令和6年司法試験刑事系第2問の参考判例等

米子強盗事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 警職法は、その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法35条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

(引用終わり)

最判昭61・4・25より引用。太字強調は当サイトによる。)

 奈良県生駒警察署防犯係の係長巡査部長A、巡査部長B、巡査Cの3名は、複数の協力者から覚せい剤事犯の前科のある被告人が再び覚せい剤を使用しているとの情報を得たため、昭和59年4月11日午前9時30分ころ、いずれも私服で警察用自動車(ライトバン)を使つて、生駒市内の被告人宅に赴き、門扉を開けて玄関先に行き、引戸を開けずに「Dさん、警察の者です」と呼びかけ、更に引戸を半開きにして「生駒署の者ですが、一寸尋ねたいことがあるので、上つてもよろしいか」と声をかけ、それに対し被告人の明確な承諾があつたとは認められないにもかかわらず、屋内に上がり、被告人のいた奥八畳の間に入つた。右警察官3名は、ベツトで目を閉じて横になつていた被告人の枕許に立ち、A巡査部長が「Dさん」と声をかけて左肩を軽く叩くと、被告人が目を開けたので、同巡査部長は同行を求めたところ、金融屋の取立てだろうと認識したと窺える被告人は、「わしも大阪に行く用事があるから一緒に行こう」と言い、着替えを始めたので、警察官3名は、玄関先で待ち、出てきた被告人を停めていた前記自動車の運転席後方の後部座席に乗車させ、その隣席及び助手席にそれぞれB、A両巡査部長が乗車し、C巡査が運転して、午前9時40分ころ被告人宅を出発した被告人は、車中で同行しているのは警察官達ではないかと考えたが、反抗することもなく、一行は、午前9時50分ころ生駒警察署に着いた。午前10時ころから右警察署2階防犯係室内の補導室において、B巡査部長は被告人から事情聴取を行つたが、被告人は、午前11時ころ本件覚せい剤使用の事実を認め、午前11時30分ころ右巡査部長の求めに応じて採尿してそれを提出し、腕の注射痕も見せた被告人は、警察署に着いてから右採尿の前と後の少なくとも2回B巡査部長に対し、持参の受験票を示すなどして、午後1時半までに大阪市a区のEセンターに行つてタクシー乗務員になるための地理試験を受けることになつている旨申し出たが、同巡査部長は、最初の申し出については返事をせず、尿提出後の申し出に対しては、「尿検の結果が出るまでおつたらどうや」と言つて応じなかつた。午後2時30分ころ尿の鑑定結果について電話回答があつたことから、逮捕状請求の手続がとられ、逮捕状の発付を得て、B巡査部長が午後5時2分被告人を逮捕した

 (中略)

 本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そして、そのような判断の結果、採尿手続が違法であると認められる場合でも、それをもつて直ちに採取された尿の鑑定書の証拠能力が否定されると解すべきではなく、その違法の程度が令状主義の精神を没却するような重大なものであり、右鑑定書を証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、右鑑定書の証拠能力が否定されるというべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。以上の見地から本件をみると、採尿手続前に行われた前記一連の手続には、被告人宅の寝室まで承諾なく立ち入つていること、被告人宅からの任意同行に際して明確な承諾を得ていないこと、被告人の退去の申し出に応ぜず警察署に留め置いたことなど、任意捜査の域を逸脱した違法な点が存することを考慮すると、これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない。しかし、被告人宅への立ち入りに際し警察官は当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど被告人の承諾を求める行為に出ていること、任意同行に際して警察官により何ら有形力は行使されておらず、途中で警察官と気付いた後も被告人は異議を述べることなく同行に応じていること、警察官において被告人の受験の申し出に応答しなかつたことはあるものの、それ以上に警察署に留まることを強要するような言動はしていないこと、さらに、採尿手続自体は、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思での応諾に基づき行われていることなどの事情が認められるのであつて、これらの点に徴すると、本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。

(引用終わり)

最決平7・5・30より引用。太字強調は当サイトによる。)

