令和6年予備試験論文式民法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年の民法についていえば、問題文が長く、設問が4つもあること、設問1(1)で改正を踏まえた検討ができない受験生が相当数いると思われること、設問2は理論的な説明が難解で、真面目に考えてしまうと時間をロスしてしまいがちなため、時間不足に陥った人が相当数いたと思われることから、参考答案(その1)でも、優に合格答案になるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(民法総則)【第2版】』、『司法試験定義趣旨論証集物権【第2版補訂版】』に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問1(1)

1.Aは令和3年4月1日未明に沈没した甲に搭乗していたが、Aの遺体は発見されていない。令和4年8月1日時点で、「沈没した船舶の中に在った者…の生死が…船舶が沈没した後…1年間明らかでない」(30条2項)といえ、利害関係人であるAの子Bの請求により家裁がした同日の失踪宣告(同条1項)によって、Aは、令和3年4月1日に死亡したとみなされる(31条)。

2.本件遺言書(1)は、特定財産承継遺言(1014条2項)か。
 同(1)は、「遺産に属する特定の財産」である乙土地を「共同相続人の1人」であるCに「承継させる旨」のものである。
 遺贈と解すべき特段の事情がない限り、「遺産の分割の方法の指定として」されたといえる(判例)。
 同(2)で、「各相続人の法定相続分に従って相続させる。」とするから、同(1)の「相続させる。」について、遺贈と解すべき特段の事情はない。「遺産の分割の方法の指定として」されたといえる。
 以上から、同(1)は、特定財産承継遺言である。

3.乙土地につきDが先に登記したとの反論が考えられる。
 特定財産承継遺言による権利承継のうち法定相続分超過部分を第三者に対抗するには、対抗要件を要する(899条の2第1項)。
 Aの相続人は子BCで(887条1項)、法定相続分は各2分の1である(900条4号本文)。Cは、本件遺言書(1)による乙土地所有権承継につき、2分の1を超える部分についてDと対抗関係となる。Dが先に登記した以上、同部分につきDが優先する。
 以上から、乙土地はCDで持分各2分の1の共有となる。

4.協議を経ずに共有地を占有する共有者であっても、自己の持分の限度で共有地を占有する権原を有する(249条1項)から、他の各共有者は、共有地を占有する共有者に対し、当然にはその明渡しを請求できない(判例)

5.よって、Cの請求は認められない。

第2.設問1(2)

1.失踪宣告取消しにより、Bは、当初からAを相続しておらず、乙土地について無権利であったことになる(32条2項本文)。したがって、Bからの承継人Eも無権利で、その転得者Fも無権利であるから、Aの請求が認められるのが原則である。

2.32条1項後段が適用されるとの反論が考えられる。

(1)「善意でした行為」(32条1項後段)というためには、法律行為をした当時、当事者双方が善意であったことを要する(判例)
 Aは、令和4年8月5日頃、Bに電話して無事を伝えた。Bは、Fに、Aの生存を伝えた。Eは、Aの生存を知らない。同年10月20日BE売買において、Eは善意であるがBが悪意である。したがって、「善意でした行為」に当たらない。令和5年6月19日EF売買において、Eは善意であるがFが悪意である。したがって、「善意でした行為」に当たらない。

(2)以上から、32条1項後段は適用されない。

3.よって、Aの請求は認められる。

第3.設問2(1)

1.Gの請求が認められるためには、受益(「利益を受け」)、「損失」、因果関係(「そのために」)、「法律上の原因」がないことを要する(703条)。

2.K銀行は、同銀行J名義口座(以下「J口座」)に500万円の入金処理を行った。銀行実務では、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。Jは組戻しに承諾していない。Jに500万円の受益がある。

3.GはHへの500万円の支払債務を弁済する目的であったが、J口座に500万円の入金処理がされたから、500万円の「損失」がある。

4.上記2の受益と上記3の「損失」は本件誤振込みによって生じたから、因果関係がある。

5.JはG及びHとは何ら関係のない人物で、J口座への振込依頼は誤りであり、Jとの間に振込みの原因となる関係はないから、「法律上の原因」がない。

6.よって、Gの請求は認められる。

第4.設問2(2)

