令和6年司法試験論文式刑事系第2問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年刑事系第2問についていえば、論点抽出は比較的容易で、多くの人が、単に事実を摘示するだけでなく、相応の評価もしてくるであろうと考えられるものの、そもそも事実摘示の重要性を認識しておらず、排除法則や強制処分の意義に関する問題提起や理由付けを長々と書いたり、評価を優先するあまり事実摘示がおろそかになってしまう答案や、派生証拠の処理方法を事前準備しておらず、現場で悩んで時間不足になるなどの答案も一定数出ると考えられることから、現在の合格レベルを考えると、参考答案(その1)でも、際どく合格答案にはなるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集刑訴法』及び『司法試験平成29年最新判例ノート』の付録論証集に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問1

 証拠の収集手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法捜査の抑制の見地から相当でないと認められる場合には、その証拠能力は否定される(大阪天王寺覚醒剤所持事件判例参照)

1.所持品検査は、任意手段である職務質問(警職法2条1項)の付随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て行うのが原則であるが、承諾がない場合であっても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度で許容される(米子強盗事件判例参照)

(1)確かに、被疑事実は覚醒剤取締法違反(所持)で法定刑は10年以下の懲役(41条の2第1項)である。Pは、本件アパート2階201号室を拠点とする覚醒剤密売情報を得た。同室から出てくる人物を目撃したため、同人を尾行した。すると、同人は、本件かばんを持っていた甲と接触し、本件封筒を甲に手渡し、甲は、本件封筒を本件かばんに入れた。これを目撃したPは、本件封筒の中には覚醒剤が入っているのではないかと疑い、甲に対する職務質問を開始した。甲には覚醒剤取締法違反(使用)の前科があることが判明した。甲が異常に汗をかき、目をきょろきょろさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示していたため、Pは、本件封筒の中に覚醒剤が入っているとの疑いを更に強めた。所持品検査の必要性が高い。Pが、甲に対し、「封筒の中を見せてもらえませんか。」と言うと、甲がいきなりその場から走って逃げ出した。緊急性も高い。
 しかし、甲が、「任意じゃないんですか。」と言ったのに、Pは、いきなり本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき込みながらその在中物を手で探った。そして、Pが本件かばんの中に入っていた書類を手で持ち上げたところ、その下から注射器が発見され、同注射器を取り出した。これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮すると、具体的状況の下で相当とはいえない。
 以上から、上記所持品検査は違法である。

(2)確かに、所持品検査の必要性、緊急性が高い。しかし、甲が「任意じゃないんですか。」と言ったのに、いきなりチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき込みながらその在中物を手で探った以上、令状主義の精神を没却する重大な違法といえる。

2.違法収集証拠排除法則の対象となる証拠には、違法な手続と密接に関連する証拠が含まれる(大津違法逮捕事件判例参照)

(1)違法な手続によりもたらされた状態を利用して収集された証拠は、その違法な手続と関連性を有する証拠といえる
 Pが同注射器を取り出し、甲に対し、「これは何だ。一緒に署まで来てもらおうか。」と言ったところ、甲は警察署への同行に応じた。I警察署への任意同行後、Pは、捜査報告書①②を作成した。同②には、本件かばんのチャックを開けたところ注射器が入っていた旨記載されていた。Pは捜査報告書①②等を疎明資料として、捜索差押許可状の発付を請求し、同許可状の発付を受けた。Pは、同許可状に基づき捜索を実施し、覚醒剤様の白色結晶入りのチャック付きポリ袋を差し押さえた。その後、同結晶の鑑定が実施され、同結晶が覚醒剤である旨の【鑑定書】が作成された。【鑑定書】は、上記1の所持品検査によりもたらされた状態を利用して収集された証拠であり、同所持品検査と関連性を有する。

