令和6年予備試験論文式商法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和6年の商法についていえば、設問1・設問2ともに、条文の要件に当てはめる形で淡々と論述すれば相応の答案になることから、多くの受験生が相応の論述をすると思われるものの、現場で条文を発見できなかったり、条文適用を誤ってしまったり、時間配分を誤って途中答案になってしまったり、事実摘示が雑になってしまったりするものが一定数生じるであろうことから、参考答案(その1)でも、合格答案にはなるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集会社法【第2版】』に準拠した部分です。

【参考答案(その1)】

第1.設問1(1)

1.令和6年3月31日における分配可能額は800万円であったのに、甲社は、同日に、Dから、本件株式を総額1000万円で買い取った。461条1項3号に反する。

2.同項は資本維持の原則に基づく強行法規である以上、分配可能額を超える自己株式取得は無効である。もっとも、取引安全の観点から、善意無重過失の相手方に対しては、会社は無効を主張できない(相対的無効説)
 同号違反は同年7月になってBが会計帳簿の過誤を偶然発見し発覚した。当該過誤は、甲社において会計帳簿をほぼ単独で作成していた経理担当従業員Gが、一部の取引について会計帳簿への記載を失念したために発生したものであった。定時株主総会でFは疑義を述べなかった。Dは甲社の日常の経営に関わっていない。Dは、本件株式買取り時(同年3月31日)において、善意無重過失であった。

3.よって、甲社による本件株式の買取りは無効であるが、甲社はDに対し、無効を主張できない。

第2.設問1(2)

1.A

 Aは代表取締役であるから、「当該行為に関する職務を行った業務執行者」(462条1項柱書)に当たる。
 もっとも、前記第1の3のとおり、甲社はDに無効を主張できないから、Aは同項の責任を負わない。

2.D
 Dは、「当該行為により金銭等の交付を受けた者」(同項柱書)に当たる。
 もっとも、前記第1の3のとおり、甲社はDに無効を主張できないから、Dは同項の責任を負わない。

3.F

(1)役員等の任務懈怠責任(423条1項)が発生するためには、任務懈怠、免責事由がないこと(428条1項反対解釈、民法415条1項ただし書)、損害の発生、損害との因果関係が必要である

(2)「任務を怠った」(423条1項)とは、法令・定款違反をいう
 Fによる会計監査は、例年、会計帳簿が適正に作成されたことを前提として計算書類と会計帳簿の内容の照合を行うのみであったため、会計監査では過誤が発見されず、定時株主総会でも、Fは疑義を述べなかった。Fに善管注意義務(330条、民法644条)違反がある。
 したがって、任務懈怠があり、免責事由はない。

(3)もっとも、本件株式の取得価格は適正な金額であったから、甲社に損害は発生していない。

(4)よって、Fは任務懈怠責任を負わない。

第3.設問2

1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いた。差止請求(179条の7第1項)が考えられる。

(1)Eは甲社から排除されるので、「不利益を受けるおそれがある」(同項柱書)といえる。

(2)ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主は5人しかいなかった。親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になった話をAが聞いて心配になったというAの都合でEを締め出すのは不当であり、権利濫用禁止(民法1条3項)に反する。
 BCDからの取得価格は1株10万円で、本件売渡請求における株式売渡対価は1株6万円であるから、株主平等原則(109条1項)に反する。
 したがって、法令違反(179条の7第1項1号)がある。

イ.確かに、Aは、税理士Hに甲社株式評価額算定を依頼し、1株6~10万円との意見を得た。株式売渡対価は1株6万円である。
 しかし、HはAと旧知である。BCDからの取得価格は1株10万円であった。
 以上から、対価(179条の2第1項2号)が著しく不当(179条の7第1項3号)である。

(3)よって、Eは、差止請求できる。

2.Eは、BCDからの取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めた。取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において、「取得日の20日前の日から取得日の前日までの間」であり、前記1(2)イのとおり公正な価格は1株10万円だといえるから、Eは、その旨の価格決定を求めて売買価格決定の申立て(179条の8第1項)ができる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1(1)

1.令和6年3月31日における分配可能額は800万円であったのに、甲社は、同日に、Dから、本件株式を総額1000万円で買い取った。461条1項3号に反する。

2.同項は資本維持の原則に基づく強行法規である以上、分配可能額を超える自己株式取得は無効である。もっとも、取引安全の観点から、善意無重過失の相手方に対しては、会社は無効を主張できない(相対的無効説)462条1項柱書は支払義務の範囲を分配可能額超過部分に限定していない(464条対照)から、全体が無効となる
 本件株式買取りを承認した定時株主総会でFは疑義を述べなかったから、Dは、同日の本件株式買取り時において善意である。
 Dは株主にすぎず、甲社の日常の経営に関わっていない。Dは、分配可能額超過の有無について、特別の調査義務は負わない。同号違反は同年7月になってBが会計帳簿の過誤を偶然発見し発覚した。当該過誤は、甲社において会計帳簿をほぼ単独で作成していた経理担当従業員Gが、一部の取引について会計帳簿への記載を失念したために発生したものであった。Dにとって全く予見不能といえ、過失はない。
 以上から、Dは、善意無重過失であった。