 平成5年3月11日午前3時10分ころ、同僚とともにパトカーで警ら中の警視庁a警察署A巡査は、東京都港区内の国道上で、信号が青色に変わったのに発進しない普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を認め、運転者が寝ているか酒を飲んでいるのではないかという疑いを持ち、パトカーの赤色灯を点灯した上、後方からマイクで停止を呼び掛けた。すると、本件自動車がその直後に発進したため、A巡査らが、サイレンを鳴らし、マイクで停止を求めながら追跡したところ、本件自動車は、約2.7キロメートルにわたって走行した後停止した
 A巡査が、本件自動車を運転していた被告人に対し職務質問を開始したところ、被告人が免許証を携帯していないことが分かり、さらに、照会の結果被告人に覚せい剤の前歴5件を含む9件の前歴のあることが判明した。そして、A巡査は、被告人のしゃべり方が普通と異なっていたことや、停止を求められながら逃走したことなども考え合わせて、覚せい剤所持の嫌疑を抱き、被告人に対し約20分間にわたり所持品や本件自動車内を調べたいなどと説得したものの、被告人がこれに応じようとしなかったため、a警察署に連絡を取り、覚せい剤事犯捜査の係官の応援を求めた
 5分ないし10分後、部下とともに駆けつけたa警察署B巡査部長は、A巡査からそれまでの状況を聞き、皮膚が荒れ、目が充血するなどしている被告人の様子も見て、覚せい剤使用の状態にあるのではないかとの疑いを持ち、被告人を捜査用の自動車に乗車させ、同車内でA巡査が行ったのと同様の説得を続けた。そうするうち、窓から本件自動車内をのぞくなどしていた警察官から、車内に白い粉状の物があるという報告があったため、B巡査部長が、被告人に対し、検査したいので立ち会ってほしいと求めたところ、被告人は、「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」などと答えたので、同巡査部長が、被告人を本件自動車のそばに立たせた上、自ら車内に乗り込み、床の上に散らばっている白い結晶状の物にっいて予試験を実施したが、覚せい剤は検出されなかった
 その直後、B巡査部長は、被告人に対し、「車を取りあえず調べるぞ。これじゃあ、どうしても納得がいかない。」などと告げ、他の警察官に対しては、「相手は承諾しているから、車の中をもう一回よく見ろ。」などと指示した。そこで、A巡査ら警察官4名が、懐中電灯等を用い、座席の背もたれを前に倒し、シートを前後に動かすなどして、本件自動車の内部を丹念に調べたところ、運転席下の床の上に白い結晶状の粉末の入ったビニール袋一袋が発見された。なお、被告人は、A巡査らが車内を調べる間、その様子を眺めていたが、異議を述べたり口出しをしたりすることはなかった
 B巡査部長は、被告人に対し、「物も出たことだから本署へ行ってもらうよ。」などと同行を求め、被告人もこれに素直に応じたので、被告人をa警察署まで任意同行した上、同署内で覚せい剤の予試験を実施し、覚せい剤反応が出たのを確認して、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した
 被告人は、同署留置場で就寝した後、同日午前9時30分ころから取調べを受けていたが、しばらくして尿の提出を求められ、午前11時10分ころ、同署内で尿を提出した。その間、被告人は、尿の提出を拒否したり、抵抗するようなことはなく、警察官の指示に素直に協力する態度をとっていた

 (中略)

 警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難いが、警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人について、覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない
 次に、本件採尿手続についてみると、右のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為が違法である以上、右行為に基づき発見された覚せい剤の所持を被疑事実とする本件現行犯人逮捕手続は違法であり、さらに、本件採尿手続も、右一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し、これに引き続いて行われたものであるから、違法性を帯びるといわざるを得ないが、被告人は、その後の警察署への同行には任意に応じており、また、採尿手続自体も、何らの強制も加えられることなく、被告人の自由な意思による応諾に基づいて行われているのであって、前記のとおり、警察官が本件自動車内を調べた行為の違法の程度が大きいとはいえないことをも併せ勘案すると、右採尿手続の違法は、いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)、右と同旨に出た原判断は、正当である。

(引用終わり)

大津違法逮捕事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

(1) 本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は,その手続的な違法を糊塗するため……(略)……逮捕状へ虚偽事項を記入し,内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をしているのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定すべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。

(2) ……(略)……本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきものである。

 (中略)

(3) 次に,本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。
 しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することはできない

(引用終わり)

