令和6年司法試験民事系第3問の参考判例等

最大判昭45・11・11(「互」建設共同体事件)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、何人をしてその名において訴訟を追行させ、また何人に対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決せられるべきものである。したがつて、これを財産権上の請求における原告についていうならば、訴訟物である権利または法律関係について管理処分権を有する権利主体が当事者適格を有するのを原則とするのである。しかし、それに限られるものでないのはもとよりであつて、たとえば、第三者であつても、直接法律の定めるところにより一定の権利または法律関係につき当事者適格を有することがあるほか、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を授与されることにより当事者適格が認められる場合もありうるのである。
 そして、このようないわゆる任意的訴訟信託については、民訴法上は、同法47条(※注:現行の30条に相当する。)が一定の要件と形式のもとに選定当事者の制度を設けこれを許容しているのであるから、通常はこの手続によるべきものではあるが、同条は、任意的な訴訟信託が許容される原則的な場合を示すにとどまり、同条の手続による以外には、任意的訴訟信託は許されないと解すべきではない。すなわち、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法11条(※注:現行の10条に相当する。)が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げないと解すべきである。
 そして、民法上の組合において、組合規約に基づいて、業務執行組合員に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものではなく、実体上の管理権、対外的業務執行権とともに訴訟追行権が授与されているのであるから、業務執行組合員に対する組合員のこのような任意的訴訟信託は、弁護士代理の原則を回避し、または信託法11条の制限を潜脱するものとはいえず、特段の事情のないかぎり、合理的必要を欠くものとはいえないのであつて、民訴法47条による選定手続によらなくても、これを許容して妨げないと解すべきである。

(引用終わり)

最判平28・6・2(アルゼンチン国債事件)より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 任意的訴訟担当については,本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として,弁護士代理の原則(民訴法54条1項本文)を回避し,又は訴訟信託の禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要性がある場合には許容することができると解される(最高裁昭和42年(オ)第1032号同45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁参照)。
 ……(略)……(※注:本件債券に係る国債発行者であるアルゼンチン共和国とXら(※注:本件債券の管理会社である銀行との間では,Xらが債券の管理会社として,本件債券等保有者のために本件債券に基づく弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する旨の本件授権条項を含む本件管理委託契約が締結されており,これは第三者である本件債券等保有者のためにする契約であると解される。そして,本件授権条項は,Y,Xら及び本件債券等保有者の間の契約関係を規律する本件要項の内容を構成し,本件債券等保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。さらに,後記のとおり社債に類似した本件債券の性質に鑑みれば,本件授権条項の内容は,本件債券等保有者の合理的意思にもかなうものである。そうすると,本件債券等保有者は,本件債券の購入に伴い,本件債券に係る償還等請求訴訟を提起することも含む本件債券の管理をXらに委託することについて受益の意思表示をしたものであって,Xらに対し本件訴訟について訴訟追行権を授与したものと認めるのが相当である。
 そして,本件債券は,多数の一般公衆に対して発行されるものであるから,発行体が元利金の支払を怠った場合に本件債券等保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できない。本件債券は,外国国家が発行したソブリン債であり,社債に関する法令の規定が適用されないが,上記の点において,本件債券は社債に類似するところ,その発行当時,社債については,一般公衆である社債権者を保護する目的で,社債権者のために社債を管理する社債管理会社の設置が原則として強制されていた(旧商法297条)。そして,社債管理会社は,社債権者のために弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することとされていた(旧商法309条1項)。そこで,Xら及びYの合意により,本件債券について社債管理会社に類した債券の管理会社を設置し,本件債券と類似する多くの円建てのソブリン債の場合と同様に,本件要項に旧商法309条1項の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして,Xらに対して本件債券についての実体上の管理権のみならず訴訟追行権をも認める仕組みが構築されたものである。
 以上に加え,Xらはいずれも銀行であって,銀行法に基づく規制や監督に服すること,Xらは,本件管理委託契約上,本件債券等保有者に対して公平誠実義務や善管注意義務を負うものとされていることからすると,Xらと本件債券等保有者との間に抽象的には利益相反関係が生ずる可能性があることを考慮してもなお,Xらにおいて本件債券等保有者のために訴訟追行権を適切に行使することを期待することができる
 したがって,Xらに本件訴訟についての訴訟追行権を認めることは,弁護士代理の原則を回避し,又は訴訟信託の禁止を潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要性があるというべきである。
 以上によれば,Xらは,本件訴訟について本件債券等保有者のための任意的訴訟担当の要件を満たし,原告適格を有するものというべきである。

