「『違法』及び『過失』」の意味
(令和6年予備試験行政法)

1.令和6年予備試験行政法。設問2(1)では、わざわざ、「違法」と「過失」の両方を問うています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問2〕

 Xが本件訴訟1における原告適格を有することを前提として、以下の各小問に答えなさい。

(1) Xは、本件訴訟2において、国家賠償法第1条第1項の「違法」及び「過失」についてどのような主張をすべきか、検討しなさい。

(2) Xは、本件訴訟3において、行政事件訴訟法第37条の2第1項の要件及び農地法第51条第1項の処分の要件が充足されることについてどのような主張をすべきか、検討しなさい。

(引用終わり)

 これはおそらく、職務行為基準説からでも、公権力発動要件欠如説からでも、どちらの説からでも書けるように配慮したつもりだったのだろうと思います。職務行為基準説からは、違法も過失も同じ注意義務違反を意味する(一元説)ので、違法だけを問う形式でよいわけですが、公権力発動要件欠如説だと、違法とは処分要件を欠くことであり、過失はそれについて注意義務違反があることだ、というように分けて考えることになる(二元説)ので、違法と過失の両方を問う形式でないと配点事項にズレが生じて困る、というわけです。ちなみに、本問と類似の事案に関する広島高岡山支判平28・6・30は、公権力発動要件欠如説っぽい判示をしています。もっとも、確固とした理論的基礎に基づくものといえるかは微妙です。

(広島高岡山支判平28・6・30より引用。太字強調は筆者。)

 本件造成工事は、本件各農地の周辺に位置する控訴人所有農地(畑部分)の営農条件に支障を生ずるものであったから、本件造成工事をすることによる農地の転用を目的として、Aが本件各農地に賃借権を設定することは、転用許可に関する法5条2項4号の要件を満たさないというべきところ、本件処分はこの点を看過し、控訴人の法的に保護された排水上の利益を侵害したから、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるというべきである。

 (中略)

 Bは本件申請をする前から本件造成工事に着手し、控訴人はこれを受けて総社市農業委員会に対し排水に支障が生じる旨を訴えていたところ、総社市農業委員会は、控訴人の訴えを受けてBに対し指導し、Bによって素掘りの水路が設けられることとなったものの、Bが設けた水路も、排水のため十分な断面がとられていないことなど、畑部分から本件各農地への浸透による排水の障害を根本的に解決するものとは容易に認めがたかった……(略)……総社市農業委員会としては……(略)……Bによる素掘りの水路の設置後もなお畑部分に排水に支障が生じているか否か、生じているとしてその原因等を適切に調査すべきであり、この調査を踏まえたうえで本件処分をすべき職務上の注意義務を負っていたというべきである。
 ところが……(略)……同委員会の事務局において、畑部分の排水の問題は解決済みとされていたため、その問題は、同総会での討議事項とはならず、また、これに先立つ農業委員による現地調査においても、その問題に着眼した調査がされたとも認めるに足りない。
 よって、同委員会が、本件の事実経過に照らして特に求められていた前記の調査義務を尽くしたとは認められない。

 (中略)

 以上を総合すると、総社市農業委員会は、職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件処分をしたというほかないから、過失があったというべきである。

(引用終わり)

 それから、他の要件を問わなかったのは、設問1や設問2(2)で書くことがたくさんあるので、Dの注意義務違反と要保護性の検討だけやってくれたらいいですよ、という趣旨だったのでしょう(※1)。
 ※1 他にも、因果関係が微妙、ということもあったかもしれません。本問のXに生じた損害は、本件処分が原因というよりは、本件処分がされる前の本件造成工事が原因なので、本件処分と損害との間に相当因果関係があるとはいえない感じなのです。上記広島高岡山支判平28・6・30は大した理由も付さずに相当因果関係を肯定しているのですが、筆者は疑問です。

2.しかしながら、厳密には、上記の配慮としては、「違法」及び「過失」を問うだけでは不十分です。なぜか。それは、公権力発動要件欠如説の論者は、通常、要保護性を損害要件で検討するからです(※2)。本問では、「違法」と「過失」しか解答の対象としていないので、公権力発動要件欠如説を採ってしまうと、無理やり違法性の問題にでもしない限り、要保護性の議論を書くことができなくなっていたのでした。おそらく、本問の主な作問者は学者ではなく、実務家(裁判官?)だったのでしょう(※3)。学者であれば、このことに容易に気が付くからです。そんなわけで、本問は、「公権力発動要件欠如説に配慮したつもりが、配慮が行き届いていなかった。」といえそうです。
 ※2 中原茂樹『基本行政法[第4版]』(日本評論社 2024年)434頁。岡田正則『行政法II- 行政救済法』(日本評論社 2024年)206頁。
 ※3 前掲広島高岡山支判平28・6・30が、公権力発動要件欠如説っぽい判示をしつつ、要保護性を違法要件で検討しているので、これで問題ないとみたのでしょう。行政法は、実務家、それも裁判官の考査委員が多いという特徴があります(令和6年司法試験予備試験考査委員名簿(令和6年9月9日現在))。差し支えるので詳細は書きませんが、過去には、自らが担当した事件を素材に作問したところ、理論的には問題になり得ないことを問う出題になってしまったとみられるものがありました。

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