3.よって、甲社による本件株式の買取りは、その全部が無効であるが、甲社はDに対し、その無効を主張できない。

第2.設問1(2)

1.A

(1)Aは、代表取締役として業務執行権を有する(349条4項、363条1項1号)から、「業務執行取締役」(2条15号イ第1括弧書)であり、甲社を代表して本件株式の買取りを行ったと考えられるから、「当該行為に関する職務を行った業務執行者」(462条1項柱書)に当たる。
 もっとも、業務執行者等の支払義務は相手方から回収できない場合の会社の損害を賠償させる任務懈怠責任の性質を有するところ、会社が相手方に自己株式取得の無効を対抗できないときは、会社は相手方に取得した株式を返還する義務を負わない反面、相手方も同項の支払義務を負わないから、回収できない損害は観念できない。したがって、会社が相手方に自己株式取得の無効を対抗できないときは、業務執行者等は同項の責任を負わない。
 前記第1の3のとおり、甲社はDに無効を主張できないから、Aは同項の責任を負わない。

(2)462条1項は、同項各号の場合における任務懈怠責任に係る423条の特則であるから、462条1項の責任が否定されるときは、423条1項の責任も生じない。取得価格が不適正であった場合には別に任務懈怠を構成する余地があり得るが、本件株式の取得価格は適正な金額であったから、その余地もない。

(3)令和6年3月31日において200万円の欠損がある。同年度(「当該行為をした日の属する事業年度」)の確定決算(「計算書類につき第438条第2項の承認…を受けた時における」)においても欠損が生じる(「第461条第2項第3号、第4号及び第6号に掲げる額の合計額が同項第1号に掲げる額を超えるとき」)場合、Aは、欠損填補責任(465条1項)を負うか。
 Aは、「職務を行った業務執行者」(465条1項本文)に当たる。免責事由(同項ただし書)はあるか。
 会計帳簿の作成も会社の業務の1つであるから、Aは業務執行権を有する代表取締役として、その正確性について責任を負う(432条)。もっとも、適切な管理体制が整備されている場合には、特段の不審事由がない限り、体制が正常に機能することを信頼すれば足りる(ヤクルト事件等裁判例参照)
 甲社では、代表取締役A自身が、甲社の経理・財務を担当し、計算書類作成・分配可能額計算も自分で行う一方、監査役Fが会計監査を行い、会計帳簿を経理担当従業員Gがほぼ単独で作成するという業務分担体制であった。甲社のような極めて小規模な会社においては、上記体制が不適切であるとはいえない。
 上記欠損の原因となる会計帳簿の過誤は同年7月になってBが偶然発見したもので、定時株主総会でもFは疑義を述べなかったから、特段の不審事由はなかった。
 以上から、Aが会計帳簿の作成についてGに任せきりにしたとしても、監督義務違反があるとはいえない。免責事由がある。Aは欠損填補責任を負わない。

(4)よって、Aは、甲社に対し、何らの責任も負わない。

2.D

(1)Dは、「当該行為により金銭等の交付を受けた者」(462条1項柱書)に当たる。
 もっとも、同項の支払義務は、自己株式取得が無効であることによる給付利得の原状回復の性質を有する。したがって、会社が無効を主張できない相手方は、同項の支払義務を負わない。
 前記第1の3のとおり、甲社はDに無効を主張できないから、Dは同項の責任を負わない。

(2)よって、Dは、甲社に対し、何らの責任も負わない。

3.F

(1)Fは監査役であるから、462条1項の責任は負わない(同項2号ロ、計算規則159条3号参照)。

(2)役員等の任務懈怠責任(423条1項)が発生するためには、任務懈怠、免責事由がないこと(428条1項反対解釈、民法415条1項ただし書)、損害の発生、損害との因果関係が必要である

