1.最後に、得点のバラ付きについて考えます。論文式試験の得点は、各科目について得点調整(採点格差調整)がされるため、各科目の得点の標準偏差は毎年常に同じ数字です(法務省の資料で「配点率」と表記されているものに相当します。)。しかし、各科目の得点を足し合わせた合計点の標準偏差は、年によって変動し得る。そのことは、以下の表をみればわかります。憲民刑の3科目、100点満点で、ABCの3人の受験生が受験したと想定した場合の得点の例です。
X年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 10 | 50 | 150 |
受験生B | 50 | 90 | 10 | 150 |
受験生C | 10 | 50 | 90 | 150 |
Y年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 90 | 90 | 270 |
受験生B | 50 | 50 | 50 | 150 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
X年もY年も、各科目における得点のバラ付きは、90点、50点、10点で同じです。しかし、合計点のバラ付きは、Y年の方が大きいことがわかります。このように、各科目の得点のバラ付きが一定でも、ある科目で良い得点を取る受験生は他の科目も良い得点を取り、ある科目で悪い得点を取る受験生は他の科目も悪い得点を取るというように、科目間の得点についての相関性が高まると、合計点のバラ付きが大きくなるのです。
実際の数字を見てみましょう。以下は、法務省の公表している得点別人員調を基礎にして算出した予備試験の論文式試験における合計点の標準偏差の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。
年 | 標準偏差 |
23 | 39.4 |
24 | 37.3 |
25 | 41.3 |
26 | 39.4 |
27 | 39.6 |
28 | 44.2 |
29 | 52.5 |
30 | 44.4 |
令和元 | 44.2 |
令和2 | 44.0 |
令和3 | 46.0 |
令和4 | 48.1 |
令和5 | 49.2 |
平成28年以降、標準偏差が高めの数字で推移するようになっていることがわかります(ちなみに、当サイトが規範と事実に特化した参考答案を掲載するようになったのが、平成27年です。)。すなわち、科目間の得点の相関性が高まり、そのことによって、論文の合計点のバラ付きが大きくなってきているのです。
では、合計点のバラ付きが大きくなると、どのような現象が生じるのでしょうか。下記の表をみて下さい。これは、X年とY年という異なる年に、100点満点の試験を10人の受験生について行ったという想定における得点の例です。
X年 | Y年 | |
受験生1 | 60 | 80 |
受験生2 | 55 | 70 |
受験生3 | 50 | 60 |
受験生4 | 45 | 50 |
受験生5 | 40 | 40 |
受験生6 | 35 | 30 |
受験生7 | 30 | 15 |
受験生8 | 20 | 10 |
受験生9 | 15 | 5 |
受験生10 | 10 | 0 |
平均点 | 36 | 36 |
標準偏差 | 16.24 | 27.00 |
X年とY年は、平均点は同じですが、得点のバラ付きを示す標準偏差が異なります。上記において、10人中の上位2名を合格とすると、合格率は同じ2割です。しかし、合格点をみると、X年は55点が合格点であるのに対し、Y年は70点が合格点となります。このように、得点のバラ付きが大きくなると、同じ平均点・合格率でも、合格点が上昇するのです。現在の論文式試験は、「400人基準」や「450人基準」のように、人数を基準にして合格点が決まっているとみえます(「令和5年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。また、前回の記事(「令和5年予備試験論文式試験の結果について(2)」)でみたとおり、近時は概ね2割弱の合格率で推移しています。ですから、上記のことは、現在の論文式試験によく当てはまるのです。
2.このことを受験テクニック的に考えると、次のようなことがいえます。すなわち、現在の司法試験・予備試験は、共通して、基本論点の規範と事実に極端な配点があり、基本論点について、規範を明示して、事実を摘示しつつ当てはめるスタイルで答案を書く人は、どの科目も上位になりやすい傾向にあります。このことが、科目間の相関性の高まりとして表れている。また、合計点のバラ付きの拡大による合格点の上昇は、ある特定の科目でたまたま良い得点が取れたというだけでは、合格するのが難しくなること、逆にいえば、安定して全科目で得点できる必要があることを意味します。その結果、上記のスタイルで書けない人は、ますます合格しにくくなり、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立しやすくなるというわけです。このような傾向を踏まえた対策は、前回の記事(「令和5年予備試験論文式試験の結果について(2)」)で説明したとおり、 「優秀・良好を狙う勉強をすること」ではなく、「規範の明示と事実の摘示というスタイルで書くクセを身に付けること、そのスタイルで書き切れるだけの筆力を身に付けること」です。そのための最もわかりやすい勉強法は、記憶作業は規範部分にとどめ(※)、過去問等を素材にして答案を書きまくるということです。
※ 規範インプット用の教材としては、当サイト作成の定義趣旨論証集があります(ただし、現時点では一部科目のみ)。