令和6年予備試験論文式憲法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年の憲法についていえば、政教分離規定を直接適用してしまう答案が一定数出ると思われること、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という書き方しか準備しておらず、団体の費用徴収決定と構成員の権利・自由の衝突場面における基本的な判断枠組みを事前準備していない人が相当数いたと思われることから、参考答案(その1)でも、合格答案はもちろん、上位答案にすらなり得るのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問(1)

1.憲法は、専ら国・公共団体と個人の関係を規律し、私人間を直接規律することを予定しない(三菱樹脂事件判例参照)
 A町内会は国でも公共団体でもない(地自法260条の2第6項)。したがって、憲法は直接適用されない。

2.祭事挙行費を町内会の予算から支出するためには、C神社の祭事挙行への協力がA町内会の目的の範囲内であることを要する(同条1項)。目的遂行のため直接・間接に必要か、行為の客観的性質から抽象的に判断する(八幡製鉄事件、国労広島地本事件、群馬司法書士会事件各判例参照)。間接に必要かは、社会通念上、団体の活動として期待・要請されるか、構成員の予測に反しないかで判断する(八幡製鉄事件判例参照)
 認可地縁団体は地域的な共同活動を円滑に行うため認可を受ける(地自法260条の2第1項)。A町内会規約はその目的に「会員相互の親睦及び福祉の増進を図り、地域課題の解決等に取り組むことにより、地域的な共同生活に資すること」を掲げ、この目的を達成するための事業として、「その他A町内会の目的を達成するために必要なこと」を挙げている。C神社の祭事は年2回行われ、住民のほとんどはC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識している。社会通念上、町内会の活動として期待・要請され、会員の予測に反しないといえる。
 したがって、祭事協力は目的遂行のため直接・間接に必要といえ、A町内会の目的の範囲内の行為である。

3.よって、祭事挙行費を町内会の予算から支出することができる。

第2.設問(2)

1.確かに、会員Hの意見のとおり、一括して一律に徴収するのが楽である。
 しかし、町内会費8000円を一律に徴収するためには、公序良俗違反(民法90条)など協力義務を否定すべき特段の事情がないことを要する(群馬司法書士会事件判例参照)

2.強制加入団体における上記特段の事情は、政治的・宗教的立場や思想信条の自由を害し、又は社会通念上過大な負担かで判断する(国労広島地本事件、南九州税理士会事件、群馬司法書士会事件各判例参照)。
 強制加入団体とは、法令上、直接・間接に加入を強制され、実質的に脱退の自由が保障されていない団体をいう(南九州税理士会事件判例参照)。団体への加入が重要な利益であって、脱退の自由に事実上大きな制約がある場合には、強制加入団体に準じて考える(国労広島地本事件判例参照)

 確かに、会員Eの言うとおり、A町内会は任意団体で、法令上、直接・間接に加入を強制されていないから、強制加入団体ではない。
 しかし、A集落は人口約170人、世帯数約50戸である。現在のA町内会加入率は100パーセントである。生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理、B市の「市報」等の配布については、日常生活に不可欠であり、A集落に住む以上はA町内会に加入せざるを得ない。したがって、A町内会への加入が重要な利益であって、脱退の自由に事実上大きな制約がある。
 以上から、強制加入団体に準じて考える。