(引用終わり)

(大判昭6・4・23より引用。太字強調及び現代表記化は当サイトによる。)

 上告人ハ原審ニ於テ代金ノ支払滞レルニ依リ之カ提供ヲ為迄本訴物件ノ引渡ヲ拒ム旨抗争シ数多ノ証拠ヲ援用セリ而シテ特ニ当事者双方ニ共通ノ証拠タルヘキ原審被控訴本人訊問ノ結果ニ依レハ売買代金一千円中尚約二十円足ラスノ残金アル旨自白セリ控訴本人訊問調書参照)然ルニ原判決ハ此ノ自白ヲ無視シ代金全部支払ヲ了シタルモノ ト認メ上告人ノ抗弁ヲ排斥シタルハ誠ニ違法ノ判決ナリト云フニ在リ 然レトモ本人訊問ニ於ケル当事者ノ供述ハ証拠ニシテ弁論ニアラサルカ故ニ其ノ相手方ノ主張ト一致スルモノアルモ之ヲ自白ト為スヲ得サルモノニシテ且被上告人本人ノ所論供述ハ原審カ措信セストシテ排斥シタルモノニカカルコト明ナルヲ以テ本論旨ハ採ルニ足ラス

(引用終わり)

最判昭35・2・12より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 本件において、X(原告)は、家屋の所有権に基き、Y(被告)に対し、その占有部分の明渡を求めたところ、Yは、Xらとの間に使用貸借が存するものと主張し、Xは右の事実を認めたが、ついでYは、右主張を撤回し、YとXの前主Dとの間には、右占有部分につき、賃料1か月15円、毎月末日払、期間の定めのない約の賃貸借契約が成立しており、Xらは本件家屋の所有権を取得すると同時に、いずれも右賃貸借契約に基く権利義務を承継したものであると主張するにいたり、Xはこの事実を否認したものである。ところで、自白とは、自己に不利な事実の陳述をいうのであるから、以上の如き訴訟の経過に照らすと、本件において自白というべきものは、原審の判示した如くYの「本件家屋の占有は使用貸借に基くものである」との陳述ではなく、Xのなした「使用貸借の事実を認める」との陳述であり、その結果、Yとしては、使用貸借の事実については、立証を要しなくなつたものにほかならない。したがつて、Yが右主張を撤回し、新たに賃貸借の主張をするにいたつたとすれば、立証を要しない主張を立証を要する主張に変更したにとどまり、これをいわゆる自白の取消ということはできない。されば、右主張の変更のためには、従前の主張が事実に反し且つ錯誤に基いたとの主張立証を要すると解すべきではなく、新たな主張が「故意又ハ重大ナル過矢ニ因リ時機に遅レテ」なされ、それがために「訴訟ノ完結ヲ遅延セシム」るか否かによつてその許否を決すべきものといわなければならない(民訴139条(※注:現行の157条に相当する。)。

(引用終わり)

最判昭41・12・6より引用。太字強調は当サイトによる。)

 被上告人のした所論自白の撤回につき、右自白が真実に反しかつ錯誤に基づくものであることが認められるから、右撤回が有効であるとした所論原判示は正当である。所論は、自白の撤回はその自白したことにつき過失がないことを自白者が直接に証明できる場合に限り許される旨主張するが、右錯誤につき無過失であることまでは必要でないと解すべきであるから、論旨は採用できない。

(引用終わり)

最判昭25・7・11より引用。太字強調は当サイトによる。)

