令和6年司法試験短答式試験の結果について(3)

1.科目別の平均点をみてみましょう。以下は、直近5年間の科目別の平均点の推移をまとめたものです。憲法、刑法は50点満点ですが、民法は75点満点なので、比較のため、民法の平均点の欄の括弧内に50点満点に換算した数値を示しました。

憲法 民法 刑法
令和
35.6 43.8
(29.2)
29.6
令和
34.2 48.9
(32.6)
34.3
令和
31.6 47.3
(31.5)
36.8
令和
31.4 48.7
(32.4)
38.2
令和
28.1 49.0
(32.6)
34.9

 憲法が異様に難しかったことがわかります。最低ライン20点で、平均28.1点ですから、うっかりすると、普通に勉強していた人でも最低ライン未満になりかねない。これは極めて異例です。これまでの傾向から、極端な難易度だった年の翌年は、普通の難易度に戻りやすいことがわかっています。来年の憲法は、普通の難易度に戻る可能性が高いでしょう。むしろ、注意すべきは、民法だと思います。憲法・刑法は、一時的に難しい年があっても、翌年は元に戻ることが多いのですが、民法は低めの平均点がデフォルトになりつつあるからです。
 今年の憲法はインパクトが強かったので、「憲法は特別な勉強をしないと対応できない。」などと考えてしまいがちですが、今年の憲法に合わせて勉強するのは得策ではないと思います。そんなことをしても、来年は憲法が普通になって、「意味なかったわ。」となる一方で、民法・刑法が手薄になってしまい、どちらかが異常に難化してこっちでやられてしまう、ということになりやすいでしょう。

2.以下は、直近5年の最低ライン未満者割合(短答受験者全体に占めるその科目の最低ライン未満者の割合)の推移をまとめたものです。

憲法 民法 刑法
令和
1.2% 11.7% 10.1%
令和
2.1% 5.5% 4.2%
令和
3.6% 7.3% 2.1%
令和
2.6% 8.4% 0.7%
令和
8.3% 5.0% 3.2%

 今年は、憲法で多くの最低ライン未満者を出しました。憲法でここまでの最低ライン未満者を出すのは、最近ではとても異例です。また、地味ですが、民法・刑法でも、無視できない数の最低ライン未満者を出しています。特に民法は、直近5年で5%を下回ることがなく、とても危険な科目になっています。今年は憲法にばかり目が行きがちですが、来年以降も見据えた傾向という点では、民法の安定した難易度の高さに注意すべきです。
 近年は、短答式試験の合格率が8割前後の高い水準となり、これに対応して、合格点は低い水準で推移しています(「令和6年司法試験短答式試験の結果について(2)」)。そのため、40%で固定されている最低ラインの存在感が相対的に大きくなっています。今年の合格点は93点ですが、これは満点(175点)の53.1%です。各科目53%程度で合格できるのに、1科目でも40%未満になればそれだけで不合格です。例えば、今年は憲法31点、民法31点、刑法31点なら総合得点93点で合格ですが、憲法32点、民法29点、刑法32点なら総合得点が同じ93点でも不合格憲法19点、民法75点、刑法50点なら総合得点144点(順位にすると240位に相当する成績)でも不合格となるわけですから、ちょっと理不尽な感じもするところです。
 実際には、どのくらいの人が最低ラインによって不合格とされているか。科目別の最低ライン未満者数は、複数の科目で最低ライン未満となったものが重複して計上されているので、法務省の公表した得点別人員調から算出する必要があります。「令和6年司法試験短答式試験得点別人員調(各科目最低ライン40%点以上)」では、総数が3265人とされているので、今年は受験者3779人中、途中欠席33人を除いた481人がいずれかの科目で最低ライン未満となっていることがわかります。今年の不合格者総数821人から途中欠席の33人を除いた788人をベースにすると、不合格者の61.0%がいずれかの科目で最低ライン未満となっていることになります。
 もっとも、いずれかの科目で最低ライン未満だと、合計点でも合格点未満になることが多いでしょう。「最低ライン未満というだけで不合格になった。」、すなわち、合計点が合格点以上であったにもかかわらず、最低ライン未満の科目があることで不合格になった人は、どれくらいいるのか。その数は、「令和6年司法試験短答式試験得点別人員調(各科目最低ライン40%点以上)」と「令和6年司法試験短答式試験得点別人員調(合計得点)」とを比較すればわかります。前者は最低ライン未満者を含まない数字であるのに対し、後者はこれを含む数字だからです。今年の合格点である93点の累計人員をみると、前者では2958人であるのに、後者だと3027人になっている。両者の差から、合計点が合格点以上であったにもかかわらず、最低ライン未満の科目があることで不合格になった人は、69人だとわかる。これは、途中欠席者を除く不合格者全体の8.7%です。さらに、122点の人員を比較すると、前者で1325人、後者で1326人なので、合計点で122点を取ったのに、最低ライン未満の科目があったために不合格になった人が1人いた。これが、最低ライン未満の科目がある最高得点です。123点以上を取った人で、最低ライン未満となった科目のある人は存在しない。こうしてみると、科目別の最低ラインだけで不合格になることは例外といえる一方で、全く無視できる感じでもないということがわかるでしょう。確実に短答を突破するためには、単に合計点で合格点を取るというだけでなく、特定の科目の難易度が非常に高い年に当たっても、その科目で最低ライン未満となってしまわない程度の準備が必要です。

3.以下は、直近5年の各科目の標準偏差の推移です。憲法、刑法は50点満点ですが、民法は75点満点なので、比較のため、民法の欄の括弧内に50点満点に換算した数値を示しました。

憲法 民法 刑法
令和
5.7 11.5
(7.6)
7.7
令和
6.6 11.3
(7.5)
7.7
令和
6.2 11.5
(7.6)
7.1
令和
5.6 12.9
(8.6)
6.3
令和
6.1 11.2
(7.4)
7.9

 標準偏差は、得点のバラつきが大きくなれば値が大きくなり、得点のバラつきが小さくなれば値が小さくなります。
 憲法のバラつきが小さく、民法、刑法のバラつきは大きいというのが、安定した傾向です。すなわち、憲法はかなり勉強をしても正誤の判断に迷う問題がある一方で、誰もが取れる易しい問題もある。他方、民法・刑法は、誰もが取れる易しい問題は少ない反面、きちんと勉強していれば正解しやすい問題が多かった、ということです。このことは、満点と零点を取った人の数に、象徴的に表れています。憲法は、満点が1人もいない反面、零点も1人もいません。他方、刑法は、満点が38人もいるのに、零点も2人いたりします。
 このような標準偏差の傾向は、民法、刑法の方が、憲法よりも、勉強量が点数に結び付きやすいことを意味しています。前記1及び2で述べたことも加味すれば、まずは、「難易度が高く、多数の最低ライン未満者を出す傾向にある反面、勉強すれば得点に繋がりやすい。」といえる民法を固めるべきといえます。逆に、憲法は、一生懸命対策しても、「正しいとも誤りとも読める肢に悩まされる。」ことに変わりはなく、思うような成果を挙げられない、ということになりやすいでしょう。その意味では、今年のように、「憲法が極端に難しい年」は、運が悪ければ普通に勉強しても最低ライン未満となる可能性が一定程度あり、理不尽な結果になりやすいといえます。

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