1.以下は、司法試験における短答・論文段階の合格者の平均年齢等の推移です。年号の省略された年の表記は、平成の元号によります。
年 | 短答 合格者 |
短答 前年比 |
論文 合格者 |
論文 前年比 |
短答・論文 の年齢差 |
18 | 29.92 | --- | 28.87 | --- | 1.05 |
19 | 30.16 | +0.24 | 29.20 | +0.33 | 0.96 |
20 | 30.36 | +0.20 | 28.98 | -0.22 | 1.38 |
21 | 30.4 | +0.04 | 28.84 | -0.14 | 1.56 |
22 | 30.8 | +0.4 | 29.07 | +0.23 | 1.73 |
23 | 30.7 | -0.1 | 28.50 | -0.57 | 2.20 |
24 | 30.9 | +0.2 | 28.54 | +0.04 | 2.36 |
25 | 31.0 | +0.1 | 28.37 | -0.17 | 2.63 |
26 | 31.3 | +0.3 | 28.2 | -0.17 | 3.1 |
27 | 32.2 | +0.9 | 29.1 | +0.9 | 3.1 |
28 | 32.1 | -0.1 | 28.3 | -0.8 | 3.8 |
29 | 32.0 | -0.1 | 28.8 | +0.5 | 3.2 |
30 | 31.8 | -0.2 | 28.8 | 0 | 3.0 |
令和元 | 31.6 | -0.2 | 28.9 | +0.1 | 2.7 |
令和2 | 30.9 | -0.7 | 28.4 | -0.5 | 2.5 |
令和3 | 30.7 | -0.2 | 28.3 | -0.1 | 2.4 |
令和4 | 30.7 | 0 | 28.3 | 0 | 2.4 |
一貫して、短答合格者の方が、論文合格者よりも高齢となっています。短答は知識重視なので、若手が苦戦し、高齢受験者が受かりやすい。そのため、短答合格者の年齢は、高齢になりやすくなります。一方、論文は、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立する(「令和4年司法試験の結果について(6)」)ので、受かりやすい人は若いうちにあっさり合格し、受かりにくい人は高齢化しつつ、合格できずに滞留することになる。そのため、論文合格者の年齢は、若年化しやすくなるというわけです。もっとも、司法試験には受験回数制限があるので、5年を超える滞留者は予備試験の方に流れていきます。そのため、司法試験の論文における若年化は、概ね5歳以内に収まると考えられます。実際の数字も、その範囲内に収まっていることがわかります。
平成28年までは、論文段階での若年化の幅は拡大傾向にありました。それが、平成29年以降、若年化の幅は縮小傾向に転じています。当サイトでは、平成27年から、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載するようになりました。若年化の幅が縮小に転じたのと、時期的に一致します(その意味については、後記4以下を参照。)。
2.直近の短答の平均年齢をみると、若年化傾向であることに気付きます。これは、主に1回目、2回目受験生の短答合格率の上昇に起因するものです。最新のデータで確認してみましょう。以下は、令和4年10月7日に実施された第108回法科大学院等特別委員会の配布資料に含まれている「令和4年司法試験受験状況」に基づく法科大学院修了生の資格で受験した者の受験回数別の短答合格率(受験者ベース)です。
受験回数 | 短答合格率 |
1回目 | 83.37% |
2回目 | 73.83% |
3回目 | 71.35% |
4回目 | 72.38% |
5回目 | 77.13% |
従来の傾向では、受験回数が増えると、短答合格率が上がっていきました。受験回数が増えるほど、短答の知識をインプットできる時間を確保できるわけですから、これは自然な傾向でした。それが、平成27年頃から、必ずしもそのような傾向ではなくなってきています。今年は、1回目の受験生が合格率のトップ。2回目の受験生も、4回目の受験生より高い合格率になっています。
