1.令和6年予備試験行政法。設問1では、処分の相手方以外の者の原告適格が問われました。
(問題文より引用) B及びCは、令和5年11月15日、乙土地をCの資材置場にするという名目で、農地法第5条第1項に基づき、同法にいう「都道府県知事等」に該当するY県知事に対して、乙土地にCの賃借権を設定することの許可を求める旨の申請(以下「本件申請」という。)をした。 (中略) Dの報告を受けたY県知事は、農地法第5条第2項第4号にいう「周辺の農地(中略)に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合」には当たらないと認定して、令和6年1月9日、本件申請を許可する処分(以下「本件処分」という。)をした。 (中略) Xは、法的措置として、令和6年6月中に本件処分の取消訴訟(以下「本件訴訟1」という。)を提起するとともに、本件処分によって本件費用相当額の損害が発生したことを理由とする国家賠償請求訴訟(以下「本件訴訟2」という。)及びY県知事がCに対して農地法第51条第1項に基づく原状回復の措置命令をすることを求める義務付け訴訟(以下「本件訴訟3」という。)を提起することを検討している。 (中略) 〔設問1〕 Xは、本件訴訟1における原告適格についてどのような主張をすべきか、検討しなさい。 (引用終わり) |
誰もが、小田急高架訴訟判例の規範を示して解答したことでしょう。もっとも、その意味を正確に理解して当てはめをしている人は、意外と少なかったりします。
(小田急高架訴訟判例より引用。太字強調は筆者。) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。 (引用終わり) |
上記判示中から読み取れる要素は、「具体的利益」であること(具体性)、それから、「個別的利益」であること(個別性)です。
2.まず、具体的利益というときの具体性とは、当該利益が処分要件となっていること、すなわち、「当該利益を侵害するときは、処分をしてはならない。」という趣旨が読み取れることを指します(※1)。すなわち、裁判規範として機能し得るという意味で、憲法における「具体的権利」、「抽象的権利」や、刑法における「具体的危険犯」、「抽象的危険犯」と同様の用例です。「具体的」・「抽象的」という語は、特定人を対象とするか、不特定人を対象とするかという意味で用いられることもあります。「法律は抽象的法規範であるが、処分は具体的法規範である。」というときの「具体的」・「抽象的」は、その用例です。しかし、「不特定多数者の具体的利益」という表現から明らかなとおり、ここではそのような意味ではありません。
※1 『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「処分の相手方以外の者の法律上保護された利益の判断基準」、「具体的利益を要する理由」、「具体的利益の判断基準」の各項目も参照。
(参照条文)行政事件訴訟法9条2項 (主婦連ジュース事件判例より引用。太字強調は筆者。) 法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。 (引用終わり) (衆院法務委員会平16・5・11より引用。太字強調は筆者。)
塩野宏(東京大学名誉教授)参考人 (引用終わり) |
やや荒っぽい比喩をすると、例えば、殺人罪(刑法199条)は、「人を殺すな。」という不作為義務規範(※2)に違反した場合に課される刑事罰です。同条の規律から、「人の生命という法益を侵害するときは、その行為をしてはならない。」という趣旨が読み取れるから、刑法199条は人の生命を具体的利益として保護している。逆にいえば、人の生命を具体的利益として保護したいからこそ、それを侵害する行為を禁止したのだ、といえる。これと同じような思考方法です。この点を理解すると、具体性のことを講学上、「保護範囲要件」と呼ぶことがあることも、理解しやすいでしょう。
※2 「人を殺すな。」という規範自体は成分法に規定がありません。このような不文の自然法的法規範ないし自然法義務に違反した場合に課される罪を、自然犯といいます。
このことは、文言上明示された場合にとどまらず、解釈によって導かれる場合を含みます。
(最判昭60・12・17より引用。太字強調は筆者。) 処分の法的効果として自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限つて、行政処分の取消訴訟の原告適格を有するものというべきであるが、処分の法律上の影響を受ける権利利益は、処分がその本来的効果として制限を加える権利利益に限られるものではなく、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益もこれに当たり、右の制約に違反して処分が行われ行政法規による権利利益の保護を無視されたとする者も、当該処分の取消しを訴求することができると解すべきである。そして、右にいう行政法規による行政権の行使の制約とは、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものである。 (引用終わり) |
このことを理解すると、納骨堂事件判例における宇賀克也意見が「国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在している」という解釈を敢えて示した意味がよく分かるでしょう。
(納骨堂事件判例のおける宇賀克也意見より引用。太字強調及び※注は筆者。) 墓地経営等の許可について、法は要件を一切定めていないが、法の合理的解釈により、法1条の目的に合致しない申請、すなわち、国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在していると解するべきである(このような考え方につき、最高裁昭和57年(行ツ)第149号同60年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事146号323頁(※注:上記に引用した最判昭60・12・17を指す。)参照)。 (引用終わり) |
3.さて、これを本問で考えると、どうか。農地転用のための権利移動の許可要件については、法5条2項が定めています。本問では、4号が問題になることが明らかです。
