1.今年の予備行政法設問1(1)では、処分の相手方以外の第三者の原告適格が問われました。誰もが、小田急高架訴訟判例の規範を示して解答したことでしょう。しかし、その意味を正確に理解して当てはめをしている人は、意外と少なかったりします。
(小田急高架訴訟判例より引用。太字強調は筆者。) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。 (引用終わり) |
上記判示中から読み取れる要素は、「具体的利益」であること(具体性)、それから、「個別的利益」であること(個別性)です。
2.まず、具体的利益というときの具体性とは、当該利益が処分要件となっていること、すなわち、「当該利益を侵害するときは、処分をしてはならない。」という趣旨が読み取れることを指します(※1)。すなわち、裁判規範として機能し得るという意味で、憲法における「具体的権利」、「抽象的権利」や、刑法における「具体的危険犯」、「抽象的危険犯」と同様の用例です。「具体的」・「抽象的」という語は、特定人を対象とするか、不特定人を対象とするかという意味で用いられることもあります。「法律は抽象的法規範であるが、処分は具体的法規範である。」というときの「具体的」・「抽象的」は、その用例です。しかし、「不特定多数者の具体的利益」という表現から明らかなとおり、ここではそのような意味ではありません。
※1 『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「処分の相手方以外の者の法律上保護された利益の判断基準」、「具体的利益を要する理由」、「具体的利益の判断基準」の各項目も参照。
(参照条文)行政事件訴訟法9条2項 (主婦連ジュース事件判例より引用。太字強調は筆者。) 法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。 (引用終わり) (衆院法務委員会平16・5・11より引用。太字強調は筆者。) 塩野宏(東京大学名誉教授)参考人 第三者の原告適格の問題となるような処分というのは、つまり、当該第三者との利益調整が法の趣旨、目的の中に含められている。つまり、第三者への考慮というものが処分要件とされている場合であります (引用終わり) |
やや荒っぽい比喩をすると、例えば、殺人罪(刑法199条)は、「人を殺すな。」という不作為義務規範(※2)に違反した場合に課される刑事罰です。同条の規律から、「人の生命という法益を侵害するときは、その行為をしてはならない。」という趣旨が読み取れるから、刑法199条は人の生命を具体的利益として保護している。逆にいえば、人の生命を具体的利益として保護したいからこそ、それを侵害する行為を禁止したのだ、といえる。これと同じような思考方法です。この点を理解すると、具体性のことを講学上、「保護範囲要件」と呼ぶことがあることも、理解しやすいでしょう。
※2 「人を殺すな。」という規範自体は成分法に規定がありません。このような不文の自然法的法規範ないし自然法義務に違反した場合に課される罪を、自然犯といいます。
このことは、文言上明示された場合にとどまらず、解釈によって導かれる場合を含みます。
(最判昭60・12・17より引用。太字強調は筆者。) 処分の法的効果として自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限つて、行政処分の取消訴訟の原告適格を有するものというべきであるが、処分の法律上の影響を受ける権利利益は、処分がその本来的効果として制限を加える権利利益に限られるものではなく、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益もこれに当たり、右の制約に違反して処分が行われ行政法規による権利利益の保護を無視されたとする者も、当該処分の取消しを訴求することができると解すべきである。そして、右にいう行政法規による行政権の行使の制約とは、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものである。 (引用終わり) |
このことを理解すると、納骨堂事件判例における宇賀克也意見が「国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在している」という解釈を敢えて示した意味がよく分かるでしょう。
(納骨堂事件判例のおける宇賀克也意見より引用。太字強調及び※注は筆者。) 墓地経営等の許可について、法は要件を一切定めていないが、法の合理的解釈により、法1条の目的に合致しない申請、すなわち、国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在していると解するべきである(このような考え方につき、最高裁昭和57年(行ツ)第149号同60年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事146号323頁(※注:上記に引用した最判昭60・12・17を指す。)参照)。 (引用終わり) |
3.他方、個別性は、「不特定多数人の具体的利益だけを根拠に原告適格を認めてしまうと、客観訴訟みたいになってマズい。」ということ、言い換えれば、抗告訴訟が主観訴訟であることから導かれる要素です(『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「個別的利益を要する理由」、「個別的利益の判断基準」の各項目も参照)。講学上は、「個別保護要件」と呼ばれたりします。