 当事者の自白した事実が真実に合致しないことの証明がある以上その自白は錯誤に出たものと認めることができるから原審において被上告人の供述其他の資料により被上告人の自白を真実に合致しないものと認めた上之を錯誤に基くものと認定したことは違法とはいえない。

(引用終わり)

最判昭36・10・5より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 判決確定前に民訴420条1項5号前段(※注:現行の338条1項5号に相当する。)所定の刑事上罰すべき他人の行為による自白が効力がない旨の主張をするには、同条2項の要件を具備する必要がないものと解するを相当とする

(引用終わり)

(参照条文)民事訴訟法338条(再審の事由)

 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。

 一~四 (略)
 五 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
 六~十 (略)不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。

2 前項第4号から第7号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。

3 (略)

最判平9・3・14より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

【事案】

1.亡D(昭和37年4月23日死亡の相続人は、X(妻)、E(長女)及びY(次女)の3名である。

2.本件土地は、Dが所有者のFから賃借していた土地であるが、昭和30年10月5日に右土地につき同日付け売買を原因としてFからYへの所有権移転登記がされている。

3.Xは、Dが死亡した後の昭和46年、Yに対して、本件土地につきXが所有権を有することの確認及びXへの所有権移転登記手続を求める訴えを提起し、その所有権取得原因として、Xが本件土地をFから買い受けた、そうでないとしても時効取得したと主張した。これに対し、Yは、本件土地を買い受けたのはDであり、Dは上記土地をYに贈与したと主張した
 Yは、昭和51年、本件土地上の建物の所有者に対し、所有権に基づいて地上建物収去・本件土地明渡しを求める訴えを提起し、上記訴えはXの提起した訴えと併合審理された(以下、併合後の訴訟を「前訴」という。)。

4.前訴の控訴審判決(以下「前訴判決」という。)は、本件土地の所有権の帰属につき、(1) 本件土地をFから買い受けたのは、Xではなく、Dであると認められる、(2) YがDから本件土地の贈与を受けた事実は認められない、と説示して、Xの所有権確認等の請求を棄却し、Yの地上建物所有者に対する請求も棄却すべきであるとした。前訴判決に対してXのみが上告したが、昭和61年9月11日、上告棄却の判決により前訴判決が確定した

5.前訴判決の確定後、Dの遺産分割調停事件において、Yが本件土地の所有権を主張し、右土地がDの遺産であることを争ったため、X及びE、平成元年に本訴を提起し、本件土地は、DがFから買い受けたものであり、Dの遺産であって、X及びEは相続によりそれぞれ上記土地の3分の1の共有持分を取得したと主張し、本件土地がDの遺産であることの確認及び右各共有持分に基づく所有権一部移転登記手続を求めた。
 これに対し、Yは、前訴と同じくDから本件土地の贈与を受けたと主張するとともに、Xが相続による上記土地の共有持分の取得の事実を主張することは、前訴判決の既判力に抵触して許されないと主張し、反訴請求としてXが本件土地の3分の1の共有持分を有しないことの確認を求めた。

【多数意見】

 所有権確認請求訴訟において請求棄却の判決が確定したときは、原告が同訴訟の事実審口頭弁論終結の時点において目的物の所有権を有していない旨の判断につき既判力が生じるから、原告が右時点以前に生じた所有権の一部たる共有持分の取得原因事実を後の訴訟において主張することは、右確定判決の既判力に抵触するものと解される。
 これを本件についてみると……(略)……Xは、前訴において、本件土地につき売買及び取得時効による所有権の取得のみを主張し、事実審口頭弁論終結以前に生じていたDの死亡による相続の事実を主張しないまま、Xの所有権確認請求を棄却する旨の前訴判決が確定したというのであるから、Xが本訴において相続による共有持分の取得を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものであり、前訴においてDの共同相続人であるX、Yの双方が本件土地の所有権の取得を主張して争っていたこと、前訴判決が、双方の所有権取得の主張をいずれも排斥し、本件土地がDの所有である旨判断したこと、前訴判決の確定後にYが本件土地の所有権を主張したため本訴の提起に至ったことなどの事情があるとしても、Xの右主張は許されないものといわざるを得ない。