宅配便エックス線検査事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 本件エックス線検査は,荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について,捜査機関が,捜査目的を達成するため,荷送人や荷受人の承諾を得ることなく,これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが,その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上,内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって,荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから,検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。そして,本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって,検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は,違法であるといわざるを得ない。
 次に,本件覚せい剤等は,同年6月25日に発付された各捜索差押許可状に基づいて同年7月2日に実施された捜索において,5回目の本件エックス線検査を経て本件会社関係者が受け取った宅配便荷物の中及び同関係者の居室内から発見されたものであるが,これらの許可状は,4回目までの本件エックス線検査の射影の写真等を一資料として発付されたものとうかがわれ,本件覚せい剤等は,違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠であるということができる。
 しかしながら,本件エックス線検査が行われた当時,本件会社関係者に対する宅配便を利用した覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており,更に事案を解明するためには本件エックス線検査を行う実質的必要性があったこと,警察官らは,荷物そのものを現実に占有し管理している宅配便業者の承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し,その際,検査の対象を限定する配慮もしていたのであって,令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと,本件覚せい剤等は,司法審査を経て発付された各捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり,その発付に当たっては,本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれることなどの諸事情にかんがみれば,本件覚せい剤等は,本件エックス線検査と上記の関連性を有するとしても,その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を肯定することができると解するのが相当である。

(引用終わり)

最判令4・4・28より引用。太字強調は当サイトによる。)

 警察官らは、令和元年7月26日に別件大麻取締法違反で現行犯逮捕した者(以下「参考人」という。)の尿から覚醒剤が検出されたことから、覚醒剤の入手先について参考人を取り調べ、「被告人から何度か覚醒剤を買った。」旨の供述を得るとともに、被告人に覚醒剤事犯の多数の犯歴があること(被告人は覚醒剤取締法違反の前科7犯を有し、平成16年以降の前科は覚醒剤自己使用の罪又はこれを含む罪による4犯であって、平成30年12月に最終前科による服役を終えていた。)を確認するなどした。
 A警部は、令和元年10月15日、福岡簡易裁判所裁判官に対し、被告人について、覚醒剤の譲渡を被疑事実とする被告人方等の捜索差押許可状及び覚醒剤の自己使用を被疑事実とする被告人の尿を採取するための捜索差押許可状(以下「本件強制採尿令状」ともいう。)を請求したが、これに先立ち、警察官が被告人に接触するなどしたことはなかった。本件強制採尿令状請求書記載の犯罪事実(以下「本件犯罪事実」という。)の要旨は、「被疑者は、令和元年10月上旬頃から同月15日までの間、福岡県内又はその周辺において、覚醒剤若干量を自己の身体に摂取し、もって覚醒剤を使用したものである。」というものであった。A警部は、本件強制採尿令状請求の疎明資料である捜査報告書に、「被疑者の過去の採尿状況」として、平成20年から平成31年4月までの間、4回任意採尿を拒否して強制採尿を実施し、うち2回は鑑定の結果覚醒剤の含有が認められ、そのうち1回は任意採尿を拒否した後逃走し、令状の再請求後に強制採尿を行ったこと、「強制捜査の必要性」として、被疑者は過去に任意で尿を提出したことはなく、捜索時警察官に対し、「令状がないと応じない」旨の言動を繰り返しているため、警察官の説得に応ずる可能性は極めて低いものと認められ、過去に強制採尿令状の請求準備中に逃走したことがあるので、同令状の取得が必要不可欠であること、覚醒剤の「味見」をしなければ密売人として活動できないことから、被疑者が自己使用している蓋然性が高いことなどを記載した。また、A警部は、平成27年と平成31年に被告人に対して任意採尿の説得をした際に作成された捜査報告書も疎明資料として添付した。
 同裁判所裁判官(以下「令状担当裁判官」という。)、令和元年10月15日、上記各許可状を発付した
 B警部補らは、同月16日、被告人方に行き、被告人方等の捜索差押許可状を執行したが、その際、被告人は痩せて頰がこけており、会話はできるがろれつが回らない状態で、立ち上がるとふらふらしていたB警部補は、この様子を見て覚醒剤使用を疑い、被告人に対して尿を任意提出するよう求めたが、被告人はこれを拒否した。その後も、B警部補は、被告人に対して尿の任意提出を求め、これを促すなどしたが、被告人がいずれも拒否したことから、本件強制採尿令状を執行した。B警部補は、被告人に対して被告人方で尿を出してほしい旨伝え、しばらく待ったものの、被告人が排尿しなかったため、同令状記載の医院に被告人を連行し、同医院内のトイレで被告人に採尿容器を渡して自然排尿を促したが、被告人が不正な行為をするような様子が見られたことから、自然排尿を打ち切り、その後、医師によりカテーテルを用いた採尿が行われた。採取した尿を鑑定したところ、覚醒剤の含有が認められた

 (中略)