(参照条文)行政事件訴訟法9条2項 (主婦連ジュース事件判例より引用。太字強調は筆者。) 現行法制のもとにおける行政上の不服申立制度は、原則として、国民の権利・利益の救済を図ることを主眼としたものであり、行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立に基づく国民の権利・利益の救済を通じて達成される間接的な効果にすぎないものと解すべく、したがつて、行政庁の処分に対し不服申立をすることができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきであり、そして、景表法の右規定が自己の法律上の利益にかかわりなく不服甲立をすることができる旨を特に定めたもの、すなわち、いわゆる民衆争訟を認めたものと解しがたいことは、規定の体裁に照らし、明らかなところであるからである。 (引用終わり) (行政訴訟検討会(第26回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 小早川光郎委員 例えばジュース訴訟みたいなものは、景表法は当然、消費者の利益は考慮して立法されているし、それを適切に運用するということは消費者の利益を保護するということになると思うのです。ということは、その公取の処分は消費者の利益を考慮しつつ行われたことになるし、そうあるべきものだということになると思うのです。もしそうだとすると、それでは消費者全部に原告適格が認められるということになるのか。もしそうではないとするとどうなるのか。最高裁はそこではたと思いついて、当該法律が個別に保護しているかどうかという、その法律の趣旨を見ろという、最後の決め手を発見したというのか、私に言わせれば捏造したわけなんですが、そうせざるを得なかったのではないかということなんです。 (引用終わり) (橋本博之先生*連載 行政法を学ぶ「第4回 原告適格の基礎(その1)より引用。太字強調は筆者) 最高裁としては、Bにより取消訴訟の原告適格を基礎付けられるとするなら、事実上誰でも(この場合、ジュースを購入する可能性がある以上誰でも)取消訴訟を提起できることになり、(立法ではなく)解釈で客観訴訟を認めることになってしまう、と懸念したのかもしれません。 (引用終わり) |
4.本問では、具体性と個別性のどちらの問題なのか。一廃業(小浜市)事件判例の判示だけを形式的にみると、「個別性なのかな。」と思ってしまいがちです。
(一廃業(小浜市)事件判例より引用。太字強調は筆者。) 以上のような一般廃棄物処理業に関する需給状況の調整に係る規制の仕組み及び内容,その規制に係る廃棄物処理法の趣旨及び目的,一般廃棄物処理の事業の性質,その事業に係る許可の性質及び内容等を総合考慮すると,廃棄物処理法は,市町村長から一定の区域につき一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けて市町村に代わってこれを行う許可業者について,当該区域における需給の均衡が損なわれ,その事業の適正な運営が害されることにより前記のような事態が発生することを防止するため,上記の規制を設けているものというべきであり,同法は,他の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請に対して市町村長が上記のように既存の許可業者の事業への影響を考慮してその許否を判断することを通じて,当該区域の衛生や環境を保持する上でその基礎となるものとして,その事業に係る営業上の利益を個々の既存の許可業者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって,市町村長から一定の区域につき既に廃棄物処理法7条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者は,当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可処分又は許可更新処分について,その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。 (引用終わり) |
判例は、具体性・個別性を区別せずにゴッチャにして検討し、最後に結論だけ示すスタイルなので、こうなるのです。とりわけ、上記判例は、原告適格が肯定される論理を敢えて曖昧にしているところがあり、それもあって、ちょっと何を言っているのかわからない感じになっています(この判例は何度読んでも頭に入ってこない、という人は、正常な頭脳の持ち主です。)。
とはいえ、判例が曖昧にする論理を答えさせるのが論文式試験なので、答案もゴッチャでいいということにはならない。なので、きちんと論理を示す必要があります。本問で問題になるのは既存許可業者の利益(※3)で、既存許可業者は特定少数者ですから、全員に原告適格を認めても、「客観訴訟みたいになってマズい。」ということにはならない(※4)。なので、個別性はほとんど問題になりません。問題は、「既存許可業者の利益を侵害するときは許可をしてはならない。」という趣旨をどうやって読み取るかです(※5)。答案にその趣旨が表れているかどうかは、評価の対象となるでしょう。専ら「当該利益は個々人に帰属するか」のような観点で延々と論述するような答案は、評価を下げると思います。
※3 その内実については、別記事で説明する予定です。
※4 既に許可を受けた者であるか否かで容易に区別できますし、既に許可を受けた者が自らの主観的利益を侵害されたと捉えることも容易ですから、主観訴訟の実質を有することは明らかです。
※5 この部分は概説書等でも曖昧にされがちですが、一廃業(小浜市)事件判例を保護範囲要件(=具体性)に関するものと明確に位置付ける文献として、越智敏裕『環境訴訟法[第2版]』(日本評論社 2020年)31頁があります。