令和6年司法試験論文式民事系第1問の参考判例等

最大判昭49・9・4より引用。太字強調は当サイトによる。)

 他人の権利を目的とする売買契約においては、売主はその権利を取得して買主に移転する義務を負い、売主がこの義務を履行することができない場合には、買主は売買契約を解除することができ、買主が善意のときはさらに損害の賠償をも請求することができる。他方、売買の目的とされた権利の権利者は、その権利を売主に移転することを承諾するか否かの自由を有しているのである。
 ところで、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。

(引用終わり)

最判昭51・6・17より引用。太字強調は当サイトによる。)

 他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもつて、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。蓋し、他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となつても、目的物の返還を買主に請求しうる関係になく、したがつて、買主が目的物の返還を拒絶することによつて損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じないため、右損害賠償債権について目的物の留置権を成立させるために必要な物と債権との牽連関係が当事者間に存在するとはいえないからである。

(引用終わり)

(東京高判昭30・3・11より引用。太字強調は当サイトによる。)

 民法第295条第2項でいう「占有が不法行為に因りて始まりたる場合」とは、占有取得行為自体が占有の侵奪とか、詐欺、強迫とかによる場合にかぎらず、留置権によつて担保せられる債権の債務者に対抗し得る占有の権原がなく、しかも、これを知り又は過失により知らずして占有を始めた場合をも包含するものと解するのが相当である。蓋し後の場合も前の場合と同様、占有者に留置権を認めて、その者の債権を特別に保護しなければならないなんらの理由がないからである。

(引用終わり)

最判平28・1・12より引用。太字強調は当サイトによる。)

 信用保証協会において主債務者が反社会的勢力でないことを前提として保証契約を締結し,金融機関において融資を実行したが,その後,主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には,信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があるということができる。意思表示における動機の錯誤が法律行為の要素に錯誤があるものとしてその無効を来すためには,その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり,もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして,動機は,たとえそれが表示されても,当事者の意思解釈上,それが法律行為の内容とされたものと認められない限り,表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である(最高裁昭和35年(オ)第507号同37年12月25日第三小法廷判決・裁判集民事63号953頁最高裁昭和63年(オ)第385号平成元年9月14日第一小法廷判決・裁判集民事157号555頁参照)。
 本件についてこれをみると……(略)……被上告人及び上告人は,本件各保証契約の締結当時,本件指針等により,反社会的勢力との関係を遮断すべき社会的責任を負っており,本件各保証契約の締結前にa社が反社会的勢力であることが判明していた場合には,これらが締結されることはなかったと考えられる。しかし,保証契約は,主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするものであり,主債務者が誰であるかは同契約の内容である保証債務の一要素となるものであるが,主債務者が反社会的勢力でないことはその主債務者に関する事情の一つであって,これが当然に同契約の内容となっているということはできない。そして,被上告人は融資を,上告人は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから,主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき,その場合に上告人が保証債務を履行しないこととするのであれば,その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であった。それにもかかわらず,本件基本契約及び本件各保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれていないことからすると,主債務者が反社会的勢力でないということについては,この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定することまでを被上告人及び上告人の双方が前提としていたとはいえない。また,保証契約が締結され融資が実行された後に初めて主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には,既に上記主債務者が融資金を取得している以上,上記社会的責任の見地から,債権者と保証人において,できる限り上記融資金相当額の回収に努めて反社会的勢力との関係の解消を図るべきであるとはいえても,両者間の保証契約について,主債務者が反社会的勢力でないということがその契約の前提又は内容になっているとして当然にその効力が否定されるべきものともいえない。
 そうすると,a社が反社会的勢力でないことという上告人の動機は,それが明示又は黙示に表示されていたとしても,当事者の意思解釈上,これが本件各保証契約の内容となっていたとは認められず,上告人の本件各保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。

(引用終わり)

法制審議会民法(債権関係)部会第96回会議議事録より引用。太字強調は当サイトによる。)

内田貴(東大名誉教授)委員
 法律行為の基礎ですけれども、この部分は従来は意思表示の内容とか法律行為の内容という表現が使われていて、それに対しては、法律行為の内容という言葉の場合が特にそうですけれども、合意の内容とどう違うんだということが随分この部会でも議論され、合意の内容と読めるのだとすると、狭過ぎるではないかということで、部会の中では法律行為の前提としたという表現ではどうかという御意見もあったわけです。そういった御意見を踏まえて、前提ではなく基礎という表現を使って、しかし趣旨としては、意思表示の内容としたという言葉で表現されていたことを表そうとしたのだと思います。ですから、これまでの判例法理の明文化を目指したということは全くそのとおりで、表現も判例法理で使われているワーディングについて生じていた疑義を回避するために、やや異なった表現を用いたということだと思います。

(引用終わり)

最判平元・9・14より引用。太字強調は当サイトによる。)