1.Lは、Jが置いていった現金500万円を受け取ったから、受益がある。

2.前記第3の3のとおり、「損失」がある。

3.確かに、Lの利得はJの一般財産からの弁済であるから、Gの損失との間には直接の因果関係はない。
 しかし、直接の因果関係がなくても、社会通念上の連結があれば足りる(騙取金弁済事件判例参照)。
 Jは、令和6年3月8日午後1時、J口座から現金500万円の払戻しを受けており、それにより同口座の残高は0円となっていた。同口座は、ここ数年間残高は0円であって、本件振込み及びその払戻しを除き、入出金は行われていなかった。同日夜(Lによれば午後8時頃)、Jは、Lに対して、現金で500万円の弁済をした。上記1の受益と上記2の「損失」に社会通念上の連結がある。因果関係がある。

4.確かに、Lの利得はJに対する債権の弁済の受領であり、「法律上の原因」があるともみえる。
 しかし、騙取金弁済の受益者に悪意・重過失があるときは、被騙取者との関係で「法律上の原因」を欠く(騙取金弁済事件判例参照)。このことは、誤振込金弁済にも当てはまる。
 Lが弁済金の出所を尋ねたところ、Jは、自分の銀行口座に誤って振り込まれた金銭である旨を説明した。Lは悪意である。「法律上の原因」を欠く。

5.よって、Gの請求は認められる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1(1)

1.請求原因(特定財産承継遺言)

(1)乙土地はAがもと所有していた。

(2)Aは令和3年4月1日未明に沈没した甲に搭乗していたが、Aの遺体は発見されていない。令和4年8月1日時点で、「沈没した船舶の中に在った者…の生死が…船舶が沈没した後…1年間明らかでない」(30条2項)といえ、Aの子で推定相続人でもあることから利害関係人といえるBの請求により家裁がした同日の失踪宣告(同条1項)によって、Aは、令和3年4月1日に死亡(882条)したとみなされる(31条)。

(3)特定財産承継遺言(1014条2項)にあっては、遺産分割手続を要することなく、被相続人死亡時に直ちに相続を原因として当該遺産が当該相続人に承継される(判例)。

ア.Aは、平成30年4月1日、本件遺言書によって、同(1)の遺言をした。

イ.上記遺言は、「遺産に属する特定の財産」である乙土地をAの子(887条1項)で「共同相続人の1人」であるCに「承継させる旨」の遺言である。
 遺言の趣旨は遺言書で表明された遺言者意思を尊重して合理的に解釈すべきところ、共同相続人は遺産を当然に相続する地位にあるから、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、「遺産の分割の方法の指定として」されたといえる(判例)。
 同(2)で「各相続人の法定相続分に従って相続させる。」とされており、ここでの「相続させる。」が遺贈でなく、遺産分割方法の指定の趣旨であることは明らかである。同(1)の「相続させる。」についても、遺産分割方法の指定の趣旨と考えるのがAの意思解釈として合理的である。遺贈と解すべき特段の事情はない。「遺産の分割の方法の指定として」されたといえる。
 以上から、同(1)は特定財産承継遺言である。

(4)Dは、現在、乙土地を占有する。

2.抗弁

(1)対抗要件の抗弁

ア.Bは、Aの子(900条4号本文)である。Bは、Dに対して、令和4年8月25日、乙土地を代金2000万円で売り渡した。
 乙土地のうち、Cの法定相続分を超える持分2分の1については、上記売買契約により、DはCと対抗関係に立つ(899条の2第1項)。

