【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年公法系第1問についていえば、出題分野自体は基本的といえるものの、時間内に規制の仕組みを読み解いて的確に論述することは至難の技であり、多くの受験生が問題文を書き写すだけで精一杯と思われること、規制①で薬事法事件判例を無視したり、規制②でセントラルハドソンテストを示さないで、漫然と人権の重要性と規制態様を羅列して中間審査基準を採用する答案が一定程度生じると思われることから、参考答案(その1)でも、合格答案にはなるのではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』に準拠した部分です。
【参考答案(その1)】 第1.規制① 1.犬猫販売業を営もうとする者と既存犬猫販売業者の職業選択の自由を侵害し22条1項に反するか。 2.犬猫販売業は職業であるから同項で保障され、免許がなければ犬猫販売業を選択できないから上記自由を制約する。 3.職業の許可制の合憲性は、重要な公共の利益のために必要かつ合理的かで判断する(薬事法事件判例参照)。 (1)販売業者・飼主による犬猫遺棄が大きな社会問題となり、各地公体による犬猫殺処分について命を軽視しているとの批判が大きくなったことから、人と動物の共生する社会の実現という目的は重要な公共の利益である。 (2)許可制の採用
ア.我が国におけるペット、とりわけ、犬猫関連総市場規模は拡大傾向にあり、ペットの種類が多様化する中、犬猫の飼養頭数割合は相対的に高いまま推移している。販売業者が、売れ残った犬猫を遺棄等し、飼主が、十分な準備・覚悟のないまま犬猫を安易に購入した後、犬猫を遺棄することが大きな社会問題となった。犬猫シェルターが制度化され、殺処分がなくなると、犬猫シェルターに持ち込まれる犬猫頭数が収容能力を大幅に超えることが懸念されている。これらの問題は、供給過剰による売れ残りや、売れ残りを減らそうとする無理な販売により生じている。犬猫の供給が過剰にならないように、犬猫の需給均衡の観点から免許発行数を限定し、犬猫シェルターの収容能力に応じて、免許発行数を調整することが必要である。以上から、必要性がある。 イ.以上から、許可制採用は必要かつ合理的である。 (3)許可条件 審査対象には個々の許可条件も含まれる(薬事法事件、酒税法事件各判例参照)。 ア.骨子第2の1 現行の動物愛護管理法上の販売業者登録制でも存在する基準より厳しく、その必要性・合理性がないとの立場がありうる。 イ.骨子第2の2 規制すべきなのは、売れ残ること自体ではなく、売れ残った犬猫を適切に扱わないことであるから、必要性・合理性がないとの立場がありうる。 ウ.骨子第2の3
犬猫シェルターは犬猫販売業者からの引取りを拒否でき、犬猫販売業者は売れ残った犬猫については終生飼養するか、自己に代わりそれを行う者を責任を持って探すことになる以上、飼主による持込みの増加が仮に起こるとしても直接は犬猫販売業者のせいではないから、必要性・合理性がないとの立場がありうる。 4.以上から、許可制採用・許可条件のいずれも重要な公共の利益のために必要かつ合理的である。 5.よって、22条1項に反しない。 第2.規制② 1.犬猫販売業者の表現の自由を侵害し21条1項に反するか。 2.商業広告の自由は商品・サービスに関する情報伝達であり、純粋な思想等の表明ではないが、消費者の知る権利に奉仕するから、21条1項で保障される。判例も、これを前提とする(適応症広告事件、風俗案内所規制条例事件各判例参照)。 3.犬猫販売に関する広告は商業広告であり、犬猫のイラスト、写真、動画を用いることを禁止するから、上記自由を制約する。 4.表現の自由への制約が直接的か、間接的・付随的かは、意見表明そのものの禁止をねらいとするかで判断する(猿払事件判例参照)。 (1)前記第1の3(1)のとおり、目的は実質的な公共の利益を図るものである。