【福田博反対意見】

一 本件は、共同相続人間で土地の所有権の帰属が争われた事察である。そこで、共同相続人間における財産の帰属をめぐる紛争がどのような形で争われ、訴訟・判決によって解決されるか、また、右紛争の中で相続による共有持分の存否が訴訟で争われるのはどのような場合かを検討する。

1.まず、ある土地について共同相続人甲は遺産であると主張し、共同相続人乙は自己の所有であると主張して、右土地が被相続人の遺産に属するか否かが争われる場合が考えられる。この場合、甲は、乙との間で右土地が被相続人の遺産に属することを確定するために、右土地につき相続による共有持分の取得を主張してその確認を求めることができる。そして、右訴訟において甲が勝訴すれば、右土地は被相続人の遺産ということになり、乙が勝訴すれば、右土地は乙の所有ということになって、右土地の遺産帰属性に関する紛争は事実上解決されることになる。訴訟法的に見れば、甲勝訴の判決は、甲が共有持分を有することを確定するにすぎず、その取得原因が相続であることや、右財産が被相続人の遺産であることについて既判力が生じるものではないし、乙勝訴の判決は、甲が共有持分を有しないことを確定するにすぎず、乙の所有権を確定するものではない。右のような難点を解消する手段として、特定の財産が被相続人の遺産に属することの確認を求める遺産確認の訴えが認められているのであるが、通常は、共有持分確認の訴えによって、遺産帰属性に関する紛争を解決するという目的は達成されるのである(最高裁昭和57年(オ)第184号同61年3月13日第一小法廷判決・民集40巻2号389頁参照)。このように、共同相続人間における相続による共有持分の主張は、遺産帰属性の主張にほかならず、確定的な共有持分の取得の主張とはその実質において異なるものということができよう。

2.次に、共同相続人甲、乙がある土地について互いに自己の所有であると主張して争う場合が考えられる。この場合には、甲又は乙のいずれか一方が他方を相手方として所有権の確認を求めるか、あるいは、双方が互いに所有権の確認を求めることになる。そして、判決により甲、乙のいずれかの所有権の主張が認められれば、右土地は勝訴者の所有ということになって、紛争が事実上解決される。なお、訴訟法的に見れば、甲のみが所有権確認訴訟を提起した場合において、乙の所有であることを認めて甲の請求を棄却する旨の判決が確定しても、右判決は甲の所有権の不存在を確定するにすぎず、乙の所有権について既判力を生じるわけではないが、実際には、右判決によって乙の所有ということで紛争が解決されるのが通例であろう。右のように甲、乙のいずれかの所有権の主張が認められて紛争が解決する限りにおいては、甲乙間の紛争は、相続や遺産とは無関係であり、相続による共有持分の存否が争われることはない。
 しかし、共同相続人間の紛争においては、甲、乙の双方が自己の所有であるとして争っている場合であっても、実際には、甲、乙いずれの所有でもなく、被相続人の遺産であるということも少なくない。その意味では、財産の帰属をめぐる共同相続人間の紛争においては、常に当該財産が被相続人の遺産である可能性があり、遺産帰属性に関する紛争も潜在的に含まれているという見方もできる。もっとも、右のような場合、甲や乙としては、右土地が被相続人の遺産であれば相続分に応じた共有持分を取得できることは十分承知しており、相続による共有持分では満足しないが故に、自己にとってより有利な単独所有の主張をしているのが実情であり、甲所有か、乙所有か、それとも遺産か、というのが当事者の認識する紛争の実態といってよいであろう。そうであるとすれば、仮に判決において右土地が甲、乙のいずれの所有でもなく被相続人の遺産であると判断されれば、右判決に従って右土地が遺産であることを承認し、遺産分割の手続に移行するというのが当事者の通常の対応と考えられる。例えば、甲、乙の土地所有権確認請求がいずれも棄却され、右土地が甲の所有でも乙の所有でもなく、被相続人の遺産であると判断された場合において、甲が右土地の遺産帰属性を争って乙の共有持分を否定することは、同時に自らの共有持分をも否定することになるのであり、このような判決後の対応をとることはおよそ考えられないといってよく、乙についても同様である。
 以上によれば、共同相続人甲、乙が互いにある財産の所有権を主張して争っている場合には、右財産が被相続人の遺産である場合も含めて、判決において双方の所有権の主張に対する判断が示されることにより紛争が解決されるのが通常であり、所有権の主張と併せて予備的に相続による共有持分の主張をしておかなくても、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないということができる。