3.構成員が市民としての個人的な政治的思想等に基づいて自主的に決定すべき事柄(国労広島地本事件、南九州税理士会事件各判例参照)について協力義務を課すことは、構成員の政治的立場を害する。同様に、構成員が市民としての個人的な宗教観等に基づいて自主的に決定すべき事柄について協力義務を課すことは、構成員の宗教的立場を害する。なお、会員Gは自己の信教の自由をいうが、他の会員の宗教的立場を害することまで許容する理由にはならない。
 確かに、A集落は何百年にもわたってC神社を中心に生活が営まれてきた。C神社は宗教法人ではなく、氏子名簿もない。かつて火事で鳥居を除いて神社建物が失われたため、同所にA町内会が集会所を建設し、入り口には「A町内会集会所」と表示されている。集会所は大きな一部屋からなる建物であり、平素から人々の交流や憩いの場となっている。C神社には神職が常駐しておらず、日々のお祀りは集会所の管理と併せて、A町内会の役員が持ち回りで行っている。祭事が行われるのは年2回である。祭事で披露されるのは集落に伝えられてきた文化である伝統舞踊で、祝詞をあげる宮司は近隣から派遣される。祭事の準備・執行・後始末などを担当しているのは、A町内会の会員である住民である。住民の中にはC神社の氏子としての意識が弱い者もいる。住民のほとんどはC神社の祭事をA集落の年中行事と認識している。
 しかし、C神社では何百年にもわたって集落の氏神が祀られてきた。火事の後も鳥居は残っている。集会所に御神体が安置され、入口には「C神社」と表示されている。C神社で日々のお祀りが行われている。祭事では、宮司が祝詞をあげるなど、神道方式により神事が行われ、伝統舞踊は神事の一環として披露される。住民のほとんどはC神社の祭事を重要と認識しているが、その中にはC神社の氏子としての意識が強い者もいる。
 以上から、祭事挙行費を負担するかは、会員が市民としての個人的な宗教観等に基づいて自主的に決定すべき事柄であり、これに協力義務を課すことは、会員の宗教的立場を害する。したがって、上記特段の事情がある。会員の協力義務は否定される。
 上記のように考えても、住民のほとんどがC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識しているから、祭事挙行費を別途任意に住民から徴収すればよく、会員Fの懸念は当たらない。

4.よって、町内会費8000円を一律に徴収することはできない。

以上

【参考答案(その2)】

第1.判断枠組み

(1)憲法は、専ら国・公共団体と個人の関係を規律し、私人間を直接規律することを予定しない。原則として私的自治にゆだねられ、法が介入するのは社会的許容限度を超える場合に限られるからである(三菱樹脂事件判例参照)
 公共団体とは、その存立の目的・権能を国から付与され、公権力を行使する法人をいう
 A町内会は認可地縁団体であり、その存立の目的・権能を国から付与されている(地自法260条の2第1項)。しかし、公権力を行使する権限は付与されていない(地自法260条の2第6項)。したがって、公共団体に当たらない。

(2)A町内会は、生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理など、日常生活に不可欠な活動を行っているため、会員との関係で社会的に優位な関係にあるともいえる。しかし、社会的優劣による私的支配関係は、権力の法的独占の裏付けを欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、権力の法的独占の上に立って行なわれる公権力の支配とは全く性質が異なるから、憲法を直接適用又は類推適用することはできない(上記判例参照)

(3)確かに、町内会は地域住民が広く会員になることが予定される団体であり、会員には多様な宗教を有する者が存在しうることから、宗教的中立性や会員の信教の自由への配慮が事実上要請されることがありうる。
 しかし、それは会員の協力義務の限界の問題であって、宗教の影響の下に公権力が行使される場面とは全く異なるから、憲法の政教分離規定を適用すべき理由とはならない。

(4)以上から、憲法20条、89条前段に直接違反するかという観点ではなく、A町内会の目的の範囲(地自法260条の2第1項)に含むか(設問(1))、会員の協力義務の限界を超えないか(設問(2))という観点から検討する(群馬司法書士会事件判例参照)。

第2.設問(1)

1.祭事挙行費を町内会の予算から支出するためには、C神社の祭事挙行への協力(以下「祭事協力」という。)がA町内会の目的の範囲内であることを要する(同条1項)。目的遂行のため直接・間接に必要か、行為の客観的性質から抽象的に判断する(八幡製鉄事件、国労広島地本事件、群馬司法書士会事件各判例参照)。間接に必要かは、社会通念上、団体の活動として期待・要請されるか、構成員の予測に反しないかで判断する(八幡製鉄事件判例参照)
 認可地縁団体は地域的な共同活動を円滑に行うため認可を受ける(地自法260条の2第1項)。A町内会規約は、「会員相互の親睦及び福祉の増進を図り、地域課題の解決等に取り組むことにより、地域的な共同生活に資すること」を目的とし、この目的を達成するための事業として、「⑤その他A町内会の目的を達成するために必要なこと」という包括的事項を挙げている。
 一般に、会員相互の親睦及び福祉増進を図る地域共同活動には様々なものがあるが、祭りのような地域行事はその典型であって、町内会の目的の範囲に属することは明らかである。それが宗教と一定の結び付きを持つ場合であっても、地域行事として伝統的に行われてきたものは、社会通念上、町内会の活動として期待・要請され、構成員の予測に反しないといえる。個々の会員の信教の自由との関係は、協力義務の限界として検討すれば足りる。
 C神社の祭事は年2回行われ、住民のほとんどはC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識しているから、地域行事として伝統的に行われてきたといえる。
 したがって、祭事協力は少なくとも目的遂行のため間接に必要といえ、A町内会の目的の範囲内の行為である。

