令和6年司法試験論文式民事系第3問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年民事系第3問についていえば、設問1で任意的訴訟担当の要件が不正確だったり、判例の事案を知らないからと異同の論述を諦めて雑な記述になったり、設問2で裁判上の自白の意義を適切に示し、そこから要件を導出できていなかったり、とりあえず弁論準備手続の条文を挙げる(このような条文書写しは事実摘示に準じます。行政法の関係法令の書写しと同様です。)などの粘りを見せることなく簡単に結論を出してしまったり、設問3で解答対象でない事項(解除原因と訴訟物の同一性や形成権と基準時の関係など)を延々と論じる一方、解答すべき事項について事実をほとんど摘示しないまま簡単に結論を出してしまう答案が一定数出ると思われることから、参考答案(その1)でも、合格レベルには達するのではないかと思います。

【参考答案(その1)】

第1.設問1

1.課題1

 任意的訴訟担当とは、本来の権利主体に代わって合意によって当事者適格が認められる者をいう。
 明文なき任意的訴訟担当は、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として、弁護士代理の原則(54条1項本文)、訴訟信託禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく、合理的必要があるときに認められる(最大判昭45・11・11(以下「参考判例」)参照)。

2.課題2

(1)訴訟追行権の授与

 遺産分割協議で本件契約につき本件建物の明渡しに関する訴訟上の業務についてX1が自己の名で行うことが取り決められた。X1が本件契約を解除して本件建物明渡請求訴訟を提起しようと考え、X2・X3にその旨を相談したのに対し、X2・X3は、Yに対して本件建物の明渡しを求めるとのX1の意向に賛成した上で、X1単独で訴訟を提起してほしいと述べたから、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与がある。

(2)弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれ

ア.確かに、参考判例では組合契約に基づいて結成された共同事業体が契約当事者であるのに対し、本件ではAが本件契約の当事者で、XらはAの相続人である。代表者のある組合は29条の「社団」として当事者能力がある(判例)が、共同賃貸人は同条の「社団」には当たらない。しかし、本件建物はXらがそれぞれ3分の1の持分で共有し、本件契約についてXら全員が賃貸人となる。
 確かに、参考判例では代表者が担当者であるのに対し、X1は代表者ではない。しかし、遺産分割協議において、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められた。

イ.以上から、参考判例と同様に、弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれはない。

(3)合理的必要

ア.確かに、参考判例は組合であるのに対し、Xらは共同賃貸人である。本件建物の明渡しについて、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権を訴訟物とした場合は、固有必要的共同訴訟とはならず、X1単独で訴訟を提起できる。しかし、参考判例で担当者が組合員のうちの1人で、本件でもX1は共同賃貸人のうちの1人である点、当事者となりうる者が複数である点、全員が当事者となることについて各人の時間的・経済的負担が大きい点は同じである。
 したがって、参考判例と同様に、合理的必要がある。

(4)よって、X1による訴訟担当は明文なき任意的訴訟担当として認められる。

第2.設問2

1.裁判上の自白(179条)とは、相手方が証明責任を負う主要事実を認める旨の弁論としての陳述をいう(判例)。
 上記意義から、①相手方が証明責任を負うこと、②主要事実であること、③認める旨のものであること、④弁論としての陳述であることが要件となる。

2.要件①

 L1提出準備書面は、「Yによる本件建物の使用は…賃料不払とは別の解除原因を構成する…Yはかかる請求原因事実を自白した」とするから、「令和3年10月以降、Yの妻が、本件建物において何回か料理教室を無償で開いたこと」を用法遵守義務(民法616条、594条1項)違反を基礎づける事実として自白の対象とする。上記事実は、Xらが証明責任を負う。
 したがって、①を満たす。

3.要件②

 主要事実とは、権利の発生、障害、消滅、阻止の法律効果を生じさせる法律要件に該当する事実をいう。
 用法遵守義務違反を基礎づける事実は解除権発生の法律効果(民法542条1項5号)を生じさせる法律要件に該当する事実として主要事実となるから、②を満たす。

4.要件③

 確かに、本件陳述は、先行するXの陳述を「認める」と発言するものでない。
 しかし、「令和3年10月以降、Yの妻が、本件建物において何回か料理教室を無償で開いたこと」を認める内容であるから、先行自白といえ、「Xらはこれを援用する。」とのL1提出準備書面で援用された以上、要件③を満たす。

