令和5年予備試験論文式民訴法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和5年の民訴法についていえば、設問1は、このパターンの事例問題を一度も解いたことがないと、訴えの交換的変更=請求の追加+訴えの取下げ→再訴禁止効の流れを想起するのが難しく、これに気付かない人が相当数いたと思われること、設問2を緻密に書ける人はあまりいないと思われることから、参考答案(その1)でも、優に合格答案となったのではないかと思います。

 

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.Yの主張の根拠は、訴えの交換的変更の法的性質は請求追加と旧訴取下げであるから、終局判決後にされたときは再訴禁止効(262条2項)が生じ、訴訟は「同一の訴え」に当たる点にある。

2.刑事上罰すべき他人の行為により訴えの取下げがされたときは、338条1項5号の法意に照らし、取下げは無効となる(判例)。
 Yは詐欺したとまでいえず、Xの誤認によるから、刑事上罰すべき他人の行為によるとはいえない。
 したがって、取下げを無効として再訴禁止効を否定することはできない。

3.「同一の訴え」とは、当事者及び訴訟物だけでなく、訴えの利益・必要性も同一であることをいう(判例)。

(1)①②訴訟は当事者及び訴訟物が同一である。

(2)確かに、①訴訟提起時に、乙建物は3つの部分に分けられ、それぞれ、Aらに賃貸され、Aらはそれぞれが賃借していた建物部分を各自増改築し、増築した各部分は、それぞれ増改築される前から存在していた部分と一体として店舗兼居宅として利用され、増築した各部分は構造的にも機能的にも建物としての独立性を欠き、それぞれ不可分の状態にあった。
 しかし、①訴訟控訴審で、第一審敗訴のYから、乙建物はAらの増改築で形状が著しく変更され、乙建物はAらの所有に属した旨の主張がされた。Xは、同主張のとおりYは乙建物を所有せず、①訴訟維持不可能と誤認して、Y甲土地賃借権不存在確認訴訟に交換的変更をした。変更後の訴えにつき、賃借権不存在確認判決が確定した。しかし、その後、Yが増築部分を含めて乙建物は自らの所有であることを主張したので、Xは②訴訟を提起した。
 以上から、訴えの利益・必要性は同一でない。

(3)したがって、「同一の訴え」に当たらず、②訴訟に再訴禁止効は及ばない。

4.よって、主張は正当でない。

第2.設問2

1.「確定判決と同一の効力」(267条)には既判力を含むが、私法上の和解が意思表示の瑕疵によって効力を失ったときは、訴訟上の和解も効力を失う結果、既判力は生じない(制限的既判力説、いちごジャム事件判例参照)。
 和解交渉の際に、Yは、Xに現在居住している丙建物が取り壊されることになり、今後は自ら乙建物を店舗兼居宅として利用したいので和解に応じてほしいとの虚偽の説明をした。Xは、Yの説明を信じ、やむをえないと考えて、和解に応じることにした。しかし、丙建物が取り壊される予定はなく、Yが引き続き丙建物に居住し、乙建物はDが店舗兼居宅として利用していた。したがって、Xは、私法上の和解をYの詐欺を理由に取り消せる(民法96条1項)。
 Xが上記取消しをすれば、私法上の和解は当初から無効となる(同法121条)から、訴訟上の和解も当初から無効となる。したがって、既判力は生じず、訴訟終了効も当初から生じなかったものと扱われる。

2.よって、期日指定申立て(93条1項)をして①訴訟を続行する手段が考えられる。Xは、控訴審がそのまま継続していれば勝訴したと考え、Yに対して、乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを求めたいと考えており、上記手段はXの意思を実現できる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.Yの主張の根拠は、訴えの交換的変更の法的性質は請求追加と旧訴取下げであるから、終局判決後にされたときは再訴禁止効(262条2項)が生じ、訴訟は「同一の訴え」に当たる点にある。

2.訴えの交換的変更をするには、請求追加とともに旧訴の取下げ又は放棄を要する(判例)。取下げは期日に口頭でできる(261条3項ただし書)のに対し、放棄は調書記載を要する(267条)から、放棄調書の作成がないときは、取下げがあったと事実上推定される。
 ①訴訟につき放棄調書の作成はなく、推定を覆す事情もないから、①訴訟の取下げがあったと認められる。

3.訴えの取下げは純粋な訴訟行為であるから、意思表示に関する私法の適用はないが、刑事上罰すべき他人の行為により訴えの取下げがされたときは、338条1項5号の法意に照らし、取下げは無効となる(判例)。
 Yは詐欺したとまでいえず、Xの誤認によるから、刑事上罰すべき他人の行為によるとはいえない。
 したがって、取下げを無効として再訴禁止効を否定することはできない。

4.262条2項の趣旨は、終局判決を徒労にした制裁として、同一紛争をむし返すような不当を防止する点にあり、取下後に新たな訴えの利益・必要性が生じたときにまで一律に司法救済を閉ざすものではないから、「同一の訴え」かは、当事者及び訴訟物だけでなく、訴えの利益・必要性も同一かで判断する(判例)。