(2)違法な手続と証拠の関連性が密接であるか否かは、その証拠の収集に係る手続の履践の状況、違法な手続との接着性、違法な手続を行う実質的必要性の有無、捜査官の令状主義潜脱の意図の有無、違法な手続によらずにその証拠を発見し得た蓋然性の程度等を考慮すべきである(大津違法逮捕事件、宅配便エックス線検査事件各判例参照)。
 確かに、【鑑定書】作成に必要な手続が履践されていない事実はない。違法な所持品検査と【鑑定書】作成までに任意同行、捜索差押え、鑑定の手続が介在しており、接着性が強くはない。覚醒剤密売拠点情報のある本件アパートから出てきた人物から甲が本件封筒を受け取ったから、上記1の所持品検査を行う実質的必要性はある。捜査報告書①には、覚醒剤の密売拠点と疑われる本件アパートから出てきた人物から甲が本件封筒を受け取って本件かばんに入れたこと、甲には覚醒剤取締法違反(使用)の前科があること、甲が覚醒剤常用者の特徴を示していたこと及び甲は本件封筒の中を見せるように言われると逃げ出したことが記載されていたから、上記1の所持品検査によらずに【鑑定書】を作成し得た蓋然性も全くないとはいえない。
 しかし、上記1の所持品検査で注射器が発見された。捜査報告書②には、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことは記載されていなかったから、Pに令状主義潜脱の意図があった。捜査報告書①②等を疎明資料として捜索差押許可状の発付を請求したから、上記1の所持品検査によらずに【鑑定書】を作成し得た蓋然性が高かったとはいえない。
 以上から、上記1の所持品検査と【鑑定書】の関連性は密接である。

(3)以上から、【鑑定書】は排除の対象となる。

3.上記1の所持品検査は、甲が「任意じゃないんですか。」と言ったのに、いきなりチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき込みながらその在中物を手で探ったもので、その後、注射器を本件かばんに戻した。捜査報告書②には、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことは記載されていなかった。【鑑定書】を証拠として許容することは、将来における違法捜査の抑制の見地から相当でない。

4.よって、【鑑定書】に証拠能力はない。

第2.設問2

1.捜査①

(1)強制処分(197条1項ただし書)とは、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものをいう。憲法35条の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる(GPS捜査事件判例参照)。
 合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(同判例参照)
。捜査①は合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われるから、個人の意思を制圧する。
 公道等、人が他人から容ぼう等を観察されることを受忍せざるを得ない場所においては、プライバシーに対する期待が一定程度後退するから、そのような場所における容ぼう等の撮影は、「住居」等に準じる私的領域への「侵入」とはいえない。したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するとはいえず、任意処分である
 喫茶店の客席は、人が他人から容ぼう等を観察されることを受忍せざるを得ない場所である。店長の承諾もある。
 したがって、任意処分である。

(2)公道等における被疑者の容ぼう等の撮影は、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものである限り、適法である(公道及びパチンコ店内における撮影に関する判例参照)

ア.本件アパート201号室の賃貸借契約の名義人が乙であること、乙には覚醒剤取締法違反(所持)の前科があり、乙の首右側に小さな蛇のタトゥーがあることが判明した。Pは、同室玄関ドアが見える公道上において、本件アパートの張り込みを開始し、同日午前1時30分頃に同室に入った男性の顔が乙の顔と極めて酷似していたことから、同男性の首右側にタトゥーが入っているか否か及びその形状を確認できれば、同男性が乙であると特定できると考えた。Pが同室から出てきた同男性を尾行したところ、同男性は本件アパート付近の喫茶店に入店した。そこで、Pは、同男性が乙であることを特定する目的で捜査①をした。捜査目的を達成するためといえる。

イ.確かに、ビデオカメラを用い、後方の客の様子が映っていた。
 しかし、被疑事実は覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で法定刑は1年以上の有期懲役又は1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金(41条の2第2項)である。同店店長の承諾を得た上で、店内に着席していた同男性から少し離れた席から撮影した。Pが撮影した映像は、全体で約20秒間のものであり、そこには、小さな蛇のタトゥーが入った同男性の首右側が映っていた。必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたといえる。

ウ.よって、捜査①は、適法である。

2.捜査②

(1)捜査②は合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われるから、個人の意思を制圧する。
 確かに、201号室玄関ドアは幅員約5mの公道側に向かって設置されていた。
 しかし、同室はアパートの居室である。容ぼう等の撮影にとどまらず、10月3日から12月3日までの間、毎日24時間、同室玄関ドアやその付近の共用通路を撮影し続けた。撮影された映像には、同室玄関ドアが開けられるたびに、玄関内側や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいた。乙及び2名の男性が毎日おおむね決まった時間に同室に出入りする様子が記録されていた。
 したがって、「住居」に準ずる私的領域への「侵入」であり、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するから、捜査②は強制処分である。

