【答案のコンセプト等について】
1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。
2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年民事系第2問についていえば、設問1小問1でパニックになってしまい、意味不明の余事記載を延々と書いてしまったり、385条1項や120条1項を平然と直接適用してしまったり、時間不足で設問2の著しく不当の当てはめが雑になってしまい、事実摘示がスッカスカになってしまったりする答案が相当数出ると思われることから、参考答案(その1)でも、合格レベルには達するのではないかと思います。
3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集会社法【第2版】』に準拠した部分です。
【参考答案(その1)】 第1.設問1小問1 1.本件臨時株主総会1の開催をやめるように求める手段としては、違法行為差止請求(385条1項)が考えられる。 2.よって、本件臨時株主総会1の開催をやめるように求める手段はない。 第2.設問1小問2 1.Eの主張 (1)乙社が本件各議題についての乙社提案の各議案のいずれにも賛成した甲社株主全員に対し、1人当たり1000円相当の商品券を送付したことは、利益供与(120条1項)に当たるから、決議方法の法令違反(831条1項1号)がある。 (2)上記商品券送付が利益供与に当たらないとしても、決議方法が著しく不公正(同号)である。 2.当否 (1)ア.確かに、商品券送付は、「株主の権利…の行使に関し」(120条1項)に当たる。 イ.しかし、同項は、「株式会社は」とし、同項第3かっこ書は、「当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る」とする。 ウ.よって、同項の利益供与に当たらない。Eの前記1(1)の主張は正当でない。
(2)確かに、甲社の近年の業績が悪化していた。本件書面には、「甲社の改革の実現に御協力をお願い申し上げます。」と記載された。商品券は1人当たり1000円相当である。 第3.設問2 1.決議無効確認の訴え (1)丙社の主張 本件決議2の内容は株主平等原則(109条1項)に反するから、決議内容の法令違反(830条2項)がある。 (2)当否
本件株式併合は300株を1株とするもので、1株に満たない端数となる株式の買取価格は、公正な価格と認められるから、持株数に応じた差異はあるが、同一の持株数の株主は平等に取り扱われている。 2.決議取消しの訴え 丙社は、「当該決議の取消しにより株主…となる者」として、本件決議2取消しの訴え(831条1項後段)の手段を採ることができる。 (1)丙社の主張 本件株式併合によってAだけが株主になるから、特別利害関係株主であり、Aの議決権行使によって著しく不当な決議がされたから、同項3号の事由がある。 (2)当否 ア.特別利害関係株主とは、他の株主と共通しない特別な利益を獲得し、又は不利益を免れる株主をいう。 イ.また、以下の事実から、著しく不当な決議ともいえない。 ウ.よって、同号の事由はない。丙社の主張は正当でない。 以上 |
【参考答案(その2)】 第1.設問1小問1 1.本件臨時株主総会1の開催をやめるように求める手段としては、Dを債権者、乙社を債務者とし、違法行為差止請求権(385条1項)を被保全権利(民保法13条1項)とする株主総会開催禁止の仮処分(同法23条2項)の申立て(同法2条)が考えられる。 2.385条1項は差止対象を「取締役」の行為とする。被保全権利が認められないのではないか。
(1)本件臨時株主総会1を開催するのは、甲社取締役ではなく、株主である乙社である。また、298条1項柱書かっこ書は、385条の「取締役」について招集株主とする旨の読替えを認めていない。 (2)もっとも、取締役の招集行為が差止対象となるのに、招集株主の招集行為が差止対象とならないことは均衡を欠く。 (3)以上から、被保全権利が認められる。 3.もっとも、決議への影響の事前疎明は困難であり、事後の決議取消訴訟の手段がある(後記第2参照)ことから、保全の必要性の疎明には課題がある。 4.よって、上記1の手段はあるが、保全の必要性の疎明に課題がある。 第2.設問1小問2 1.Eの主張 (1)乙社が本件各議題についての乙社提案の各議案のいずれにも賛成した甲社株主全員に対し、1人当たり1000円相当の商品券を送付したことは、利益供与(120条1項)に当たるから、決議方法の法令違反(831条1項1号)がある。 (2)上記商品券送付が利益供与に当たらないとしても、決議方法が著しく不公正(同号)である。 2.当否 (1)ア.確かに、商品券送付は、賛成の議決権行使を条件とするから、「株主の権利…の行使に関し」(120条1項)に当たる。