 被疑者の体内からカテーテルを用いて強制的に尿を採取することは、被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経て、被疑者の身体の安全と人格の保護のための十分な配慮の下にこれを行うことが許されると解するのが相当である(最高裁昭和54年(あ)第429号同55年10月23日第一小法廷決定・刑集34巻5号300頁参照)。
 本件においては……(略)……参考人の供述内容と被告人の犯歴等を併せ考えても、本件強制採尿令状発付の時点において、本件犯罪事実について同令状を発付するに足りる嫌疑があったとは認められないとした原判断が不合理であるとはいえない。また……(略)……被告人の過去の採尿状況に照らすと、被告人が本件当時も任意採尿を拒否する可能性が高いと推測されるものの、原判決も説示するとおり、同令状請求に先立って警察官が被告人に対して任意採尿の説得をしたなどの事情はないから、同令状発付の時点において、被告人からの任意の尿の提出が期待できない状況にあり適当な代替手段が存在しなかったとはいえない。したがって、同令状は、被告人に対して強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのに発付されたものであって、その発付は違法であり、警察官らが同令状に基づいて被告人に対する強制採尿を実施した行為も違法といわざるを得ない。
 しかしながら、警察官らは、本件犯罪事実の嫌疑があり被告人に対する強制採尿の実施が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出して本件強制採尿令状を請求し、令状担当裁判官の審査を経て発付された適式の同令状に基づき、被告人に対する強制採尿を実施したものであり、同令状の執行手続自体に違法な点はない。上記 のとおり、同令状発付の時点において、嫌疑の存在や適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、被告人に対する強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合であるとは認められないとはいえ、この点について、疎明資料において、合理的根拠が欠如していることが客観的に明らかであったというものではない。また、警察官らは……(略)……直ちに同令状を執行して強制採尿を実施することなく、尿を任意に提出するよう繰り返し促すなどしており、被告人の身体の安全や人格の保護に対する一定の配慮をしていたものといえる。そして、以上のような状況に照らすと、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったともいえない
 これらの事情を総合すると、本件強制採尿手続の違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず、本件鑑定書等を証拠として許容することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められないから、本件鑑定書等の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当である。

(引用終わり)

(静岡地判平11・9・2より引用。太字強調は当サイトによる。)

 捜査機関である警察官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(すなわち逮捕の理由)があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、被疑者を逮捕することができるところ(刑事訴訟法199条1項)、逮捕状の請求にあたり、逮捕の理由及び逮捕の必要があることを認めるべき資料を裁判官に提出しなければならない(刑事訴訟規則143条)。
 また、警察官は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、捜索、差押え、または検証をすることができるところ(同法218条1項)、ここで犯罪の捜査をするについて必要があるときとは、<1>犯罪の嫌疑が存在すること、<2>強制処分の必要があることを意味すると解され、警察官は、右令状の請求にあたり、右<1>、<2>の要件があることが認められる資料を提出すべきものとされている(なお、<1>については、捜索差押え等が、逮捕に先行してなされることが多いことや、罪を犯したと思料されるべき資料を提供すること(同規則156条1項)で足りるとされていることから、逮捕状を請求する場合よりも嫌疑の程度は低いもので足りると解され、また、<2>強制処分の必要性については、犯罪の態様、軽重、被処分者の受ける不利益の程度等諸般の事情からこれを認めることができれば足りると解される。)。 もっとも、被疑者以外の第三者の住居等の捜索については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限られており(同法222条1項、102条2項)、警察官は、第三者の住居等の捜索許可状の請求にあたり、第三者の住居等に押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を裁判官に提供しなければならない(同規則156条3項)。 また、差し押さえることができる物とは、証拠物または没収すべき物と思料するものを意味するが(同法222条1項、99条)、ここにいう証拠物には、被疑事実に直接関連する物のほか、動機、目的、背後関係等、刑事責任の軽重等に関連する物も広く含まれると解すべきである。
 そして、警察官は、右の各要件をみたすと判断した場合に令状を請求することになるが、この場合、令状請求時において、収集し、ないしは収集し得た資料(ただし、収集し得たか否かは、捜査の密行性、迅速性等をも考慮して判断されなければならない。)を前提として、これらを総合勘案し、令状を請求したことが客観的に合理的であると認められることが必要であると解するのが相当である。

(引用終わり)

