899条の2第1項の規律
(令和6年予備試験民法)

1.令和6年予備試験民法。設問1(1)では、899条の2第1項に気付くかどうか、すなわち、改正があったことを知っているか、という点が問われました。

(参照条文)民法899条の2(共同相続における権利の承継の対抗要件)

 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない

2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

2.「相続させる」旨の遺言による承継については、対抗要件がなくても、他の共同相続人からの承継人に対抗できる、というのが、かつての判例でした。相続分についての相続と同じだ、という論理だったのでした。

最判平14・6・10より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,特段の事情のない限り,何らの行為を要せずに,被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。このように,「相続させる」趣旨の遺言による権利の移転は,法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはない。そして,法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる最高裁昭和35年(オ)第1197号同38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁最高裁平成元年(オ)第714号同5年7月19日第二小法廷判決・裁判集民事169号243頁参照)。したがって,本件において,被上告人は,本件遺言によって取得した不動産又は共有持分権を,登記なくして上告人らに対抗することができる。

(引用終わり)

 しかし、平成30年法律第72号による改正において、上記判例法理を変更し、法定相続分を超える部分については対抗要件を要することとされました。その趣旨を明らかにした規定が、899条の2第1項です。これは、「法定相続分を超える部分は、意思表示による物権変動である。」という理解に基づくものです。

(「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」(平成28年7月法務省民事局参事官室)より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 「①」(※注:899条の2第1項の規律に相当する。)は,遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を図る観点から,遺言によって相続人が相続財産に属する財産を取得した場合であっても,その相続人の法定相続分を超える部分については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととするものである。……(略)……遺言による権利変動については,判例上,遺産分割方法の指定(相続させる旨の遺言)等の場合と遺贈の場合とで取扱いが異なるが,遺産分割方法の指定等による権利変動の場合にも,法定相続分を超える部分については,遺言という意思表示がなければこれを取得することができなかったこと等を考慮し,遺贈の場合と同様,対抗要件を備えなければ第三者には対抗することができないこととしたものである

(引用終わり)

法制審議会民法(相続関係)部会第11回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

堂薗幹一郎(法務省民事局民事法制管理官)幹事
 ここで考えているのは,第三者からしますと,遺言によって法定相続分を超える権利移転があったかどうかを把握することは通常できないので,そこは対抗問題として処理してしまった方がいいのではないかということでございます。
 現行の判例では,相続させる旨の遺言と遺贈とで取扱いを変えており,両者は承継原因が包括承継なのか,特定承継なのかという点で違いがあるとは思いますが,相続させる旨の遺言については対抗関係に立たない,遺贈については対抗関係に立つということになっているんですけれども,少なくとも法定相続を超える部分については,意思表示によって権利変動が生じるので,そこについては同じように対抗関係で決してしまうという方がいいのではないかという前提で考えておりまして,したがって,この遺産分割のところもそうですし,遺言のところもそうですが,原則としては法定相続分を超える部分については全て対抗要件で決するということで整理しているというところでございます。

(引用終わり)

(「相続法制の見直しに当たっての検討課題(4)~その他の見直しについて~」(民法(相続関係)部会資料5)より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 遺言で定めることができる事項は法定されているが,現行法上,遺言による財産処分の方法としては,相続分の指定,遺産分割方法の指定,遺贈(特定遺贈及び包括遺贈)等がある。
 もっとも,これらの方法により財産処分がされた場合に,債務者その他の第三者との関係でどのような法的効果が生ずるかという点については規定上必ずしも明確でない部分もあり,判例等による解釈の補充が必要な状況にある。
 また,遺言は,相続の法定原則を修正する被相続人の単独の意思表示であり,相続財産に属する債権の債務者や相続人と取引をしようとする第三者にとっては,その内容を把握することが困難である。しかし,判例(最判平成14年6月10日家月55巻1号77頁等)は,①相続分の指定による不動産の権利の取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができるとしているほか,②いわゆる「相続させる」旨の遺言についても,特段の事情がない限り,「遺産分割方法の指定」(民法第908条)に当たるとした上で,遺産分割方法の指定そのものに遺産分割の効果を認め,前記遺言によって不動産を取得した者は,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができるとしている。これらの判例は,包括承継による権利の取得については他の場面でも登記なくして第三者に対抗することができるとされていることとの平仄をとったものと考えられるが,このような考え方を貫くと,法定相続分による権利の承継があったと信頼した第三者が不測の損害を被るなど,取引の安全を害するおそれがあるといった指摘や,相続人はいつまでも登記なくして第三者にその所有権を対抗することができることになりかねず,登記制度に対する信頼が害されるおそれがあるとの指摘がされている

 (中略)

 前記①(※注:899条の2第1項の規律に相当する。),前記1で指摘されている問題点等を踏まえ,遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を図る観点から,遺言によって相続人が相続財産に属する権利(積極財産)を取得した場合であっても,その相続人の法定相続分を超える部分については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないことととするものである。
 このような方策を講ずる場合には,相続による権利取得(包括承継)でありながら①のような規律を設けることの理論的根拠をどのように説明するかが問題となるが,取引の安全の確保等の政策的理由に加え,少なくとも相続人の法定相続分を超える部分については,遺言という意思表示があって初めて権利変動が生ずるものであり,必ずしも他の意思表示による権利変動と取扱いを異にすべき必然性はないと考えられること等にその根拠を求めることが考えられる

(引用終わり)

3.以上のように、899条の2第1項は、従来の判例法理を変更するために創設された規定です。この点に関しては、学説にも異論がありません。従来の判例法理を維持すべきだ、と言っている人は、ひとりも見たことがない(※1)。なので、従来の判例法理に依拠して、「Cは登記なくしてDに対抗できる。」などと書いてしまえば、普通に減点を食らうでしょう。今年の民法は、全体的に普通の受験生が書く内容に差が生じにくいので、ここは、結構大きな差になるのではないかと思います。
 ※1 立法論として、対抗要件を要する部分とそうでない部分を分けるのはどうなのか、という疑問の声はありますが(水野謙「相続させる旨の遺言と相続法の改正」ジュリスト1535号68~70頁等)、899条の2第1項の理解として、「従来の判例法理を維持する趣旨である。」と説明する学説は1つもないと思います。

4.民法については、毎年のように改正事項が出題されているので、その対策は不可欠といってよいでしょう。少なくとも、法務省のウェブサイトに掲載されている概要程度のレベルは、知っておかないとマズい。例えば、899条の2を創設する改正については、簡易な概要にも掲載(第5の項目参照)があります(※2)。当サイトでも、その種の法務省の資料等の情報が公開された際には、X等でお知らせする場合があります。また、リンクのページに掲載することもあります(※3)。参考にしてもらえれば幸いです。
 ※2 どうでもいいことですが、ファイルのタイトルが「消費者契約及び労働関係に関する国際裁判管轄について」となっており、Wordないし一太郎で元のファイルを上書きする形で作成した際、プロパティでタイトルを修正するのを失念したものと思われます。これは、結構やってしまいがちなことなので、気を付けましょう。
 ※3 最近では、不同意性交関係の改正に関する法務省資料(「性犯罪関係の法改正等 Q&A」)を掲載しています。

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