イ.同項の趣旨は、会社所有者である株主の信任に基づく執行機関である取締役が、会社の負担において、株主の権利の行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは、会社法の基本的仕組みに反し、会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため、これを防止する点にある(モリテックス事件等裁判例参照)。 ウ.よって、決議方法の法令違反があるとはいえない。Eの前記1(1)の主張は正当でない。 (2)前記(1)イのとおり、招集株主による利益供与に120条1項の趣旨がそのまま当てはまるとはいえないものの、議決権行使の場面において株主意思歪曲防止が要請されることは株主招集の場合にも当てはまるし、不正の請託による株主間の議決権買収につき贈収賄罪(968条1項1号)が設けられていることからすれば、議決権行使に不当な影響を及ぼすときは、決議方法が著しく不公正といえる(裁判例)。供与の目的、条件、財産的価値、議案の内容等を考慮する。
ア.確かに、乙社には甲社に損害を加える意図等の不正な目的はない。しかし、本件各議題は現在の取締役・監査役をすべて解任して新たな取締役・監査役を選任する内容で、甲社の支配権そのものを左右する重大事項である。しかも、本件書面には、「乙社提案の各議案のいずれにも賛成していただいた方には、後日、1000円相当の商品券を郵送にて贈呈させていただきます。」と記載されており(以下、同記載による商品券供与表明を「本件表明」という。)、単に議決権行使を促進する趣旨でなく、自らの提案に賛成する対価とする趣旨であることが明らかである。株式の譲渡を受けることなく金銭等を対価にして支配権を獲得することは、会社法の仕組みに反するから、不当と評価できる。 イ.以上から、議決権行使に不当な影響を及ぼしたと評価でき、決議方法が著しく不公正といえる。なお、招集手続の法令・定款違反の場合と異なり、裁量棄却の余地はない(同条2項反対解釈)。 ウ.よって、Eの前記1(2)の主張は正当である。 第3.設問2 1.決議無効確認の訴え (1)丙社の主張 本件株式併合は株主平等原則(109条1項)に反するから、本件決議2には決議内容の法令違反(830条2項)がある。 (2)当否 株式併合において、1株に満たない端数が生じることは制度上当然に予定されており(235条)、それによって株主の地位を失う者が生じたとしても、特定の株主のみ異なる併合割合とするなどの特段の事情がない限り、株主平等原則には反しない。 ア.本件株式併合は300株を一律に1株とするもので、丙社のみ特別な併合割合とはされていない。 イ.本件臨時株主総会2において、Aは、本件株式併合が必要な理由として、丙社を締め出す必要があると説明しており、丙社のみを締め出す目的がある。しかし、事前開示(182条の2)、事後開示(182条の6)、差止請求(182条の3)、株式買取請求(182条の4)の各制度が設けられた趣旨は、株主の締出しに用いられることを想定し、不利益を受ける株主のための手続等を保障する点にあるから、特定株主の締出しが目的であることで直ちに上記特段の事情があるとはいえない。 ウ.本件計画①②では、本件株式併合直後に本件株式分割を行うものとされた。発行済株式総数を調整するという本来の制度趣旨に照らせば、3株を2株にする株式併合を行えば足りたはずである。それにもかかわらず、敢えて本件株式併合と本件株式分割を組み合わせたのは、丙社のみを締め出した上で、BCに令和3年12月当時の持株数を回復させるためである(本件計画③)。しかし、上記のとおり、現行法は、単に発行済株式総数の調整のためだけでなく、特定の株主を締め出す目的でも株式併合が利用されることを想定しており、当該株主を締め出した後に新たに誰を株主とするかは、株主併合の当否とは別個の問題であるから、特定の株主のみを締め出して他の株主の持株数を回復させる目的があったとしても、それだけで上記特段の事情があるとはいえない。 エ.以上から、上記特段の事情はなく、株主平等原則には反しない。本件決議2に決議内容の法令違反はない。上記丙社の主張は正当でない。 2.決議取消しの訴え 丙社は、「当該決議の取消しにより株主…となる者」として、本件決議2取消しの訴え(831条1項後段)の手段を採ることができる。 (1)丙社の主張 本件株式併合によってAだけが株主になるから、Aは特別利害関係株主であり、Aの議決権行使によって著しく不当な決議がされたから、同項3号の事由がある。 (2)当否 ア.特別利害関係株主とは、他の株主と共通しない特別な利益を獲得し、又は不利益を免れる株主をいう。 イ.株式併合には特別決議を要する(180条2項、309条2項4号)。本件決議2は、Aの300個の議決権を除けば、丙社の反対票200個、Cの賛成票100個であったから、Aの議決権行使によって決議がされたといえる。 ウ.では、著しく不当か。 エ.よって、831条1項3号に当たらない。丙社の主張は正当でない。 以上 |