(問題文より引用) 【資料】 〇 農地法(昭和27年法律第229号)(抜粋) (中略) (農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限) 第5条 農地を農地以外のものにするため(中略)、これらの土地について第3条第1項本文に掲げる権利を設定し、又は移転する場合には、当事者が都道府県知事等の許可を受けなければならない。(以下略) 一~七 (略) 2 前項の許可は、次の各号のいずれかに該当する場合には、することができない。(以下略)
一~三 (略) 3~5 (略) (引用終わり) |
ここで注意すべきは、「その他」ではなく、「その他の」が用いられている、ということです。一般に、「A、Bその他C」という場合には、並列的例示を意味し、A、B、Cは別の概念として規律されます。例えば、行訴法3条2項には「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」という文言がありますが、ここでいう「処分」(狭義の処分)と、「公権力の行使に当たる行為」は、別の概念です。
(参照条文)行政事件訴訟法3条2項 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。 |
ここでは詳論を避けますが、処分性の定式について判示したごみ焼却場事件判例は狭義の処分について述べたもので、「公権力の行使に当たる行為」は、その定式には当たらないが、処分性を認めるべきもの(広義の処分)を指すのでした(※3)。
※3 最近では、学生向けの文献でも、この点を明示するものが増えてきています(曽和俊文ほか『事例研究
行政法[第4版]』(日本評論社 2021年)61、62頁など)。この点は、当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「ごみ焼却場事件判例が狭義の処分に関するものである理由」の項目の※注でも、詳しく説明しています。なお、学者の執筆した文献では、狭義の「処分」と「その他公権力の行使に当たる行為」と表記するものがあります(上記曽和ほか61、62頁もそのように表記します。)が、「その他」の文言は語と語を繋ぐ接続詞ですから、概念の分類としては、狭義の「処分」と「公権力の行使に当たる行為」と表記するのが法制上は適切です。「A又はB」というときに、「A」と「又はB」のように分類しないのと同じですね。
一方で、「A、Bその他のC」という場合には、包括的例示を意味し、A、Bは、Cに含まれる概念として規律されます。例えば、行訴法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」は、「公法上の法律関係に関する訴訟」に含まれる概念です。
(参照条文)行政事件訴訟法4条(当事者訴訟) この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。 |
ときどき、実質的当事者訴訟は確認訴訟しか認められないと勘違いしている人を見かけますが、確認訴訟は例示にすぎないので、それだけでなく、「公法上の法律関係に関する訴訟」が広く包含されるのです(※4)。給付の訴えの例としては、公務員の給与支払請求訴訟が典型です。受験生に馴染みのあるところでいえば、憲法29条3項直接適用による損失補償請求訴訟も、給付の訴えですが、実質的当事者訴訟です。
※4 そもそも、確認訴訟の例示は、処分性が否定されるケースでも実質的当事者訴訟としての確認訴訟が利用できる場合がありますよ、ということを改めて明示する趣旨で、平成16年改正(法律第84号)によって挿入されたものでした。
さて、これを踏まえて農地法4条2項4号を見ると、「その他の」が用いられているので、その前の例示は、その後ろの「周辺の農地(中略)に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合」に含まれる概念だ、ということになります。
(問題文より引用) 四 申請に係る農地を農地以外のものにすること(中略)により、土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合、農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがあると認められる場合その他の周辺の農地(中略)に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合 (引用終わり) |
「だから何なの?」と思うかも知れませんが、これは結構大事なことです。なぜなら、「土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあると認められる場合」も、「周辺の農地(中略)に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合」に含まれる例示にすぎないのだ、ということになるからです。つまり、「周辺農地の営農条件に支障が生じるおそれがある場合として、例えば、土砂がどしゃっと流出した場合があるよね。」という意味になる。これを敷衍すると、土砂がどしゃっと流出したとしても、周辺に一切農地が存在しなかったとすれば、周辺農地に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあるとは認められないので、4号には該当しない、という解釈に至るわけですね。たとえ、周辺に住宅があって、どしゃっと流れてきた土砂によって人の生命等に危険が及ぶとしても、4号には該当しない。これはつまり、本問において、本件畑の営農条件に関係する利益は原告適格を基礎付け得るが、本件住宅があることによるXの生命・身体・財産は原告適格を基礎付ける利益として書いてはいけない、ということを意味するのです。行政解釈も、このような考え方に依っています。
(「「農地法の運用について」の制定について」より引用。太字強調は筆者。)
「災害を発生させるおそれがあると認められる場合」とは、土砂の流出又は崩壊のおそれがあると認められる場合のほか、ガス、粉じん又は鉱煙の発生、湧水、捨石等により周辺の農地の営農条件への支障がある場合をいう。 (ア) 申請に係る農地の位置等からみて、集団的に存在する農地を蚕食し、又は分断するおそれがあると認められる場合 (引用終わり) |
なので、本問で、本件畑の営農条件とは別に、本件住宅があることによるXの生命・身体・財産を被侵害利益として力説しても、単なる余事記載か、ちょっとした減点事由とされることでしょう。
4.ここまで読んでも、「それはちょっと納得できないぞ。」という人もいることでしょう。そのことも含め、続きは次回、説明したいと思います。