(2)捜査②は、五感の作用によって場所又は人の状態を認識する強制処分であるから、検証の性質を有する。検証許可状の発付は受けていない。

(3)以上から、捜査②は検証許可状を欠く点で、違憲・違法(憲法35条1項、218条1項前段)である。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

 証拠の収集手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり(違法の重大性)、これを証拠として許容することが将来における違法捜査の抑制の見地から相当でない(排除相当性)と認められる場合には、その証拠能力は否定される。証拠物は、その収集手続が違法であっても、証拠としての価値に変わりはないから、事案の真相究明の見地からは、直ちにその証拠能力を否定するのは相当でないが、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ(1条)、適正な手続の下でされなければならず(憲法31条)、憲法35条が住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていることをも考慮すべきだからである(大阪天王寺覚醒剤所持事件判例参照)

1.違法の重大性

(1)職務質問

 本件アパート2階201号室を拠点とする覚醒剤密売情報があり、同室から出てくる人物が本件かばんを持っていた甲と接触し、本件封筒を甲に手渡し、甲は、本件封筒を本件かばんに入れたことから、覚醒剤所持ないし譲受けの罪(覚醒剤取締法41条の2第1項)を犯した合理的な疑いがある。氏名は秘匿性が低い。したがって、Pが「名前を教えていただけますか。」と尋ねた点は、「何らかの犯罪を犯し…と疑うに足りる相当な理由のある者」に対する職務質問(警職法2条1項)として適法である。
 封筒の中身は氏名より秘匿性が強いが、無線照会で甲の覚醒剤取締法違反(使用)前科が判明し、嫌疑が高まっているから、Pが「封筒の中身は何ですか。」と尋ねた点も職務質問として許される範囲を超えていない。
 封筒の中身の開披を求めることは、口頭回答を求めるよりプライバシーへの制約が強いが、甲が異常に汗をかき、目をきょろきょろさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示し、本件封筒中に覚醒剤が入っている疑いが更に強まったことから、「封筒の中を見せてもらえませんか。」と言った点も職務質問として許される範囲を超えていない。
 同項の「停止」は行動の自由の不当な制約に至らない程度のものでなければならないが、甲がいきなりその場から走って逃げ出したこと、仮に本件封筒中に覚醒剤が入っていた場合に隠滅等が容易なことから、停止の必要性が高いといえ、Pは直接有形力を行使せず、単に甲の前方に回り込んだだけであるから、相当な方法といえ、同項の「停止」として許される範囲を超えていない。
 以上から、上記各行為は適法である。

(2)Pが本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき込みながらその在中物を手で探り、入っていた書類を手で持ち上げて発見した注射器を取り出した行為(以下「本件行為」という。)

ア.所持品検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげる上で必要性、有効性の認められる行為であるから、警職法2条1項による職務質問に付随してこれを行うことができる場合がある(米子強盗事件判例参照)。しかし、任意処分である(同条3項)以上、捜索に至り、又は強制を伴うことは許されない(同判例参照)。

イ.本件行為は、捜索に至っているか。
 本件行為に先立ち、甲は「任意じゃないんですか。」と言っており、承諾はない。
 確かに、承諾なく車内を丹念に調べる行為も直ちに捜索とせず、なお所持品検査と性質決定する判例もある。
 しかし、一般に、承諾なく所持品に手を入れて中を探る行為は、類型的に捜索とされる。エックス線検査について、内容物の具体的特定可能性からプライバシー等を大きく侵害するとして強制処分である検証と性質決定した判例との均衡からも、所持品を開披して手を入れ、内容物を取り出して確認する行為は捜索に至る行為というべきである。
 以上から、本件行為は、捜索に至っている。

ウ.本件行為は、捜索差押許可状の発付なくされた捜索であるから、令状主義(憲法35条1項、法218条1項前段)に反し、違憲・違法である。
 甲が、「任意じゃないんですか。」と言って、承諾しない意思を示していたにもかかわらず、Pは何らの説得もなくいきなり本件行為に及んでおり、プライバシーへの配慮がおよそうかがえない。本件行為後の事情も、本件行為時のPの主観を推認する間接事実として考慮できる。発見した注射器を取り出し、甲に対し、「これは何だ。一緒に署まで来てもらおうか。」と言って、甲が任意同行に応じざるをえない材料として用いた後、同注射器を本件かばんに戻し、かつ、捜査報告書②に本件行為を記載しなかったことは、上記行為時において、Pがその違憲・違法を認識した上で、それを意に介することなく、敢えて本件行為に及んだことを推認させる間接事実である。
 以上から、本件行為には、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある。