ア.「任務を怠った」(423条1項)とは、法令・定款違反をいう
 Fによる会計監査は、例年、会計帳簿が適正に作成されたことを前提として計算書類と会計帳簿の内容の照合を行うのみであった。会計帳簿の適正性を監査しなかったことが善管注意義務(330条、民法644条)違反となるか。
 監査役は、計算書類等につき、表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産・損益状況の適正表示に係る意見等を内容とする監査報告を作成しなければならない(436条1項、計算規則121条2項、122条1項2号)から、会計帳簿の正確性についても、合理的に期待しうる方法による確認調査義務を負う(残高証明書偽造事件判例、同判例における草野耕一補足意見参照)
 Fは、Gに対して報告徴求し、会計帳簿を自ら閲覧し調査する権限を有する(381条2項)。確かに、会計帳簿の過誤は、Gが一部の取引について会計帳簿への記載を失念したために発生したものであり、Fが上記取引を認識し得た事実はうかがわれないから、仮に、Fが、会計帳簿を自ら閲覧したとしても、当該取引の記載はなく、Fが上記失念に気付くことは困難であるし、Gに対し報告徴求をしたとしても、Gが自ら失念した上記取引について正確に報告することを期待することはできないとも考えられる。しかし、上記調査をする過程において、上記記載の失念が発覚する可能性がないとはいえない。Fは、およそ会計帳簿の適正性を監査してこなかったのであり、少なくとも、なすべきことをすべて行ったとは評価できない。Fには善管注意義務違反がある。
 したがって、「任務を怠った」といえる。

イ.もっとも、前記第1の3のとおり、甲社はDに無効を主張できないから、本件株式の取得は有効と扱われ、取得した本件株式は甲社の資産を構成する。本件株式の取得価格は適正な金額であったから、本件株式の取得の前後で甲社の資産の帳簿価額に増減はない。
 以上から、甲社には損害がなく、Fは任務懈怠責任を負わない。

(3)よって、Fは、甲社に対し、何らの責任も負わない。

第3.設問2

1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いている。甲社から排除されることを防ぐ手段として、差止請求権(179条の7第1項)を被保全権利(民保法13条1項)とする売渡株式取得禁止の仮処分(同法23条2項)の申立て(同法2条)が考えられる。

(1)法令違反(179条の7第1項1号)

 特別支配株主の株式等売渡請求の趣旨は、株主総会決議を要することなく機動的なキャッシュ・アウトにより単独株主となることを可能とする点にあるところ、小規模閉鎖会社においては通常は機動的なキャッシュ・アウトの必要性に乏しい一方で、株主の個性が重視され、個々の株主に経営に関与する期待があることから、正当な理由のない売渡請求は権利濫用(民法1条3項)として違法である。

ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主はABCDEの5人しかいなかった。小規模閉鎖会社と評価できる。

イ.本件売渡請求は、Aがとある同族企業の社長から、親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になったという話を聞いて心配になったことを動機としており、会社管理の便宜が目的であると認められる。
 確かに、相続株式の分散を防止し、会社管理の便宜を図ることは、直ちに不当とはいえない。BCDが任意の売却に応じたことも、Aの要求が必ずしも不当でなかったことをうかがわせる事情である。Eは甲社の日常の経営に関わっておらず、経営関与への期待が大きかったともいえない。
 しかし、現時点において甲社に何らかの管理上の支障が生じた事実はない。既にBCDが任意の売却に応じており、さらにEからも直ちに株式を取得すべき必要性は乏しい。Eは、Aの売却要求に対し、長年株主であったことを強調しつつ、不満を強く述べ、売却を固く拒否しており、株主の地位を維持することに対する強い期待があったことが認められる。
 以上を総合すると、本件売渡請求は、その必要性に乏しい一方、Eの株主の地位への期待利益を大きく侵害するから、正当な理由がなく、権利濫用として違法である。

(2)対価の著しい不当(179条の7第1項3号)

 対価(179条の2第1項2号)は売渡株式の適正評価額でなければならない。
 確かに、Aは、税理士Hに甲社株式評価額算定を依頼し、1株当たり6~10万円との意見を得た。株式売渡対価は1株当たり6万円で、専門家の意見に基づく評価額の範囲内のものといえる。
 しかし、Hは、Aと旧知であって、中立・公正な評価といえるか疑いがある。仮に、上記評価額の範囲を前提としても、本件売渡請求に先立ってBCDから1株当たり10万円で取得した事実は、対価決定に係る裁量をき束する要素となる。すなわち、他の株主との関係において甲社株式の適正価額が1株当たり10万円であるとの立場を表明しておきながら、特段の事情変更もないのに、それを4割も減額することは、禁反言(民法1条2項)及び株主平等原則(109条1項)の趣旨に反し、著しく不当と評価できる。
 以上から、対価が著しく不当である。

(3)上記(1)、(2)の事由がある以上、Eが「不利益を受けるおそれ」(同項柱書)が事実上推定される。推定を覆す特段の事情はうかがわれない。

(4)取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において18日の猶予しかなく、保全の必要性(民保法23条2項)がある。

(5)よって、Eは、上記仮処分の手段を採ることができる。

2.Eは、BCDからの取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めており、差止めが認められないとしても、BCDと同一の価格での買取りを望むものと考えられる。
 取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において、「取得日の20日前の日から取得日の前日までの間」であり、前記1(2)のとおり公正な価格は1株当たり10万円だといえるから、Eは、その旨の価格決定を求めて売買価格決定の申立て(179条の8第1項)の手段を採ることができる。

以上

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