その主な原因は、法科大学院の入学定員及び志願者数の減少と、修了認定の厳格化にあります。周知のように、法科大学院の入学定員及び志願者数は、大幅に減少しています。現在では、かつてのように、「誰でも簡単に法曹になれるらしい。」という安易な感覚で法科大学院に入学する者は、ほとんどいないでしょう。また、その修了認定も厳格化されており、かつて短答で合格できなかったようなレベルの人のうちの一定数は、そもそも法科大学院を修了できなくなっています(「法科大学院修了認定状況の推移(平成17年度~令和2年度)」参照)。このような法科大学院に関する環境の変化は、入学から修了までの一定のタイムラグを経て、司法試験の結果に影響してきます。その影響が、新規参入者の短答合格率の上昇という形で、表れてきているのです。共通到達度確認試験が進級判定に用いられるようになったことは、この傾向をさらに強めるでしょう(「共通到達度確認試験の進級判定への活用方法」)。
3.論文合格者の平均年齢は、短答段階から2.4歳の若年化となりました。これは、受験回数が増えると論文合格率が下がるためです。以下は、「令和4年司法試験受験状況」に基づく法科大学院修了生の資格で受験した者の受験回数別の論文合格率(短答合格者ベース)です。
受験回数 | 論文合格率 |
1回目 | 64.05% |
2回目 | 41.32% |
3回目 | 32.82% |
4回目 | 21.26% |
5回目 | 24.42% |
当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文式試験には、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則があります。規範と事実を明示しない書き方をする人や、問題文から論点を素早く抽出する反射神経、速く文字を書く能力等が劣る者は、どんなに勉強量を増やしても、受かりにくいことに変わりはない。受かりにくい特性を強く持つ者が滞留していくので、受験回数が増えれば増えるほど、合格率は下がっていくのです。ただし、最近では、5回目受験生は、4回目受験生より論文合格率が高くなる場合が増えてきました。これは、4回受験して全く手応えがない人は5回目を受験しないこと、4回の不合格経験から、これまでどおりの受験対策ではダメだということに気付く人が増えること等が原因ではないかと思っています。今年も、この傾向どおりの結果になっています。勉強量が最も少ないはずの1回目受験生が6割以上合格するのに、勉強量が最も多いはずの5回目受験生は、2割強しか受からない。短答だけでみると、1回目受験生(83.37%)と5回目受験生(77.13%)とで大きな差はありません。しかし、5回目受験生は、「受かりにくい人」であるがゆえに、論文では厳しい結果になるのです。このように、短答と論文は全く特性が異なるということを、普段の学習においても意識すべきです。
4.上記で説明した、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、人為的なものです。これまで、司法試験委員会は、若手有利になるように出題及び採点を必死に工夫してきました。司法試験は、法に関する知識・理解を問う試験です。たくさん勉強すれば、知識は増え、理解は深まる。ですから、普通に考えると、勉強量の多い年配者が有利で、勉強量の少ない若手は不利になるでしょう。しかし、何年も受験を繰り返してようやく法曹になるというような制度では、合格後に活躍できる期間は限られてしまいますし、そんなことでは、誰も司法試験を受けようとは思わなくなってしまうでしょう。だから、知識・理解がそのまま結果に反映されるような試験にするわけにはいかない。問題文や採点方法を工夫して、知識・理解が十分な年配者が不合格になり、知識・理解が不十分でも若ければ受かるようにしたい。平成以降の司法試験の歴史は、ほぼこの努力の繰り返しでした。このことを、知らない人が多いのです。「司法試験は法の知識・理解を試す試験なのだから、若ければ有利になるような試験であるはずがない。そんなものは陰謀論だ。」と思うかもしれません。しかし、これは国会でも明示的に議論されてきたことなのであって、決して荒唐無稽な陰謀論ではありません。今から31年前の平成3年において、既にこのことが議論されています。