2.よって、祭事挙行費を町内会の予算から支出することができる。

第3.設問(2)

1.町内会費8000円を一律に徴収するためには、公序良俗違反(民法90条)など協力義務を否定すべき特段の事情がないことを要する(群馬司法書士会事件判例参照)。会員Hの意見のとおり、一括徴収が便宜であるとしても、上記特段の事情があるときは、そのような徴収方法は許されない。

2.会員Eの言うとおり、一般に、任意の私的団体の構成員は、団体の活動に参加し、妨害せず、会費等を納入するなどの協力義務を負う。もっとも、強制加入団体においては、団体の活動に賛同して加入し、団体の決定に反対であれば脱退できるという前提を欠くため、構成員の利益との考量を要する。したがって、構成員の協力義務を否定すべき特段の事情は、政治的・宗教的立場や思想信条の自由を害し、又は社会通念上過大な負担かで判断する(国労広島地本事件、南九州税理士会事件、群馬司法書士会事件各判例参照)

(1)強制加入団体とは、法令上、直接・間接に加入を強制され、実質的に脱退の自由が保障されていない団体をいう(南九州税理士会事件判例参照)。団体への加入が重要な利益であって、脱退の自由に事実上大きな制約がある場合には、強制加入団体に準じて考える(国労広島地本事件判例参照)

ア.会員Eの言うとおり、A町内会は任意団体であり、加入・脱退は自由であるから、強制加入団体そのものではない。

イ.しかし、A集落は人口約170人、世帯数約50戸と極めて小規模で、現在のA町内会加入率は100パーセントで、加入しない住民は1人もいない。A集落に居住しながら加入せず、又は脱退すれば、A集落では異端視されることとなり、現実に差別等を受けるか否かを別としても、強い疎外や心理的負担を感じざるをえない。A町内会の活動のうち、B市「市報」配布については、B市役所等へ赴けば入手できるはずであるし、そもそも閲読が生活に必要不可欠とまではいえないが、生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理については、生活道路・下水道が利用できなくなったり、ごみ出しができなくなったりすれば日常生活に支障をきたすから、不可欠のサービスといえる。したがって、A町内会への加入は重要な利益であって、脱退の自由に事実上大きな制約がある。
 以上から、強制加入団体に準じて考える。

(2)国労広島地本事件判例は、選挙における投票の自由と表裏をなし、構成員が市民としての個人的な政治的思想等に基づいて自主的に決定すべき事柄について協力義務を課すことは、構成員の政治的立場を害するとし、強制は金銭の出捐だけで、反対の意見表明をする自由が奪われるわけではないが、一定の政治活動との個別的関連性が明白に特定された資金の拠出を強制することは、その活動に対する積極的協力の強制にほかならず、その活動に表れる一定の政治的立場への支持を強制するに等しいとする。南九州税理士会事件判例も直接には目的の範囲における判示であるが同旨と思われる。
 上記各判例は、構成員の思想・良心の自由(19条)との関係を考慮したものであるところ、信仰は、思想・良心の宗教的側面であるから、構成員の信教の自由(20条1項前段)との関係を考慮すべき場面でも当てはまる。特定の宗教行為に参加するかは、宗教行為等への参加を強制されない自由(20条2項)と表裏をなし、構成員が市民としての個人的な宗教観等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。特定の宗教行為との個別的関連性が明白に特定された資金の拠出を強制することは、その宗教行為への参加を強制するに等しい。このことは、玉串料・香典等の出捐が儀式への参加の意味を持ちうることからも明らかである。
 したがって、特定の宗教行為との個別的関連性が明白に特定された資金の拠出を強制することは、構成員の宗教的立場を害するといえる。
 なお、会員Gは自らの信教の自由をいうが、同自由の保障は、公権力によって内心の信仰、宗教的行為及び宗教的結社の自由を妨げられない点にあり、自己の信仰を全うするために他者に費用負担を求める権利まで保障するものではないから、上記協力義務を肯定する理由とはならない。

