1.予備の民事実務基礎は、「実務」の名称が付いているものの、実務の運用を問うのではなく、主に要件事実『論』と事実認定『論』が問われます。いずれも、「理論でどうなるか。」を解答するのであって、「実務がそうなっている。」かは関係がない。
例えば、令和5年でいえば、設問1(3)で20万円の弁済があった旨を記載してはいけませんし、同(4)では、期限の利益喪失事由(期限までの弁済がないことを除く)は再抗弁を構成する(※1)ので請求原因として記載すべきでないと解答すべきです。しかし、実務の訴状では、一部請求をするに至った事情や、当然予想される抗弁に対する再抗弁は、普通に記載します。
※1 期限の抗弁→期限の利益喪失特約+弁済期経過の再抗弁→弁済期前弁済の再々抗弁という構造になるとするのが司法研修所の見解です。
2.また、毎年問われている準備書面問題(令和5年は設問4(2))では、認定できない事実を基礎にして解答してはいけません。しかし、実務では、依頼者との関係もあるので、裁判所が認定してくれそうにない事実も書き連ねるのがむしろ普通ですし、間接事実なのか背景事情なのか事実の評価なのか主義主張の表明なのかもわからないような内容をぶっ込んでくる書面も、普通とまではいえないにしても、それなりにあるものです(※2)。極論すれば、当事者は言いたいことを言っておけばよく、後は裁判所がどう判断するかだから関係ない、という感じ。望ましいかどうかは別にして、「実務はそうなっている。」のです。
※2 理論的には単なる余事記載ではあるものの、効果的に用いることで裁判官の印象に影響を与え得る(一種のサブリミナル効果)という説明がされることもあるようです。もっとも、通常はマイナスの心証を与えるリスクの方が大きいようにも思います。
3.要件事実『論』や事実認定『論』は、主として裁判所のための事案整理ツールとして発達したものです(※3)。それなのに、実務基礎科目の設問では、弁護士側の立場で解答するかのような舞台設定でこれを問おうとしている。それが、上記のような齟齬を生じさせているのです。
※3 要件事実論は裁判所が証拠調べを必要最小限に絞り込むための思考方法を体系化したもので、例えば、一部請求に至った事情は、要件事実論を適用することで、被告側が非請求部分を超える額について抗弁を提出しない限り、証拠調べをする必要がないと判断できます。事実認定論は、当事者の主張・立証を前提に、裁判所ができる限り公正妥当な事実認定をするための思考方法ないし経験則を体系化したものです。そこでは、当事者が一方的に自己に有利な主張をすることは別に禁じられておらず、むしろ、各当事者がそのような自分勝手な主張をしてきたとしても、裁判所がそれらに惑わされないようにするための理論であるともいえます。
4.予備試験の実務基礎科目については、SNS等で、「実務家の解説」と称して弁護士が解説したりすることがありますが、実務に慣れすぎると、かえって理論でどうなるかが曖昧になりがちです。理論的には記載してはいけないのに、「実務では普通に書きますよねぇ。」などと解説されるおそれがある。そうしたことには、注意が必要です。