5.要件④

 確かに、本件陳述がされた場面は、「弁論」準備手続である。第1回弁論準備手続期日では、解除の可否に関して議論することとされた。弁論準備手続にも擬制自白がある(170条5項、159条1項本文)。
 しかし、本件陳述がされた場面は、弁論「準備」手続であり、争点及び証拠の整理が目的である(168条)。第1回弁論準備手続期日では、議論するのは賃料不払による無催告解除の可否に関してであった。口頭で自由に議論し、その結果を踏まえ、第2回弁論準備手続期日以降に準備書面を提出して具体的な争点を確定することとされた。特定の事項に関する主張を記載した準備書面の提出(170条5項、162条)はまだなされていない。Yは弁護士L2に訴訟委任をしたが、本件陳述はYの発言である。Yは、本件陳述はXらとの間の信頼関係が破壊されていないことを裏付ける事実として述べたにすぎない。弁論準備手続は終了しておらず、攻撃防御方法の提出制限は生じない(174条、167条)し、証明事実の確認(170条5項、165条1項)も口頭弁論における結果の陳述(173条)もされていない。
 以上から、本件陳述は弁論としての陳述とはいえない。

6.よって、要件④を欠き、裁判上の自白は成立しない。

第3.設問3

1.既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠は、紛争の一回的解決の必要があり、手続保障あったことによる自己責任によって正当化しうる点にある。

2.後訴で用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張を認めると、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権の有無という同一紛争を蒸し返すことになるから、上記1の根拠のうち紛争の一回的解決の必要がないとはいえない。

3.XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったから、本件訴訟において本件セミナー開催を理由とする用法遵守義務違反の主張をすることは不可能であり、自己責任を基礎づける手続保障を欠いているとして、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないという見解が考えられる。
 確かに、本件セミナーは株式投資に関するもので、月1、2回の割合で開催されていた。
 しかし、本件セミナーは令和3年1月から令和5年1月までの間、開催されていた。X1は、令和3年9月に本件契約の現状について調べ、同年6~8月の3か月分の賃料が支払われていないことが判明したことから、X1は、本件契約を解除して本件建物明渡請求訴訟を提起しようと考えた。L1は弁護士で、本件訴訟提起前に受任した。本件訴訟において本件セミナー開催を理由とする用法遵守義務違反の主張をすることが不可能だったとはいえない。
 以上から、自己責任を基礎づける手続保障を欠いていたとはいえない。

4.よって、上記1の既判力の根拠に照らし、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することは相当である。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

1.課題1

(1)任意的訴訟担当とは、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を授与されることにより当事者適格が認められる者をいう(判例)。

(2)当事者適格は、訴訟物について管理処分権を有する権利主体に認められるのが原則である。民訴法が例外として明文で認める任意的訴訟担当は、選定当事者だけである(30条)。他方、弁護士代理の原則(54条1項本文)、訴訟信託禁止(信託法10条)が定められているが、任意的訴訟担当を直接禁止する旨の明文はない。
 以上から、明文なき任意的訴訟担当は、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として、弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれがなく、合理的必要があるときには認められる(「互」建設共同体事件判例(以下「参考判例」という。)、アルゼンチン国債事件各判例参照)。

2.課題2

(1)参考判例では、個別の訴訟に対する授権が認定されていない。これは、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約するという組合の強い共同性(民法667条1項)及び業務執行組合員が組合事業全般について包括的業務執行権を有する(同法670条3項前段)ことから、黙示の包括授権も許容される趣旨と理解できる。
 これに対し、本件ではXらは共同賃貸人にすぎず、黙示の包括授権を許容しうる事情はない。しかし、遺産分割協議で本件契約につき本件建物の明渡しに関する訴訟上の業務についてX1が自己の名で行うことが取り決められ、X1が本件契約を解除して本件建物明渡請求訴訟を提起しようと考え、X2・X3にその旨を相談したのに対し、X2・X3は、Yに対して本件建物の明渡しを求めるとのX1の意向に賛成した上で、X1単独で訴訟を提起してほしいと述べており、明示の個別授権があると認定できる。
 以上から、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与がある。