ア.町内会費は1世帯当たり年額8000円であり、街路灯費やごみ収集所管理費なども支出されているから、祭事との個別的関連性が明白に特定されないともみえる。しかし、上記会費中、祭事挙行費は1世帯当たり年額約1000円であるとされ、A町内会総会でもこの点を否定する会員の発言はなかったから、上記会費中1世帯当たり年額約1000円については、祭事との個別的関連性が明白に特定されたものと評価できる。

イ.もっとも、祭事は世俗化した地域行事であって、特定の宗教行為とはいえないのではないか。町内会は地域共同体であるが、他の地域から移住する者もあるから、宗教性の判断に当たっては、外形や住民の意識だけでなく、一般人の評価も考慮する。
 確かに、A集落は何百年にもわたってC神社を中心に生活が営まれてきた。C神社は、住民の生活の一部となり、特別な宗教施設としての意識が希薄化したと評価する余地がある。C神社は宗教法人ではなく、氏子名簿もない。かつて火事で鳥居を除いて神社建物が失われたため、同所にA町内会が集会所を建設し、入り口には「A町内会集会所」と表示されている。集会所は大きな一部屋からなる建物であり、平素から人々の交流や憩いの場となっている。祭事は年2回しか行われておらず、日常生活においては、C神社は住民の集会所としての機能を果たす施設にすぎず、住民にとって宗教的意義が薄れ、世俗化したと評価する余地がある。C神社には神職が常駐しておらず、日々のお祀りは集会所の管理と併せて、A町内会の役員が持ち回りで行っているから、管理事務の一環として形式的に行われているにすぎないと評価する余地がある。祭事で披露されるのは集落に伝えられてきた文化である伝統舞踊であり、世俗化した伝統芸能とみる余地がある。祝詞をあげる宮司は近隣から派遣され、祭事の準備・執行・後始末などを担当しているのは、A町内会の会員である住民である。祭事運営に携わる住民にとっては町内会の事務にすぎず、宗教行為としての意識が乏しいとみる余地がある。住民の中にはC神社の氏子としての意識が弱い者もいるが、住民のほとんどはC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識している。宗教意識に乏しい住民にとっても、重要な年中行事として認識されていることは、宗教性が希薄化したことを示す要素といえる。
 しかし、C神社では何百年にもわたって集落の氏神が祀られてきたのであり、一般人の目からみて、伝統宗教施設であることは否定できない。火事の後も鳥居が残されたこと、集会所に御神体が安置され、入口には「C神社」と表示されていること、C神社で今でも日々のお祀りが行われていることは、現在においてもなお、宗教施設としての客観的要素を備えており、住民からは慣れ親しまれ宗教性が意識されていないとしても、一般人の目からみて宗教性が希薄とはいえない。祭事では、宮司が祝詞をあげるなど、神道方式により神事が行われ、伝統舞踊は神事の一環として披露される。一般人の目からみて宗教儀式とみえることは明らかである。住民のほとんどはC神社の祭事を重要と認識しているが、その中にはC神社の氏子としての意識が強い者もいる。そのような者にとっての祭事の重要性とは、世俗的な年中行事としてではなく、自身の信仰に強く結び付いた宗教行為としての重要性を意味する。このことは、住民にとっても、宗教性がいまだ残存し、完全に世俗化したとはいえないことを示す。
 以上から、祭事は特定の宗教行為といえる。

ウ.以上から、祭事挙行費も含めて町内会費を一律徴収することは、特定の宗教行為との個別的関連性が明白に特定された資金の拠出を強制するものとして、会員の宗教的立場を害する。協力義務を否定すべき特段の事情がある。

エ.上記のように考えても、祭事挙行費を別途任意に徴収することは可能であり、住民のほとんどがC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識している現状の下においては、祭事や伝統舞踊が継続できなくなる事態は想定しがたく、また、伝統舞踊については、神事と切り離して保存する余地もある。したがって、会員Fの懸念は当たらない。

3.よって、町内会費8000円を一律に徴収することはできない。

以上

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