イ.Dは、乙土地につき、Cが登記をするまで、乙土地のうち上記部分の取得を認めないとの権利主張により、対抗要件の抗弁が成立する(権利抗弁説)。
 なお、所有権に基づく明渡請求に持分権に基づく明渡請求を含むと考えたとしても、各共有者は自己の持分の限度で共有地を占有する権原を有する(249条1項)以上、他の各共有者は、共有地を占有する共有者に対し、当然にはその明渡しを請求できない(判例)から、上記抗弁の成立を妨げない。

(2)以下のとおり、対抗要件具備による乙土地持分2分の1喪失の抗弁は成立しない。
 Bの相続登記は偽造文書による登記であって、実体関係に符合し、かつ、登記義務者において登記申請を拒むことができる特段の事情がなく、登記権利者においてその登記申請を適法と信ずる正当の事由がある場合でない限り、無効である(判例)ところ、Bの相続登記は実体関係に符合せず、後記(3)のとおり94条2項類推適用の余地もないから、Cにおいて登記申請を拒むことができる。
 したがって、Bの相続登記は無効であり、これを前提とするDの所有権移転登記も無効であって、対抗力を有しないから、Cの持分喪失の効果は生じない。

(3)Cは、Bの相続登記出現に何ら関与していないから、94条2項類推適用の抗弁は成立しない。

3.再抗弁(前記2(1)に対する背信的悪意者の抗弁)

 「第三者」(899条の2第1項)は177条と同義であり、登記がないことを主張する正当な利益を要し登記がないことの主張が信義に反する者(背信的悪意者)は、上記利益を欠くから、「第三者」に当たらない(判例)
 Dが、Bの遺産分割協議書等偽造を知っていた場合には、登記がないことの主張が信義に反するといえ、「第三者」に当たらない。

4.よって、DがBの遺産分割協議書等偽造を知っていた場合を除き、Cの請求は認められない。

第2.設問1(2)

1.請求原因

 家庭裁判所は、Aの失踪宣告を取り消した。乙土地はAが所有し、現在、Fが同土地を占有している。

2.抗弁(善意者からの承継)

(1)「善意でした行為」につき、判例は当事者双方善意を要求するが、同項後段の趣旨は取引安全を図る点にあるから、相手方善意のみで足りる。もっとも、失踪者に帰責性はないから、無過失も要する。
 令和4年10月20日、Bは、Aの生存を知らないEに対し、代金2000万円で乙土地を売り渡した。Aの滞在地域は外国との通信が厳しく制限されており、Aの電話のほかにAの生存を伝えるものはなかったから、Eに過失はない。Eに同項後段の適用がある。

(2)善意無過失の相手方からの転得者は、前主の地位を承継するから、その主観を問わず権利取得できる。
 令和5年6月19日、Eは、Fに対し、乙土地を代金2200万円で売り渡した。

3.再抗弁(善意者形式介在の評価根拠事実)

 形式的に善意者を介在させただけで、悪意の転得者が実質の相手方であったとの評価を根拠付ける事実は、上記2の効果を障害する再抗弁となる。
 Bは、FにAの生存を伝え、その財産処分について相談していた。Bは、Eに対して、「ひょっとしたら1年後くらいに1割増しで買い戻すかもしれないので、その間は他の人に処分しないでほしい。」と申し向け、Eは、Fから「Bから乙土地の買戻しの話は聞いていると思うが、今のところ、Bには十分な資金がない。そこで、Bと話し合った上で、私が乙土地を購入することになった。」と聞き、Bにも確認した上で、Fに乙土地を売り渡した。上記各事実は、BFの通謀を推認させ、形式的にEを介在させただけで、悪意のFがBの実質の相手方であったとの評価を根拠付ける。

4.よって、Aの請求は認められる。

第3.設問2(1)

1.Gの請求は、本件誤振込みの効力を否定して、その巻戻しを図る原状回復請求(121条の2第1項)ではなく、本件誤振込み及びJが組戻しに速やかに承諾しないことでGの財産が侵害され、これによってJが受けた利得の返還を求めるものであるから、703条を根拠とする。Gの請求が認められるためには、受益(「利益を受け」)、「損失」、因果関係(「そのために」)、「法律上の原因」がないことを要する。