(参院法務委員会平成03年04月16日より引用。太字強調は筆者。) 参考人(中坊公平君) この司法試験につきまして近時この試験に多数回受験の滞留現象という一種の病的な現象が発生し始めてまいりました。多数回受験の滞留現象と申しますのは、受験者の数が多いにかかわらず合格の数が余りにも少ないということから、合格水準に達しながらなお合格しない受験者が数多く滞留しておるということであります。この現象の結果は、合格平均年齢が現在では二十八歳を超え、また合格までの平均受験回数は七回に近い状態になってくることになりました。しかも、このような状態が長期間継続することによりまして大学卒業者が司法試験を敬遠することになり、出願者数も最近では減少傾向にあります。この結果、司法試験の本来の目的である幅広く多様な人材を得ること自体がまた困難になってきたという現象が発生してきたわけであります。 (中略) 先ほど言いましたような滞留現象というものがどうしても改善しなければ、……(略)……もっと考査委員が先ほどから言うように学識じゃなしに応用能力を本当に見られる、長期間要した者が有利にならないような問題の出題ができ、そしてまたその採点ができるというような体制に持っていかなければならない。
政府委員(濱崎恭生君) 司法試験は、御案内のとおり、裁判官、検察官、弁護士となるための唯一の登竜門としての国家試験でございますが、最近といいますか昭和五十年ごろから急速に、合格までに極めて長期間の受験を要する状況になっております。その状態は大勢的には次第に進行しておりまして、今後放置すればますます進行するということが予想されるわけでございます。 (中略) 御指摘の合格枠制、若年者にげたを履かせるという御指摘でございました。これが短絡的な発想ではないか、あるいは便宜的ではないかという受け取り方をされがちでございますけれども、こういう改革案を必要とする理由については、先ほど来るる申し上げさせていただきました。やはり合格者を七百人程度に増加させるということを踏まえました上で、もう少し短い期間で合格する可能性を高めるという方策といたしましてはこういう方策をとるほかはない、こういう制度をとらなくてもそういう問題点が解消できるということならばそれにこしたことはないというふうに思っておりますが、この制度はすべての受験者にとってひとしく最初の受験から三年以内は合格しやすいという利益を与えるわけでございまして、決して試験の平等性を害するというものではないと思っております。 (引用終わり) |
これは、当時、旧司法試験に合格枠制(合格者の一定数を受験回数3回以内の者から選抜する制度。いわゆる丙案。)を導入する際の法改正について議論していたときのものです。この合格枠制は、受験回数が3回以内なら、知識・理解というレベルでは4回以上の受験者より劣っていても合格させようというもので、上記の「法律の知識・理解がそのまま結果に反映されるような試験にするわけにはいかない。」という発想が如実に表れた制度でした。なお、この合格枠制の発想は、その後、新司法試験における受験回数制限へと形を変えて受け継がれていくことになります。上記の政府委員の発言で、「もう少し短い期間で合格する可能性を高めるという方策といたしましてはこういう方策をとるほかはない」とありますが、当時、既に、若手でも受かる試験にするための様々な方策が採られていました。その1つが、若手でも点が取れるような基本的な問題にする、ということでした。
(参院法務委員会平成03年04月16日より引用。太字強調は筆者。) 政府委員(濱崎恭生君) 現在の試験問題の出題の方針につきましては、正しい解答を出すために必要な知識は大学の基本書などに共通して触れられている基礎的な知識に限る、そういう基礎的な知識をしっかり理解しておれば正解を得ることができる、そういう考え方で問題の作成に当たり、そのためのそういう問題づくりについて鋭意努力をしていただいておるところであるということをつけ加えさせていただきます。 (引用終わり) |
しかし、単純に考えればわかりますが、若手でも解けるように問題を簡単にすれば、勉強量の多い年配者は、さらに確実に正解してきます。したがって、そのような方策には限界がある。そのことは、当時の考査委員も認めていました。
(衆院法務委員会平成03年03月19日より引用。太字強調は筆者。) 鈴木重勝(早稲田大学)参考人 早稲田大学の鈴木と申します。……(略)……まず、司法試験が過酷だとか異常だとか言われるのは、本当に私ども身にしみて感じているのでありますけれども、何といっても五年も六年も受験勉強しなければ受からないということが、ひどいということよりも、私どもとしますと、本当にできる連中がかなり大勢いまして、それが横道にそれていかざるを得ないというところの方が一番深刻だったのです。 (引用終わり) |
