令和5年予備試験論文式民法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和5年の民法についていえば、設問1及び設問2(2)の法律構成の選択が難しかったということもあり、既に判明している成績通知の内容をみても、参考答案(その1)でも、優に合格答案となるのではないかと思います。なお、既に公表されている出題趣旨が、設問2を「処分授権」とする点については、後日、記事で説明する予定です。

3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集物権【第2版補訂版】」、「司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論」に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.Bは、本件請負契約に基づく請負報酬債権(632条)の履行請求として、Aに250万円の支払を請求できるか。

2.契約締結に先立つ本件損傷により、Bの仕事債務全部が原始的不能であったが、直ちに無効とはならない(412条の2第2項)。他に特段の無効事由はうかがわれないから、本件請負契約は有効に成立する。

3.Aは、解除(542条1項1号)・危険負担(536条1項)で拒めるか。
 Aが個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したため、本件損傷が生じた。Aは、本件請負契約の交渉過程において、甲の状態を確認しておらず、Bから数回にわたって「甲の状態や保管方法に問題はないか。」と問い合わせられても「問題ない。」と答えるのみで放置していた。本件請負契約を締結するに当たり、Bから、「甲の状態を最後に確認してから半年ほど経つが、その後どのように保管しているのか。現在も修復可能なのか。」と尋ねられ、Aは、「きちんと保管しているから大丈夫だ。」と回答した。Aは、Bから、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませんよ。」と念を押されていた。Aは東京在住で、Bは京都に店舗を有する。
 以上から、Aに帰責事由(543条、536条2項)がある。
 したがって、Aは拒めない。

4.Bは、「自己の債務を免れたことによって利益を得たときは」、Aに償還を要する(同項後段)。しかし、Bは既に甲修復に要する材料費等の費用一切として40万円を支払ったから、新たに支出を免れる費用はない。したがって、Bは何ら償還義務を負わない。

5.よって、請求は250万円全額について認められる。

第2.設問2

 Dの請求が認められるには、Dが乙の所有権を取得する必要がある。
 CがBに契約条項(3)の返還請求をしたから、その後のBD売買契約時のBは無権利者である。
 したがって、Dは乙の所有権を取得できないのが原則である。

1.小問(1)

(1)Dは、Bを所有者と信じて売買契約を締結した。即時取得(192条)するか。Bは、乙をDの自宅に後日配送するものとし、Dに、「乙は、以後DのためにBが保管する。」と告げたから、「代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したとき」に当たり、占有改定による引渡し(183条)がある。
 しかし、「占有を始めた」(192条)というためには、外観上の占有状態に変更が生じることを要するから、占有改定はこれに当たらない(判例)
 したがって、「占有を始めた」といえず、即時取得しない。

(2)よって、Dの請求は認められない。

2.小問(2)

(1)条項(2)から、BD売買契約締結と同時にBが乙の所有権を取得するとDが信じたといえるが、上記1(1)と同じ理由で即時取得は成立しない。

(2)条項(2)は、Bが乙を顧客に販売したときは、CがBに乙を代金180万円で販売する旨の契約が当然に成立するとするにすぎず、B・顧客間の売買契約の効果が直接Cに帰属する(99条1項)のではない。したがって、Cは「代理権を与えた者」でないから、表見代理(112条)も成立しない。

(3)よって、Dの請求は認められない。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.本件請負契約に基づく報酬債権(632条)の履行請求として250万円の支払を請求できるか。

(1)契約締結に先立つ本件損傷により、Bの仕事債務全部が原始的不能であった。もっとも、412条の2第2項は、契約の代表的な効果である損害賠償請求権を認め、原始的不能であっても直ちに無効とはならないとする。他に特段の無効事由はうかがわれないから、本件請負契約は有効に成立する。

(2)報酬債権は請負契約成立を原因として発生するが、仕事の結果に対する対価である(632条)から、仕事完成が先履行(633条ただし書、624条1項、634条参照)である(判例)。もっとも、債権者(注文者)の帰責事由による仕事完成不能のときは、仕事全部完成が擬制され、報酬全額を請求できる(536条2項、634条1号反対解釈)。

