制限種類債権?
(令和5年司法試験民事系第1問)

1.今年の民法設問2で、本件コイの引渡しを目的とする債権は、1等級錦鯉という種類で目的物が指定され、乙池という範囲の制限があるから制限種類債権であり、出荷用容器に入れた時点で分離がある、と考えた人もいたかもしれません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.個人で養鯉業を営むEは、乙池で1等級の錦鯉を養殖している。

2.令和4年8月1日、錦鯉の輸出事業を新規に計画しているFが、Eの養殖池を見て回り、Eとの間で、乙池で育成中の100匹の錦鯉全部(以下「本件コイ」という。)を買う契約(以下「契約①」という。)を結んだ。契約①において、本件コイの引渡しは、同年10月1日にEの事務所で行うこととされ、また、代金は、100万円(1匹当たり1万円)とし、引渡しから2か月以内に支払うこととされた。

3.(略)

4.令和4年10月1日の早朝、Eは、本件コイを出荷用容器に入れて事務所に運び込んだ

(引用終わり) 

 

 しかし、それは誤りです。

2.制限種類債権というのは、本問でいえば、「乙池で育成中の100匹の錦鯉のうち20匹」の引渡しを目的とするような場合です。この場合には、100匹のうちのどれが目的物なのか、他の80匹から分離しないとわからない。なので、分離があって初めて特定があるといえます。また、乙池の錦鯉が数匹死んでしまっても、なお、20匹以上が生き残っていれば、そのうちの20匹を引き渡すことができるので、履行不能にはなりません。本問の場合は、乙池の錦鯉全部なのだから、全部目的物に決まっています。目的物は、「乙池にいる錦鯉全部」として、完全に特定されている。出荷用容器に入れた行為は、分離でも何でもない。目的物を移動させただけです。「分離があった。」と思った人は、「何と分離したの?」ということを考えてみましょう。「乙池から分離しました。」という答えは、「分離」の意味を誤解している。それが分離なら、例えば、1個の特定物である壺の売買契約で、当初ダンボール箱に入っていたものを、木の箱に入れ替えたという場合でも、「ダンボール箱から分離した。」となってしまいます。「分離」というのは、他の同種の物から目的物となるものだけを分離する、という意味です。本問では、その意味での分離の余地はありません。それから、本問の場合、仮に乙池の錦鯉が一匹でも死んでしまえば、それは直ちに一部不能です。このように、目的物を種類で指定し、その範囲が制限されていたとしても、その範囲内の全部が目的物となっているときは、特定物債権となるのです。

(『新版注釈民法 第10巻 債権(1) 債権の目的・効力: 399条~426条』(有斐閣 2003年)302、303頁より引用。太字強調は筆者。)

 いうまでもなく,制限された範囲にある種類の全体を給付の目的物とする債権は,制限種類債権ではなく,特定物債権である。制限種類債権も種類債権である以上,種類物中の一部分たる一定量が給付の目的物とされていなければならないからである。たとえば,あるタンクに収蔵しているガソリンの全部を給付の目的物とする債権は,制限種類債権ではなく,特定物債権である。給付の目的物が,その容器内にあるガソリンの全部という形ですでに特定しており,その中から一定量を取り出して給付の目的物として特定するという余地がないからである。あるタンク内にあるガソリンのうちの一定量部分を給付の目的物としているときにだけ,制限種類債権となる。

(引用終わり)

3.この点は、うっかりしやすいらしく、過去には、特定物債権であるにもかかわらず、出題趣旨が堂々と「制限種類債権」としたことがありました。

令和3年予備試験論文式試験民法問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.Aは,酒類及び食品類の卸売を主たる業務とする株式会社である。令和3年4月頃,Aは,冷蔵保存を要する高級ワインの取扱いを新しく開始することを計画し,海外から酒類を輸入販売することを主たる業務とする株式会社Bと協議を重ねた上で,同年6月1日,Bとの間で,以下の内容の売買契約を締結した(以下「本件ワイン売買契約」という。)。

 当事者 買主A,売主B
 目的物 冷蔵倉庫甲に保管中の乙農園の生産に係るワイン1万本(以下「本件ワイン」という。)
 代 金 5000万円
 引渡日 令和3年9月1日

 また,Aは,Bとの交渉の際に,本件ワインの引渡日までに高級ワインの保存に適した冷蔵倉庫を購入し又は賃借することを予定しており,本件ワインの販売が順調であれば,将来的には取り扱う高級ワインの種類や数量も増やしていく予定であることを伝えていた。なお,本件ワインと同種同等のワインは他に存在しない

(引用終わり)

 

(令和3年予備試験論文式試験出題の趣旨より引用。太字強調は筆者。)

 設問1は,制限種類債権の全部が履行不能になったと評価できる事例を題材として,その目的が相互に密接に関連付けられている2個の契約の一方の債務不履行を理由として他方を解除することができるかを問う問題である。どのような場合に履行不能と評価されるかという問題を通して,債権法の基本的な理解を問うとともに,複合的契約の債務不履行と解除という応用的な事例について,論理的な思考力及び事案に応じた当てはめを行うことを求めるものである。

(引用終わり)

 上記の事例は、直接には「倉庫甲のワイン全部」という指定ではないので、本問の場合とは少し違います。しかし、同種同等のものが他に存在しない以上、目的物となり得るのは倉庫甲にある1万本で全部なのであって、1本でも欠ければ調達の余地なく一部不能です。なので、これは特定物債権です。予備校等では、「出題趣旨に書いてあるから間違いないだろう。」ということで、「これは制限種類債権です。」と説明しているようです。しかし、出題趣旨にも誤った記述はある。鵜呑みにすることなく、内容の正確性を吟味する必要があるのです。

戻る