(2)弁護士代理の原則、訴訟信託禁止の趣旨は、第三者の介入により依頼者が害されるのを防止する点にある。
 確かに、参考判例では業務執行組合員であるのに対し、X1は共同賃貸人の1人にすぎない。
 しかし、参考判例の趣旨は、①業務執行組合員が包括的業務執行権を有し(民法670条3項前段)、②他の組合員と利害を共通にし(同法668条、674条)、③他の組合員に対し善管注意義務を負う(同法671条、644条)ことから、訴訟物について管理処分権を有する権利主体に準ずる地位にあるとともに、被担当者を害するおそれもない点にある。上記①から③までが妥当するときは、参考判例の趣旨が及ぶ。
 遺産分割協議において、本件契約の更新、賃料の徴収・受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上・訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められた。①X1は、本件契約に関する限り、包括的業務執行権に準ずる権限をX2・X3から付与されている。②本件建物はXらがそれぞれ3分の1の持分で共有し、本件契約についてXら全員が賃貸人となるから、Xらは利害を共通にする。③上記遺産分割協議における取決めは(準)委任の性質を有するから、X1は、X2・X3に対し、善管注意義務を負う(656条、644条)。参考判例の趣旨は、本件にも及ぶ。
 以上から、弁護士代理の原則、訴訟信託禁止を潜脱するおそれはない。

(3)上記(2)の①から③までの要素が満たされるときは、特段の事情のない限り、合理的必要性を欠くとはいえない(参考判例)。

ア.当事者となりうる者が複数である点、全員が当事者となることについて各人の時間的・経済的負担が大きい点は、参考判例における組合の場合と同じである。

イ.確かに、参考判例における組合では、個々の組合員は単独で組合債権を行使できない(民法676条2項)のに対し、共同賃貸人の債権は不可分債権ないし連帯債権の関係にあり、各共同賃貸人は単独行使できる(同法428条、432条)。したがって、本件建物の明渡しについて、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権を訴訟物とした場合は、固有必要的共同訴訟とはならず、X1単独で訴訟を提起できる。
 しかし、単独で訴訟提起した場合には、X2・X3に既判力が及ばない(115条1項1号、2号対照)。したがって、この差異のみをもって特段の事情があるとはいえない。 

ウ.以上から、特段の事情はなく、合理的必要性が認められる。

(4)よって、X1による訴訟担当は明文なき任意的訴訟担当として認められる。

第2.設問2

1.裁判上の自白(179条)とは、相手方が証明責任を負う主要事実を認める旨の弁論としての陳述をいう(判例)。
 上記意義から、①相手方が証明責任を負うこと、②主要事実であること、③認める旨のものであること、④弁論としての陳述であることが要件となる。

(1)要件①

 用法遵守義務(民法616条、594条1項)違反解除を理由とする賃貸借終了に基づく目的物明渡請求において、用法に反する使用の事実は、解除権の発生(同法542条1項5号)を基礎付ける事実として請求原因となるから、原告が主張・立証責任を負う。
 本件契約には、Yは本件建物を居住用建物として使用し、他の目的での使用はしないことの約定があるから、本件陳述に含まれる「令和3年10月以降、Yの妻が、本件建物において何回か料理教室を無償で開いたこと」は、用法に反する使用の事実として、原告であるXらが証明責任を負う。
 したがって、①を満たす。

(2)要件②

 主要事実とは、権利の発生、障害、消滅、阻止の法律効果を生じさせる法律要件に該当する事実、すなわち、請求原因、抗弁、再抗弁等を構成する事実をいう。
 上記(1)のとおり、用法に反する使用の事実は請求原因を構成する事実であるから、主要事実であり、②を満たす。

(3)要件③

 「認める」とは、先行する相手方の陳述について認める場合に限られず、相手方が証明責任を負う主要事実を自ら主張し、相手方がそれを援用した場合をも含む(先行自白)。
 上記2、3のとおり、本件陳述はXらが証明責任を負う主要事実を自ら主張するものであるから、「Xらはこれを援用する。」旨のL1提出準備書面が陳述されたときに、要件③を満たす。

