実行の着手
~総論の視点と各論の視点~

 実行行為の開始又はそれと密接な行為が行われ、法益侵害に至る危険が認められれば、実行の着手が認められるという判例の立場を前提とすると、実行の着手が認められる場合には、①実行行為そのものが開始された場合と、②密接な行為が行われた場合があることになります。通常は総論の論点として、②(密接な行為)を書けば足りるでしょう。もっとも、①(実行行為の開始)で書くことが適切な場合もあり得ないわけではありません。その場合には、実際に行われた行為が実行行為の開始といえるかどうかを検討することになる。これは、各論の構成要件解釈です。例えば、詐欺罪であれば、実行行為である「欺く行為」そのものが開始したと評価できるかについて、その定義等を示して当てはめることになるわけです。
 その観点で特殊詐欺の実行の着手に関する判例(最判平30・3・22)をみると、多数意見は、上記①か②かを明示していないことに気が付くでしょう。これは、事案の特殊性を踏まえ、今後の判例の展開に委ねる趣旨で、敢えて曖昧にされたものといえます(調査官解説参照)。その姿勢は、すり替え窃盗の着手について、同じく①か②かを曖昧にしたまま肯定した近時の判例(最決令4・2・14)にも踏襲されているとみえます。他方で、上記最判平30・3・22における山口厚補足意見は、②(密接な行為)の法律構成を明示します。最近の着手論に関する学術論文等では、これらの判例をきっかけとして、上記の着手の法律構成に関する視点の違いを意識した議論もされるようになってきており、論文式試験でも、変化球として出題される可能性はありそうです。
 答案では、上記①と②のどちらの法律構成を採用しているのかで、書き方が変わってきます。②(密接な行為)であればクロロホルム事件判例の規範を用いるでしょうし、①(実行行為の開始)であれば、各犯罪の実行行為の定義等を示すことになる。また、最近の司法試験では、法律構成を複数掲げて解答させたりする等、やや工夫した問い方をしています。上記の視点の差異に着目した出題がされた場合、着手の法律構成として上記の2つがあるということを知らないと、設問の意味がわからないおそれもあるので、上記のことは一応知っておいてよいことだろうと思います。

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