二 確定判決において示された既判力ある判断(訴訟物に関する判断)について、当事者が後の訴訟においてこれと矛盾抵触する主張をすることを許さないのは、一回の訴訟・判決によって紛争を解決し、当事者に同一の紛争の蒸し返しを許さないためにほかならない。しかし、訴訟・判決による紛争の解決は、既判力ある判断部分のみによってもたらされるのではなく、既判力を生じない判断部分も含め、判決によって示された判断が全体として紛争解決の機能を果たしていることは、共同相続人間の紛争について先に検討したところからも明らかであり、紛争の当事者も判決の右のような機能を前提とし、これに期待して訴訟制度を利用しているものと考えられる。そうであるとすれば、後の訴訟における当事者の主張が前の訴訟の判決との関係で許されるか否かを判断するに当たっては、既判力との抵触の有無だけでなく、当事者が一般的に期待する判決の紛争解決機能に照らし、当該主張が前の訴訟の判決によって解決されたはずの紛争を蒸し返すものか否かという観点からの検討も必要であり、前の訴訟における紛争の態様、当事者の主張及び判決の内容、判決後の当事者の対応及び後の訴訟が提起されるに至った経緯等の具体的事情によっては、既判力に抵触しない主張であっても信義則等に照らしてこれを制限すべき場合があり、また、その反面、既判力に抵触する主張であっても例外的にこれを許容すべき場合があり得ると考えられる。
 このような観点から本件の事案を検討すると、前訴においては、Dの共同相続人であるX、Yの双方が本件土地につき単独所有のみを主張して争っていたところ、前訴判決は、双方の所有権取得の主張をいずれも認めなかったのであり、その理由説示によれば、本件土地はDの所有に属し、同人の遺産であるという判断がおのずから導き出されるところである。このような場合、先に検討したところによれば、当事者双方が前訴判決の判断に従い、本件土地がDの遺産であることを承認して、遺産分割の手続を進めるのが通常であり、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないと考えられる。にもかかわらず、Xが本訴において本件土地の共有持分の取得を主張するに至ったのは、Yが遺産分割調停において再び本件土地の所有権を主張し、その遺産帰属性を争ったためにほかならないYは、前訴において、本件土地につき、所有権の確認こそ求めていなかったものの、Dからの贈与による所有権の取得を主張して、地上建物の所有者に対し所有権に基づく建物収去土地明渡請求訴訟を提起していたのであり、右主張が認められず、建物収去土地明渡請求訴訟につき敗訴判決が確定したのであるから、本件土地につき所有権の主張が認められずに敗訴したという点ではXと実質的な立場に変わりはないそのようなYが、遺産分割調停及び本訴において、前訴で排斥された所有権取得の主張を繰り返し、本件土地の遺産帰属性を争うことは、前訴判決によって決着したはずの紛争を蒸し返すものであり、信義則に反すると言わざるを得ない。他方、Xは、前訴判決の判断に従い、本件土地がDの遺産であることを承認して遺産分割の手続を進めようとしたにもかかわらず、右のようなYの信義則に反する対応により、紛争の解決に対する合理的な期待を裏切られ、予期していなかった本件土地の遺産帰属性の争いを解決するために、本訴を提起することを余儀なくされたものということができる。前訴の段階では、XがYの右のような判決後の対応を予想することは困難であり、遺産帰属性をめぐる争いに備えて相続による共有持分の取得を主張することを要求するのは、酷に過ぎるものといわざるを得ない(なお、本件では、Dの相続人としてEもいるのであり、前訴において遺産帰属性の点も含めて既判力ある判断を得ようとするならば、本訴のようにEも当事者に加えて遺産確認の訴えを提起しなければならないことになろう。)。
 右のような諸事情が認められるにもかかわらず、本訴においてXに相続による共有持分の取得の主張を許さないのは、条理に反するというべきであり、前訴判決の既判力に抵触するものであっても、Xの右主張は許容されるべきものと解するのが相当である。このように解しても、Xに同一の紛争の蒸し返しを許すことにはならず、前訴判決との間で実質的な判断の矛盾抵触を来すことにもならないから、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものではない。右と異なり、Xの相続による共有持分取得の主張が前訴判決の既判力に抵触して許されないとした原審の判断には、既判力に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決は破棄を免れない。そして、本件土地がDの遺産に属することなど原審の適法に確定した事実によれば、本件土地の3分の1の共有持分に基づいて所有権一部移転登記手続を求めるXの請求は理由があり、第一審判決のうち右請求を認容した部分は正当であるから、右部分に対するYの控訴を棄却すべきである。また、Xが本件土地の3分の1の共有持分を有しないことの確認を求めるYの反訴請求は、理由がないから棄却すべきである。

