令和5年予備試験論文式刑訴法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和5年の刑訴法についていえば、設問1、設問2ともに単一論点を問うもので、理由付けにも相応の配点があると見込まれることから、若干心許ない印象は否定できません。もっとも、刑法に時間を取られて刑訴法を解答する時間がなくなってしまった人が一定数いたようであること、設問1の付加勾留について知っていた受験生は少数であったようであること、設問2で、勾留の理由・必要性と再勾留要件の相互の位置付け(参考答案(その2)第2の3参照)を意識しないまま両者を並列に書いた結果、大幅な余事記載・重複記載をしてしまった答案が一定数あったようであること、「こんなん再勾留認められるに決まってんじゃん。詳しく当てはめする必要ないね。」などと考えて事実の摘示が甘くなった答案が相当数あったようであることから、参考答案(その1)でも、ギリギリ合格答案にはなったのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集刑訴法」に準拠した部分です。 

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.逮捕・勾留の効力は、逮捕状・勾留状に記載された犯罪事実の範囲にのみ及ぶ(事件単位説)
 被疑者勾留をするためには、適法な逮捕が先行することを要する(207条1項本文、逮捕前置主義)

2.確かに、逮捕の被疑事実は本件住居侵入・強盗致傷の事実であるから、事件単位でみると本件暴行の事実について逮捕の前置がない。
 しかし、本件住居侵入・強盗致傷の事実については逮捕が前置され、甲は同事実で勾留されるから、本件暴行の事実を追加しても不当な身柄拘束とはいえず、逮捕前置主義に反しない。
 したがって、本件暴行の事実を追加できる。

3.よって、裁判官は甲を本件住居侵入・強盗致傷の事実及び本件暴行の事実で勾留できる。

第2.設問2

1.既に本件住居侵入・強盗致傷の事実で勾留され釈放された。同事実で再勾留できるか。
 新事情の出現による再捜査の必要があり、犯罪の重大性等から、被疑者の負担を考慮してもやむをえない場合において、身柄拘束の不当な蒸返しといえないときは、再勾留をすることが許される

2(1)確かに、前の勾留につき、Qは公判請求困難と考え、延長期間満了日に釈放した。

(2)ア.しかし、釈放後に、甲と相談し、乙実行・甲換金の役割分担をして犯行に及んだ旨の乙供述と、甲乙共謀を裏づける乙携帯メッセージ記録が新証拠として発見された。そのため、Pは、甲に対する嫌疑が高まったと考えた。新事情の出現による再捜査の必要がある。

イ.被疑事実は、V方に侵入しVの顔面を多数回殴打してその両手両足をひもでしばるなどの暴行を加え、高級腕時計を奪い、その際、Vに傷害を負わせた住居侵入・強盗致傷で重大で、強盗致傷の法定刑は長期が無期懲役(刑法240条前段)である。甲は一貫黙秘し、本件暴行事件送致後に所在不明となったこともあるから、逃亡のおそれ(60条1項3号)がある。前の勾留釈放からの期間は、再逮捕まで21日、再勾留請求まで23日である。被疑者の負担を考慮してもやむをえない。

ウ.前の勾留までの捜査で、Vの供述等から、実行犯は1人であることが想定され、Pは、事件発生直後、実行犯とは容ぼうが異なる甲が被害品の腕時計を中古品買取店に売却した事実を把握し、甲が同事件の実行犯と共犯関係にあるとの嫌疑を抱いた。甲の所在は判明したが、実行犯の氏名や住居等は判明しなかった。甲は、逮捕・勾留中、一貫黙秘した。Pは、その間、甲の所持する携帯や甲方から押収したパソコン等の解析、甲と交友関係にある者の取調べ、V方周辺防犯カメラに映っていた不審者に関する更なる聞込みなどの捜査をしたが、実行犯の氏名及び所在も前記腕時計が甲に渡った状況等も判明しなかった。前の勾留釈放から8日後の10月6日、乙は、別事件で逮捕され、その後の取調べや逮捕した際に押収した乙の携帯から上記アの新証拠が発見された。身柄拘束の不当な蒸返しといえない。