GPS捜査事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 GPS捜査は,対象車両の時々刻々の位置情報を検索し,把握すべく行われるものであるが,その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。
 憲法35条は,「住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ,この規定の保障対象には,「住居,書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると,前記のとおり,個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに,一般的には,現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから,令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。

(引用終わり)

京都府学連事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
 これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法2条1項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
 そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法218条2項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法13条、35条に違反しないものと解すべきである。

(引用終わり)

オービス事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 速度違反車両の自動撮影を行う本件自動速度監視装置による運転者の容ぼうの写真撮影は、現に犯罪が行われている場合になされ、犯罪の性質、態様からいつて緊急に証拠保全をする必要性があり、その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであるから、憲法13条に違反せず、また、右写真撮影の際、運転者の近くにいるため除外できない状況にある同乗者の容ぼうを撮影することになつても、憲法13条、21条に違反しないことは、当裁判所昭和44年12月24日大法廷判決(刑集23巻12号1625頁(※注:京都府学連事件判例を指す。))の趣旨に徴して明らかである

(引用終わり)

最決平20・4・15より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 所論引用の各判例(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁(※注:京都府学連事件判例を指す。),最高裁昭和59年(あ)第1025号同61年2月14日第二小法廷判決・刑集40巻1号48頁(※注:オービス事件判例を指す。)),所論のいうように,警察官による人の容ぼう等の撮影が,現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではない……(略)……。

 (中略)

 本件は,金品強取の目的で被害者を殺害して,キャッシュカード等を強取し,同カードを用いて現金自動預払機から多額の現金を窃取するなどした強盗殺人,窃盗,窃盗未遂の事案である。
 平成14年11月,被害者が行方不明になったとしてその姉から警察に対し捜索願が出されたが,行方不明となった後に現金自動預払機により被害者の口座から多額の現金が引き出され,あるいは引き出されようとした際の防犯ビデオに写っていた人物が被害者とは別人であったことや,被害者宅から多量の血こんが発見されたことから,被害者が凶悪犯の被害に遭っている可能性があるとして捜査が進められた。
 その過程で,被告人が本件にかかわっている疑いが生じ,警察官は,前記防犯ビデオに写っていた人物と被告人との同一性を判断するため,被告人の容ぼう等をビデオ撮影することとし,同年12月ころ,被告人宅近くに停車した捜査車両の中から,あるいは付近に借りたマンションの部屋から,公道上を歩いている被告人をビデオカメラで撮影した。さらに,警察官は,前記防犯ビデオに写っていた人物がはめていた腕時計と被告人がはめている腕時計との同一性を確認するため,平成15年1月,被告人が遊技していたパチンコ店の店長に依頼し,店内の防犯カメラによって,あるいは警察官が小型カメラを用いて,店内の被告人をビデオ撮影した

 (中略)

 捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ,かつ,前記各ビデオ撮影は,強盗殺人等事件の捜査に関し,防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう,体型等と被告人の容ぼう,体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため,これに必要な限度において,公道上を歩いている被告人の容ぼう等を撮影し,あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内において被告人の容ぼう等を撮影したものであり,いずれも,通常,人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば,これらのビデオ撮影は,捜査目的を達成するため,必要な範囲において,かつ,相当な方法によって行われたものといえ,捜査活動として適法なものというべきである。

(引用終わり)