【根岸重治補足意見】

一 特定の土地についての所有権の存否と当該土地の共有持分の存否との間には、その共有が相続による遺産共有であるとしても、訴訟物の同一性があるから、多数意見の説示するとおり、本件土地についてのXの所有権確認請求を棄却する旨の前訴判決が確定したことにより、Xが前訴の事実審口頭弁論終結時以前に相続により本件土地の共有持分を取得したことを本訴において主張することは、前訴判決の既判力に抵触すると解するほかはない。ところで、反対意見は、本訴における主張が前訴判決の既判力に抵触することは是認しながらも、既判力に抵触する主張であっても例外的にこれを許容すべき場合があり、本件は正にこのような場合に該当するというのである。しかし、私は、このような見解に賛同することはできない

二 いうまでもないところであるが、確定判決の既判力(民訴法199条1項(※注:現行の114条に相当する。))とは、確定判決の内容について認められる拘束力であって、この既判力が生ずると、同一当事者間の後の訴訟において、裁判所は、前の訴訟の確定判決の主文に包含される判断(すなわち訴訟物に関する判断)と異なる判断をすることが許されないこととなる(同法420条1項10号(※注:現行の338条1項10号に相当する。)参照)。もし、確定判決にこのような効力があることを承認しないとすると、同一当事者間において同一の権利をめぐって訴訟が繰り返され、受訴裁判所ごとに相反する判断が下され得ることとなり、確定判決によっても紛争が最終的に解決されたことにはならず、国家が公権的法律判断を下して私人の紛争を強制的に解決するために設けた民事訴訟制度の目的に反することとなるのである。また、前の訴訟の確定判決に右のような効力を認めることは、その反面として、当事者が後の訴訟において当該確定判決の訴訟物に関する判断に反する主張をすることはでき得ないこととなるため、前の訴訟の原告としては、その訴訟においてこれと訴訟物を同じくする範囲では主張立証を尽くす必要を生じてくるのである。
 ところで、既判力が及ぶ範囲を定めるものは訴訟物の概念であり、どの範囲で訴訟物の同一性を認めるべきかについては種々の議論があるにせよ、訴訟物の同一性がある範囲では既判力が及び、同一性がないものには及ばないと解すべきことについては、ほぼ異論がないところであろう。
 したがって、Xの売買又は取得時効による所有権の取得を主張する前訴請求と相続による共有持分の取得を主張する本訴請求との間に訴訟物の同一性があることを前提として、前訴判決の既判力が本訴におけるXの主張に及ぶことも認めながら、既判力に抵触する主張も例外的に許容されることがあるとする反対意見の見解は、民事訴訟制度の根幹にかかわる既判力の本質と相容れないものであって、到底容認することができないのである。