(3)よって、裁判官は甲を勾留できる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.本件暴行の事実は、逮捕の被疑事実である本件住居侵入・強盗致傷の事実に含まれていない。勾留段階において、逮捕に係る犯罪事実に含まれていない犯罪事実を追加すること(付加勾留)は、事件単位の原則及び逮捕前置主義に反するか。

2.令状主義に基づく司法的抑制の見地からは、逮捕・勾留の根拠となる事件を単位として司法審査を及ぼすべきであり、刑訴法も、逮捕後の犯罪事実の要旨の告知及び弁解録取(203条1項、204条1項、205条1項)、勾留質問(207条1項、61条)等、事件単位の手続を予定しているから、逮捕・勾留の効力は、逮捕状・勾留状に記載された犯罪事実の範囲にのみ及ぶ(事件単位説)
 逮捕前置主義とは、被疑者勾留をするためには、適法な逮捕が先行することを要するという原則をいう。その根拠は、207条1項本文が「前3条」としており、逮捕に引き続く被疑者勾留しか認めていないこと、逮捕及び勾留の各段階で司法審査を課すことが、司法的抑制の見地から好ましいこと、比較的短期間の逮捕を先行させることで、捜査の必要性と被疑者の人権保障との調和を図ることができることにある

3.付加勾留は、追加される犯罪事実について逮捕前置がない点で、上記事件単位の原則及び逮捕前置主義に反するから、許されない(裁判例)
 これに対し、被疑者はいずれにせよ逮捕に係る犯罪事実によって勾留される以上、付加勾留を許す方が付加事実についての逮捕に相当する身柄拘束期間を短縮でき、被疑者に有利であるとして、付加勾留を肯定する考え方もある。しかし、起訴後勾留に移行する場合には、そのような短縮は生じないし、かえって、付加事実についての司法審査を不明確なものとする点で、逮捕前置主義の趣旨に反する。手続の明確性の見地からも、付加勾留は許されないと考えるべきである
 したがって、勾留段階で本件暴行の事実を追加できない。

4.よって、裁判官は甲を本件住居侵入・強盗致傷の事実及び本件暴行の事実では勾留できない。

第2.設問2

1.本件住居侵入・強盗致傷の事実で既に勾留され釈放されたから、再勾留である。逮捕・勾留の一回性・再逮捕再勾留禁止の原則に反するか。

2.逮捕・勾留の一回性の原則とは、同一の犯罪事実について逮捕・勾留は1回しか許されないという原則をいう。その根拠は、訴訟行為の一回性の原則と、法が身柄拘束につき厳格な期間制限を課している(203条から208条の2まで)点にある
 上記原則から、同一の犯罪事実について異なった時点において複数の身柄拘束をすることはできないという再逮捕・再勾留禁止の原則が導かれる。

3.もっとも、逮捕・勾留後にいかなる事情変更が生じても一切再逮捕・再勾留が許されないとすることは、捜査の流動性を無視するものであり、合理的とはいえないし、199条3項、規則142条1項8号は再逮捕を予定している。また、207条1項によれば、再逮捕に引き続き再勾留も認められると考えられる。したがって、再逮捕・再勾留禁止の原則にも例外が認められる
 同原則の趣旨は、厳格な身柄拘束期間の潜脱を防止する点にあり、再捜査の必要性がこれを上回ると認められる場合に限り、再逮捕・再勾留を許容すべきである。したがって、新事情の出現による再捜査の必要があり、犯罪の重大性等から、被疑者の負担を考慮してもやむをえない場合において、身柄拘束の不当な蒸返しといえないときは、再逮捕・再勾留をすることが許される
 なお、上記各要件は、再勾留との関係では勾留の理由・必要性の要件を加重したものと位置づけられる。再逮捕の手続に固有の違法事由がうかがわれない本件では、勾留審査をする裁判官は、上記各要件を勾留の理由・必要性の要件に代わるものとして審査すれば足りる。