(2)動画等の情報は直ちに問題のある情報でなく規制不要であるから、手段が目的である利益を直接かつ相当程度促進するとはいえないとの立場がありうる。 (3)広告に際して、品種、月齢、性別、毛色、出生地等を文字情報として用いることが可能で、実際に販売する段階では、購入希望者に対面で適正な飼養に関する情報提供を行い、かつ現物を確認させることが、動物愛護管理法と同様に、義務づけられている(骨子第3)から、規制範囲が合理的に画されている。 5.以上から、21条1項に反しない。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.規制① 1.犬猫販売業を営もうとする者又は既に業として犬猫を販売している者(以下「既存犬猫販売業者」という。)の職業選択の自由を侵害し22条1項に反するか。 2(1)職業選択の自由(同項)の保障根拠は、職業が生計維持だけでなく社会分業の活動でもあり、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する点にある(薬事法事件判例参照)。犬猫販売業は、販売対価を得て生計を維持するだけでなくペット流通を担う社会分業の活動でもあるから、「職業」として同項の保障を受ける。 (2)職業の「選択」とは、開始、継続、廃止をいう(上記判例参照)。犬猫販売業免許を受けなければ、犬猫販売業を営もうとする者にあってはこれを開始できず、既存犬猫販売業者にあってはこれを継続できないから、規制①はこれらの者の職業選択の自由を制約する。 3.職業の許可制は、職業活動の内容・態様を超えて、職業選択そのものを制約する点で、職業の自由に対する強力な制限であり、それに見合った公益の重要性が求められるから、その合憲性は、重要な公共の利益のために必要かつ合理的かで判断する。職業の許可制とは、職業遂行を一般的に禁止し、許可された者のみに許すことをいう(以上につき上記判例参照)。
(1)規制①の目的(骨子第1)は、究極には「人と動物の共生する社会の実現」とされるが、具体の保護法益は、「国民の間に動物を愛護する気風」、「生命尊重、友愛及び平和の情操」、すなわち、動物愛護の良俗である。生類憐みの令に代表されるとおり、古来から動物愛護は我が国の良俗を構成し、国際的にも動物福祉は重視されている(ドイツ基本法20a条、欧州連合運営条約13条等参照)。販売業者・飼主による犬猫遺棄が大きな社会問題となり、各地公体による犬猫殺処分について命を軽視しているとの批判が大きくなった事実は、現在の我が国においても同様であることを裏付ける。以上から、動物愛護の良俗は、重要な公共の利益といえる。 (2)許可制の採用 ア.職業の警察許可における必要性・合理性の判断に当たっては、制約効果の大小、予防措置として許可制とする必要性、目的と手段の均衡などを考慮し、より緩やかな制限である職業活動の内容・態様に対する規制では目的を十分に達成できないことを要する。職業活動の内容・態様に対する規制によって十分に危険を防止できる場合には、さらにすすんで強力な予防措置をとる必要性は乏しく、目的と手段の均衡を欠くからである。警察許可とは、職業活動がもたらす危険を予防する目的でする許可制をいう(以上につき薬事法事件判例参照)。
イ.犬猫販売業者に対し、遺棄を禁じ、飼主に十分な情報提供を行わせる(骨子第3)という職業活動の内容・態様に対する規制で十分に目的を達成できるから、許可制を採用する必要性・合理性がないとの立場がありうる。 (3)許可条件 許可条件は許可制の内容を構成するから、審査対象には個々の許可条件も含まれる(薬事法事件、酒税法事件各判例参照)。 ア.施設要件(骨子第2の1)
販売場ごとに、犬猫の販売頭数に応じた犬猫飼養施設を設けること、各犬猫飼養施設に関する犬猫の体長・体高に合わせたケージ・運動スペース基準及び照明・温度設定の基準は、広い意味で「虐待…の防止、犬猫の適正な取扱いその他犬猫の健康」に資することに加え、諸外国の制度や専門家の意見を踏まえ、国際的に認められている基準の範囲内であるから、必要かつ合理的であるとの立場がありうる。 イ.需給要件(骨子第2の2) 供給過剰防止の目的と直結しており、容易に関連性を認めうる。 ウ.シェルター収容能力要件(骨子第2の3)
