1.令和6年司法試験刑事系第1問設問1乙の罪責。メインは例の論点(※1)だよね、ということで、多くの人が、用意した論証を貼る感じになったでしょう。これは、平成28年にも出題されていたので、過去問を解いていた人は、「また出た。」という感じで、より自信を持って書けたことでしょう。違うのは、既遂・未遂くらいです。
※1 『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』「キャッシュカードの暗証番号の聞出しは財産上の利益の移転に当たるか」の項目を参照。
(平成28年司法試験論文式刑事系第1問問題文より引用。太字強調は筆者。)
6 盗みに入る先を探して徘徊中の丁(32歳,男性。なお,甲,乙及び丙とは面識がなかった。)は,同日午前2時40分頃,V方前を通った際,偶然,V方の玄関扉が少し開いていることに気付いた。丁は,V方の金品を盗もうと考え,その玄関からV方に入り,6畳間において,扉の開いた金庫内にX銀行のV名義のキャッシュカード1枚(以下「本件キャッシュカード」という。)があるのを見付け,これをズボンのポケットに入れた。そして,丁が,更に物色するため寝室に入ったところ,そこには右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているVがいた。丁は,その様子を見て驚いたものの,「ちょうどいい。手に入れたキャッシュカードの暗証番号を聞き出し,現金を引き出そう。」と考え,Vに近付いた。 7 丁は,その暗証番号を覚えると,V方から逃げ出し,同日午前3時頃,V方近くの24時間稼動している現金自動預払機(以下「ATM」という。)が設置されたX銀行Y支店にその出入口ドアから入り,同ATMに本件キャッシュカードを挿入した上,その暗証番号を入力して,同ATMから現金1万円を引き出した。 (引用終わり) (平成28年司法試験論文式試験出題の趣旨より引用。太字強調は筆者。)
丁は,その後,右ふくらはぎを刺されて横たわっているVに対し,強い口調で迫ってVのカードの暗証番号を聞き出しているところ,この行為がいかなる構成要件に該当するかを確定する必要がある。この点に関しては,Vのカードの暗証番号が刑法上保護されるべき財産上の利益に該当するか否かに加え(カードとその暗証番号を併せ持つことは財産上の利益に該当するとした裁判例として東京高判平成21年11月16日判例時報2103号158頁がある。),丁がVに申し向けた文言が強盗罪の実行行為としての脅迫に該当するか否かが問題となるところである。その結論としては,暗証番号の利益性を肯定すれば2項強盗罪あるいは2項恐喝罪が,これを否定すれば強要罪等が成立するが,いずれの結論を採ったとしても,問題点を意識した上で,理論的に矛盾なく論じられていることが求められる。 (引用終わり) |
本問では、暗証番号聞出しが「財産上の利益」を得ようとする行為、すなわち、2項強盗の「脅迫」の要素である「財産上不法の利益を得ることに向けられたものか」というところで書いてね、というヒントが与えられています。また、平成28年は不正引出し目的の立入りについて建造物侵入罪も書く必要がありましたが、本問では設問で除外されています。過去問のときよりも、書きやすくしてくれているわけですね。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問1〕 【事例1】における甲及び乙の罪責を論じなさい(盗品等に関する罪(刑法第256条)、建造物侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。なお、乙の罪責を論じるに際しては、乙がAから暗証番号を聞き出す行為が財産犯における「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たるかという点にも触れること。 (引用終わり) |
なので、ここはそれほど問題はなかったでしょう。
2.むしろ、問題なのは、「見張りって監禁罪?検討いる?」というところだったかもしれません。仮に監禁罪が成立するなら、共謀があるので、甲も共同正犯です。簡潔に書いても結構めんどくさい。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 甲は、Aの追及には時間が掛かると考え、同じグループの配下の乙(25歳、男性)に見張りを頼むこととし、電話で乙を呼び出した。同日午後8時30分頃、乙がB公園に到着すると、甲は、一旦、食事に出掛けることにして、乙に「小遣いをやるから、Aを見張っておけ。」と言った。乙は、おびえているAの様子から、甲がAに暴力を振るったことを理解し、「分かりました。」と答えた。甲は、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。 (引用終わり) |