ア.債権者の帰責事由は、全面的に債権者のリスクに属するかで判断する。帰責事由が認められると、債権者は一方的に反対給付を負担する結果となり、過失相殺のような調整の余地もないからである。

(ア)確かに、甲を管理占有することで支配領域におくAが、甲の保管に係るリスクを負う。Aは、個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したため、本件損傷が生じた。

(イ)しかし、一般に、請負契約においては、仕事完成可能かは仕事完成義務を自ら負う請負人が判断すべきである。しかも、Aは、書画骨董品収集を趣味とする個人にすぎないのに対し、Bは、掛け軸の修理を行う専門事業者である。修復可能性判断の責任・能力を有するBが、契約締結時の修復不能に係るリスクを負う。Bは、甲を最初に見た際に、「甲は保存状態が悪く」と発言しており、既に保存状態が悪いことに気づいていた。それから半年ほど経過すれば甲の状態がさらに悪くなることは十分考えられ、Bは甲の現在の状態に疑念を抱いていた以上、契約締結に当たり、甲の状態を自ら確認すべきであった。Aは東京在住で、Bは京都に店舗を有するから、Bが直接にAの自宅を訪れて精査することは必ずしも容易でないとしても、本件損傷は原型をとどめない腐敗であり、甲を撮影した画像データの送信を要求するという簡易な手段でも容易に判断できたのに、そのような手段すら怠った。

(ウ)以上から、全面的にAのリスクに属するとはいえない。

イ.したがって、報酬全額の請求はできない。

(3)原始的全部不能でAの受益部分はないから、割合的報酬(634条1号)の請求もできない。

(4)よって、報酬請求は一切できない。

2.契約締結前に甲の状態確認を怠った点について、債務不履行(415条1項)又は不法行為(709条)に基づく損害賠償として、40万円の支払を請求できるか。

(1)契約締結前に甲の状態を確認すれば本件損傷に気づくことができ、契約締結に至らなかったから、本件請負契約は確認懈怠の結果であって、契約締結前の確認を本件請負契約上の付随義務とみるのは背理である(出資勧誘事件判例参照)。
 したがって、債務不履行として請求できない。

(2)何ら契約関係にないのに、Aが自己の所有物である甲の状態について第三者との関係で当然に確認義務を負うことはなく、前記1(2)ア(イ)のとおり、契約締結時の修復不能に係るリスクはBが負い、Aに取引通念ないし信義則上の確認義務があったともいえない以上、過失がないから、不法行為も成立しない。
 したがって、不法行為としても請求できない。

3.契約締結後に甲の状態確認を怠った債務不履行に基づく損害賠償として、40万円の支払を請求できるか。

(1)Aは、本件請負契約(1)の預託義務に基づく善管注意義務(400条)の一内容として確認義務を負っていたのに、これを怠ったから債務不履行があり、確認困難な事情等の免責事由(415条1項ただし書)はない。

(2)Bの支払った40万円は本件請負契約の目的が実現されても当然にBが負担すべき材料費等で、賠償範囲に含まないともみえる。しかし、前記1のとおり、仕事債務は原始的不能で、Bは報酬請求を一切できず、もはや契約目的実現に向けた状況ではないから、契約がなかった状態に戻す趣旨での定型的な原状回復的損害として賠償範囲に含まれる(416条1項)。

(3)もっとも、Bは、前記1(2)ア(イ)のとおり、修復可能性判断の責任・能力を有する以上、リスクを分担すべきであり、自ら甲の状態を確認することなく漫然と40万円の支払をした点に過失があるから、5割の過失相殺(418条)が妥当である。