その後、平成10年以降になってくると、単に簡単な問題を出す、というのではなく、より新たな試みがなされました。それは、「大学受験の国語のような、知識で差が付かないような問題」を出す、ということです。これが最も顕著だったのは、短答式試験の穴埋め、並替え問題です。ほとんど法律の知識がなくても、文章を読んで意味が通るように並び替えれば正解になる。この種の問題の特徴は、知識で解こうとすると、解けない、ということでした。よく勉強し、知識・理解の豊富な年配者は、知識で解こうとするので、解けない。それに対し、知識の乏しい若手は、その場で文章の辻褄が合うようにするにはどうすればよいか(例えば、「甲の○○という行為」という文言を含む文章と、「甲の当該行為」という文言を含む文章であれば、前者が先で後者が後に来るように並び替えるべきことがわかる。)、という目で問題文を読むため、スラスラ解ける。このようにして、法律の知識・理解の豊富な年配者を落とし、法律の知識・理解の乏しい若手を受からせることに、一時的に成功したのでした。しかし、そのような問題は、「知識で解かない」ということがわかってしまえば、年配者でも解けるようになってしまいます。そのため、この「大学受験の国語のような問題」は、すぐに若手優遇の効果を失ってしまったのでした。
(衆院法務委員会平成13年06月20日より引用。太字強調は筆者。) 佐藤幸治(司法制度改革審議会会長)参考人 私も、九年間司法試験委員をやりました。最初のころは、できるだけ暗記に頼らないようにということで、私がなったとき問題を工夫したことがあります、そのときの皆さんで相談して。そうしたら、国語の問題のようだといって御批判を受けたことがありました。しかし、それに対してまたすぐ、数年たちますと、それに対応する対応策が講じられて、トレーニングをするようになりました。その効果はだんだん薄れてまいりました。 (引用終わり) |
このように、司法試験の歴史は、「知識・理解の豊富な年配者を落とし、知識・理解の乏しい若手を受からせる」ための方策を一生懸命考えては、挫折してきた、という歴史だったのです。知識・理解を試す試験において、知識・理解にかかわらない結果を出力させようという試みですから、常識的に考えれば挫折するのは当然の帰結でした。
そして、法科大学院制度と受験回数制限が、最後の切り札として、採用された。法科大学院に通う人しか受験させなければ、母数が減ります。そして、受験回数制限をかければ、年配者は退出していく。これで、本来であれば、滞留による高齢化問題は解消するはずでした。ところが、様々な事情で予備試験が残ってしまい、法科大学院に通わない人も受験でき、しかも、受験回数制限によって一度受験資格を失っても、なお予備試験ルートで受験できるようになってしまいました。そのため、滞留問題は、解消されなかったのです。しかも、その後、受験回数制限が5年5回に緩和されたため、この滞留問題は、深刻化してきていたのでした。
以上のような状況は、新しい若手優遇策を必要とします。そこで、新司法試験になって採用された、新しい若手優遇策が、長文の事例を用いた「規範と当てはめ」重視の論文試験の出題及び採点です。知識・理解の乏しい若手は、規範を明示するので精一杯です。ならば、そこに大きな配点をおけば、若手も点が取れる。他方、知識・理解の豊富な年配者は、なぜそのような規範を用いるのか、制度趣旨は何か、という抽象論に至るまでよく知っていますから、これを書きたがります。ならば、そこには大きな配点を与えないようにすればよい。また、知識・理解の乏しい若手は、頭の中にある知識・理解が乏しいので、現場で目の前にある問題文を使おうとする。そのため、若手はとにかく問題文を丁寧に引用する傾向がある。これに対し、知識・理解の豊富な年配者は、事実の持つ意味付け(評価)を重視し、問題文の事実自体の引用を省略して、評価から先に書こうとします。ならば、単純な事実の引用に重い配点を置き、事実の評価は加点事由程度にしてしまえばよい。この方法は、「実務と理論の架橋という新制度においては、規範を具体的事実に当てはめるという法的三段論法が特に重要である。したがって、規範の理由付けや事実の評価よりも、規範の明示と具体的事実の摘示に極端な配点を置くべきだ。」という建前論によって正当化できるという点においても、優れていたのでした。しかも、おそらくこれは考査委員自身も気が付いていないようですが、若手は字を書く速度が早いため、事実の摘示をこなせるのに対し、年配者は字を書く速度が遅いため、配点の高い事実の摘示ができないという強力な若年化効果もあります。
