令和4年予備試験論文式商法参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、平成27年から令和元年まで、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載してきました(「令和元年予備試験論文式憲法参考答案」参照)。それは、限られた時間内に効率よく配点の高い事項を書き切るための、1つの方法論を示すものとして、一定の効果をあげてきたと感じています。現在では、規範の明示と事実の摘示を重視した論述のイメージは、広く受験生に共有されるようになってきているといえるでしょう。
 その一方で、弊害も徐々に感じられるようになってきました。規範の明示と事実の摘示に特化することは、極端な例を示すことで、論述の具体的なイメージを掴みやすくすることには有益ですが、実戦的でない面を含んでいます。
 また、当サイトが規範の明示と事実の摘示の重要性を強調していた趣旨は、多くの受験生が、理由付けや事実の評価を過度に評価して書こうとすることにありました。時間が足りないのに無理をして理由付けや事実の評価を書こうとすることにより、肝心の規範と事実を書き切れなくなり、不合格となることは避けるべきだ、ということです。その背景には、事務処理が極めて重視される論文の出題傾向がありました。このことは、逆にいえば、事務処理の量が少なめの問題が出題され、時間に余裕ができた場合には、理由付けや事実の評価を付すことも当然に必要となる、ということを意味しています。しかし、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案ばかり掲載することによって、いかなる場合にも一切理由付けや事実の評価をしてはいけないかのような誤解を招きかねない、という面もあったように感じます。
 上記の弊害は、司法試験の検証結果に基づいて、意識的に事務処理の比重を下げようとする近時の傾向(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)を踏まえたとき、今後、より顕著となってくるであろうと予測されます。
 以上のことから、平成27年から令和元年までに掲載してきたスタイルの参考答案は、既にその役割を終えたと評価し得る時期に来ていると考えました。そこで、令和2年からは、必ずしも規範の明示と事実の摘示に特化しない参考答案を掲載することとしています。

2.商法は、初学者には辛い内容で、実力差が出やすい問題でした。設問1は、初学者だと「とりあえず423かな。」と思いたくなるところですが、問題文の記載から、任務懈怠責任ではなく利益供与が問われていると気付きたい。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

7.本件取引のことを聞きつけたDは、本件土地より倉庫に適した土地があったにもかかわらず本件取引をしたことは、Cが甲社の株主であるために特別に優遇したものであり、不適切であると考え、友人の弁護士に対し、A、B及びE並びに(以下「Aら」という。)、本件取引に関して甲社に対して何らかの責任を負わないか検討してほしいと依頼した。

(引用終わり)

 任務懈怠責任を問うつもりなら、「Dは、不動産業者から提案された土地に倉庫を建設すれば不要であったはずの商品出荷のための費用を生じさせて会社に損害を与えるものであると考え」のような感じの記載をするはずです。しかも、本問では利益供与についての論点が生じるような事例設定になっていて、当てはめで使う事情が詳しく書いてあるわけですから、これは利益供与で当てはめ大魔神だよね、と判断すべきだろうと思います。内容的にはかなり細かい論点が問われているわけですが、現場思考で処理すれば概ね正解に近い解答が可能なように問題文にヒントがあるので、うまく事実を拾っていれば十分評価されるでしょう。
 設問2は、予備では定期的に出題される条文操作問題兼任禁止に抵触した監査役の地位については一応論点で、兼任禁止と監査役選任に関する判例(最判平元・9・19)を手掛かりにして辞任を擬制した上で、権利義務者の話に繋いでいけばよいのでしょう。とはいえ、これを現場で処理するのは結構難しい。現場で386条に気が付いても、1項1号か2項1号かを冷静に判断できない人が多そうです。

(参照条文)会社法386条(監査役設置会社と取締役との間の訴えにおける会社の代表等)

 第349条第4項、第353条及び第364条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合には、当該各号の訴えについては、監査役が監査役設置会社を代表する。
 一 監査役設置会社が取締役(取締役であった者を含む。以下この条において同じ。)に対し、又は取締役が監査役設置会社に対して訴えを提起する場合
 二、三 (略)
2 第349条第4項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、監査役が監査役設置会社を代表する。
 一 監査役設置会社が第847条第1項、第847条の2第1項若しくは第3項(同条第4項及び第5項において準用する場合を含む。)又は第847条の3第1項の規定による請求取締役の責任を追及する訴えの提起の請求に限る。)を受ける場合
 二、三 (略)

 会社法の条文に慣れていない初学者だと、手も足も出なかった、ということでもやむを得ないところでしょう。予備試験の場合には短答もあるので、短答の学習の際に、単に正誤の知識を身に付けるだけでなく、条文を引いて、どの辺りにあるのか、冒頭の見出しから引きやすい位置にあるのか、そうでなければどのようにして引けばたどり着けるのか等を確認するクセを付けておくとよいと思います。
 参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。