2.一般に、規約上預金契約成立に原因関係を要せず、多数・多額の資金移動を安全、安価、迅速に処理する必要があるから、振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間の原因関係の有無にかかわらず、受取人は預金債権を取得する(判例)。
 K銀行が同銀行J名義口座(以下「J口座」という。)に500万円の入金処理を行った時に、Jは同額の預金債権を取得する。受益がある。

3.GはHへの500万円の支払債務を弁済する目的であったが、J口座に入金処理されたから、弁済の効果は生じない(477条)。それにもかかわらず、Gは同額の預金債権を失った。「損失」がある。

4.上記2の受益と上記3の「損失」は、本件誤振込みによって直接生じた結果であって、表裏の関係にあるから、因果関係がある。

5.「法律上の原因」とは、受益を正当化しうる実質的根拠をいう。
 確かに、Jは、入金処理によってK銀行に対し500万円の預金債権を取得するから、K銀行との関係では同預金債権を保持する正当な根拠がある。組戻しに受取人の承諾を要するとする銀行実務は、これに沿うものである。
 しかし、J口座への振込依頼は誤りであり、GJ間に振込みの原因となる関係はないから、Jは、Gとの関係で上記預金債権に相当する価値の保持を正当化する実質的根拠を有しない。当該価値は金銭としてGに返還すべきものであるから、「法律上の原因」がない。

6.よって、Gの請求は認められる。

第4.設問2(2)

1.前記第3の1と同様に、Gの請求は侵害利得返還請求であり、703条を根拠とする。

2.Lは、Jが置いていった現金500万円を受け取ったから、受益がある。

3.前記第3の3のとおり、「損失」がある。

4.確かに、金銭は、物としての個性のない価値そのものであり、価値は金銭の所在に随伴するから、金銭の所有権者は、特段の事情のない限り、その占有者と一致する(判例)。Jが引き出した金銭は直ちにJの一般財産に混入し、Lの利得はJの一般財産からの弁済であって、Gの損失と直接の因果関係はない。
 しかし、703条の趣旨は公平の観念にあるから、直接の因果関係がなくても、社会通念上の連結があれば足りる(騙取金弁済事件判例参照)。
 Jは、令和6年3月8日午後1時、J口座から現金500万円の払戻しを受けており、それにより同口座の残高は0円となっていた。同口座は、ここ数年間残高は0円であって、本件誤振込み及びその払戻しを除き、入出金は行われていなかった。Jが払戻しを受けた現金500万円は、本件誤振込みによって成立した預金債権に係るものと特定できる。その約7時間後の同日午後8時頃、Jは、Lに対して、現金で500万円の弁済をした。社会通念上、本件誤振込みで振り込まれた500万円をJが現金として引き出して、それをそのままLへの弁済に充てたとみるほかなく、上記1の受益と上記2の「損失」に社会通念上の連結がある。因果関係がある。

5.確かに、Lの利得はJに対する債権の弁済の受領であり、「法律上の原因」があるともみえる。
 しかし、703条の趣旨は公平の観念にあるから、騙取金弁済の受益者に悪意・重過失があるときは、被騙取者との関係で受益を正当化する実質的根拠がないといえ、「法律上の原因」を欠く(騙取金弁済事件判例参照)。
 誤振込みを秘匿して払戻しを受けることは、詐欺罪ないし電子計算機使用詐欺罪を構成する(判例)から、Jによる弁済は騙取金弁済と評価できる。なお、刑法上の被害者はK銀行管理者であるが、上記判例のいう被騙取者とは実質上の経済的損失を被った者を指すと考えられるから、振込人Gを含む。Lが弁済金の出所を尋ねたところ、Jは、自分の銀行口座に誤って振り込まれた金銭である旨を説明した。Lは悪意である。「法律上の原因」を欠く。

6.よって、Gの請求は認められる。

以上

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