(1)①②訴訟の当事者はいずれもXYで、訴訟物はいずれも所有権に基づく返還請求権としての甲土地明渡請求権であり、同一である。

(2)確かに、①訴訟提起時に、既に、乙建物は3つの部分に分けられ、Aらに賃貸され、各自増改築されていた。増築した各部分は、それぞれ増改築される前から存在していた部分と一体として店舗兼居宅として利用され、増築した各部分は構造的にも機能的にも建物としての独立性を欠き、それぞれ不可分の状態にあったから、増改築部分は乙建物に付合する(242条)が、同条ただし書の適用の余地はなく、増築部分の所有権もYに帰属する(同条本文)。以上の点について取下げの後に現況変化があったわけでない。上記法律関係の判断には法的知識を要し、法的知識を有することのうかがわれないXがこれを誤認して取下げをしたというだけでは、新たな訴えの利益・必要性を基礎づけるには足りない。
 しかし、①訴訟において、Yは、第一審で乙建物がAらの所有である旨を主張せず、第一審敗訴後の控訴審で初めてこれを主張した。Xが①訴訟を取り下げたのは、この主張を受けたもので、Xが自分の都合で取り下げたのでない。Yは、変更後の訴えでも敗訴し、その後になって、上記主張をひるがえして、再び増築部分を含めて乙建物は自らの所有であると主張するに至った。①訴訟における主張と矛盾し、紛争をむし返すもので、訴訟上の信義則(2条)ないし禁反言に反する。Yがこのような不当な態度に出なければ、Xがわざわざ再訴をする必要はなかったのであり、取下げ後の上記Yの態度によって、新たな訴えの利益・必要性が生じたといえる。
 以上から、訴えの利益・必要性は同一でない。

(3)したがって、「同一の訴え」に当たらず、②訴訟に再訴禁止効は及ばない。

5.よって、主張は正当でない。

第2.設問2

1.和解の詐欺取消しを主張し、訴訟の終了を否定して期日指定申立て(93条1項)できるか。
 訴訟上の和解の法的性質は、私法上の和解を含む訴訟行為であり、私法上の和解を構成要素とするから、私法上の和解が無効となるときは、訴訟上の和解も無効となる(高裁判例)。私法上の和解は純然たる私法契約である(民法695条)から、民法の意思表示の規定が直接適用される。
 和解交渉の際に、Yは、Xに現在居住している丙建物が取り壊されることになり、今後は自ら乙建物を店舗兼居宅として利用したいので和解に応じてほしいとの虚偽の説明をした。Xは、Yの説明を信じ、やむをえないと考えて、和解に応じることにした。しかし、丙建物が取り壊される予定はなく、Yが引き続き丙建物に居住し、乙建物はDが店舗兼居宅として利用していた。したがって、Xは、私法上の和解をYの詐欺を理由に取り消せる(民法96条1項)。
 Xが上記取消しをすれば、私法上の和解は当初から無効となる(同法121条)から、訴訟上の和解も当初から無効となる。したがって、その訴訟終了効も当初から生じなかったものと扱われる。
 よって、期日指定申立てをして、①訴訟を続行する手段が考えられる。

2.再度Yに乙建物収去甲土地明渡訴訟(後訴)を提起し、和解の詐欺取消しを主張してYの賃借権を否定できるか。

(1)上記1の申立てで①訴訟が続行したときは、後訴は重複訴訟となり許されない(142条)。しかし、同申立てをしないときは、たとえ後訴において和解の取消しを主張したとしても、①訴訟は形式的には終了しているから、後訴が重複訴訟となることはない。

(2)後訴で、甲土地X所有Y占有の請求原因に対し、Yが和解を援用して占有権原(賃借権)の抗弁を提出したときに、Xが私法上の和解の詐欺取消しを再抗弁とすることは訴訟上の和解の既判力(消極的作用)によって遮断されるか。
 私法上の和解の確定効(民法696条)は当事者間に帰属する実体法上の効力にすぎず、これとは別に訴訟上の内容的拘束力として既判力が生じることには、攻撃防御方法の訴訟上の扱いや口頭弁論終結後の承継人への拡張(115条1項3号)等を明確にする意味があるから、「確定判決と同一の効力」(267条)には既判力を含むが、私法上の和解が意思表示の瑕疵によって効力を失ったときは、訴訟上の和解も効力を失う結果、既判力は生じない(制限的既判力説、いちごジャム事件判例参照)。
 上記1のとおり、私法上の和解は詐欺を理由に取り消せるから、Xがこれを取り消したときは、当初から既判力は生じなかったものと扱われる。そうすると、Xが私法上の和解の詐欺取消しを再抗弁とすることは、同時に訴訟上の和解としての既判力が生じない旨の主張も含むから、訴訟上の和解の既判力によって遮断されることはない。

(3)よって、後訴を提起し、和解の詐欺取消しを主張してYの賃借権を否定する手段が考えられる。

3.上記1の手段は、訴訟資料を当然に流用できる反面、詐欺取消しの成否について控訴審で初めて審理することになる。上記2の手段は、詐欺取消しの成否について三審制の保障を受ける反面、当然には訴訟資料を流用できない。Xは控訴審がそのまま継続すれば勝訴したと考えており、詐欺取消しの成否について三審制の保障を受けるべき特段の必要性はうかがわれないから、上記1の手段がよりXの意思に沿うと考えられる。
 なお、一般に、訴訟上の和解の効力を争う手段として、和解無効確認の訴えが認められる(判例)が、本件では上記1及び2の手段がより有効適切である以上、確認の利益を欠く。したがって、採ることが考えられる手段とはいえない。

以上

戻る