(4)以上から、20万円の限度で、債務不履行に基づく損害賠償請求権が成立する。

4.上記3に対し、AはBに対する填補賠償請求権(415条2項1号)をもって相殺(505条1項)できるか。

(1)前記1(2)ア(イ)のとおり、原始的不能な契約締結にはBの帰責事由が寄与したから、履行不能につき免責事由(415条1項ただし書)があるとはいえない。

(2)仕事の不能により仕事完成利益を得られないことは定型損害であるから、通常損害として賠償範囲に含む。

(3)過失相殺は、「額」だけでなく「責任」も対象とされるから、責任を否定して完全に免責することもできる
 前記1(2)ア(ア)のとおり、本件損傷の発生自体は全面的にAがリスクを負う。仮に、Bが契約締結時に確認して本件損傷を発見したとしても、甲が修復可能になったわけでない。Bは、契約締結に当たり、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませんよ。」と念を押しており、修復不能な場合にまで仕事完成利益を保証することはない旨の意思が明確であった。したがって、仕事完成利益との関係では、Bの責任を否定して完全に免責すべきである。
 なお、Aが修復のための材料費を負担した等の原状回復的損害との関係では、Bは完全に免責されるとはいえないが、そのような損害は見当たらない。

(4)以上から、AのBに対する填補賠償請求権は成立せず、相殺できない。

5.よって、不法行為又は債務不履行に基づいて、20万円の限度で認められる。

第2.設問2

1.Dの請求が認められるには、Dが乙の所有権を取得する必要がある。
 契約は、申込みに対する相手方の承諾により成立し(522条1項)、その効力は承諾の到達時に発生する(97条1項)。
 5月25日ころ、BがDに200万円で乙を販売してもよいという意向を示したことは、売買契約の申込みと評価する余地があるが、同契約が成立し、その効力を生じるのは、Dが承諾した翌月2日である。
 それに先立つ同月1日に、CがBに条項(3)の返還請求をしたから、その後のBD売買契約時に、Bは本件委託契約に基づく乙の売却権限を有しない。
 したがって、Dは、乙の所有権を取得できないのが原則である。

2.小問(1)

(1)Dは、Bを所有者と信じて売買契約を締結した。即時取得(192条)するか。Bは、乙をDの自宅に後日配送するものとし、Dに、「乙は、以後DのためにBが保管する。」と告げたから、「代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したとき」に当たり、占有改定による引渡し(183条)がある。
 しかし、「占有を始めた」(192条)というためには、外観上の占有状態に変更が生じることを要するから、占有改定はこれに当たらない(判例)。同判例は、現実の占有に変動がない以上は原権利者の返還請求を否定すべきでないという趣旨によると考えられるから、ネームプレート等で占有改定を表示し、分別管理したとしても、現実の占有に変動がない限り、外観上の占有状態に変更があったと評価できず、上記判例の趣旨は及ぶ。
 Bは、売却済みの表示を施した後、乙を梱包してBの店舗のバックヤードに移動したが、現実の占有がBにある点に変動はない。
 したがって、「占有を始めた」といえず、即時取得しない。

(2)よって、Dの請求は認められない。

3.小問(2)

(1)Dは、Bに乙の売却権限があると信じて売買契約を締結した。192条の「善意」には、所有権だけでなく、それ以外の処分権限を信じたことも含むが、前記2(1)のとおり、占有改定による引渡しを受けたにすぎないから、即時取得は成立しない。

(2)Dは、Bの権限喪失を知らずに取引した。112条1項は適用されるか。

ア.本件委託契約によれば、Bが乙を顧客に販売したときは、当然にBC間にも乙の売買契約が成立する(条項(2))。B・顧客間の売買契約の効果が直接Cに帰属する(99条1項)のではない。したがって、Cは「代理権を与えた者」でないから、直接適用されない。

イ.類推適用されるか。
 表見代理は、効果帰属先の誤信を保護する制度であり、物の処分権限の誤信を保護する制度でない。上記アのとおり、本件委託契約は他人効を一切生じさせない間接代理であって、本件委託契約の契約書を示されたDが、売買契約の効果帰属先をCと誤信する余地がない。この点で、権利移転について他人効を生じさせる処分授権とは異なる。上記契約書を示されたDに生じる誤信は、あくまでBの処分権限の有無についてである。動産に係る処分権限の誤信を保護する制度としては、上記(1)のとおり、即時取得の制度がある。重ねて表見代理規定を類推する基礎を欠く。
 以上から、類推適用もされない。

(3)よって、Dの請求は認められない。

以上

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