三 反対意見は、本件の具体的事情の下においては、Yが、紛争の解決についての合理的な期待を裏切って前訴判決の判断に従わず、遺産分割調停において本件土地の遺産帰属性を争うという信義則に反する対応をしたために、Xが本訴の提起を余儀なくされたのであって、これを許さないとすることは条理に反するという。しかし、本件の個別的事情に基づく実質論をもって、既判力に抵触する主張であっても許容すべきであるとする見解が認められないことは二において述べたとおりであるが、私は、反対意見のいう実質論そのものにも、にわかに賛同することができない
 反対意見は、大要「共同相続人間の紛争において、甲、乙の双方がある土地を自己の所有であるとして争っている場合、甲や乙としては、右土地が被相続人の遺産であれば相続分に応じた共有持分を取得できることは十分承知しており、相続による共有持分では満足しない故に、自己にとってより有利な単独所有の主張をしているのが実情であり、また、仮に判決において甲、乙の土地所有権確認請求がいずれも棄却されても、判決において双方の所有権の主張に対する判断が示されたことにより紛争が解決されるのが通常であり、所有権の主張と併せて予備的に相続による共有持分の主張をしておかなくても、判決の後に遺産帰属性をめぐる争いが生じることはないということができる。」旨の一般論を展開し、さらに、それを背景として、本件につき、「前訴の段階では、XがYの本件土地の遺産帰属性を争うというような判決後の対応を予想することは困難であり、遺産帰属性をめぐる争いに備えて相続による共有持分の取得を主張することを要求するのは、酷に過ぎるものといわざるを得ない。」としている。
 しかしながら、Yの本件土地をDから贈与されたとの主張は、前訴において退けられはしたが、前訴判決は、DがYに対し、本件土地を贈与する意向を漏らしていたことは認められるが、贈与の確定的意思表示をしたとの点は、直ちに採用することはできない旨の判断をしていることからも、全く根も葉もないものではなかったことがうかがわれる等の本件経緯に照らせば、Xと対立して、その主張を強く争ってきているYが、前訴判決後本件土地についてのXの共有持分を認めないような対応をするとは予想することが困難であったと結論付けることには疑問があり、また、そもそも本件土地がDの所有であるとの判断は、前訴判決の理由中でされたもので、Yに対して拘束力をもつものではなく、それに反する言動があったからといって、それが信義則に反すると即断できるものでもない
 本件に関し、もしXが真に紛争の解決を念願しているのであれば、安易にXの期待するようなYの判決後の対応に頼ることなく、前訴において予備的に相続による共有持分の主張をすべきであったのに、最も有利な単独の所有権の主張に固執してそれを怠ったこと、前訴においては、Dが死亡した事実及びXらがその相続人である事実については当事者間に争いがなく、また、前訴判決は、本件土地はDが買い受けたものであるとの事実認定の下にXの請求を棄却している点にかんがみると、Xが予備的に共有持分の主張をしても、その立証に特段の負担を負うことにはならないことなどを勘案すると、前訴の段階において、Xに相続による共有持分の取得の主張をすることを要求するのが酷に過ぎるものとはいい得ない
 なお、反対意見は、「本件のような諸事情の下において、Xの本件主張は許容されるべきであると解しても、Xに同一の紛争の蒸し返しを許すことにはならず、前訴判決との間で実質的な判断の矛盾抵触を来すことにもならないから、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものではない。」旨主張するので、念のため付言するが、既に述べたところからも明らかなように、前訴判決の既判力に反するため、本来許されない本件主張をして、あえて訴訟を提起し、裁判所に前訴により確定された内容と異なる判断を求めることこそ、正に既判力の容認しない同一の紛争を蒸し返し、前訴判決の判断と矛盾抵触する判断を求めることに該当するもので、既判力制度の本来の趣旨・目的に反するものといわざるを得ない。
 右のとおり、Xが本件訴訟を提起するに至ったことについては、Yにその非が全くなかったとはいえないとしても、むしろXの責めに帰すべきところが少なくないのであって、実質的にみても、X側に本件訴訟の提起を正当化し得る程の諸事情があるとは到底考えられないのである。

(引用終わり)

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