(山谷ビデオ撮影事件高裁判例より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 弁護人は、犯罪の証拠とするためのテレビカメラによる人の容貌の撮影・録画は強制捜査であって、警察法2条1項を根拠としてはこれを行うことはできず、その根拠は憲法及び刑事訴訟法に求めざるをえず、その具体的基準は最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁(※注:京都府学連事件判例を指す。)によるべきであると主張する
 前掲各証拠によれば、本件当日のテレビカメラによる撮影・録画行為は、山谷通りにおいて犯罪が発生した場合に備えてその証拠を保全するため、すなわち犯罪捜査のために主としてなされていたものと認められるが、犯罪捜査のためのテレビカメラによる人の容貌・姿態(以下「容貌等」という。)の撮影・録画が強制捜査であるのか任意捜査であるのかは別として、何人もその承諾なしにみだりにその容貌等を撮影されない自由を有し、少なくとも警察官が正当な理由もないのに個人の容貌等を撮影することが憲法13条の趣旨に反することからすると、警察官が犯罪捜査のため人の容貌等を撮影・録画することが許容される要件については、警察官による犯罪捜査のための写真撮影についての要件を示した右最高裁判決の趣旨に従って判断すべきは当然であって、警察法2条1項もその限度で意味を持つにすぎない
 右最高裁判決は、集団示威行進に際し公安委員会の付した許可条件に違反するなどの違法状況の視察採証のため予め写真機を準備して待機していた警察官が許可条件違反の状況を現認しこれを写真撮影したという事案につき、①現に犯罪が行われ又は行われたのち間がないと認められる場合であって、②証拠保全の必要性及び緊急性があり、③その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるとき、という要件を満たせば、憲法13条、35条に違反しない旨判示するが、右判示は必ずしもこの3要件を満たさない限りすべて警察官による犯罪捜査のための写真撮影が違憲であるとする趣旨ではないと解される。そして、右事案において①の要件が存する時点で写真撮影が可能となったのは、警察官が予め犯罪の発生を予測して十分の準備をしていたからであり、逆に右のような準備をしていなければ①の要件の存する時点で写真撮影ができるなどはまったくの僥倖としか考えられないことに照らすと、右最高裁判決の趣旨は、少なくとも予め犯罪の発生が予測されるときには、①②の要件が備わった時点で撮影が可能となるように十分の準備をしておくことを捜査機関に許容するものということができる。
 ところで、右事案の場合には許可条件違反などの犯罪はその集団示威行進のなされる日時場所において発生することが予測されるのであるから、捜査機関において右犯罪の発生に備えて撮影の準備をすることは比較的容易であるということができるが、予めある場所で犯罪が発生することは予測されるもののその時点は不明であるという場合にあっては、犯罪発生の時点で撮影が可能となるよう捜査機関において撮影の設備のみならず人員まで準備しておくのは相当困難と考えられるから、犯罪の発生自体は予測されるもののその時点の予測が困難であるため予め撮影のための人員の手配をしておくことが捜査機関にとって不相当な負担になり、かつ①②の要件が備わった時点でその手配にかかるのでは撮影の間に合わなくなるような場合にあっては、①の要件が備わる前から犯罪発生の予測される場所を自動的に撮影し、その映像を録画しておくことも許容される場合があるというべきである。特に予測される犯罪が多数人からなる集団によって行われ、その中に人身傷害を伴うような相当に重大なものが含まれ、その現場に行為者以外にも多数の者がいるような場合においては、一旦犯罪が発生すると、これが予想外に拡大し、長時間にわたり現場の平穏が害される事態も生じうるので、その行為者の適正な処罰は、同種事犯の再発防止の観点からも必要不可欠というべきであるところ、このような事案においては、現場の混乱や多数人の交錯等のため、特定人が犯罪に関与していたか否か、していたとすれば具体的にどのような行為に及んだかなどの事項を適切に立証することは、通常の目撃証言や被疑者供述のみによっては著しく困難と考えられるから、予め犯行現場の状況をできる限り正確に撮影・録画し、後日これを詳細に分析・検討することによって、行為者とその行為を特定・識別し、真犯人とその犯罪行為を適確に立証する必要性と緊急性はきわめて高いといわなければならない。以上のような考察に基づき、前記許容される場合の要件を検討すると、前記最高裁判決の趣旨に従うならば、(1)当該場所で犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であって、(2)予め証拠保全の手段・方法をとっておく必要性及び緊急性があり、(3)その撮影・録画が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるときであるというべきであり、特に(2)の必要性及び緊急性については、予測される犯罪の重大性、行為者の数、行為態様、当該場所の状況等を総合考慮してこれを決することになる。
 以上のとおりであるから、本件決定が前記最高裁判決の趣旨に反するとの弁護人の主張は採用することができない。

(引用終わり)

(東京地判平17・6・2より引用。太字強調は当サイトによる。)