2.排除相当性

(1)違法収集証拠排除法則の対象となる証拠には、違法な手続と密接に関連する証拠が含まれる。違法な手続と密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地から相当でないと認められるからである(大津違法逮捕事件判例参照)。違法な手続によりもたらされた状態を利用して収集された証拠は、その違法な手続と関連性を有する証拠といえる

ア.【鑑定書】は、本件封筒在中の白色結晶を鑑定した結果を記載したものである。本件封筒は本件かばん内側サイドポケットから発見された。その発見は、捜査報告書①及び捜査報告書②等を疎明資料として請求され、発付された捜索差押許可状の執行に基づく。捜査報告書②には、本件かばんのチャックを開けたところ注射器が入っていた旨が記載されていた。注射器は本件行為によって発見された。上記捜索差押許可状は、本件かばんを所持する甲がI警察署への任意同行に応じたことから容易に執行できた。Pが同注射器を取り出し、甲に対し、「これは何だ。一緒に署まで来てもらおうか。」と言ったところ、甲が同行に応じた。注射器を発見されたことが同行に応じる動機となっていたことをうかがわせる。
 以上から、【鑑定書】は、本件行為によりもたらされた状態を利用して収集されたもので、本件行為と関連性を有する証拠といえる。

イ.違法な手続と証拠の関連性が密接であるか否かは、その証拠の収集に係る手続の履践の状況、違法な手続との接着性、違法な手続を行う実質的必要性の有無、捜査官の令状主義潜脱の意図の有無、違法な手続によらずにその証拠を発見し得た蓋然性の程度等を考慮すべきである(大津違法逮捕事件、宅配便エックス線検査事件各判例参照)
 確かに、前記アのとおり、本件行為から【鑑定書】作成までには、複数の手続が介在し、各手続はそれ自体としては違法とはいえない。しかし、本件かばんを捜索すれば本件封筒が発見されるのは必然であり、本件封筒を捜索すればポリ袋が発見されるのも必然で、覚醒剤様の白色結晶が入っていた以上、同結晶の鑑定に至ることも当然である。したがって、本件かばん捜索から【鑑定書】作成に至る因果経過は極めて当然の流れといえる。
 他方、本件かばん捜索に係る捜索差押許可状は、捜査報告書①及び捜査報告書②等を疎明資料として請求された。捜査報告書①には、覚醒剤の密売拠点と疑われる本件アパートから出てきた人物から甲が本件封筒を受け取って本件かばんに入れたこと、甲には覚醒剤取締法違反(使用)の前科があること、甲が覚醒剤常用者の特徴を示していたこと及び甲は本件封筒の中を見せるように言われると逃げ出したことが記載されていたから、それだけでも「罪を犯したと思料されるべき資料」(刑訴規則156条1項)という余地があり、本件行為及びその結果発見された注射器について記載した捜査報告書②がなくても、上記捜索差押許可状の発付を受けられた可能性がある。
 確かに、本件行為によらなくても、直ちに捜査報告書①等を疎明資料として捜索差押許可状を請求すれば、同許可状の発付を受けることができ、【鑑定書】作成に至った可能性は否定できない。しかし、捜査報告書①等のみでは、甲の所持する本件かばん中に本件封筒が存在する蓋然性が高いということはいえても、本件封筒中に覚醒剤が存在するという点については、覚醒剤密売拠点との情報がある場所から出てきた男から受け取ったという推認力の弱い間接事実があるだけで、蓋然性が高度とまではいえない。そのため、同許可状の発付に至らなかった可能性も否定できない。本件行為の結果発見した注射器について記載した捜査報告書②の存在によって、より確実に同許可状の発付を受けられる状況が作出されたといえ、甲も、それを期待して本件行為に及んだと考えられる。捜査報告書②に本件行為に係る記載をしなかったことは、甲において、これを記載すれば違法と判断され同許可状の発付を受けられないと判断したためと考えられ、令状主義潜脱の意図によるものであった。偶然に本件行為がされ、捜査報告書②が疎明資料に加えられたわけではない。
 確かに、覚醒剤は隠滅容易であり、覚醒剤密売事件は密行性が高く、通常の捜査では摘発困難であること、仮に本件かばん中の本件封筒から覚醒剤が発見されれば、覚醒剤密売拠点との情報がある場所から出てきた男が実際に覚醒剤を甲に渡していたという意味付けが可能となるから、本件アパート201号室を拠点とする密売事件の全容解明に至る証拠ともなりうること、本件行為がなければ同許可状の発付を受けられなかった可能性が一定程度あったことからすれば、本件行為を行う実質的必要性がないとはいえない。しかし、Pは説得行為をすることなく本件行為に及んでいるところ、丁寧に説得をすることで甲から任意の開披を受けられた可能性も否定できない。上記のとおり、直ちに捜査報告書①等を疎明資料として捜索差押許可状を請求したとしても、同許可状の発付を受けることができた可能性もあった。上記実質的必要性は高度なものとはいえない。
 以上から、本件行為と【鑑定書】の関連性は密接である。

