【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。今年の憲法についていえば、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準(「効果的で過度でない」基準を含む。)」という書き方で証言強制の違憲性のみを検討し、民訴法197条1項3号による証言拒絶に関する最低限の判断枠組みすら示さない答案、Xの属性に着目した報道性・公共性の当てはめをしない答案が相当数生じそうなことから、参考答案(その1)でも、優に合格答案となるのではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(憲法)」に準拠した部分です。
【参考答案(その1)】 第1.「職業の秘密」(民訴法197条1項3号)該当性 1.Xの主張 Xの活動は報道であり、インタビューに応じた者の名前は報道機関における取材源と同様に、「職業の秘密」に当たる。 2.私見 (1)事実の報道は21条1項で保障され、報道のための取材の自由も、同条の精神に照らし、十分尊重に値する(博多駅事件判例参照)。 (2)Xの活動は報道でなく、報道の自由の保障及び取材の自由としての尊重を受けないから、「職業の秘密」に当たらないとの反論が想定される。 (3)以上から、インタビューに応じた者の名前は報道の取材源として「職業の秘密」に当たる。 第2.比較考量 1.Xの主張 (1)「職業の秘密」に当たる以上、当然に証言拒絶が認められる。 (2)仮に比較考量をしても、取材源秘匿の要請が上回るから証言拒絶が認められる。 2.私見 (1)「職業の秘密」に当たる場合であっても、比較考量によって証言拒絶の可否を判断すべきとの反論が想定される。 (2)以下の理由から、証言の必要性が取材源秘匿の要請を上回るとの反論が想定される。
ア.甲は、輸入元は企業秘密に当たるので回答できないとして、Xの取材を拒否した。甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元は守秘義務の対象に含まれること、退職後においても、開示、漏えいしないことが明記され、守秘義務に反した場合は損害賠償することとされている。乙は、Xに甲はC国から原材料を輸入していると語った。甲は、Xの証人尋問を求め、裁判所はこれを認めた。
イ.乙は当初、「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていたのに、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。 (3)しかし、私は、以下の理由から、取材源秘匿の要請が証言の必要性を上回ると考える。 ア.本件は乙に対する損害賠償請求訴訟であり、証言の必要性は高くない。
イ.Xは、森林破壊に関する取材の過程で、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているのではないかと考えた。乙は、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件にインタビューを受け、動画には、乙が特定されない加工が施されていた。Xは真に報道目的で、乙の人格の尊厳を著しくじゅうりんするなど社会観念上是認できない手段(西山記者事件判例参照)を用いていない。Xの動画は反響を呼び、その後、マスコミ各社が後追い報道を行ったこともあって、濫開発による森林破壊に加担しているとして甲の製品の不買運動が起こるなどの影響をもたらした。 (4)よって、証言拒絶が認められる。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.「職業の秘密」(民訴法197条1項3号)該当性 1.Xの主張 Xの活動には公共性があり、インタビューに応じた者の名前は報道機関における取材源と同様に、「職業の秘密」に当たる。 2.私見 (1)「職業の秘密」(民訴法197条1項3号)とは、公開されると職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう(NHK記者事件判例参照)。報道関係者の取材源がみだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるから、取材源は「職業の秘密」に当たる(同判例参照)。 (2)Xは記者クラブ入会すら認められない自称フリージャーナリストにすぎず、報道機関でないから、NHK記者事件判例の趣旨は及ばないとの反論が想定される。 ア.確かに、報道機関ないし記者クラブ所属記者の公共性に着目した区別に合理性が認められることがある(レペタ事件判例参照)。もっとも、事実の報道は、純粋な思想等の表明ではないが、国政に関与するにつき重要な判断資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するから、21条1項で保障される(博多駅事件判例参照)。報道機関の報道が正しい内容を持つためには、報道のための取材の自由も、同条の精神に照らし、十分尊重に値する(同判例参照)。NHK記者事件判例は、博多駅事件判例を踏まえたものである。同判例は国民の知る権利に奉仕する点に着目しており、この点は、報道機関とフリージャーナリストで異ならない。
イ.確かに、Xの発表の場は主にインターネットで、動画サイトに投稿するのは自らの関心に応じた内容である。関心を集めているのは若い世代中心である。閲覧数に応じて支払われる広告料で収入をえており、興味本位の投稿によって閲覧数を稼ごうとするおそれがある。公共的事項を幅広く取り扱い、インターネットを利用しない高齢者にも紙媒体の個別宅配やテレビ放送を行う典型的な報道機関とは公共性の点で異なる。現に、Xが認識されつつあるのは、主観的推奨等に基づく影響力のある個人を意味するインフルエンサーとしてであり、公共性のあるメディアとして認識されているわけではない。公表した著作は1冊だけである。 (3)よって、インタビューに応じた者の名前は取材源秘匿の対象として「職業の秘密」に当たる。 第2.要保護性 1.Xの主張 ①乙は、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件にインタビューを受け、動画には、乙が特定されない加工が施されていたこと、②動画は、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているという内容であることから、証言拒絶を肯定するに足りる要保護性がある。 2.私見 (1)「職業の秘密」について証言拒絶が認められるためには、秘密の公表による不利益と証言拒絶によって犠牲になる真実発見・裁判の公正とを比較考量して、保護に値する秘密といえることを要する(NHK記者事件判例参照)。報道のための取材の自由は21条の精神に照らし、十分尊重に値する(博多駅事件判例参照)ものであり、取材源の秘密は取材の自由を確保するために必要なものとして重要な社会的価値を有するから、公共の利益に関する報道であって、取材の手段、方法が一般の刑罰法令に触れたり、取材源となった者が開示を承諾したなどの事情や、取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお証言を得ることが必要不可欠であるといった事情がない場合には、取材源は保護に値する秘密といえる(NHK記者事件判例参照)。 (2)甲は私企業で、違法行為をしたわけでもない以上、Xの主張②の内容は公共の利益に関するとはいえないとの反論が想定される。
(3)Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせて、甲がC国から原材料を輸入しているという守秘義務違反となる内容を乙に語らせたから、取材の手段、方法が一般の刑罰法令に触れるとの反論が想定される。
(4)甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元は守秘義務の対象に含まれること、退職後においても、開示、漏えいしないことが明記され、守秘義務に反した場合は損害賠償することとされており、証言拒絶が認められてしまえば守秘義務の実効性が失われるから、取材源の秘密の社会的価値を考慮してもなお証言を得ることが必要不可欠であるとの反論が想定される。 (5)よって、保護に値する秘密であり、証言拒絶が認められる。 以上 |