 弁護人は、本件ビデオテープは、被告人方玄関ドア付近を、被告人の承諾を得ずビデオカメラで撮影した結果得られたものであって、これは被告人のプライバシー権ないしみだりに容ぼう等を撮影されない自由を侵害して違法であるから、本件ビデオテープ及び関係各報告書は違法収集証拠として証拠排除されるべきである旨主張する。
 関係各証拠によると、本件駐車場では、平成15年2月3日、同年10月8日に放火とみられる不審火が連続して発生し、本件ビデオカメラは、2回目の放火があった平成15年10月8日から3回目の放火があった同月18日までの間に、E子らの要望により、警察官が、D子方二階北東の洗面所の日差し屋根に設置したことが明らかである。本件ビデオカメラは、若干の修正はあるものの、当初から被告人方である乙山コーポ105号室の玄関ドアが面像の中心に据えられ、画像左右に被告人方両隣の玄関ドアが、面像下端に本件駐車場前道路及び本件駐車場に駐車中の自動車数台が撮影されるようになっていた
 そして、関係各証拠によれば、本件ビデオカメラ設置以前の2回の放火は、いずれも早朝、被告人方に近い本件駐車場西側の車列に駐車中の車両で起こっている上、少なくとも2回目の10月8日の放火については、被告人が第一通報者であったことが認められる。さらに、一回目の放火の後に、E子が、警察官Fに対して、被告人は生活保護を受けて一人で生活していて、毎日精神病院に通院しており、被告人が犯人ではないかとの噂話がある旨話していることが認められる。
 これらの事情からすれば、ビデオカメラ設置当時、被告人が放火犯人であるとは断定できないまでも、その行動に、被告人の周辺の者が被告人を放火犯人ではないかと疑いを抱くだけの不審な点があり、しかも、被告人が放火したことを疑わせるいくつかの情況証拠が存在したことが認められるのであって、被告人が放火を行ったと考えられる合理的な理由があったということができる。もっとも、証人Fは、カメラ設置時点では被告人に放火の嫌疑はなかった旨供述するけれども、捜査機関が被告人に対し嫌疑を有していたことは、本件ビデオカメラの撮影構図はもとより、ビデオカメラ設置後に、放火未遂の第一通報者として被告人の供述を録取した際、被告人の通院先に病状照会までしていることからも明らかである。検察官は、被告人の供述に基づいてG方にもう一台ビデオカメラを設置している点を捉えて、被告人に嫌疑を抱いていなかった証左であると主張するが、当該ビデオカメラの設置は被告人の供述を踏まえて万一の場合に備えたというにすぎず、一台目のビデオカメラの設置目的を左右するものではない。
 この点、弁護人は、ビデオカメラによる撮影が許されるのは、当該現場において犯罪の発生が相当高度の蓋然性をもって認められる場合、すなわち、被告人が自動車に放火することがほとんど確実であると客観的に認められる合理的な証拠がある場合でなければならない旨主張するしかしながら、本件ビデオカメラによる撮影は、後記のとおり、公道に面する被告人方玄関ドアを撮影するというプライバシー侵害を最小限にとどめる方法が採られていることや、本件が住宅街における放火という重大事案であることに鑑みると、本件ビデオカメラの撮影が、弁護人が指摘するような犯罪発生の相当高度の蓋然性が認められる場合にのみ許されるとするのは相当ではなく、また、被告人に罪を犯したと疑うに足りる相当な理由が存在する場合にのみ許されるとするのも厳格に過ぎると解される。むしろ、被告人が罪を犯したと考えられる合理的な理由の存在をもって足りると解するべきである。
 すると、上記認定の諸事情に照らすと、警察官が、被告人が放火を行ったと考えたことに合理的な理由が存したことは明らかである。
 そして、本件ビデオカメラ設置までの一連の放火は、早朝、人の現在しない無人の駐車場で、同所に駐車中の自動車に火を放つというものであり、同車両のガソリン等に引火しあるいは付近に駐車中の自動車や家屋に延焼する事態に発展する可能性があり、周囲には住宅が密集していて公共の危険を生じさせるおそれが高度に認められる重大な事案である。これに加え、ビデオカメラ設置までの各放火事件はいずれも人通りの少ない早朝に発生しており、犯行の目撃者を確保することが極めて困難であり、しかも、犯人を特定する客観的証拠が存せず、警察官がこの場所を終始監視することも困難を伴う状況であって、今後同種事件が発生した場合に、被疑者方及びその周辺状況をビデオ撮影していなければ、結局犯人の特定に至らず捜査の目的を達成することができないおそれが極めて高く、あらかじめ撮影を行う必要性が十分に認められる。ビデオカメラ設置前の各事件が早朝の放火事案であって、その痕跡から犯人を特定することが非常に困難なことから、その緊急性も肯認できるところである。また、本件ビデオ撮影は、上記のとおり、公道に面する被告人方玄関ドアを撮影するというもので、被告人方居室内部までをも監視するような方法ではないのであるから、被告人が被るであろうプライバシーの侵害も最小限度に止まっており、本件事案の重大性を考慮すれば、やむを得ないところであり、その方法が社会通念に照らし相当とされる範ちゅうを逸脱していたとまではいえない
 以上からすれば、本件ビデオ撮影は、現に犯罪が行われ、あるいはそれに準じる場合に行われたものではないが、上記の状況、方法での撮影が違法であるとはいえず、本件ビデオテープ及びこれに関連する各報告書は証拠能力を有するものといえる。