ウ.以上から、【鑑定書】は排除の対象となる。

(2)甲が「任意じゃないんですか。」と言って、承諾しない意思を示していたにもかかわらず、甲は、説得もなくいきなり本件行為に及んでおり、プライバシーへの配慮がまるでない。しかも、本件行為後、注射器を本件かばんに戻し、捜査報告書②に本件行為について記載しなかった。積極的な虚偽記載でなく、消極的に不都合な記載をしなかったにとどまるが、本件行為の違憲・違法を隠ぺいする意図があったことは明らかである。本件行為は偶発的なものでなく、意図的なものであって、【鑑定書】を証拠として許容すれば、同様の違法捜査を助長・誘発しかねない。
 したがって、【鑑定書】を証拠として許容することは、将来における違法捜査の抑制の見地から相当でない。

3.よって、【鑑定書】に証拠能力はない。

第2.設問2

1.強制処分は、法定のものしか許されない(強制処分法定主義。197条1項ただし書。)。法定の強制処分には、令状を要する(令状主義。憲法33条、35条1項、法199条1項本文、218条1項等)など厳格な規律がある。
 強制処分とは、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものをいう。憲法35条1項は、13条後段の一般プライバシーとは別に、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を特に重要な権利として保障しているところ、同項の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる(GPS捜査事件判例)
 合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(同判例参照)
 捜査①及び②は、いずれも秘密裏の撮影であり、合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われるといえるから、個人の意思を制圧する。
 そこで、以下、「住居」等に準じる私的領域への「侵入」といえるか、任意処分として許される範囲を逸脱するかという観点から検討する。

2.捜査①

(1)捜査①は、喫茶店における人の容ぼう等を撮影するものである。
 憲法13条は、個人の私生活上の自由の1つとして、みだりに容ぼう等を撮影されない自由を保障する(京都府学連事件判例参照)。もっとも、公道等、人が他人から容ぼう等を観察されることを受忍せざるを得ない場所においては、プライバシーに対する期待が一定程度後退するから、そのような場所における容ぼう等の撮影は、「住居」等に準じる私的領域への「侵入」とはいえない。したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するとはいえず、任意処分である
 一般に、喫茶店の客席は相互に遮蔽されておらず、容ぼう等を他の客から観察されることを受忍せざるを得ない場所である。
 したがって、捜査①は任意処分である。