理論的には、「監禁罪の意義にいう『一定の場所』というためには、物理的に遮蔽された空間であることを要するか。」という論点があります。結論としては、公園のように完全に開かれた場所は、「一定の場所」に当たらない、ということになるのでしょう(※2)。その意味では、監禁罪を検討することが理論的に間違いというわけではない。しかし、本問では、「そんなことは問われていない。」と判断すべきだったろうと思います。
※2 藤井智也「監禁罪の構成要件における「一定の場所」について -監禁罪の空間的限定-」早稲田大学大学院法研論集(2021年)178号189~208頁。
3.なぜか。それは、「乙が現実に見張っていた。」とか、「乙の見張りのせいでAは逃走できなかった。」というような描写が、問題文にないからです。仮に、問題文に以下のような記載があったなら、監禁罪を検討することも考えてよかったでしょう。
(問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。) 2 甲は、Aの追及には時間が掛かると考え、同じグループの配下の乙(25歳、男性)に見張りを頼むこととし、電話で乙を呼び出した。同日午後8時30分頃、乙がB公園に到着すると、甲は、一旦、食事に出掛けることにして、乙に「小遣いをやるから、Aを見張っておけ。」と言った。乙は、おびえているAの様子から、甲がAに暴力を振るったことを理解し、「分かりました。」と答えた。甲は、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。 (引用終わり) |
考査委員が監禁罪の検討をさせるつもりでこの事案を作ったなら、上記太字強調部分のような記載を入れてくるでしょう。それがないので、考査委員はこれを検討させる気がないと判断できる。甲が乙に見張りを命じて食事に行く事案にしたのは、問題設定上の都合によるのだろうと思います。仮に、甲が本件カードを発見して、そのまま暗証番号を聞き出したとした場合、先行する強盗との一体性とか罪数とかで面倒なことになる。それを避けるために、乙を登場させた。甲がその場にいたら現場共謀が成立して、やっぱり先行する強盗との罪数とかが面倒なので、甲は食事に行ってもらう。甲が食事に行ってる間に乙がその場にとどまってくれるためには、何らかの動機が必要なので、甲が見張りを頼んだことにしよう。そんな感じで、本問のような事実関係になったのだと思います。なので、監禁罪を問うつもりは全然なかったのでしょう(※3)。似たような設定上の都合によるものとして、「なぜかATMが銀行ではなくコンビニに設置されたやつである。」という点があります。
※3 承継的共同正犯も問うつもりはないでしょう。そもそも、先行する甲の強盗は本件財布の占有移転によって終了しているので、承継的共同正犯が問題になる事案ではありません。
(問題文より引用。太字強調部分は筆者が改変したもの。) 3 乙は、Aが逃げ出す様子もなかったので、本件カードを使ってAの預金を引き出そうと思い、Aをその場に残して、付近のコンビニエンスストアに向かった。乙は、同日午後8時45分頃、上記コンビニエンスストアに設置された現金自動預払機(以下「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aが答えた4桁の数字を入力して預金を引き出そうとしたが、暗証番号が間違っている旨の表示が出たため、ボタンを押し間違えたと思い、続けて同じ4桁の数字を2回入力したところ、ATMに不正な操作と認識されて取引が停止された。 (引用終わり) |
これは、「銀行じゃなくてコンビニっていう特殊性を考えてね。」などという意味ではなく、単に、「午後8時45分頃には銀行閉まってるじゃん。」というだけの理由だと思います。銀行は閉まってても併設されたATMは開いてることがありますが、そういうのを描写する記載をするのは無駄なので、コンビニってことにすれば簡潔に記載できるよね、ということだったのでしょう。こうしたところは、無理に喰らいつかないようにする必要があります。
4.そういうわけで、本問で監禁罪を検討しても、単なる余事記載でしょう。そもそも、本問は「確実に配点がある。」と思える部分だけでも書くべきことが多い問題なのですから、仮に「監禁罪あるかも。」と思っても、書きに行こうなんて思っちゃいけません。また、ここで数分でも迷ってしまったなら、こんなどうでもいいところで時間をロスしたことを反省すべきだと思います。普段の演習を通じて、秒で判断できるようにならなければいけない。毎回時間不足になる人と、きっちり時間内に書き切れる人の差は、こうした些細な判断に要する時間の積み重ねによっても生じているのです。