(引用終わり)

(さいたま地判平30・5・10より引用。太字強調は当サイトによる。)

 まず,平成27年10月の本件撮影開始時点においてXが被告人方に立ち寄る可能性があったこと,逮捕のためにXの所在や行動パターンを把握する必要があり,そのためには被告人方前をビデオ撮影する必要があったことが認められる。もっとも,証人は,本件捜査の一番の目的はXの逮捕である,あるいは本件撮影にはXの逮捕以外の捜査目的はなかった旨を述べているが,本件撮影開始の少し後には,Xがほぼ毎日被告人方に立ち寄っていることが確認できており警察も同年11月には逮捕する態勢を取ったというのに,同年12月に1度,平成28年1月に1度逮捕に失敗しただけで,その他逮捕に向けた具体的対応を取っていなかったというのは理解できない。そうすると,逮捕のために本件ビデオ撮影がどこまで必要であったのか,そもそもXの逮捕のためというのが本件撮影の真の目的であったのかについても疑問があるが,証人の証言する目的を前提にしたとしても,平成28年の初め頃までしかXの立ち寄りが確認できておらず,Xを被告人方において逮捕できる可能性が低下し,本件撮影を継続する必要性は相当程度減少していたのに,同年5月19日まで漫然と本件撮影を続けていた点において,警察の対応は不適切であったと言わざるを得ない。
 また,本件撮影範囲は,主に公道上及び玄関ドア付近の外部から観察し得る場所ではあったが,不特定の者が行き来することが想定されない特定の敷地内に設置されたビデオカメラから撮影されたものであった上,被告人方の玄関ドアを開けた際にはその内部が映り込むなどしており,玄関内部の映像が不鮮明で人の様子等が明確には認識できなかったとはいえ,単純に公道上等のみを撮影した場合に比べるとプライバシー侵害の度合いが高かったものと認められる。また,個人宅の出入りが約7か月半……(略)……という長期間にわたり,ほとんど常時撮影されていたものであって,撮影によって取得された情報が集積されるにつれて,生活状況等を把握される度合いも当然に高くなっていったものといえ,この期間の長さに照らしても,本件撮影によるプライバシー侵害の度合いは他の事案と比べて高かったと認められる。加えて,本件撮影が被告人自身に対する嫌疑からなされたわけではなかったことからすると,この点は被疑者自身が自宅前付近を撮影される場合とは異なった考慮がされるべきである。以上の事情等からすれば,本件撮影による被告人や被告人の家族に対するプライバシー侵害の度合いは,それなりに高いものであったと認められる。
 そして,本件撮影後に警察官は,外付けハードディスクを交換した際に一部の映像のみをパソコンにダウンロードして保存しており,その他の映像は消去していたというのであるが,映像のどの部分を保存するかについて警察内部で明確な基準が定められていなかった上,人や車の動きがある映像は,郵便局員や新聞配達員等の明らかに捜査に関係しないと認められるものを除いて保存するようにされていたというのであり,実際,被告人や被告人方の来客の映像のほか,明らかに関係のない近隣住民,通行人や通行車両が写っている映像も保存され続けていた。証人は,保存後に映っているものが無関係だと判明した場合,それ以後は保存しないようにしていたなどと証言するが,明らかに事件と関係のない女児や男児等の通行人の映像が消去されずに保存され続けていたこと等からすると,プライバシーに対する配慮はしていたという趣旨の証言には疑問がある。いずれにしても,警察官において,事件との関係性についてきちんと検討することなく,漫然と映像を保存し続けていたと認められることからすると,本件ではプライバシー侵害の度合いを下げるための十分な配慮がなされていたとはいえない

 (中略)

 以上……(略)……検討してきた事情を基に考えれば,本件撮影が類型的に強制処分に当たるとまではいえないものの,少なくとも平成28年の初め頃以降はその撮影の必要性が相当程度低下していたことは明らかで,それにもかかわらず長期間にわたって撮影を継続したこと自体不適切であった上,しかも本件撮影方法は他の類似事案と比べるとプライバシー侵害の程度が高いものであったと評価できることを考慮すれば,本件放火事件当時の撮影は,任意捜査として相当と認められる範囲を逸脱した違法なものであったと認められる。

(引用終わり)

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