1.令和6年予備試験商法。設問1(1)では、有効説に立って答案を書いた人も相当数いたことでしょう。そのこと自体は何の問題もありませんが、注意したいのは、有効説の条文上の根拠です。より具体的にいえば、461条1項柱書の「効力を生ずる日」なのか。463条1項の「効力を生じた日」なのか、ということです。
2.まず、461条1項柱書を見てみましょう。
(参照条文)会社法461条1項 次に掲げる行為により株主に対して交付する金銭等(当該株式会社の株式を除く。以下この節において同じ。)の帳簿価額の総額は、当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない。
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これは、「自己株式取得や剰余金配当をするときには、その効力を生ずるであろう日における分配可能額を超えてはいけませんよ。」という行為規範を示しているだけで、「実際に分配可能額を超えた場合」の適用を想定して、「その場合にも効力が生じますよ。」という文意にはなっていない。なので、461条1項柱書の「効力を生ずる日」は、有効説の直接の根拠にはなりません。
3.では、463条1項はどうか。
(参照条文)会社法463条1項 前条第1項に規定する場合において、株式会社が第461条第1項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第1項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない。 |
同項中の「前条第1項に規定する場合」とは、どのような場合か。「前条第1項」、すなわち、462条1項を見てみましょう。
(参照条文)会社法462条1項 前条第1項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。
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「前条第1項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合」の「前条第1項」というのは、さっき見た461条1項のことですから、これは要するに、「財源規制に違反して自己株式取得や剰余金配当をしちゃった場合」ということですね。それを理解した上で、もう一度、463条1項を見ましょう。
(参照条文)会社法463条1項 前条第1項に規定する場合において、株式会社が第461条第1項各号に掲げる行為により株主に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額が当該行為がその効力を生じた日における分配可能額を超えることにつき善意の株主は、当該株主が交付を受けた金銭等について、前条第1項の金銭を支払った業務執行者及び同項各号に定める者からの求償の請求に応ずる義務を負わない。 |
「財源規制に違反して自己株式取得や剰余金配当をしちゃった場合において」、「その財源規制違反の自己株式取得や剰余金配当がその効力を生じた日」という文意になることが分かるでしょう。このように、463条1項は、素直に読むと、「財源規制に違反した場合」の適用を想定し、その場合においても、「効力が生じた日」を観念しているので、財源規制に違反した場合でも有効ってことだよね、ということになる。だから、有効説の直接の根拠となるのでした。
(村田敏一『財源規制に違反した株式会社の剰余金配当等の規整に関する幾つかの問題(1)』立命館法学2010年5・6号(333・334号)1474頁より引用) 「有効説」の文言上の根拠としては,会社法463条1項において,財源規制に違反した配当等についても「その効力を生じた日における」という表現が用いられていることが指摘される。 (引用終わり) (松井英樹『違法な剰余金配当の効力について』白山法学第10号(2014年)より引用)79頁より引用) 有効説は、分配可能額規制に違反する剰余金配当等について、こうした行為が有効であることを前提としていることは、会社法463条 1 項において「効力を生じた日における」という表現が用いられていることからも明らかである、とされる。 (引用終わり) (河内隆史『〔論説〕違法な剰余金の配当をめぐる法律関係』明治大学法科大学院論集第7号(2011年)286頁より引用) 有効説は,①会社法463条1項が「当該行為がその効力を生じた日」という文言を使うことで,当該行為が有効であることを表現していること……(略)……等をその論拠としている。 (引用終わり) |
4.以上のように、有効説の直接の根拠となるのは、463条1項の「効力を生じた日」であって、461条1項柱書の「効力を生ずる日」ではありません(※)。受験生の答案を見ていると、461条1項柱書の「効力を生ずる日」のみを有効説の根拠として挙げているものが結構あるようでしたので、念のため、説明しておきました。
※ 後者のみを有効説の根拠として挙げる概説書等もあるようですが、それは不適切な記述であると思います。