていない。 (2)委員長である考古学者Eの意見聴取を経たから、重大な違法とはいえないとの反論が想定される。 しかし、定足数(同22条2項)の潜脱であり、E以外の歴史学、民俗学等専攻の9名の研究者の多様な学術的視点を反映する機会が失われたことも踏まえると、重大な違法でないとはいえない。 (3)諮問は内部手続であって、明白な瑕疵でないとの反論が想定される。 しかし、当然無効の根拠は、初めから誰の目にも瑕疵が明らかである以上取消訴訟によるまでもないという点にあるから、瑕疵の明白性とは、処分成立の当初から外形上、客観的に一見看取しうる瑕疵であることをいう。本件処分に保護委員会への諮問がなかったことは教育委員会の許可をえれば閲覧できる本件処分当時の資料に記載されており、外形上、客観的に一見看取しうる瑕疵である。 したがって、明白な瑕疵である。 (4)手続を履践すれば再度同一の処分をなしうるから無効とすべきでないとの反論が想定される。 しかし、改めて保護委員会に諮問すれば指定の範囲について異なる結論の答申がされる可能性がある。 したがって、無効とすべきでないとはいえない。 (5)よって、本件処分は無効である。 以上 |