(2)判例は、パチンコ店内における被疑者の容ぼう等を撮影した事案において、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものである限り、適法であるとする。被疑者に限定して撮影する場合には、単純な任意捜査であるから、必要かつ相当な範囲において許容されると考えられるからである
 しかし、捜査①では、無関係の後方の客の様子まで映っていた。被疑者以外の第三者は事件と無関係なのであるから、第三者の容ぼう等を除外せずに撮影することもやむを得ないといえる場合に限り、撮影が許容されるというべきである。京都府学連事件、オービス事件各判例において、現に犯罪が行なわれ、又は行なわれたのち間がないと認められる場合であって、証拠保全の必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行なわれるときは、被疑者の容ぼう等のほか、被疑者の身辺又は被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者の容ぼう等を含めて撮影することが許されるとされたのは、その趣旨といえる。なお、山谷ビデオ撮影事件高裁判例は、第三者が映り込んだビデオ撮影を適法としたが、同事件は将来捜査の事案に関するもので、いまだ発生していない犯罪について現行犯又は準現行犯的状況を観念することはできないから、上記各判例の趣旨をそのまま妥当させることができないことによるものである。同高裁判例は、既に発生した事件の捜査である本件とは事案を異にする。
 本件アパート201号室から出てきた男性は椅子に座って飲食しただけであり、現に犯罪が行なわれ、又は行なわれたのち間がないと認められる場合ではない。したがって、第三者の容ぼう等を含めて撮影することが許される場合に当たらない。
 確かに、上記各判例は、一切の例外を認めない趣旨とはいえない(前記パチンコ店内撮影に関する判例参照)。捜査①は、同室を拠点とする覚醒剤密売情報があり、同室賃借名義人が乙で、乙には覚醒剤取締法違反(所持)の前科があるため、乙が同法違反(営利目的所持)という長期20年の懲役(41条の2第2項、刑法12条1項)に当たる重大で密行性の高い犯罪を犯した合理的な疑いがあり、乙の首右側に小さな蛇のタトゥーという通常人にはない顕著な特徴があるため、同男性の首右側にタトゥーが入っているか否か及びその形状を確認できれば、同男性が乙であると特定できるという状況の下でされ、かつ、全体で約20秒間と短時間にとどまる点は、捜査の必要性や撮影方法の相当性を基礎付けるものとして、上記各判例の例外を許容すべき方向の要素といえる。
 しかし、捜査①の必要性について、既に甲が逮捕・起訴されており、乙において自らが捜査対象とされることを予測できる状況にあるから、隠密捜査の必要性は減退しており、乙に職務質問をするなどの他に首右側タトゥーを確認する方法があったと考えられるところ、そのような他の手段が困難であった事情はうかがわれない。同一犯とみられる殺人、放火等が連続して発生しており、新たな被害者が出ることを防止するため犯人検挙の緊急の必要性があるという事案でもない。撮影方法の相当性につき、後方の客を除外する撮影が不可能であったとか、撮影後直ちに後方の客に係る映像データをマスキング処理した等の事情はうかがわれない。したがって、上記各判例の例外を認めるべき場合には当たらない。
 以上から、任意処分として許される範囲を逸脱した違法がある。

(3)よって、捜査①は、違法である。

3.捜査②

(1)捜査②は、本件アパート201号室玄関ドアやその付近の共用通路を撮影するものである。
 確かに、同玄関ドアは幅員約5mの公道側に向かって設置されていた。公道を通行する者から観察されることを受忍せざるを得ないという点においては、プライバシーに対する期待が一定程度後退するといえる。
 しかし、玄関ドアはもちろん、共用通路もみだりに他人の立入りが許されない一種の私的領域である。また、個人の行動を継続的に把握することは個人のプライバシーを侵害しうるものであり、公権力による私的領域への侵入を伴うと評価しうる場合がある(GPS事件判例参照)。捜査②は、10月3日から12月3日までの2か月間もの間、毎日24時間、すなわち、間断なく常時継続して撮影する。アパートの居室は、通常、人が居住する場所である。同室が居住の用に供されていなかった事実はうかがわれない。人が居住する場所の玄関を2か月間にわたり常時撮影すれば、いつ外出し、いつ帰宅したかを通じて、網羅的ではないにせよ、個人の行動をある程度は継続的に把握することができる。上記のような継続的把握をされないことへのプライバシーの期待は、公道を通行する者から一時的に観察されうることによって後退する性質のものでない。さらに、撮影された映像には、同室玄関ドアが開けられるたびに、玄関内側や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいた。ドアの内側は、まさに私的な生活空間であり、純然たる私的領域である。2か月間にわたり常時撮影すれば、不可避的にドアが開く状況が撮影され、かつ、内側の様子が画像データとして固定されるのであり、そのような撮影等をされないプライバシーの期待は、公道を通行する者からたまたまドアが開いた瞬間に中を観察されうることによって後退する性質のものでない。
 以上から、捜査②は、「住居」に準ずる私的領域への「侵入」であり、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するから、強制処分である。

(2)捜査②は、五感のうち視覚の作用によって場所の状態を認識する強制処分であるから、検証の性質を有する。検証は、法定の強制処分である(128条、218条1項前段)から、強制処分法定主義に反するとはいえない。
 しかし、捜査機関が検証をするには、検証許可状を要する(令状主義。憲法35条1項、法218条1項前段。)。捜査②実施に当たり、その発付を受けていない。

(3)以上から、捜査②は、令状主義に反し、違憲・違法である。

以上

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