規制①の目的は、犬猫遺棄等によって動物愛護の良俗が害されるのを予防する点にあり、仮に、シェルターに持ち込まれる犬猫が収容能力を大幅に超えれば、やむを得ず殺処分せざるを得ない事態も容易に想定できる。これは動物愛護の良俗を害する。収容能力要件の趣旨は、その防止にある。しかし、シェルターは犬猫販売業者からの引取りを拒否でき、犬猫販売業者は売れ残った犬猫については終生飼養するか、自己に代わりそれを行う者を責任を持って探すことになる。したがって、犬猫販売業者の増加が、直接にシェルター持込増加につながる関係になく、許可をしないことで収容超過を直ちに回避できるとはいえない。このように、上記イの需給要件と異なり、手段が目的と直結せず、直接の関連性がない。 (ア)以下の理由により、関連性を基礎付ける確実な根拠があるとの立場がありうる。 (イ)しかし、供給過剰→無理な販売→安易購入→シェルター持込増加の各過程の因果関係は観念的な想定にすぎない。上記要望は収容能力超過を回避すべき必要性を基礎付けるにすぎず、上記因果関係を何ら基礎付けない。他に確実な根拠は示されていない。また、上記過程の起点となる供給過剰については、前記イの需給要件によって回避される仕組みとなっており、重ねて収容能力要件を課す必要性も乏しい。需給要件と同様、収容能力要件も収容能力不足の都道府県での開業を制限する点で大きな制約効果があることを考慮すると、目的と手段の均衡を欠く。 (ウ)以上から、シェルター収容能力要件は必要かつ合理的でない。
4.職業の自由は財産権行使の側面もあり、財産権に関する判例法理が妥当する。既存犬猫販売業者との関係では、既得の利益を侵害しないかという観点から、その合憲性は、内容変更に伴って当然容認される程度の不利益にとどまるかで判断する(財産権に関する国有農地売払特措法事件判例参照)。その判断に当たっては、既に具体に発生した権利のはく奪か、期待の喪失にとどまるかを考慮する(同事件、損益通算廃止事件各判例参照)。 5.規制①の目的は犬猫遺棄等によって動物愛護の良俗が害されるのを予防するため、その原因となる供給過剰を防止する点にあり、需給要件は必須の許可要件であるが、施設要件及びシェルター収容能力要件は、これを無効としても上記目的を害することはない。また、既存犬猫販売業者への適用がなく、犬猫販売業を営もうとする者との関係でのみ適用する場合においても、上記目的は相当程度達しうる。 6.よって、規制①を定める骨子第2のうち既存犬猫販売業者に適用される部分は22条1項に反し、無効である(意味上の部分違憲)とともに、許可条件のうち骨子第2の1及び3に係る部分は同項に反し無効であるが、その余の部分は同項に反せず、その本来の効力が認められる。 第2.規制② 1.犬猫販売業者の表現の自由を侵害し21条1項に反するか。 2.「表現」(同項)とは、自らの思想等を外部に表明することをいう。商業広告の自由は商品・サービスに関する情報伝達であり、純粋な思想等の表明ではないが、消費者の知る権利に奉仕するから、同項で保障される。犬猫の販売に関する広告(以下「犬猫広告」という。)についても上記のことがそのまま当てはまるから、同項の保障を受ける。 3.規制②は、虚偽・誇大かを問わず、犬猫販売業者が犬猫広告に犬猫の動画等を用いることを禁止するから、上記自由を制約する。 4.表現の自由への制約が直接的か、間接的・付随的かは、意見表明そのものの禁止をねらいとするかで判断する(猿払事件判例参照)。 (1)実質的な公共の利益とは、目的とされる利益が抽象的なものにとどまらず、客観的な事実に照らし明確に実在するものをいう(電話勧誘拒絶登録簿制度に関する米国判例等を参照)。
(2)飼主による遺棄及び犬猫シェルター持込みは十分な準備と覚悟がないまま安易に購入したことに起因するところ、動画等は、品種等の文字情報に比べて、視覚に訴える情報であり、購買意欲を著しく刺激し、安易な購入につながるから、手段が目的である利益を直接かつ相当程度促進するとの立場がありうる。 5.よって、規制②を定める骨子第4は、21条1項に反する。 以上 |