(4)要件④

ア.弁論としての陳述とは、証拠資料等としてではなく、訴訟資料として提出されたことをいう。
 本件陳述は、令和3年6月から8月までの3か月分の賃料不払があった後の同年10月以降においてX1がこれを問題視していなかったことを示す背信性の評価障害事実の主張を訴訟資料として提出するものであるから、弁論としての陳述である。Yは、これが用法遵守義務違反解除の請求原因事実としてXらに援用されることを想定していなかったが、訴訟資料は提出した当事者に有利にも不利にもはたらく(主張共通)から、この点は結論を左右しない。

イ.弁論準備手続の目的は争点・証拠の整理にあり(168条)、同手続中の陳述について自白が成立すると、自白の成立をおそれて発言が萎縮し、自由な議論ができなくなって上記目的を達成できなくなるおそれがあるとして、訴訟資料の提出は口頭弁論における結果の陳述(173条)によって初めてなされ、それ以前の陳述は弁論としての陳述に当たらないとする考え方もありうる。
 しかし、170条5項は弁論準備手続にも擬制自白に関する159条1項本文を準用しており、同手続でも自白が成立しうることを前提とする。179条は証拠の通則であり、159条と異なり口頭弁論の規定ではないから、準用規定がなくても当然に弁論準備手続にも適用される。自白によって証拠調べの対象を絞り込むことも争点整理に必要である。自由な議論の確保は、自白の成立を否定するのではなく、弁論準備手続中の撤回を柔軟に認めることで実現できる。以上から、弁論準備手続における陳述であっても、弁論としての陳述ということを妨げない。

(5)以上から、裁判上の自白が成立する。

2(1)一般に、自白の撤回が認められるには、①相手方の同意、②刑事上罰すべき他人の行為、③反真実・錯誤のいずれかを要するとされるが、本件ではいずれも満たさない。

(2)もっとも、自白の当事者拘束力の趣旨は、不要証効(179条)に対する相手方の信頼を保護する点にあり、上記①から③までの類型において撤回が許される趣旨は、相手方の信頼保護よりも自白者の保護を優先すべき点にある。したがって、上記各類型に当てはまらない場合であっても、相手方の信頼保護に自白者保護の要請が優越するときは、自白の撤回が許される。
 弁論準備手続において、攻撃防御方法の提出制限の効果は同手続終了まで生じない(174条、167条)こと、同手続の結果は、口頭弁論において陳述しなければならない(173条)ことからすれば、弁論準備手続が終了するまでの自白は暫定的なものといえる。不要証効に対する相手方の信頼保護の必要性は低い。一方、争点・証拠の整理のためには自由な議論が必要であり、自白者が不測の不利益を受けないようにする必要性は高い。以上から、弁論準備手続中の自白については、撤回を認めるべき相当の理由がある限り、同手続終了までは撤回が許される。

(3)一般に、賃料支払の事実は領収書や銀行振込を示す通帳の記載などの書証によって容易に立証できるところ、本件では、令和3年6月から8月までの3か月分の賃料支払を示す書証が提出されていなかった。第1回弁論準備手続期日は、これを踏まえ、賃料不払については争いがないことを前提に、両当事者が背信性の評価根拠事実・評価障害事実についてどのような主張・立証をする方針かを口頭の自由な議論を通じて聴取する目的でされたと考えられる。本件陳述は、上記評価障害事実として第2回弁論準備手続期日において準備書面で具体に主張する予定のものを開示する趣旨であって、暫定的な主張にとどまる。このような暫定的な主張について、いまだ手続に顕出されていない他の請求原因事実として援用されたことで先行自白が成立するときは、自白者が不測の不利益を受けるおそれが特に大きいから、特段の事情がない限り、撤回を認めるべき相当の理由がある。
 上記のとおり、第1回弁論準備手続期日では専ら賃料不払解除に係る主張・立証方針が聴取され、用法遵守義務違反解除についてはいまだ手続に顕出されていなかった。本件陳述によればX1も夫婦で料理教室に参加しており、Xらにおいて立証が極めて困難とはいえないこと、本件陳述は訴訟代理人L2ではなく、Y本人の発言であり、Xらの援用があったのにYが漫然と放置したなどの事情もないことから、特段の事情は認められない。
 以上から、撤回を認めるべき相当の理由がある。

