【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和5年の商法についていえば、問われている論点自体は難しくないものの、数が多いので、時間内にまとめるのは難しかったのではないかと思います。単純に論点を拾って規範を示し、事実を摘示するだけでも、かなり大変です。そう考えると、参考答案(その1)でも、優に合格答案となったのではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(会社法)」に準拠した部分です。
【参考答案(その1)】 第1.設問1 1.本件招集通知にF取締役選任議案要領の記載がないとの主張が考えられる。 (1)請求したのは4月10日で総会日(6月29日)の8週間より前である(305条本文)。甲社は取締役会設置会社で(2条7号、327条1項1号)、乙社は、令和4年6月頃から引き続き甲社の株式1000株を有し、保有要件(同条ただし書)を満たす。請求は適法である。 (2)これを無視した以上、招集手続の法令違反(831条1項1号)として本件決議の取消事由となる。 (3)Aは、乙社が甲社の経営に介入してくることを快く思っておらず、乙社の意見を全て無視してきたこと、Aは、乙社が甲社の経営に対する介入を強めることは甲社の利益にならないと考え、乙社の提案を無視することとし、これを他の取締役らに伝えることもしなかったことから、違反事実が重大でないとはいえず、裁量棄却(同条2項)の余地はない。 (4)よって、主張は正当である。 2.①代理人株主限定定款は310条1項に反し無効との主張、②Eは乙社の従業員であり定款に反しないとの主張が考えられる。 (1)議決権行使の代理人資格を定款で制限することは、その合理的理由があり、相当と認められる程度のものである場合には、310条1項に反しない(関口本店事件判例参照)。代理人株主限定定款は、株主以外の第三者による株主総会のかく乱を防止し、会社の利益を保護する趣旨のものであり、合理的な理由による相当程度の制限であるから、同項に反しないものとして有効である(同判例参照)。 (2)法人株主の従業員がその法人の代表者の意図に反する行動をすることができない場合には、総会かく乱のおそれはないから、特段の事情のない限り、その従業員による議決権の代理行使は、代理人株主限定定款に反しない(直江津海陸運送事件判例参照)。 (3)適法な議決権の代理行使(310条1項)を拒絶した以上、決議方法の法令違反(831条1項1号)として本件決議の取消事由となる。 (4)Aは上記(2)の事情を知りながら拒絶したから、違反事実が重大でないとはいえず、裁量棄却(同条2項)の余地はない。 (5)よって、②の主張は正当である。 第2.設問2 1.有利発行に特別決議(199条2項、201条1項、309条2項5号)がないとの主張が考えられる。 (1)「特に有利な金額」(199条3項)とは、公正な発行価額と比較して特に低い金額をいう(東急不動産事件参照)。 (2)公開会社では、募集事項は原則として取締役会が決定する(201条1項、199条2項)ため、既存株主の持株比率の保護は重視されていないこと、募集株式の取得者、会社債権者等の取引の安全を保護する必要があること、既存株主には差止めの機会が与えられている(210条)ことからすれば、株主総会特別決議を欠く有利発行は有効である。 (3)よって、主張は正当でない。 2.不公正発行(210条2号参照)との主張が考えられる。 (1)新株発行等が、特定の株主の持株比率を低下させて現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされた場合には、その新株発行等は不公正発行に当たる(忠実屋・いなげや事件参照)。 (2)前記1(2)と同じ理由で、不公正発行であっても有効である。 (3)よって、主張は正当でない。 3.通知公告(201条3項、4項)がないとの主張が考えられる。 (1)募集事項の通知・公告を欠くことは、株主の差止請求(210条)の機会を奪うものであるから、差止事由がない場合を除き、新株発行等の無効原因となる(丸友青果事件判例参照)。 (2)よって、主張は正当である。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.設問1 1.本件招集通知にF取締役選任議案要領の記載がないとの主張が考えられる。 (1)請求したのは4月10日で総会日(6月29日)の8週間より前である(305条本文)。甲社は取締役会設置会社である(2条7号、327条1項1号)が、乙社は、令和4年6月頃から引き続き甲社の株式1000株を有し、保有要件(同条ただし書)を満たす。請求は適法である。 (2)議案要領通知請求権が無視された場合には、株主が提出しようとする議案についての議題に係る会社提出議案を可決した決議について、決議方法の法令違反があるから、当該決議には取消事由(831条1項1号)がある。 (3)Aは、乙社が甲社の経営に介入してくることを快く思っておらず、乙社の意見を全て無視してきた。議案要領通知請求権の趣旨は、このような場合に少数株主が会社の費用負担の下で総会日前に自己の議案を他の株主に知らせる手段を少数株主権として保障する点にある。Aは、乙社が甲社の経営に対する介入を強めることは甲社の利益にならないと考え、乙社の提案を無視することとし、これを他の取締役らに伝えることもしなかった。違反事実は上記趣旨を没却するもので、重大でないとはいえないから、裁量棄却(同条2項)の余地はない。 (4)よって、主張は正当である。 2.①代理人株主限定定款は310条1項に反し無効との主張、②Eは乙社の従業員であり定款に反しないとの主張が考えられる。 (1)議決権行使の代理人資格を定款で制限することは、その合理的理由があり、相当と認められる程度のものである場合には、310条1項に反しない(関口本店事件判例参照)。代理人株主限定定款は、株主以外の第三者による株主総会のかく乱を防止し、会社の利益を保護する趣旨のものであり、合理的な理由による相当程度の制限であるから、同項に反しないものとして有効である(同判例参照)。 (2)法人株主の従業員がその法人の代表者の意図に反する行動をすることができない場合には、総会かく乱のおそれはないから、特段の事情のない限り、その従業員による議決権の代理行使は、代理人株主限定定款に反しない(直江津海陸運送事件判例参照)。 ア.Eは乙社の従業員である。 イ.特段の事情とは、総会かく乱のおそれを生じさせる例外的事情をいう。 ウ.したがって、定款に違反しない。 (3)適法な議決権代理行使を拒絶した以上、決議方法の法令違反(831条1項1号)として本件決議の取消事由となる。 (4)議決権は株主意思を会社運営に反映させる中核的共益権であり(105条1項3号)、拒絶は事務的なミス等でなく、乙社提案を無視し他の取締役らにも伝えなかったAが上記(2)の事情を知りながら敢えてした点で、乙社の株主意思を積極的に排除する特に悪質な違反と評価でき、重大でないとはいえないから、裁量棄却(同条2項)の余地はない。 (5)よって、②の主張は正当である。 第2.設問2 1.有利発行に特別決議(199条2項、201条1項、309条2項5号)がないとの主張が考えられる。 (1)「特に有利な金額」(199条3項)とは、公正な発行価額と比較して特に低い金額をいう(東急不動産事件参照)。 (2)公開会社では、募集事項は原則として取締役会が決定する(201条1項、199条2項)ため、既存株主の持株比率の保護は重視されていないこと、募集株式の取得者、会社債権者等の取引の安全を保護する必要があること、既存株主には差止めの機会が与えられている(210条)ことからすれば、株主総会特別決議を欠く有利発行は有効である。 (3)よって、主張はこれ自体としては正当でない。 2.不公正発行(210条2号参照)との主張が考えられる。 (1)新株発行等が、特定の株主の持株比率を低下させて現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされた場合には、その新株発行等は不公正発行に当たる(忠実屋・いなげや事件参照)。 (2)前記1(2)と同じ理由で、不公正発行であっても直ちに無効とならない。 (3)よって、主張はこれ自体としては正当でない。 3.通知公告(201条3項、4項)がないとの主張が考えられる。 (1)有利発行に通知公告は予定されない(同条1項)。しかし、その趣旨は特別決議を通じて株主開示がされる点にあるから、特別決議がないときは通知公告を要する。 (2)募集事項の通知・公告を欠くことは、株主の差止請求(210条)の機会を奪うものであるから、差止事由がない場合を除き、新株発行等の無効原因となる(丸友青果事件判例参照)。 (3)よって、主張は上記1又は2の主張と併せれば、正当である。 以上 |