上記のことに、受験生が気が付きにくい仕組みとなっていることも、この若手優遇策の巧妙なところです。前記のとおり、かつての若手優遇策は、「基本重視」か「国語のような」問題だったわけですが、前者は見た目から基本しか聞いてない感じですし、後者は接続詞と改行、キーワードリンクを多用しているだけで内容のないスカスカの再現答案が上位になったりしていたため、すぐにバレてしまったのでした。これに対し、現在の出題は、見た目はかなり応用的なことを聞いているとみえますし、出題趣旨や採点実感、上位の再現答案をみると、趣旨・本質に遡った理由付けや、詳細な事実の評価等が書いてあるので、単に規範を明示し、事実を摘示するだけでは不十分にみえる。しかし、普通の人が書こうとすると、趣旨・本質に遡った理由付けや詳細な事実の評価等を書いていては、全然時間が足りないようになっています。その結果、途中から肝心の規範の明示と事実の摘示が雑になっていき、不合格になる。通常の筆力の人が時間内に書くためには、異常に配点の高い規範と事実を最優先にして、最後まで書き切れるように割り切るほかはないわけです。早く合格できる若手は、この割切りが上手なのです。ちなみに、2桁以上の上位陣は、異常な筆力で、現場では物凄い文字数を書いています。再現では、本番の気力が出ないせいか、それが反映されていないことも多く、その場合、理由付けは覚えているので書いてあるが、事実の摘示は現場の勢いで書いていて覚えていないことが多いので、漏れてしまいやすい傾向にある。これも、上記若手優遇策に受験生が気付きにくくなる要因になっていたりします。
論文の学習をするに当たっては、この点を意識しておく必要があるのです。がむしゃらに勉強して、知識・理解を深めることは、かえって当局が落とそうとしている人物像に当てはまってしまうということです。最優先でやるべきは、規範の明示と事実の摘示というスタイルを確立し、最後まで書き切る筆力を身に付ける、ということです。
5.そのこととの関係で気になるのは、以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(3)」)でも説明した、司法試験の在り方の検証です。そこでは、一貫して、事務処理の緩和が要求されています(「検証担当考査委員による令和元年司法試験の検証結果について」)。
(「司法試験委員会会議(第131回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) 平成28年司法試験の検証の経過及び結果について,検証担当考査委員から報告がなされ,これを踏まえて協議を行った。 (中略) 2 論文式試験については,必須科目に関し,出題における事例の分量及び設問の個数が増大しつつあることから,受験生に過度に事務処理能力を求めるのではなく,事案分析能力・論理的思考力等の能力を適切に判定することができるよう今後一層留意する (引用終わり) (「司法試験委員会会議(第138回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) (3) 平成29年司法試験の検証結果について(報告・協議) (中略) ・ 論文式試験については,必須科目・選択科目とも,問題の内容に関し,総じて高い評価が示され,問題の分量に関しても,多くの必須科目において前年より減少するなど,平成28年司法試験の一連の検証が反映されたものとなったとの評価で一致した。他方で,一部の科目分野において,なお分量が多いのではないかなどの指摘もあった。 (引用終わり) (「司法試験委員会会議(第146回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) (1) 平成30年司法試験の検証結果について(報告・協議) (中略) ・ 論文式試験については,前年試験の検証結果も踏まえるなどして,問題作成に当たり一層の工夫がなされ,基本的知識,論理的思考力,判断枠組みを事案に当てはめる能力等の様々な能力を問う出題であることなどを理由に高い評価が示されるなど全体として高評価を得たところであるが,一部の科目分野については,なお出題論点等の分量や難易度等について改善が必要であるとの意見が出されるなどしたところであり,引き続き,受験者に対して過度に事務処理能力を求める結果とならないよう,問題文,資料,設問の分量について十分に配慮しつつ,受験者の事例解析能力,論理的思考力,法解釈・法適用能力等を適切に判定することができるよう工夫することとされた。 (引用終わり) (「司法試験委員会会議(第155回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) ・ 論文式試験については,前年の試験の検証を踏まえ,問題作成に当たり一層の工夫がなされ,全体として高評価を得たところであるが,引き続き,他の科目分野における工夫やその成果のうち特に有用なものを参考にするなどして,受験者に対して過度に事務処理能力を求める結果とならないよう,問題文,資料,設問の分量について十分に配慮しつつ,受験者の事例解析能力,論理的思考力,法解釈・法適用能力等を適切に判定することができるよう工夫することとされた。 (引用終わり) (「司法試験委員会会議(第170回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) ・論文式試験については、過去の試験の検証を踏まえ、問題作成に当たり一層の工夫がなされ、全体として高評価を得たところであるが、一部の科目分野については、なお出題論点等の分量や難易度等についてより一層の工夫が必要であるとの意見が出されるなどしたところであり、引き続き、受験者に対して過度に事務処理能力を求める結果とならないよう、問題文、資料、設問の分量について十分に配慮しつつ、受験者の事例解析能力、論理的思考力、法解釈・法適用能力等を適切に判定することができるよう工夫することとされた。 (引用終わり) ※ なお、令和2年司法試験については、試験の実施延期により検証が実施できなかった(「司法試験委員会会議(第165回)議事要旨」参照)。 |
上記の影響を受けて、近時の出題では、問題文が短めになったり、法律関係が単純で、問われる論点も少なめになる傾向がみられます。長文の事例処理を前提に規範と事実に極端な配点を置くという、現在の若手優遇策は廃止されていく方向になるともみえる。本当に、そうなのでしょうか。
先に引用したとおり、かつての旧司法試験では、合格者の平均年齢が28歳、29歳であったことが問題視されていました。今年の司法試験の最終合格者の平均年齢はというと、28.3歳です。当時と、あまり変わっていない。また、法曹コースを創設したり、在学中受験を可能にする等の最近の制度改正は、早く合格できるようにして時間的・経済的な負担を軽減しようとするものです。
(衆院法務委員会令和3年3月12日より引用。太字強調は筆者。)
上川陽子国務大臣 現在の法科大学院、これを中核といたします、いわゆるプロセスとしての法曹養成制度におきましては、司法制度改革において質、量ともに豊かな法曹の養成が求められたことから新たに導入されたものでございます。 (引用終わり) (衆院文部科学委員会平成31年4月23日より引用。太字強調は筆者。) 山本和彦(一橋大学)参考人 現在、法学部入学当初の学生は、実際かなりの割合で法曹という進路に興味を持っているように思います。ただ、それらのうち、時間的、経済的に十分な余裕のない学生は、合格率四%の予備試験を目指すか、あるいは法曹を諦めるかという選択になっているように思われます。そこで、法曹コース及び法科大学院在学中の司法試験受験によって最短六年程度で法曹になることができる道が開かれるとすれば、相当数の有為な法学部生が真剣にそのような進路を考えるのではないかと思っております。 (中略) 現状に鑑みれば、やはり法曹養成の中核は法学部卒業の学生、いわゆる既修者になっているということは否定しがたい事実であります。 (中略) 日ごろ学部の学生等に接している印象でも、あるいは文部科学省等が行ったアンケート調査においても、法学部の学生が法科大学院を目指さない大きな理由の一つが時間的な負担であり、もう一つは経済的な負担、あと司法試験の合格率が低迷しているということも挙げられますけれども、少なくとも、時間的、経済的な負担が、現在の約八年、八年弱、研修所も入れてですね、というところから合計で六年程度ということになれば、そしてそこまで至る道のりが法曹コース、法科大学院、司法試験、司法修習という形でかなり明確なルートができるとすれば、私は、その道を歩んでみようと思う学生が相当数いるのではないか、ちょっと具体的な数字で申し上げることはできませんけれども、相当数いるのではないかというのが、学部の学生等と接している私の印象であります。 (引用終わり) |