(4)よって、自白の撤回が許される。

第3.設問3

1.既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠は、紛争の一回的解決の必要があり、手続保障があったことによる自己責任によって正当化しうる点にある。
 すなわち、基準時前の事由を再び蒸し返すことが可能であれば、紛争の一回的解決を図ることができないことから、そのような事由の主張を遮断する必要がある。もっとも、遮断を受ける当事者にとっては不利益であるから、これを正当化する根拠として、基準時前に主張する機会があったという手続保障が要求される。手続保障が正当化根拠となるのは、手続保障があったにもかかわらず主張をしなかったことに帰責性を見出すことができ、その責任を自ら負うべきであるという自己責任を基礎付けることができるからである。
 そこで、上記根拠を欠くことによって、既判力による遮断が否定されるかという観点から検討する。

2.後訴で用法遵守義務違反を理由とする解除権行使の主張を認めると、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権の有無という同一紛争を蒸し返すことになるから、上記1の根拠のうち紛争の一回的解決の必要性を欠くとはいえない。

3.では、自己責任を基礎付ける手続保障を欠くといえるか。

(1)ア.基準時前に主張する機会があったかについて、当該当事者の具体的な認識を基準にして判断する見解が考えられる。
 この見解からは、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったから、基準時前に主張する機会がなかったと判断される。
 したがって、自己責任を基礎付ける手続保障を欠き、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することは相当でないとの結論になる。

イ.しかし、既判力は制度的効力であって、その客観的範囲は明文上画一的に定められている(114条)から、その例外を認めるのは慎重でなければならない。上記見解によれば、具体的認識の有無それ自体を巡って容易に紛争が蒸し返される。のみならず、当該当事者の認識不足に起因するリスクを他方当事者に応訴の負担を負わせる形で転嫁する結果になる。訴訟当事者は自己に有利な主張・立証のための資料収集について自ら責任を負うのが原則であり、たまたま認識を欠いていたからといって、他方当事者に責任を転嫁することは許されない。各当事者は資料収集について可能な限りの努力を尽くすことが前提とされており、責任を免れるのは、上記努力を尽くしても不可能であったといえる場合に限られる。

ウ.以上から、基準時前に主張する機会があったかについては、可能な限りの努力を尽くしても主張・立証が不可能であったかで判断する。

(2)確かに、本件セミナーは、株式投資に関するもので、屋内で行われたと考えられるから、参加者の出入りや開催中の会話音の他は、外部からうかがうことのできる徴表に乏しい。また、月1、2回の割合であり、高頻度とはいえない。したがって、Xらにおいて容易には知りえない態様であったといえる。本件セミナーについて、Yは開催に係る資料や参加者を知っており、Y側に証拠が偏在していた。その一方で、Xらはその存在を認識することすら困難であったと一応いうことができる。
 しかし、本件セミナーは令和3年1月から令和5年1月までの間に開催されていた。X1は、令和3年9月に本件契約の現状について調べ、3か月分の賃料不払が判明したことから、本件契約を解除して本件建物明渡請求訴訟を提起しようと考えた。平時において容易に知ることができなくても、解除の検討を開始して紛争が顕在化して以降は、他に解除事由等がないかについて調査をする契機がある。上記検討開始時点において、既に8か月ほど本件セミナーが開催されていた状態であり、かつ、その後も1年4か月ほど開催が継続していたから、賃料不払の原因だけでなく、他に解除事由がないかという観点からも、近隣住民やYの知人等からの聴取等の調査を行えば、本件セミナー開催が発覚した可能性は否定できない。L1は弁護士で、本件訴訟提起以前から受任していたから、提訴するに当たり、賃料不払解除が認められなかった場合に備えて、他の解除事由についても調査を尽くすべきであった。これら調査を尽くすことが不可能であったとか、調査を行っても本件セミナー開催をおよそ知りえなかったと認めるに足りる事情はない。XらやL1がYに用法等を問い合わせ、Yがこれに対し本件セミナー開催の事実を積極的に秘匿した等の事情はうかがわれない。Y側に証拠が偏在していたとしても、Yにおいて、本件訴訟で本件セミナー開催の事実を積極に開示すべき訴訟上の義務は存在しない。
 以上から、資料収集について可能な限りの努力を尽くしても不可能であったとは認められない。基準時前に主張する機会がなかったとはいえず、自己責任を基礎付ける手続保障に欠けるとはいえない。

(3)よって、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することは相当である。

以上

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