1.前回の記事(「令和5年司法試験の結果について(3)」)では、「論文の合格点」について説明しました。論文は、憲法、行政法、民法、商法、民訴法、刑法、刑訴法、選択科目の8科目、それぞれ100点満点の合計800点満点となっています。したがって、「論文の合格点」を8で割ると、1科目当たりの合格点の目安がわかります。以下は、そのようにして算出された1科目の平均点、合格点及び両者の差の推移です。
年 | 1科目の 平均点 |
1科目の 合格点 |
平均点と 合格点の差 |
令和元 | 47.0 | 48.6 | 1.6 |
令和2 | 47.7 | 47.6 | -0.1 |
令和3 | 45.8 | 45.1 | -0.7 |
令和4 | 46.3 | 45.1 | -1.2 |
令和5 | 47.3 | 46.2 | -1.1 |
上記の1科目当たりの点数は、全科目の合計点の数字を8で割っただけですから、各年における推移の傾向は、全科目の平均点、合格点の推移と同じです。ただ、このような1科目当たりの数字は、論文の採点基準との関係で意味を持ちます。論文式試験の採点においては、優秀、良好、一応の水準、不良の4つの区分が設けられ、その区分ごとに点数の範囲が定められています(「司法試験の方式・内容等について」)。以下は、100点満点の場合の各区分と、得点の範囲との対応を表にしたものです。
優秀 | 100点~75点 (抜群に優れた答案 95点以上) |
良好 | 74点~58点 |
一応の水準 | 57点~42点 |
不良 | 41点~0点 (特に不良 5点以下) |
上記の各区分の得点の範囲と、各年の平均点、合格点をみると、すべて一応の水準の幅の中に収まっていることがわかります。令和2年までは、概ね一応の水準の真ん中より少し下くらいが合格点という感じでしたが、直近では、もう少し下の水準となっています。
2.上記の区分別得点からわかるように、全科目で「一応の水準」に振られている配点をパーフェクトに取れば、57×8=456点を取ることができます。「令和5年司法試験論文式試験得点別人員調(合計得点)」によれば、今年の456点は、621位に相当する。超上位とはいえないまでも、それなりに安定した合格レベルです。仮に、「一応の水準」に振られている配点のうちのいくつかを落としてしまったとしても、不合格にまではならない。一般には、「良好」くらいが合格レベルとしてイメージされがちですが、実際には、一応の水準に振られている配点をしっかり取りにいけば、安定して合格レベルを超えるのです。「『一応の水準』を狙っているようでは、現場でミスをしたときに不合格になりかねない。『優秀』・『良好』レベルを狙うべきだ。」というようなことが言われたりしますが、それは適切とはいえません。「優秀」・「良好」レベルを狙うあまり、時間内にまとめることができなくなって、結局、途中答案になってしまったり、規範の明示や事実の摘示という「一応の水準」に必要な記載(※)を省略し、不合格になる。むしろ、怖いのはこちらの方です。知識・理解は合格レベルを超えているのに、筆力が不足しているというタイプの「受かりにくい人」に、よくある例です。自覚のある人は、意識して書き方を変える必要があるでしょう。
※ これまでの傾向では、基本論点をしっかり拾い、正確に規範を明示し、的確に事実を摘示すれば、実際には良好レベルの点数になってしまっています。