1.予備の民事実務基礎で大体最後の設問として出題される準備書面問題。例年、民事の事実認定論特有の用語の意味を理解していないとみられる答案が散見されます。ここでは、「作成者」と「成立の真正」について説明しましょう。
2.民事の事実認定論の世界では、文書の「作成者」とは、挙証者によって当該文書の意思の主体として主張された者をいい、「成立の真正」とは、文書がその「作成者」によって作成された、すなわち、その「作成者」の意思に基づくことをいいます。「作成された」を「意思に基づく」といい換えるのは、例えば、甲野太郎が発言した内容を法務花子に口述筆記させた文書については、現実に文字を記入している法務花子が作成したともいえてしまいそうなので、そのような場合であっても、当該文書が甲野太郎を作成者として書証申請された場合には、甲野太郎の意思に基づく文書だから、当該文書は真正に成立したといえる、という説明をするためです。
(参照条文) ◯民訴法228条(文書の成立) ◯民事訴訟規則137条(書証の申出等・法第219条) (最判昭27・11・20より引用。太字強調及び※注は筆者。) 民訴225条(※注:現行の134条の2に相当する。)に定めている書面の真否を確定するための確認の訴は、書面の成立が真正であるか、否か、換言すればある書面がその作成者と主張せられるものにより作成せられたものであるか或はその作成名義を偽わられて作成せられたものであるか、すなわち偽造又は変造であるかを確定する訴訟であるから、本件のように書面の記載内容が実質的に客観的事実に合致するか否かを確定する確認の訴は、同条においては許されていない。 (引用終わり) |
刑法の偽造罪の用語法とは発想が違います。刑法の偽造罪では、作成名義人と作成者の同一性が問われますが、民事の事実認定論の世界では、作成名義人が「甲」の文書であっても、挙証者が作成者を乙として書証申請した場合には、当該文書の成立の真正は、記載内容が乙の意思に基づくかによって決せられるというわけです。
3.「処分証書は、その成立の真正が認められれば、直ちに法律行為の成立が認められる。」と言われたりします。そのことの意味も、上記の用語法を踏まえれば、容易に理解できます。例えば、A及びBを作成者として書証申請された売買契約書について、その成立の真正が認められるということは、当該売買契約書の記載内容がA及びBの意思に基づいている、ということを意味する。また、「売買契約書は処分証書である。」ということの意味は、「売りますよ。」、「買いますよ。」というやり取りを、いわば筆談で行ったもの(※)で、「売買契約書」という文書の記載それ自体が、申込みと承諾の意思表示そのものといえる。その申込みと承諾が、A及びBの意思に基づいているんだから、それは両者の意思の合致、すなわち、売買契約の成立があるといえるよね。そういうことになるわけでした。
※ 素人的発想だと、契約は口頭でも締結できるので、「売りますよ。」、「買いますよ。」という意思表示を口頭で行って売買契約を締結した後で、訴訟になったときに備えて、売買契約が締結された事実を売買契約書に記載して保存しておく、という感じで捉えてしまいがちですが、そうではありません。売買契約書の記載それ自体が意思表示である、というのが、処分証書概念の考え方です。
4.以上のことを理解して令和5年予備試験の問題文を読むと、その用語法を踏まえた記載がされていることに気が付くでしょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問4〕 本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、本件訴状と本件答弁書が陳述された。同期日において、弁護士Pは、本件保証契約の締結を裏付ける証拠として、別紙の売買契約書(本件契約書。なお、斜体部分は全て手書きである。)を、「丙(連帯保証人)」作成部分の作成者をYとして提出し、書証として取り調べられた。これに対し、弁護士Qは、同期日において、本件契約書のうちY作成部分の成立を否認した。 (引用終わり) |
問題を解いている時に、「Yが作成したかまだわかんないのに、どうして『Y作成部分』のように決め付けたような表現をするんだろう?」、「『Y作成部分の成立を否認』って、『Yが作成した部分は、Yが作成していない。』っていう主張ってこと?日本語おかしくね?」と疑問に思った人がいるかもしれません。そのような人も、もともと「作成者」の概念が挙証者の主張を前提にしたものだ、という点を理解すれば、「Y作成部分」とは、「挙証者である原告が作成者をYと主張している部分」という意味であり、適切な表現であることが理解できることでしょう。