法曹コースが創設され、在学中受験が可能となっても、肝心の司法試験ですぐ合格できないのでは、制度改正の意味がありません。このように、現在でも、若手優遇策の必要性は失われていないのです。
そもそも、上記の司法試験の検証自体、主に「司法試験に早く合格できるようにしろ。」という法科大学院関係者の要求に基づくものだったことは、以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(3)」)でも説明したとおりです。ですから、事務処理緩和の要求が、若手優遇策そのものを否定する方向に作用していくとは考えにくいでしょう。
実際のところ、近時の再現答案や採点実感をみても、規範と事実に異常な配点があるという傾向には変わりがないとみえます。問題文が短く、論点が減っても、規範の明示と事実の摘示ができていなければ、合格答案にはならないことに変わりはない。変わったのは、上位層の答案イメージです。従来であれば、「規範と事実だけでも時間内に書き切るのが困難なので、恐ろしい筆力で8頁びっしり書き切った答案が上位になる。」という感じでした。それが、近時は、「実力者なら規範と事実を書いてなお余裕があるので、6頁程度でも要領よく理由付けや事実の評価、応用論点などに触れることができれば上位になる。」という感じになっています。とはいえ、これは上位層の話であって、合否が分かれるレベルでは、やはり「規範の明示と事実の摘示ができているか。」で勝負が付く。このことは、合格者と不合格者の再現答案を並べてみて、規範部分と事実部分をマーカーしてみればわかるでしょう。不合格者は、規範部分や事実部分が異常に少なく、仮にそれなりに書いているようにみえても、規範が不正確であったり、事実として答案に書いてある部分に対応する問題文の事実を探してみても、対応する部分がない、すなわち、問題文にない事実を勝手に答案に書いていたりします。このような書き方のクセが改まらない限り、勉強量をどんなに増やしても、受かりやすくなることはない。その結果、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立し続けるのでした。このように、実際の結果からも、事務処理緩和の要求が、若手優遇策そのものを否定する方向に作用しているとは考えられないのです。
とはいえ、現在の若手優遇策の効果が失われれば、異なる方法の若手優遇策を考えざるを得なくなるでしょう。現在の若手優遇策が効果を挙げている原因の1つは、規範の明示と事実の摘示に異常な配点があるという事実を、多くの受験生が知らない、という点にあります。この点に関しては、当サイトでは、これを詳細に説明し、平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化した参考答案を掲載するようになりましたから、一定数の受験生がこれを知るようになったといえます。現に、平成28年以降、論文段階での若年化幅は、縮小傾向となっています。しかし、法科大学院だけでなく、予備校等でも、依然として、「規範の丸暗記はいけません。自分の頭で考えて趣旨・本質に遡った答案を書きなさい。事実を書き写しても無意味ですから自分の言葉で評価を書きましょう。」等と指導されており、仮に当サイトを見たとしても、「そんなはずはない。」と考えて、答案スタイルを改めようとしない人は相当数いるでしょう。また、若手優遇策が効果を挙げるもう1つの原因として、加齢による反射神経や身体能力の低下による文字を書く速さの低下というものがあり、これはなかなか克服が難しい(ただし、意識すれば克服が不可能でないことは、「令和4年司法試験の結果について(8)」において説明したとおりです。)。実際に、今年も論文段階において、短答段階から2.4歳の若年化を実現しています。他方で、現在の若手優遇策に代わるより効果的な方策を考えるのは、これまでの失敗の歴史を振り返ってみてわかるとおり、容易ではないでしょう。
以上のことからすれば、今後も、当面は規範の明示と事実の摘示が重視される傾向には変わりはない。当サイトとしては、そう考えています。