 Xは……(略)……Yと婚姻し、二男一女をもうけ……(略)……本件建物……(略)……に居住していたが、勤務先銀行の部下女子職員と関係を生じたことなどから、Yが離婚を決意し……(略)……Xにその旨申し入れた
 Xは、職業上の身分の喪失を懸念して右申入れに応ずることとしたが、Yは、本件建物に残って子供を育てたいとの離婚条件を提示した
 そこで、Xは、右女子職員と婚姻して裸一貫から出直すことを決意し、Yの意向にそう趣旨で、いずれも自己の特有財産に属する本件建物、その敷地である……(略)……土地及び右地上の……(略)……建物(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)全部を財産分与としてYに譲渡する旨約し(以下「本件財産分与契約」という。)、その旨記載した離婚協議書及び離婚届に署名捺印して、その届出手続及び右財産分与に伴う登記手続をYに委任した。
 Yは、右委任に基づき……(略)……離婚の届出をするとともに、……(略)……本件不動産につき財産分与を原因とする所有権移転登記を経由し、Xは、その後本件不動産から退去して前記女子職員と婚姻し一男をもうけた。
 本件財産分与契約の際、Xは、財産分与を受けるYに課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたが、Xに課税されることは話題にならなかったところ、離婚後、Xが自己に課税されることを上司の指摘によって初めて知り、税理士の試算によりその額が2億2224万余円であることが判明した
 Xは、本件財産分与契約の際、これにより自己に譲渡所得税が課されないことを合意の動機として表示したものであり、2億円を超える課税がされることを知っていたならば右意思表示はしなかったから、右契約は要素の錯誤により無効である旨主張して、Yに対し、本件不動産のうち、本件建物につき所有権移転登記の抹消登記手続を求め、Yにおいて、これを争い、仮に要素の錯誤があったとしても、上告人の職業、経験、右契約後の経緯等からすれば重大な過失がある旨主張した。

 (中略)

 意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ(最高裁昭和27年(オ)第938号同29年11月26日第二小法廷判決・民集8巻11号2087頁昭和44年(オ)第829号同45年5月29日第二小法廷判決・裁判集民事99号273頁参照)、右動機が黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない
 本件についてこれをみると……(略)……離婚に伴う財産分与として夫婦の一方がその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には、分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。したがって……(略)……本件財産分与契約の際、少なくともXにおいて右の点を誤解していたものというほかはないが、Xは、その際、財産分与を受けるYに課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたというのであり、記録によれば、Yも、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうとすれば、Xにおいて、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物はXらが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、Xとすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。Xに課税されることが両者間で話題にならなかったとの事実も、Xに課税されないことが明示的には表示されなかったとの趣旨に解されるにとどまり、直ちに右判断の妨げになるものではない。
 以上によれば、右の点について認定判断することなく、Xの錯誤の主張が失当であるとして本訴請求を棄却すべきものとした原判決は、民法95条の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯すものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、要素の錯誤の成否、Xの重大な過失の有無等について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

(引用終わり)

(東京高判平3・3・14(前掲最判平元・9・14の差戻控訴審)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 Xが本件財産分与契約の際に財産分与を受けるYに課税されることを心配してこれを気遣う発言し、これに対して、Yが何とかなるというような応答をした事実からすると、Xは、本件財産分与に伴う課税の点について関心を有していたものであり、Yもそのことを認識していたということができる。しかし……(略)……XもYも、離婚に伴う財産分与としてされる不動産の譲渡について、分与者に譲渡所得が生じたものとして課税されることは全く知らず、分与を受けるYに不動産取得による税金が課されることはあるにしても、分与者のXに課税されることはないと信じていたものであって、そのために、XがYの税負担を気遣う右発言をしたものと認められるのである。Xにおいて自己に課税されないと信じたればこそ本件土地建物全部をYに分与することを承諾したことは明らかであり、そのことはYにおいても理解し得たところであると認められる。
 そうであるとすれば、本件財産分与契約に当たっては、Xが自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的に表示していたものと認めるのが相当である。

 (中略)

 本件財産分与によりXに約2億円の課税がされることになったが、本件土地建物全部を財産分与した後のXの収入は勤務先から受け取る給与のみであって、右高額の税金を支払うことはできないから、このような課税を受けるのであれば、本件財産分与契約をしなかったであろうと認められる。 以上によると、Xの本件財産分与の意思表示には、これによりXが前記の課税を受けることに関して、要素の錯誤があった(※注:要素性は、現行の95条1項柱書の「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」こと(重要性)に対応する。)ものといわざるを得ない。

 (中略)

 Xは、昭和35年に戊田大学経済学部を卒業して丙川銀行に入行し、都内の各支店で勤務し、昭和44年支店長代理となり、昭和51年から東京事務集中部に勤務していた者であって、その間特に法務や税務を専門とする仕事についた経験はなかったことが認められる。また、財産分与について分与者に譲渡所得税が課されることは課税実務の取扱い……(略)……であるが、……(略)……少なくとも通常の一般人にとっては、財産分与者に譲渡所得が発生するとの理解は必ずしも容易ではないといわざるを得ない。……(略)……銀行員を対象とした税務研修や検定等のために発行されている教材又は解説資料の中には、財産分与についての右課税実務の取扱いに触れているもののあることが認められるが、Xが本件離婚問題の発生前にこれらの教材又は資料等に接して、一般的知識として右の点を理解していたこと又は当然かつ容易にこれを理解し得たことを認めるべき証拠はない。これらのことを考慮すれば、Xが銀行員であったとの事実から、本件財産分与により自己に課税されないと信じたことについて重大な過失があったと認めることはできない

 (中略)

 Xは、突然離婚の申入れを受け、数日間家にこもって考え続けた上でこれに応ずる気になり、すぐに本件財産分与を承諾したものであって、このような経過に照らせば、右数日の間にXが財産分与に関する課税問題についてまで自ら調査し又は専門家に相談しなかったことをもって重大な過失とみることは相当でない

(引用終わり)

最判昭42・10・31裁判要旨より引用)

 甲が乙に不動産を仮装譲渡し、丙が善意で乙からこれを譲りうけた場合であつても、丙が所有権取得登記をする前に、甲からの譲受人丁が乙を債務者とし該不動産について処分禁止の仮処分登記を経ていたときは、丙はその所有権取得を丁に対抗することができない。

(引用終わり)

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