【参考答案】

第1.設問1

1.Dの主張

 本件取引は株主権行使に関する利益供与(120条1項)に当たり、甲社に対し、Cは2億円を返還し(同条3項前段)、ABEは連帯して2億円を支払う(同条4項)義務を負う。

2.当否

(1)確かに、本件取引について、見返りにCが具体的な株主権行使をし、又はしなかったという事実はなく、「株主の権利…の行使に関し」に当たらないとみえる。
 しかし、Cは、Aに本件土地の買取りができないなら今後の対応についてDに相談すると言った。CDの協調行動を恐れたAは、本件土地の買取りを再検討するとCに告げ、甲社取締役会はAの報告を受けCから本件土地を買い取ることとし、本件取締役会決議がされた。Dは、かつて甲社の取締役であったが、数年前に甲社の経営方針をめぐってAと対立し、その際、CがAの側についたことから、甲社の取締役に再任されず、その後も取締役に選任されることはなかった。AとDの対立は現在まで続いている。甲社の発行済株式総数は5000株で、そのうち、Cが1000株を、Dが1600株を保有するから、CDが協調すれば総議決権の過半数となる。以上の事実から、CDが協調して議決権を行使することを避ける目的で本件取引がされたといえ、「株主の権利…の行使に関し」に当たる。

(2)確かに、本件土地の買取価格は適正価格であり、「財産上の利益の供与」に当たらないとみえる。
 しかし、一般に流動性の低い土地の売却機会を与えること自体が利益といえるから、会社にとって必要性・合理性がない買取りは、適正価格であっても「財産上の利益の供与」に当たる。
 甲社は、かねてより商品を保管する倉庫を建設するための用地を探していた。本件土地は、倉庫建設に適していた。しかし、本件土地に倉庫を建設するより不動産業者から提案された土地に倉庫を建設した方が円滑に商品を出荷できた。敢えて本件土地を買い取ることは、甲社にとって必要性・合理性がない。
 したがって、「財産上の利益の供与」に当たる。

(3)Cは、本件取引の相手方であり、「当該利益の供与を受けた者」(同条3項)に当たる。
 Aは、「利益供与…に関する職務を行った取締役」(施行規則21条1号)として関与取締役(120条4項)に当たり、免責の余地はない(同項ただし書かっこ書)。
 BEは、本件取締役会決議の賛成取締役(施行規則21条2号イ)として関与取締役に当たり、本件土地に倉庫を建設するより不動産業者提案土地に倉庫を建設した方が円滑に商品を出荷できることを知りながら賛成したから、免責事由(120条4項ただし書)はない。

(4)同条3項の趣旨は、同条1項に違反する法律行為は無効(民法90条)であるが、同法708条の特則として供与利益の返還を認める点にある。120条4項の趣旨は、受益者の返還が期待できないことから、関与取締役に連帯責任を負わせる点にある。
 上記趣旨及び同条3項後段との均衡から、同項前段の返還義務及び同条4項の支払義務の範囲は、対価との差額や売却機会をえたことによる利益の額でなく、現に供与され不当利得となる利益全額である。
 したがって、本件取引は無効であり、甲社がCに代金2億円を支払っていた場合には、甲社に対し、Cは2億円を返還し(同条3項前段)、ABEは連帯して2億円を支払う(同条4項)義務を負う。他方、甲社がCに代金2億円を支払っていない場合には、Cは返還義務を負わず、ABEは支払義務を負わない。

(5)よって、甲社がCに2億円を支払っていた場合には、Dの主張は、正当である。

第2.設問2

1.Aらの主張の根拠は、847条1項の提訴請求について監査役設置会社を代表するのは監査役である(386条2項1号)ところ、Fは乙社取締役に就任することで甲社監査役の地位を失ったから、Fに対してされた本件提訴請求は不適法であり、適法な提訴請求を欠く本件訴えは違法であるという点にある。

2.監査役は、子会社取締役を兼任できない(335条2項)。もっとも、判例は、同項の兼任禁止に該当する地位にある者を監査役に選任する株主総会決議の効力について、同項は監査役の欠格事由を定めたものではなく、選任決議により選任された者が就任を承諾した場合には、兼任が禁止される従前の地位を辞任したと考えられるから、監査役選任決議の効力は有効であるとする。同様に、監査役が子会社取締役に選任され、就任を承諾した場合には、従前の監査役の地位を辞任したと考えられる。
 乙社でFを取締役に選任する手続がとられ、FがAに乙社取締役に就任すると返答したから、Fは甲社監査役の地位を辞任したと考えられる。

3.Fの辞任により、甲社監査役に欠員が生じる。もっとも、Fは、新たに選任された(一時)監査役就任まで、なお監査役としての権利義務を有する(346条1項)。甲社において新たに(一時)監査役が選任された事情はない。

4.以上から、Fに対してされた本件提訴請求は適法である。

5.よって、本件訴えは適法である。

以上

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