(1)釈放後に、甲と相談し、乙実行・甲換金の役割分担をして犯行に及んだ旨の乙供述と、甲乙共謀を裏づける乙携帯メッセージ記録が新証拠として発見された。両者は相互に補強し合い、十分に信用できる。新事情の出現による再捜査の必要がある。

(2)前の勾留は延長期間満了日までされた。本来同一事件について許容される最大限の身柄拘束が既にされたことを意味し、改めて身柄拘束をすることは甲の負担が特に大きいことから、やむをえないかは慎重に検討する。

ア.一般に、強盗致傷罪は法定刑の長期が無期懲役(刑法240条前段)の重大犯罪である。本件住居侵入・強盗致傷の具体的態様は、V方に侵入しVの顔面を多数回殴打してその両手両足をひもでしばるなどの暴行を加え、高級腕時計を奪い、その際、Vに傷害を負わせたという悪質なものである。

イ.一般に、被害発生と近接する時点において被害品を所持する者は、入手経路等につき合理的弁解のない限り、犯人と推認される(近接所持の法理)。
 甲が事件発生直後に被害品の腕時計を中古品買取店に売却した事実が把握され、甲は一貫黙秘し何ら合理的弁解をしない。もっとも、Vの供述等から、実行犯は1人と想定されたが、甲は実行犯とは容ぼうが異なるから実行犯ではない。そうすると、甲が本件住居侵入・強盗致傷に共同正犯又は盗品犯として加功したことは強く推認されるものの、腕時計が甲に渡った状況が判明しない段階では、そのいずれかを特定できない。Qが、本件住居侵入・強盗致傷の事実について公判請求困難と判断したのは、盗品犯にとどまる合理的疑いを払しょくできなかったためと考えられる。
 したがって、択一的認定の問題はあるにせよ、甲は、釈放時においても潜在的には盗品犯で最も軽い無償譲受け(刑法256条1項)の限度では訴追されうる地位にあった。

ウ.強盗致傷罪は短期が懲役6年(刑法240条前段)で減軽がない限り執行猶予の余地がなく(同法25条1項柱書)、甲は一貫黙秘し、本件暴行事件送致後に所在不明となったこともあるから、逃亡すると疑うに足りる相当な理由(60条1項3号)がある。

エ.前の勾留釈放からの期間は、再逮捕まで21日、再勾留請求まで23日にとどまり、長期とはいえない。

オ.以上から、満期勾留後の再勾留であることを考慮してもやむをえないといえる。

(3)前の勾留の延長期間満了日まで捜査の機会があったのに、公判請求困難として釈放された以上、身柄拘束の不当な蒸返しでないかは慎重に検討する。

ア.上記(1)の新証拠発見は、釈放からわずか8日後に乙が別事件で逮捕されたという偶然を端緒とする。

イ.甲は、前の逮捕・勾留中、一貫黙秘した。Pは、その間、甲の所持する携帯や甲方から押収したパソコン等の解析、甲と交友関係にある者の取調べ、V方周辺防犯カメラに映っていた不審者に関する更なる聞込みなど、通常考えられる捜査をすべて尽くしたが、実行犯の氏名及び所在も腕時計が甲に渡った状況等も判明しなかった。釈放前の捜査に不備は認められない。

ウ.上記(2)イのとおり、Qが公判請求困難と判断したのは、盗品犯にとどまる合理的疑いを払しょくできなかったためと考えられるところ、上記(1)の新証拠は上記疑いを払しょくするに十分である。証拠不十分なまま再度の身柄拘束を利用して取調べを行い、自白を採取しようとする等の目的でないことは明らかである。

エ.以上から、延長期間満了まで捜査の機会があったことを考慮しても、身柄拘束の不当な蒸返しとはいえない。

(4)よって、裁判官は甲を勾留できる。

以上

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